婚約破棄は唐突に
あいあむウィーゼルが婚約破棄を書くとこうなる。
使い古されたお話ですが、どうぞ。
「アリシア・レルヴァカイン! この時を以て、貴様との婚約を破棄する!」
お決まりとも言える台詞を声高らかに宣言するのは、我が婚約者殿。
昔よく目を通した「婚約破棄モノ」のSS。
まさかその当事者になるなんて、当時の自分では想像もしていなかっただろう。というか想像出来るはずない。
突然の王子の発言に、周囲がざわついている。
「何事か」と戸惑いを隠せない者もいれば、「馬鹿じゃないのか」と呆れた者もいて、「うわマジか」と興奮している者もいる。
予想はしていたのだ。近い内に何かやらかすだろうな、と。
一番地味なものだと、国王陛下に申し上げて婚約破棄。
一番派手なものだと、卒業式なり公式行事で声高らかに婚約破棄。
どちらにせよ、婚約破棄というのに違いはない。
(まあ、公式行事でやらかすよりはマシかもしれないけど………)
卒業式や何らかのパーティでは、他国からも来賓を招く。
もしそんな席で婚約破棄宣言などされては、この国の恥をさらす事になってしまう。
思い切りのいいところは美点かもしれないが、後先考えないのだけは何とかして欲しい。………無駄な願いなのかもしれないが。
(………あら?)
と、そこで王子の後ろにいる彼女が目に入る。
リリィ・ノーランド。
ここ最近、王子を始めとする生徒会の面々から付き纏われている、我が友人だ。
リリィの生家は男爵と、貴族にしてみれば下位に位置する。
それに加えて、本人の話では「領主一家が鍬を持って開墾に参加するほどの田舎貴族」らしい。
ただ、リリィは頭が良かった。それこそ、身分差に胡座をかいた盆暗とは比べ物にならないほど、才に恵まれていた。
そしてその才を更に伸ばさんと、弛みなき研鑽を詰む努力家でもある。
………それこそ、今この場で胸を張っている盆暗王子やその取り巻きに爪の垢を煎じて飲ませたいほど。
入学した当初は家格の低さと田舎貴族である事から甘く見られていたが、そんな視線も何のその、実力で見返している。
で、そんな彼女だが現在、まるでこの世の終わりとも言わんばかりに、顔色が真っ青を通り越して土気色をしていた。
私と視線が合った事で彼女はハッとし、涙目のまま、物凄いスピードで首を横に振っている。
………ああ、うん。目を見れば何を言いたいかはすぐにわかる。
(違います。私、何も知りませんから!)
こう言いたいのがよくわかる。
どうせ、王子が暴走したとかそういうのだろう。
昔から思い込みが激しいというか、邪推して突拍子のない事を思いつくというか、とにかく暴走しやすいところはあった。
私やそれとなくフォローし、窘めてはいたのだが、ワガママ……もとい我の強いところが災いし、人の話を聞き入れようとしない。
両親である国王陛下や王妃様なら渋々頷く。
が、三つ下の弟君や私など、自分より地位の低い相手に対しては、一切折れようとしない。
(だから言ったでしょ? バッサリ振った方がいいって)
(何度も言いました! 私には婚約者がいるからお付き合い出来ませんって!)
視線だけでここまで会話出来る私たちの友情はたいしたものだろう。
そう。リリィには婚約者がいる。
親同士によって定められた婚約関係だが、当人達もそれを受け入れている。
私も一度会った事はある。寡黙で強面のため誤解されやすいが、実直かつ真面目な男性だ。
リリィにとっては兄のような存在で、最近異性として意識し始めているらしく、何度か相談を受けた事もある。………まあ、私の相手がアレなので、あまり建設的な助言は出来なかったのだが。
話を戻そう。リリィも婚約者の存在を理由に、王子や取り巻きからの求婚を断ってはいた。
きっとどうしてこうなったかは予想が付くかもしれないが、敢えて説明しよう。
『そんな愛のない婚姻など認められるか!』
親によって定められた=本人の意思を無視している。
という図式が彼の中では出来上がっていたのだろう。
これには優しいリリィもドン引きだ。相手が王子だから、ハッ倒して逃げるわけにもいかない。
私も時折手を貸しつつ、のらりくらりと躱してはいたのだが………。
「聞いているのか!」
この状況である。本当に頭が痛くなってくる。
これまで回想という名の現実逃避をしていたが、どうやら真面目にこれを何とかしなくてはならないらしい。
「アレクシア殿下。つまりその………私と婚約破棄をすると、そう言っているわけですね?」
「そうだ! 俺は真実の愛を見つけた! 貴様ではなくリリィとの間にな!」
ふっと胸を張ってそう言い放つアレクシア王子。
一枚絵になりそうな光景だ。当のリリィ本人がすっごく嫌そうな顔をしていなければ。
その愛って、真実と書いて「いつわり」って読みませんかね?
