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生きるか死ぬか

「虎! 無事か!?」


 座り込み、木にもたれかかっている虎に駆け寄った。

 俺の姿を見付けた瞬間、安心したのか、虎の目からは涙が溢れた。

 余程怖い思いをしたのだろう。気の毒なくらい怯え、震えている。


「何を見た!?」

「……見てない。見えないけど、いたんだ! いたんだよお!」


 虎の言葉を聞いて、校長、タビー、千沙、俺、

 八つの目で周囲を見回すが、動くものはない。


「虎。お前を怖がらせるものはいなくなった。もう大丈夫――」


 ばきっ。

 後ろから音がした。振り返ると、タビーさんが宙に浮いていた。

 くの字になって、タビーさんは飛んでいき、木に激突すると、ぼたりと地面に落下して動かなくなった。


「何だ!?」


 見回すが、やはり何もいない。だが——何かがいる。

 

 俺は抜刀した。

 刃桜ではない。

 抜いたのは、森に入る前に校長から渡された『翠胡すいこ』だ。

 鋼の刃を持つ、言うなれば、俺の世界の刀だ。

 解放出来ない俺のために用意してくれた刀を、正面に構える。

 

 金属で出来たそれは、刃桜と違い、ずっしりと重い。

 でも、そう感じるのは、重量だけのものではないだろう。

 命のやり取りをするための刀。その重さだ。


「う、うわああああ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

「心配するな! 俺が守ってやる!」


 頭を抱え、泣き叫ぶ虎に俺は力強く言ったが、俺のいうことなんて信じてもらえないよな。

 そう思ったのに、虎は叫ぶのを止めて、食いしばって恐怖から耐えた。

 

 俺はこいつを連れて帰る。そして説教する。

 だから、絶対に死なせたりしない。


「きゃっ!」


 衝撃音とともに、今度は千沙の身体が宙に舞い、地面を転がった。

 それで分かった。

 千沙は、何かに殴りとばされたのだ。


「迂闊に動くな! 千沙は大丈夫だ!」


 千沙に駆け寄る素振りをみせた俺を、校長が制止した。

 顔をこちらに向けてうつ伏せに倒れた千沙の顔は、髪がかかって見えない。

 しかし、ピクリとも動かないその様子が、俺の胸を締め付けた。

 

 このままでは全滅は時間の問題だ。

 不可視の怪物に、俺たちは一人残らず狩られる。

 俺は覚悟を決めた。

 俺の予想は間違っているかもしれない。

 それに、予想が当たっていても、上手くいかないかもしれない。

 

 それでも——やるしかない。


「校長。後は頼みます」


 俺は言うと、駆けだした。背筋に悪寒が走る。

 何かが俺に狙いを定めた――そんな直感があった。

 振り返ると、正面に倒れている千沙の姿が見えた。

 

 怪物が千沙に攻撃した位置から考えるに、怪物はこの向きから襲ってくるはずだ。

 後はタイミング、いつ来るか。

 

 全神経を集中させるが、タビーさんや千沙が不意打ちを受けたのだ。

 俺が怪物の気配を察知できるわけがない。

 だから——

 それが出来たのは、ほとんど奇跡に近かった。

 

 頭上から落ちてきた一枚の葉っぱが、空中で静止した。

 ――見えない何かに乗っかったのだ。

 俺は迷いなく刀で切りつけた。

 

 体の前に突き出した、自分の左腕を。

 

 血が噴き出て、その鮮血が怪物を深紅に染める。

 俺の血を浴びて姿を現したそれは、ぎょろりと飛び出た目、デコボコした肌に、長い舌。

 

 ――人間サイズのカメレオンの怪物だった。


「遥人! お前!?」


 カメレオンの頭が、氷塊に吹き飛ばされて無くなったのが見えた。

 俺は膝をついていた。

 自分が作った血だまりの中に、身体がゆっくりと沈んでいく。

 俺が覚えているのはそこまでだった。


――



「は……る…………遥人さん!」

 

 目を開けると、みんながいた。

 校長、タビーさん、五味先生、六笠爺さん、喜多見にレイチェルに凛、そして虎。

 

 あれ? 彼女がいない。

 

 ……ああ、ここか。


「……千沙」


 俺は布団に寝かされていた。

 俺を取り囲むようにして、すぐ傍に皆が座っていた。

 千沙は俺の胸に顔を埋めて泣いていた。

 どうやらここは学校の、俺の部屋だ。

 

 体が酷くだるい。


「目覚めたか。全く、無茶しやがって」

「……すみません」


 酷くしゃがれて弱々しい声が出たので驚いた。

 まるで自分の声じゃないみたいだった。


「だが、おかげでこうして帰ってこれた。礼を言う」


 起き上がろうとしたが、全く体に力が入らなかった。


「いいから寝てろ。お前は死にかけたんだ。

 傷口は焼いてふさいだが、出血がひどくてな。

 俺がお前用に持ってきたのが刀だけだったら、お前は死んでいたぞ」

 

