吾輩は猫である
吾輩は猫である。名前はMadderNight。名前といっても親が付けてくれたものではなく、一種の通り名、コードネームという類のものである。
性別は雌、年齢は2121歳。通常の猫の寿命が10代後半~20代であることを考えれば長生きしていると言える。
しかし、ただ健康で長生きであるわけではない。
そこまで言うと、目の前の黒猫は僕の耳元に顔を近づけ、声を潜めて続けた。
「吾輩は化け猫である…」
僕は高校二年生である。名前は馬路 喜一。
好きな科目は無い、得意科目も無い、嫌いな科目は体育。身長は163cm、体重82kg。小さい頃に頭のてっぺんを縫う大けがをして、今でもそこが10円ハゲ。おまけに視力は両目共0.01でメガネが手放せない。要するにハゲデブメガネだ。クラスメイトにもそのことでよくからかわれる。あだ名は「グラサンデブ河童」だ。
グラサン要素は無いだろ!!と思われたかもしれないが、僕は素の見た目があまり良くないことを自覚していたから、せめてメガネだけでもお洒落しようと思ってメガネに紫外線カットの加工をしたものを使っていて、それは少しメガネに黒っぽい色が入る。だからグラサン要素もある。余計なことしてしまったかなと後悔したこともあったけど、「グラサンデブ河童」か「メガネデブ河童」かの差だ。語呂でいけば前者のほうが語呂が良いと自分に言い聞かせて納得することにした。
そんなわけで、僕にはからかってくるクラスメイトはいるものの、友達はいない。ましてや彼女なんて今後ずっとできる気がしない。ただただ一人で、毎日変わらない学校生活を死んだように過ごしていた。
そんな僕が唯一生きて過ごせる時間が、帰り道だ。
誰とも関わらないで良い、僕の人生で唯一僕が主役になれる自由な時間。僕はその時間、遠回りしたり、寄り道したりしながら楽しむのを日課にしていた。ちなみに僕はそれを冒険と呼んでいる。
説明が長くて随分周り道したが、その日も僕は、退屈で平凡な日常を劇的に変えてくれるスパイスを探して冒険しながら家に向かって歩いていた。
もしかしたら女の子が空から降って来るかもしれない、もしかしたら女の子が曲がり角でぶつかって来るかもしれない、もしかしたら女の子が地面から生えてくるかもしれない、もしかしたら…
「お前の脳内は発情期の雄猫であるな」
僕が主役としてイキイキ過ごしている時間を突如背後から切り裂いた声に、僕は小さく悲鳴をあげて振り向いた。
「あ、あれ…?誰もいない…?」
僕の背後には誰もいなかった。黒猫が、馬鹿にしたような顔をしてこちらをじっと見ていた。ついに幻聴まで聞こえるほど僕は僕自身をダメな奴だと追い詰めて、そんな姿を見て猫にまで馬鹿にされるのか。僕は肩を落とし、ため息をついて、こちらを見ている黒猫に呟いた。
「こっち見んな」
「お前に命令される義理は無いのである」
気持ちが良いほどすぐに応答が返ってきた。まあ、たしかにおっしゃる通り。
僕は向きを変え、再び冒険の続きに戻ろうと歩みを一歩進めたところで
「うわああああああ猫が喋ったァァァァァァァァッ!!!?!?!?!?!?!?」
僕の人生の主役は、僕じゃない。そんな僕にとって至極当たり前で、常識で、絶対的ルール。
だけど、その瞬間、30°くらい変わり始めたんだと思う。