リリィが王子達にストーカーされていたのは有名な話だ。事ある毎に王子達がリリィに接触し、リリィが嫌そうな顔で躱していれば、誰でも付き纏われているのはわかる。
だからこの場にいる大多数は、リリィに対して同情的な視線を向けている。
………助け船が出せないのは、あの盆暗が王子という上位の立場にあるから。こればかりは仕方が無い。
「婚約に関しては、私の一存では決めかねます。国王陛下によって定められたものであるため、まず陛下にお伺いを立てるべきでは?」
ぶっちゃけると、婚約破棄自体はバッチ来いだ。
公爵家に女として生まれた以上、どこかの家に嫁ぐ事になるのは目に見えていた。
覚悟は出来ているつもりだ。ただ、こんな盆暗のところに嫁ぐのは出来れば避けたい。
近い将来、嫁いだところで絶対苦労する事が目に見えているし、身の破滅が容易に想像出来る。
「ふん! 父上もわかってくれるさ。貴様のような卑劣極まりない女を、我が王家に迎え入れるはずがないからな!」
ああ、うん。これは陛下に丸投げする形でいいか。
我が父上としては、王子の盆暗加減が磨きをかけている事について眉をひそめており、婚約を破棄できないかを打診していたところだ。
陛下としてはレルヴァカイン公爵家との繋がりを確固たるものにしたいのか、婚約破棄には消極的らしいので、渋る様子を見せていたらしいが………まあ、当の王子がこう言っているのだから、何とかなるかもしれない。
それで終わればよかったのだが、王子としてはまだ続きがあるらしい。
「それだけではない。貴様の犯した罪を明らかにせねばな。………おい!」
王子に促され、前に出たのは眼鏡をかけたイケメン。
眼鏡をくいっと上げ、偉そうな態度を取る取り巻きA。確か、宰相閣下の息子だったはず。
「知っているんですよ、リリィをあなたが詰っていた事は。彼女、泣いていたそうじゃないですか」
違います。
それはアンタ達に付き纏われて困っていると相談されたんです。
アンタ達に付き纏われて気持ち悪いと、泣くほど嫌がってるんです。
「胸糞悪い女だな………女泣かせて恥ずかしくないのかよ」
「………最低女」
ギラギラした目で睨み付けてくる取り巻きBと、敵意をぶつけてくる取り巻きC。
私の記憶が確かなら、将軍の息子と、大臣の息子だったような。
ちなみにだが、取り巻きBはカッとなる気性から度々暴力問題を起こしており、その都度罰則が科せられている。
取り巻きCはというと、顔立ちこそ悪くないのだが、ぼそぼそと口数が少ない事と根暗なところから、周囲の生徒から避けられている。
「リリィ虐めるなんて最低だよね-!」
「ねー!」
まったく同じ顔な取り巻きDとE。
魔法省長官の息子で、見て分かるように双子だ。
同級生ではあるが、見た目や中身はハッキリ言って子供。おまけに魔力が人一倍あるので、碌でもないイタズラばかりして学園でも問題になっている。
なおこいつら全員、この学園の問題児として、悪い意味で広く知られている。
………言わずともわかるかもしれないが、無駄に権力がある家の人間なので、面と向かって言いづらい。
一応、この学園内においてならば、そういった身分差は平等になるのだが………。
「そこで何をしておる」
静かに、けれども広く響く声が聞こえる。
人混みをかき分けて数人の教師がやってくる。
先頭には白ヒゲを蓄えた小柄な老人………我が校の学園長だ。
「学園長、ちょうどいいところに。………この女を退学処分にしろ」
「は? 突然何を言っておる」
「リリィを虐めた張本人だ」
何を言っているか心底わからないという表情だ。
周囲を見渡し、涙目なリリィと私を交互に見ると、なんとなく状況を察したらしい。
とはいえ状況を正確に把握すべく、学園長はリリィに対して口を開く。
「リリィ・ノーランド。今の話は本当か?」
「違います! アリシア様には相談に乗ってもらっていただけです! 虐められてなんていません!」
