吾輩は美少女である
「この姿の吾輩を見てもさっきのような態度が取れるか?」
「うぐ…」
目の前で勝ち誇った笑みを浮かべている少女は、確かに僕が今まで見た誰よりも可愛かった。
猫由来なのか目は大きく、低めの鼻と小さな口が幼さを演出、少し上がり気味の眉毛が気の強さを醸し出しているものの、見るからに華奢な身体つきが「ちっちゃいのに偉そう」感を存分に表していた。何を隠そう僕はロリコンでMだから、そういう子が好みのタイプなのだ。
「お前は吾輩が思っていたより変態だったのであるな…」
引きつった顔で僕を見るMadderNight。
こいつ…また僕の思考を読んだな…
ん?待てよ?それじゃあ例えば僕が…
どうやら思考を読めるというのも良いことばかりではないようだ。
MadderNightは顔を真っ赤にして僕から離れた。
「へ、変態め !!なんと破廉恥な!!わ、吾輩に対してそのような…!!」
「僕の思考を勝手に読むからだ、嫌だったらこれから僕の思考は絶対に読まないこと」
「うっ…ぐ」
「約束出来ないなら僕はこれからも思考の中でお前を…」
「わ、わかったのである。約束しよう、今後お前の思考は読まないのである」
今度は僕が勝ち誇った笑みを浮かべる番だった。MadderNightを見る。こんな光景滅多に見れるもんじゃない。可愛い女の子が僕に言い負かされてガックリと肩を落とし敗北に打ちひしがれているのだ。
あれ?そういえば…
いつの間にか、緊張感が抜けていたことに気づいた。
あの特有の脳を溶かす甘い匂いが消えたわけじゃない。あの特有の目を眩ます視線が失せたわけじゃない。たしかにまだすぐ目の前にあるのに。
もしかしたら僕は、こいつなら平気なんだろうか…
相変わらず打ちひしがれているMadderNightに、僕は手を差し伸べた。
「馬路喜一だ。 喜一って呼んでくれ」
MadderNightは、まだ警戒しながらそろりと僕の手を取った。柔らかくて滑らかで、暖かい手。僕はその手を握りしめた。
「何て呼んだら良い?MadderNightは流石に呼びにくい」
「す、好きなように呼べば良いのである」
まだ警戒しているからか、それとも照れているのか、MadderNightは視線をずらしぶっきらぼうに言う。
「そうだなぁ…じゃあマダーナイトの頭文字をとって、マナは?」
――それから、かるく二時間。
「もう一回呼ぶのである」
「マナ」
「…うんうん、もう一回、今度はちょっと強めに」
「マナ!!」
「…うんうん、じゃあ次は…」
コードネームではない初めての名前がよほど嬉しかったのか、こういうやり取りを延々と繰り返していた。
化け猫といえど、意外と可愛いところがあるらしい。そのうち御主人様~とか言ったり、語尾に~にゃを付けたりしないだろうか。
「喜一!!」
突然大声で呼ばれて、僕は思考の世界から引き戻された。一瞬また思考を読まれたかと思ったが、マナの顔を見ると怒った様子もない。約束はきちんと守る主義のようだ。
僕は、ゴホンと咳払いをして体裁を整えてからマナに応えた。
「どうした?」
「もう十分満足したから、本題に入りたいのである」
「本題…?」
マナは俺の前にペタンと座り込んで、話を続けた。
「吾輩が何の用もなく、人間にその正体を明かすと思うのであるか?」
「さぁ…どうだろう?」
「むぅ…吾輩はそんな安っぽい化け猫では無いのである。吾輩は、とある目的を持って喜一に接触することにしたのである」
その言葉に僕は衝撃を受けた。
今、彼女は「人間」とは言わなかった。「喜一」と言ったのだ。彼女は最初から僕をターゲットにしていた。偶然じゃなく、他の人間ではなく、この僕を選んだんだ。
何かとんでもない事に巻き込まれそうな、トラブルと冒険とロマンスが入り混じった匂いを感じて、僕は唾を飲み、次のマナの言葉を待った。
「喜一…」
潤んだ瞳が、僕の心臓を鷲掴みにしようとする。僕は懸命にその魔力から逃れようと顔を背けた。
そっとマナの手が僕の頬に触れた。
僕は負けた。その魔力に。いつの間にかマナの瞳に吸い込まれていた。
「喜一、我輩に生命を捧げてほしいのである」