第8話:作戦会議
「この魔導書たちを順番ど〜り!分類べ〜つに、並べてくださ〜い!」
本の山を見上げて固まるリクをよそに、管理人は体をくねらせながら言った。
リクの住んでいた世界では見たことのない文字で書かれた表紙の本ばかりで、順番も分類も何一つ分からない。手に取った本を呆然と眺めるリクには目もくれず、管理人は自分の持ち場に戻ってしまった。
「それはここ」
不意に声をかけられ、リクがナツメを見ると、ナツメが本棚の一点を指さしていた。
「あ、ありがとうございます・・・」
「堅苦しいなあ。敬語使わなくていいよ、ボクは気にしないから」
指示された場所に本をしまったリクに、ナツメは本を並べながら素っ気ない態度で言った。
「わかりまし・・・わかっ・・・・・・た」
ナツメの鋭い眼光が、敬語を使いかけたリクを制した。昨日の件もあってか、リクはナツメの事が少し苦手であった。原因を作ったのは自分だが、あの剣幕を思い出すとどうにも萎縮してしまう。隣でテキパキと本を整理するナツメを見ながら、リクはそんなことを考えていた。
「なに?」
「な、なんでもないよ・・・!」
リクの視線に気づいたのか、ナツメはぶっきらぼうに言った。思わずリクは肩をびくりと震わせ、ナツメから視線を外した。
「あの、さ・・・」
そんなリクの様子にしびれを切らしたのか、ナツメは怒っているような、悲しんでいるようなどちらともとれない声で言った。
「ボクのこと、嫌い?」
「え・・・?」
リクが視線を戻すと、目の前のナツメはとても寂しそうな顔でリクを見つめていた。
「そ、そんな!嫌いじゃないよ・・・ただちょっとだけ、怖い・・・かな」
リクがそう答えると、ナツメは右手で自分の左ひじを抱え、足元へ視線を落とした。
「そっか」
「ごめん・・・」
二人の間に長い沈黙が訪れる。何か言って取り繕うべきか、そう考えたリクが口を開こうとした時、ナツメが話し始めた。
「昔からそうなんだ。自分の気持ちを上手く伝えられなくて、いつも相手を傷つける。本当は仲良くなりたいんだけど、口から出るのは棘のある言葉ばかり。それで気づいたら一人ぼっち・・・」
そこまで言ってナツメは右手をぎゅっと握った。制服の袖が皺を作る。ナツメの表情はひどく悲しそうで、それでいて寂しそうであった。そんな彼女の姿を見て、リクは自身の苦い記憶が蘇った。
小学校や中学校時代に、ともに空想に浸り非現実的な日常を思い描いた友人たちは、いつしか大人になり、高校生にもなると周りの友人たちは、リクとはまるで違う人間になっていた。彼らがおかしいのではない、自分が大人になりきれていないだけだ。頭では分かっていても、リクはそれがひどく悲しく、寂しかった。
人間とは残酷な生き物だ。周りと違う少数は迫害され、やがて大多数に淘汰される。リクは前者であった。いつまでも子どもな自分は、彼らの環境に不適だったのだろう。仲間外れや陰湿な嫌がらせは日を追うごとにエスカレートし、やがてリクは学校へ行くことが嫌になった。
不登校になってから1年が経過した高2の春。魂の抜けた人形のように、自室に引きこもって現実逃避を続けるリクを、空想から引きずり出したのは一人の少年であった。彼に救われ、今のリクがある。
今、目の前にいるナツメも一人ぼっちではない。過去に何があったのかは分からないが、仲間に囲まれているナツメはとても幸せそうだ。付き合いの短いリクでもそれだけは分かる。
「そんなことない・・・!」
振り絞るように言ったリクの言葉に、ナツメが驚いた様子で顔を上げる。
「確かにナツメさんは厳しいところがあるけど、きっとそれは相手を思っての事だと・・・思うし、悪い人じゃないのは見れば分かるから・・・その・・・・・・一人ぼっちじゃ、ないと思う」
勢いに任せて発言してしまったため、着地点が見つからずにしどろもどろになるリクを見て、ナツメがクスリと笑った。
「なにそれ・・・。でも、ありがとう・・・」
そう言って微笑むナツメの顔は嬉しそうだった。初めて見る曇りひとつないナツメの表情に、リクが思わず見とれているとそれに気づいたのか、ナツメがつっけんどんな顔に戻った。
「なにさ、ジロジロ見て」
「いやあ、ナツメさんそんな顔もするんですね」
「はあ?失礼だなあ」
不愉快そうにリクを睨むナツメは、どこか楽しそうでもあった。境遇も性格もまったく異なるが、どこか親近感が持てることを知った今、ナツメに対して抱いていた恐怖心はリクの中からすっかり消えていた。
「それよりあれ、隊長から預かったんでしょ?書庫整理のついでに探すの手伝うから見せてよ」
ナツメが手のひらをリクに向ける。あれとは朧がリクに渡した羊皮紙のことだろう。千年界の言葉で何やら箇条書きされている。
