課外授業に行きましょう
「千沙ちゃあーん! 聞いてえええええ!
こんな良い馬車で街に入ると、注目を浴びて騒動の元になりかねないので、
ここからは徒歩でいきまぁーす! だから馬車止めてぇー!」
前を走る馬車に向かって、校長が身を乗り出して、大声で呼びかけた。
「あら。聞こえないみたい。速度が落ちないわ。
遥子。俺ってば、喉疲れたから代わりにお願い」
う、うごご。
「ち、千沙ちゃぁーん! お姉さまがぁー! お馬車をお止めに遊ばされるようにってえええええええ! きぃえああああああああああ!」
俺はやけくそになって叫んだ。凄い声がでた。
俺の魂のシャウトが通じたのだろう。前方の馬車が速度を落とした。
だが、俺の言葉が届いたというよりは、
後ろの馬車から意味不明な絶叫があがったから、
気になって速度を落としたというのが真相だろう。
馬車から身を乗り出して心配そうな顔でこちらを確認する千沙の顔に、
はっきりとそう書いてあった。
頼むから、俺をそんな目で見ないでくれ。
――
「っし! じゃあ出発するぜ! 野郎ども、俺についてこい! ヒャッハー!」
馬車を降りて合流した俺たち一行は、
薬物使用の疑いで職務質問されそうなテンションの校長を先頭に行進を始めた。
緑の映えるなだらかな丘を、軽快な足取りで降りていく。
「校長。この辺りは、怪物が出没する地域ではないですか?」
千沙が校長に心配そうに尋ねた。
怪物!? そんなのいるの!?
「はっはっは! 千沙よ! 我々の戦力が如何ほどかわからんか?
我々が本気になれば、ほら、あそこに見えてきた街一つ程度、
余裕で殲滅できるのだぞ! 怪物如き、なにを恐れる必要があろうか!」
校長が指さす先には、明るい太陽の下、美しい景観の町が顔を出していた。
塀も堀もないが、盆地に綺麗に円形に広がっている。
姫様と三英雄が平定し、大陸が平和になってから出来た街らしいから、
外敵の対策はいらないというわけだ。怪物の対策はいいのかって? 知らんな。
「むしろ大歓迎やで! 何が出てきてもうちが蹴散らしたるわ!
だけど蛇だけは堪忍な! ほんまやで!」
威勢よく矛盾の言葉を吐きながら、凛がぺたんこの胸を反らした。
「ええ……? 凜ちゃん、私怖いよう」
喜多見の腕にしがみ付いて震えているのはレイチェルだ。
「大丈夫。私たちは強いし、先生たちだってついているんだから」
喜多見が励ました。
すまんな。先生の内、約一名は雑魚だ。
「へいへぇーい! 強い怪物……出てこいや!」
虎が無駄な物まねを披露した。
何故この面子でそのネタが通用すると思った?
「……なあ千沙、みんなは知ってるみたいだけど、
俺は怪物のこと知らないんだ。教えてくれないか?」
俺は、最後尾を歩く千沙のところまでこそこそと移動し、彼女に耳打ちした。
「わかりました。怪物というのは……、えっと、昨日食堂でした、
体内の霊素が影響して体が変化することがあるって話、覚えていますか?」
「覚えてるよ。タビーさんに初めて会った時だろ?」
「そうです。人間の場合は一部の例外を除いて、
それほど大きな変化はないんですけど、植物や動物で変化する場合、
極端な変化をするものがあるんです。それを私たちは怪物と呼んでいます」
ほう。タビーさんは可愛い猫耳が生えただけだったが、
トカゲがドラゴンになったりするんだろうか?
「じゃあさ、トカゲがドラゴ……龍になったりもするわけ?」
「龍といえば、創作の可能性が高いんですけれど、
4つの大陸が一繋ぎだったときに現れたという逸話が残っています。
何でも、死した龍の牙を加工して凄まじい力を持つ刀を作ったとか」
何とも熱くさせる話じゃないか。男なら燃えちまうね。
いつか虎がもう少し良い子になったら、その話を聞かせてやろう。
「へえ。この辺りでは、どんな怪物が出るんだ?」
「この辺りは兎や狐がいますから、それらが巨大化したものが多いですね。
……原型を留めないくらいに変異するものが出たという報告もありますが」
ふうん。RPGで言うなら、始まりの村を出てすぐのレベルくらいか?
しかし、巨大化したウサギや狐って可愛いな。
「出たぞ! 右側面に怪物だ! 千沙、頼む!」
校長の鋭い声に頭が右を向いた。
視線の先、50メートルほど先の大きな岩の影から何かが……違う!
岩自体が、転がりながら高速で接近してきている!
丸まった白い毛玉——直径3メートルはある。誰だよ可愛いって思ったやつ!
「あ……」
子供たちを見ると、恐怖で我を失っていた。これでは戦うどころではない。
俺はどうだ? 動ける。怖いけど、チビリそうだけど、ギリ足は動く。
「下がってろ!」
刃桜を抜刀すると、俺は怒号とともに、白い毛玉に向かって駆け出した。
「うおおおおおおおおおお!」
「きて! 私の炎!」
俺の右隣擦れ擦れを、俺の背丈より大きな炎の渦が追い越していった。
熱気で上昇した大気が、
俺のミニな着物の裾を捲り上げ、その太ももを露わに……誰得ですかこれ。
と、紅蓮の螺旋が白い球体を捉えるとその向きを変え、天高く火柱を作った。
見た目凄まじい高温だが、俺は全く熱くない。
それは、俺が霊素を持たないからであって、炎の渦に呑まれた兎は違うのだ。
体内の霊素が紅蓮の炎に反応し燃え上がり、肉が焼ける良い匂いすらなく、
一瞬で炭化し、爽やかな風が灰を飛ばしていった。
「お怪我はありませんか? 遥人さん」
「うん。大丈夫です」
霊術って凄いね。
俺は千沙にはなるべく逆らわないようにしようと、心に決めた。