「と言っておるが?」
「ふん! その女がリリィにそう言うよう強要しているだけだ!」
………あ、全員呆れてる。
恋は盲目とも言うけども、好きな相手の言葉すら信じられないようでは酷すぎるだろうに。
「アリシア・レルヴァカイン。ここで何があった?」
「突然殿下から「婚約破棄する!」と言われました。その上、彼女を虐めたという冤罪をかけられていたところです。虐めに関しては事実無根です。彼女の言うとおり相談に乗っていただけで、その内容は………」
ちらり、と王子達に視線を向ける。
「………察していただけるかと」
「なるほど」
そう、深くため息をついた。
気持ちは分かる。ゆくゆくは国を背負うであろう第一王子がこうでは、ため息の一つや二つはつきたくなる。
そのまま深呼吸し、学園長は声を張り上げた。
「解散せよ! もうすぐ休み時間は終わるぞ。授業に遅れた者は罰則! 規則を忘れた生徒はおらんじゃろうな?」
学園長の言葉に、周囲に居た生徒達が慌てて解散し始める。
こうして絡まれていた事で忘れていたが、確かにもうすぐ昼休みが終わる。
………というか、まともに昼食も食べられなかったのだが。
「学園長、どういう事だ!」
「どういう事も何も、そんな一方的な内容で退学になど出来るはずなかろう。そもそもお前にそんな権限など無いわ、馬鹿者」
「その口の利き方はなんだ! 俺が誰かわかっているのか! アレクシア・レム・バルザートだぞ、俺の命令が聞けないと言うのか!!」
あ、言ってはいけない事を言った。
学園長もさすがに堪忍袋の緒が切れたようだ。怒気がその身からあふれ出し始めている。
「この学園において、一切の身分は通用しない! 貴族であろうと平民であろうと、ましてや王族であろうと!」
学園長の視線が王子達を射貫く。
強く鋭く睨まれた事により、全員が立ちすくむ。………あ、取り巻きAが尻餅突いた。
「この学園の生徒である以上、等しくそれは立ち並ぶ。故に! そんな我が儘が通用すると思うな、小僧!!」
「ッ………!!」
そう怒鳴りつけられ、悔しげに顔を歪ませた王子は、取り巻きを引き連れ、逃げるようにしてこの場を立ち去った。
この学園において、一切の身分差は存在しない。
我が父も国王陛下も、かつてはこの学園に通い、勉学に励んだという。そして問題行為を起こしては学園長にお説教を喰らったとか。
とはいえ、さっきの盆暗のようにそれを正しく理解していない馬鹿がいるのも事実。………よくもまあ、今までそれを知らずにいられたものだ。呆れを通り越して感心する
「ありがとうございます、学園長先生」
「礼には及ばぬ。………あの馬鹿共の増長は目に余るものがあったからの」
いくら増長しているとはいえ、明確な問題を起こさない限り、学園側としても罰する事は出来ない。
リリィに付き纏い、当人が困っているとはいえ、それだけでは弱い。
今回の件も、私に対する婚約破棄宣言と一方的な証言………明確な罰則を下すにしても難しいだろう。
もしここで一発ぶん殴ってくるとかならば、それを問題行為に出来るのだけども、手を上げるほど短慮ではなかったらしい。チッ。
「国王陛下に報告する必要があるじゃろうな。とはいえ、それで本当に反省するかはわからんが………」
国王陛下としても、あまり事を荒立てたくはないはず。
衆目の面前で一方的な婚約破棄宣言。………我が父としては、大いにそれを利用して婚約破棄に持って行きそうだけども、陛下はうまく避けたいだろう。
陛下と王妃様からのお説教。取り巻き達へもそれぞれの家からお小言が下る。せいぜいそんなとこかもしれない。
まあ、上から睨み付けている人間がいるとわかれば、少しは大人しくなるかもしれないが………。
「ほれ、お前達も早く戻らんか。誰であっても罰則は罰則じゃ」
「あらいけない。リリィ、行きましょ」
「は、はい」
………その後の話をしようと思う。
