吾輩は雌猫である
黒猫、MadderNightとの衝撃の出会い。なぜかこいつは後をついてきて、僕の部屋でくつろいでいる。幸い両親が猫好きだったから、いきなり猫を連れて来てもたいした文句は言われなかった。こいつが僕の両親に愛嬌を振りまいたのも、両親がこいつを受け入れる気持ちになった要因の一つだ。
…と、まあそういうわけで冒頭の状況に戻る。
「吾輩は化け猫である…」
耳打ちするように近づけてきたMadderNightの顔を、手でグッと押し戻して僕は答えた。
「そりゃそうだろうな」
「むぎゅ」
MadderNightは僕の対応に不服そうな顔をして言った。
「もう少し反応のしようがあると思うのだが…」
尻尾を立て、ピョンと飛んで僕の部屋の机の上に飛び乗る。カーテンから射した夕日がそのしなやかなフォルムを映し出し、光を浴びて黒はより黒さを増している。
ぼんやりとその姿を眺めていた僕は、ふと違和感を覚えた。
「ん…?」
「どうしたのだ?吾輩へ聞きたいことがある様子だな?」
MadderNightは、嬉しそうな顔をして尻尾を振り、こちらを向いた。
違和感の正体は何なのか?僕は返事をせず、しばらくそのままMadderNightを見つめる。
小さめの頭、子猫より多少大きい程度の大きさで、痩せ型で引締った胴体、自由自在にくねくね動く尻尾…頭からつま先まで、順番に目をやって僕は違和感の正体を突き止めた。
「あ…!」
思わず出た声に、MadderNightが応える。
「なんであるか?」
「なぁ、お前って…」
そこまで僕が言いかけると、MadderNightは、僕の思考を読みとったらしい。僕の肩に飛び乗り、再び僕の耳元に顔を近づけた。
「喜べ変態、吾輩は雌猫である」
僕はもう一度MadderNightの顔を手で押しやった。
「むぎゅ」
「いくら僕でも猫の雌に用は無い」
「乱暴な奴である…だからモテないのである」
MadderNightは僕の肩から飛び降りて、尻尾を揺らしながら続けた。
「お前は化け猫というものをわかっていないのである」
「わかっているはずが無いだろ」
「しばし待っているのである」
そういうとMadderNightは、器用にドアノブに飛び乗って体を使いドアを開け、部屋の外に出て行った。
一人で静かになった部屋の空気を吸った。
なんだか笑えてきた。
確かに僕はモテない。それどころか、女子と喋った最後の記憶は小学校の頃。そして、数年ぶりに女子(と言えるかどうかは置いておいて)と喋ったのが、人間ではなく猫だ。
なんて人生だ。世間の情勢を考えてみれば、 僕の歳くらいにもなれば女の子と喋るなんて当たり前の事過ぎる。リア充なら喋るどころかしゃぶられてるはずだ。それなのに僕ときたら…
ガチャリとドアの開く音がして、僕は思考をやめ、ドアのほうに目をやった。
「えっ…?」
あの、特有の脳を溶かす甘い匂いがした。あの特有の目を眩ます視線があった。
息が止まりそうになる。酷く喉が渇く。声が出ない。
どうして…?何?一体、どうなってる?
長く黒い髪を手でなびかせ、女の子が自慢げな顔を向けてながら言った。
「喜べ変態。吾輩は偉大なる化け猫MadderNight…人間の女子に化ける程度のこと、容易い」
何がどうなっているのか、まだ理解は出来ていない。
だけど、感覚的に僕はわかっていた。
30° だった僕の人生の傾きが、今、45°くらいになったってこと。