横文字のない世界
信じられるか?
俺はさっきまで、海岸で初日の出を拝んでいたんだぜ?
今年は良い年になりますようにって目を閉じて、
水平線の彼方から昇る朝日に拝んだんだ。
一年の始まりを告げるご来光が、瞼の裏からやけに眩しく感じて、
おかしいなって目を開いたら……
「神よ。ようこそ幻世へ」
とんでもなく綺麗な着物で身を包み、
その綺麗な着物が霞むほどに美しい容姿をした、
お姫様みたいな女の子が目の前に立っていたんだ。
狐につままれた?
いや、その時の俺の衝撃を現すなら、
狐にマウント取られてボコボコにされた、
と表現する方が正しいね。
「おお! 成功ですな!」
「これは! 男神様ですね! この方が世界を」
「既に成人しておられるように見受けられますな!」
あちこちから聞こえた声にぐるりと見回すと、
座布団に座った和服の中年たちに包囲されていた。
男女問わず、腰には刀が一差し。おいおい時代劇かよって。
どうやら俺がいるのは、恐ろしく広い和室のようだった。
だって、床とかこれ畳だもん。
っていうか成人してねえよ。俺はまだ16歳だっつうの。
「混乱しておられることでしょう。
事情をお話しさせていただきます故、どうぞこちらへお越し下さい」
まるでお姫様みたいなその子は踵を返し、
金箔の張られた豪華な襖を開けて、奥の部屋へと消えていってしまう。
訳が分からず、飼い犬のようについていく俺。
奥の部屋も、やっぱり和室だった。
先ほどの部屋に比べ、随分狭い。
でも、畳の数を数えてみると、16畳もあった。
俺の部屋の倍以上あったわ。悲しいね。
さっきの部屋の中年たちの視線が気になるので、
後ろ手に襖を閉めてやる。
「どうぞおかけ下さい」
非の打ち所がない大和撫子に促され、
俺は用意されていた座布団の上に腰を降ろした。
俺が座ったのを確認して、少女も上品な仕草で俺の対面に座る。
その動作が余りに綺麗だったので、ついつい崩した足を正座にしてしまう。
「ふふっ、構いませんよ。
足を崩していただいても、どうぞお気になさらずに」
「あっ。はい。すんません」
――これが、俺の異世界初めての台詞です。
「あの。ここって、ひょっとして異世界ですか?
あんまり、っぽくないですけど」
少女は、とても驚いた顔をした。
でも、白い額には皴の一つも寄っていない。
「あなたにとっては異世界ということになりますが……
驚きました。とても察しがよろしいのですね」
やっぱりここは異世界らしい。
でも、剣と魔法の中世ファンタジーみたいな
世界が良かったなあ、と思う。
だって、さっきのおっさんおばさんたちといい、
この少女といい、この部屋といい、どう見ても『和』って感じなんだもの。
割と日常の範疇なんだもの。
まあそれはいい。
早速こうして美少女と出会えたわけだし、出だしは上場だろう。
あとは何か、そうあれだ。
「それで、俺にはどんなスキルがあるんですか?」
そう。
スキル。チートスキル。
もしくは、全てがカンストした能力値でも可だ。
これがないと異世界は始まらないだろう。
「すきる……とは、一体何でしょうか?」
少女は首を傾げて見せた。
すっげえ可愛い。やばい、アイドル超えてますわこれ。
「技術とか、そんな感じの意味なんですけど……。
例えば、何度死んでも生き返ったりとか、
超強力な魔法がバンバン使えたりとか」
途中まで言ってから、和訳しただけじゃん!
という事実に気付いて、俺は慌てて付け足した。
「蘇りとは、生命の理から外れておりますので、
如何に神と言えども、有り得ぬことかと。
……まほお、とは一体何でしょうか?」
うーん。後から何のスキルか分かってくる系か?
それにしてもこの反応、この世界には魔法がないのだろうか。
俺は剣と魔法ものが大好物なので、非常にがっかりだ。
「魔法っていうのは、こう、何も無いところから、
火を出したりとか、水を出したりとか、そんな感じのです」
正統派ファンタジーの作者に怒られそうな酷い説明だが、
少女は合点がいったらしい。
「まほおとは、霊術のことですね」
少女はにっこりと笑って、
手のひらの上で小さな炎を作って見せた。
部屋の四隅に蝋燭しか明かりのない部屋で
一際大きく赤く輝いたそれは、俺たちの姿を明るく照らした。
よかった。魔法あったよ、ありがとう。
どうやら和の世界観に合わせて、ちょっと名称が変わってるのね。
しかし、喜びもつかの間、俺は絶望に叩き落された。
「あなたは霊術をお使いになれません」
少女はきっぱりと言い放ち、
手のひらで明るく燃やしていた明かりを消した。
暗くなった部屋と同様に、俺の心も暗くなる。
「……は?」
俺が間抜けな声で聞き返したので、少女はもう一度繰り返した。
一言ずつ区切りながら、はっきりと。
「あなたは、霊術を、お使いに、なれません」
悪意はないんだろうけど、その言い方、傷つくわあ。
「ああ……。でも、その霊術っていうもの以外に、
俺には何か特別なものがあるんだろ?」
「霊術は何も特別なものではありません。
この世界の誰もが、当たり前に使えるものです。
そして、仰る通り、あなたには特別なものがあります」
少女の言葉に、俺は安堵した。
はっきり言ってしまうと、
異世界で無双するような現実の知識とか、
そういうものを俺は持っていない。
元の世界の知識で無双は、俺には無理だ。
ぶっちゃけた話し、学校の成績だって悪い。
「それで、俺はどんな凄いのを持ってるわけ?」
「持っていません。
何もない——それがあなたの『特別』です」
こうして俺の、
マイナスから始まる異世界生活はスタートした。