私の想像通り、王子&取り巻き達にはキツイお説教が下ったらしい。
ただやはり、私との婚約は破棄されなかった。
これ幸いにと父も相当食い下がったようだが、陛下自ら頭を下げて保留にしてくれと頼み込んだ事で、やむなく了承したという。
もういっそ、弟君……第二王子の方と婚約し直しでもいいんじゃないだろうか。
あっちならば年下ではあるけども、素直で真面目な子だし、私の事も「姉様」と慕ってくれているし、あの盆暗と比べて雲泥の差だ。
「それで? 最近はどうなの?」
食堂でランチを楽しみつつ、向かいの席のリリィにそう尋ねる。
お説教が効いたのか、王子とその取り巻きは学園内では大人しくしているようだ。私に対しても、睨んでくるけども何も言わず、寧ろ避けているようだ
「直接何か言ってくる事はなくなったんですが、こう遠くからじっと見られてる事があって。………ほら、今も」
リリィが指さした方向には、取り巻きCの姿が。
壁に隠れて、じっとリリィを見つめているらしい。
顔は割合イケメンなのだが、根暗そうな空気が台無しにしている。
「………うわあ」
「本当に気持ち悪くって。今日は1人だけですけど、他にいる時もあるんです。何かあったらすぐに報告しなさいって先生は言ってくれたんですけど………」
完全にストーカーである。
あれ以来、教師達が睨みをきかせているので、直接的な行動は避けているのかもしれない。
この学園において、生徒達は身分関係なく平等。ただし、生徒の上に教師がいる。嫌でもそれをしっかり理解したのだろう。
ただ、学園長の一喝で涙目状態になって逃げた双子のDとEだが、しばらくは大人しくしていたようだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、つい先日校舎に魔法をしかけてボヤ騒ぎを起こし、謹慎および反省文の提出という処分を喰らった。
「軽いボヤで済んだ事と、怪我をした人がいなかったのが幸いでしたけど………」
リリィが呆れるのも無理もない。
外見も中身も子供と言ったが、あの二人、まったく反省していない。
『ちょっと燃えただけじゃん!』
『誰も怪我してないじゃん!』
『『僕らがそんな失敗するはずないじゃん!』』
これである。
検査の結果、確かに使われた魔法も軽いもので、誰かに怪我を負わせるほどのものではなかった。
だが、もしそれで別のものに燃え移り、火事になっていたら。
もし、誰かが逃げる途中で押されたりして、怪我をしていたら。
たら・ればを言っても仕方の無い事だけれど、そうなっていた可能性はある。あの二人はそれがわかっていない。
「あの二人、反省すると思いますか?」
「天地がひっくり返ってもあり得ないわね。それに、これ以上はもうない」
先日の婚約破棄騒動で、王子達は既に崖っぷちだ。
散々説教されて、自分達がどれほどまずい立場にあるのかを少しは理解したらしく、今は大人しくしている。
もしこれ以上何かあれば、身の破滅に繋がりかねない。
だから、あの根暗な取り巻きCも影から見つめるというストーカー行為だけで済ませている。
単なるストーカーだけなら、実質的な被害がほとんどなく、こちらの訴えも通りにくいから。
「思い込みもあそこまで行けば病気よね。呆れるよりも寧ろ感心するわ」
「そもそも私、一度もそれを望んでなんていないんですが………」
「まあ、さすがにもう何もしてこないでしょう。自分の身が破滅してでもあなたと添い遂げる、なんて言えるほど度胸のある人間じゃないもの」
自分の立場を軽く見て、破滅するなどあり得ないとそう思い込んで行動を起こす。
そんな事が出来る人間なんて、それこそ本当の馬鹿だろう。
本当の馬鹿は、人の想像の右斜め上を突き進むから、余計面倒だ。
「………でも何だか嫌な予感がするんですよね」
「やめてよ。あなたの嫌な予感って無駄に当たるんだから」
続くかどうかは未定です。