 きっと、校長は薬なんかも用意してくれていたのだろう。


「……みんなは無事ですか?」

「ああ。タビーも千沙も、骨折していたが、そんなものは霊術ですぐ治るからな」


 安心すると、何だか瞼が重く――


「し、死んだのか!?」

「先生! 死なないで!」

「……先生……やだよ…………」

「冗談きついって! せんせぇ!」


「いや……いやああああああああ!」

「くっ。立派な最期だったよ、遥人くん……」

「お前のために特別メニュー考えたのにゃ! 食うまで死ぬにゃ!」

「師匠より先に逝くとは、……馬鹿弟子が」


「いや、死んでませんから」


 目を閉じただけですから。

 何故かボコスカ殴られた。

 千沙にまで殴られた。悲しい。怪我人には優しくして。


「お前、どうしてあの時怪物じゃなくて自分を切ったんだ?」


 騒動が済んだ後、校長が言った。


「避けられるかもしれないし、そもそも刃が通らないかもって。

 それで逃げられたら、終わりですから。

 ああやって姿が見えるようにしておけば、後は絶対に校長が倒してくれると信じてました」


「その予想は全て正しかったの。

 おぬしの遥人の剣速じゃ、当たらなかったし、刃も通らなかったじゃろうて。

 それに、姿さえ見えれば、その程度の怪物は揺光の敵ではない」

 

 六笠の爺さんが言った。


「君は皆を救ったんだよ。遥人くん」


 良かった。皆を助けられたのなら、それなら——

 左手・・を犠牲にしたのなんかどうってことない。

 布団の中で、左手の手首から先の感覚がほとんどなかった。


「それじゃあ俺ら行くからさ。ま、明日は休みだし、ゆっくり養生しろや。千沙と激しい運動なんかすんじゃねえぞ」


「遥人。ほんと、助かったわ。お礼に、栄養満点の、タビーさん特別製飯作ってやるからな!」


「何か入用ならいつでも言ってくれていいからな」


「ふん。中々どうして、見所のある小童じゃわい。弟子・・として申し分なしじゃの」

 

 と、教師陣。


「先生、本当にゆっくりお休みになってくださいね」


「……痛かったら、…………良い子良い子ってしてあげる……」


「ほんまごめんな。うちがやんちゃしたさかい、こないなことなってもうて」


 と、生徒たち。


 狭い部屋で俺を囲んでいたみんなは、部屋から出て行った。

 部屋の主である千沙も、何かに気付いたような顔を見せた後「遥人さん。また後で」と言い残し去っていった。

 

 ――残ったのは、虎と俺だけになった。


「…………何でだよ」


 長い沈黙のあと、虎が口を開いた。

 いつもの、つっけんどんな言い方だが、何かが違った。


「ばっかじゃねえの!? 何で助けに来たんだよ! 俺のことなんか、嫌いだろ!」

 

 何かが決壊したように、虎が叫んだ。


「……いつ俺がそんなこと言ったよ?」


「だって、俺はどこでも、嫌われて、だから……!」


 いつもの好き勝手な言葉じゃなく、

 迷って、考えて、絞り出したような、彼の本音だった。


「……虎、お前さ。大変だったよな?」

「え?」


 なら、今までは言えなかった俺の素直な気持ちも言わないと、そう思った。


「だってそうだろ? いきなりこんなところに呼ばれてさ。頼れる人なんていなかっただろうし、

わけわかんなくて、怖かったんじゃないか?」

 

 虎は三週間前にこの世界に召喚されたと聞いた。

 まだ十歳なのに、親もいなくて、一人ぼっちで、

 心細かったのだろう。

 普段のあの態度も、そういったものの裏返しなのかもしれない。


「お前がさ、どこかで独りでいるのかなって思ったら、行かないとって、思ったんだ」


「…………後悔してるんだろ。助けにきたこと。左手、悪いんだろ?」

 

 恐らく誰かが俺の状態を診断して、話したのだろう。

 全く、余計なことをしてくれる。


「……寝たら治るかも」


「じゃあ、……もし治らなかったら、俺が左腕になってやるよ」


 恩義でも感じているのか、俺はその言葉に驚いた。

 虎が俺を気遣ってくれるなんて。


「……ふっ」


 思わず口元がほころび、俺は我慢が出来なくなって


「ふふ。あははははは!」


 笑い出した。


「何だよ急に!? 気持ちわりーな! 

 ったく……。じゃあ俺行くわ」


 言って虎は立ち上がった。

 虎はそのまま出口に向かって歩いていき、その小さな背中が、もっと小さくなっていった。

 でも、昨日よりもずっと大きい背中だった。


「あのさ」


 虎がドアの前で立ち止まった。


「…………ありがとう。——先生・・

 

 ガチャッ! バタン!


 虎はそう言い残して、何かから逃げるように、慌てて外に飛び出していった。

 少しして、千沙が帰ってきた。

 俺を見て、彼女は言った。


「遥人さん。何かいいことありました? 凄い笑顔ですけど」

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