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吾輩は!  作者: 俺
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吾輩は焦ると早口になる

「いや、それ化け猫ちゃうやん!!死神やん !!」


 僕はあまりの衝撃に関西弁でツッコミを入れた。そうでもしなければ凍えてしまいそうになるほど、マナの目の奥に鋭くて冷たいものを感じたから。もしかしたらツッコミ待ちかもしれないという淡い期待……いや、そんなものは無かった。マナが真面目に言っているだろうことはわかった。それでも「誰が死神であるか!吾輩は立派な化け猫である!」と言って怒ってほしかった。

 だけどマナはそんなふうには言わなかった。

「そうであるな」

 それだけ。

 そしてマナは、茫然としている僕をしり目に淡々と続けた。

「吾輩が2121歳だという話は最初にしたと思うが…化け猫がどうしてそんなに長生きでいられると思う?」

「し、知らんがな…」

 僕はせめてもの抵抗として関西弁を続けた。そんなもの全く無意味だろうに。

「生物が生きるためには何が必要であるか?」

「水やろ…」

「それと?」

「あ…愛…かな…?」

「食うことである、生きるためには他の生命を食うこと」

 マナは容赦なかった。冒険を楽しんでいるようなファンタジーに生きている僕の目に、現実という名の山葵を摩り下ろして塗布してきたのだ。これにはさすがに耐えられなかった。目に沁みる。堪え切れない涙が溢れる。

 マナがそっと僕の傍に近づいてきて、僕の頬に手をあて、涙を拭った。

 そして今度はさっきまでとは違って、優しく温かい声で言うのだ。

「喜一、お前が死んで悲しむ者は少ない。泣く必要は無いのである」

「い、いや…でも…お母さんとか…」

「それは誰とて同じこと。であれば、それ以外に付加価値が無く、最小限の犠牲で済ませたい。これは吾輩なりの人間への憐れみなのである」

「い、嫌だ…!近寄るな!!」

 もはや僕は関西弁も忘れ、這うようにして後ずさった。すかさず間合いを詰めるマナ。

「諦めろ喜一。最後に…吾輩の化け猫としての真の姿を見せてやるのである…」

 マナの目が赤く光った。真の姿というのだから、この今の可愛らしい姿は見る影もなく消え失せ、筋骨隆々で口が大きく裂けた化物へと姿を変え、物理的に僕を飲みこんで骨を砕き、血を啜るのだろう。

 せめて…せめてなんかこう魂を吸収するだけとかそういう方向にしてほしかった感があった。


 しかしそれから数分後、マナは僕に背中を向け首を傾げていた。僕はまだ食われてはいない。

「おかしい…実におかしいのである」

 僕は恐る恐るマナの背中に声をかけた。

「あの…真の姿は…?」

 相変わらずマナは可愛らしい少女の姿を留めている。くるりと僕のほうへ向きなおったマナは困惑の表情を浮かべていた。

「いや、真の姿を見せようとはしたのである…したのではあるが…」

「出来なかった?」

「うむ」

「なんで?」

 僕の問いかけにマナは再び首を傾げた。どうやら彼女にも理由がわからないらしい。まあ、長い人生思い通りにいかないことくらいあるってもんだ。とはいえ、僕はなんとか生命の危機を脱したことにほっと胸をなでおろした。

 そんな僕を見て、マナは必死で本来はかくありきという内容を解説し始めた。


「目が赤く光ったであろう?あの後本当は、この少女としての身体が背中から裂けるはずなのである。美しい漆黒の毛、それは鋼鉄よりも硬く、それでいて絹のように柔らかで…その毛に包まれた吾輩の足が飛び出す。もちろんツメはこの地球上にあるあらゆる物質を切り裂くことが出来るのである。他にも吾輩の口、大きく裂け、牙も鋭く、それでいて、なんと吾輩炎や吹雪を吐くこともできるのである。これにより、狙った獲物が例え逃げようとも一瞬で丸焼き、もしくは完全に凍らせてしまうことが出来るのであって、喜一の事も焼いて食べようと思っていたのであるが…」

 さっきまでの余裕を持たせた喋り方とは一変し、相当な早口で喋る彼女。思っているより焦っているらしい。

 しかしなんて説明だ。

「いやぁ、それは残念だったね。まあ僕は助かったけど」

「誠に残念である…」

 とにもかくにも、助かったんだ。こんな化け猫さっさと捨てて来よう。

「とりあえずさ、もう元の猫の姿に戻れば?ほら…案外その姿が魔力?を使ってるのかもしれないじゃん?」

「おお、そうであるな」

 マナはしばし待てと言って、また少女になって来た時同様、部屋から出て行った。

 一人になった部屋に寝転がる。

 生命の危険を感じはしたものの、結果として助かったわけだし、スパイスの分量が大きく間違えられた気はするが、刺激的で良い体験が出来たと思う。学校では出来ない体験だ。

 僕はここ1、2時間の体験を締めくくるように脳内でまとめていた。マナが戻って来たら上手いこと言って外に連れ出してそのまま捨てて来よう。変身出来なかったことを落ち込んでいたから、気晴らしに散歩に行こうと誘えばきっとすんなりついて来るだろう。


 ガチャリとドアの開く音がして、僕はそちらに目をやった。

「随分遅かったね。あのさ、気晴らしに散歩でも…」

「喜一…」


 僕の目の前に、再びマナが少女の姿で現れた。

「喜一…吾輩、猫にもなれなくなったのである…」

 そういうとマナはその場にペタンと座りこんで泣きだした。猫の癖に「にゃあ」じゃないところから察するに、何か彼女にも普通とは違うことが起きているらしい。


 もしかしたら、僕の人生の傾きは、僕だけではなく彼女の人生をも60°くらい傾けてしまったのかもしれない。

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