「あ、うん。これのことだよね」
リクが差し出した羊皮紙を受け取り、ナツメがそこに書かれている文字に目を落とした。リクには解読不能な異世界文字だ。
「5年前のアルネミ平原ベーゼ迎撃戦における東部方面軍第三騎士隊の戦闘報告書。あとは・・・SS区分個体に関する資料だね。これを見れば、リクくんが知りたい事が分かるかも」
この世界の人間だから当たり前のことだが、この難解な文字をすらすらと読むナツメを、リクは羨ましく思った。
「あ、読めないよね・・・?そしたら、ちょっと待ってて」
羊皮紙を覗き込んで首を傾げるリクの様子から察してくれたようだ。ナツメはリクにそう告げると、離れた場所にあった本棚から一冊の本を取り出して戻ってきた。
「この上に手を置いて」
「え、うん」
言われるがままリクが本に右手を乗せると、ナツメはその上に自分の右手を重ねた。
「確か・・・こうだったかな?『汝、彼の者に万物を読み解く知恵を与えよ』」
ナツメが呪文のような言葉を唱えると、本の上に置いた手を中心に魔法陣が展開された。チコに回復魔法をかけられた時とは違った感覚が、リクの手を伝って頭へと駆け巡る。流れ込んできた膨大な知識が、文字となってリクの脳内で次々と広がっていく。今まで記憶していた言葉や文字の一つ一つに、先程まで読めなかった文字が結び付けられていく。
「こ、これって・・・!?」
「これはこの世界の辞書。魔法を使って中身を全部頭に流し込んだ」
ナツメが辞書の表紙を見せるようにしてリクに向けた。そこにはしっかりと『辞書』と書かれているのが理解できた。
「みんな本をこうやって読むの?」
「まさか。普通に読むよ。これは手っ取り早く読む方法。その代わり、めちゃくちゃ疲れるけどね」
リクが尋ねると、ナツメは笑い混じりに肩をすくめた。確かに彼女の言う通り、長時間テスト勉強を続けたような疲労が蓄積しているのをリクは感じた。
「なんだか頭が重い」
「そりゃそうだよ、辞書だからね。情報量が他の比じゃない。脳疲労もすごいだろうね」
頭を押さえて唸るリクを見ながらナツメが言った。しかし魔法とはすごいものだ。こんな分厚い本の内容を一瞬で頭に叩き込めるとは。元の世界にあったら是非ともテスト勉強に使いたいものだ。
「でも、おかげで読めるようになったでしょ。感謝してよね」
「ありがとう・・・」
表紙の文字が書かれた部分を指でトントンと叩いてナツメは誇らしげに言った。自分から言うのかとリクは少しイラッとしたが、それを差し引いても感謝が勝った。
「それじゃ、この魔導書たちをさっさと片付けて目的の資料探しをしよっか」
魔法の便利さに失念していたが、ここに来た目的はあくまで書庫の整理だ。リクは背後の魔導書の山を見て憂鬱な気持ちになった。
「一冊ずつ本棚にしまうとなると、この量だからかなり時間がかかるだろうね。けど、裏技があってね」
「裏技?」
「うん、こうやって・・・」
ナツメは両手を広げて本の山を見上げた。すると、山積みになった本が生き物のようにカタカタと震え始めた。
「え、ええ・・・!?」
驚くリクをよそに、ナツメは静かに目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
「汝に命ずる。"整列せよ"」
ナツメが命令すると、それまで震えていただけの本が空中で整列し、次々と本棚に収まっていった。映画で見るようなその光景は圧巻というほかなかった。
「す・・・・・・ご・・・」
あまりの出来事にリクのボキャブラリーは皆無だ。
「ざっとこんなもんかな。うちの隊でこれができるの、ボクだけなんだ」
きれいに整った本棚を見上げながら、満足そうにナツメが言った。その横顔は達成感に満ちていた。
「これ、どうやったの・・・?何かコツとかあるの?」
「うーん。強いて言うなら、本と仲良くなる事かな」
「仲良く・・・」
リクにはナツメの言っていることが微塵も理解できなかったが、そもそも魔法の使えないリクはそういうものだと割り切る事にした。
「本棚も片付いたことだし、お目当ての資料探しに行こうか。戦闘記録とかは、閲覧規制がかかってなければこの先にあるから、すぐに見つかると思う」
ナツメに案内されるまま更に奥の本棚へと進むと、収められているものが本ではなくファイルに変わった。それらの中からナツメはいくつかのファイルを本棚から抜き取った。
「はいこれ。多分閲覧規制無しだよ。もし規制されてたら、色々と面倒な手続きがあったからね」
そう言ってナツメはリクにファイルを手渡した。渡されたファイルは全部で二冊。先程の辞書ほどではないが、どれもそこそこの厚みがある。二人は少し離れた場所にある閲覧スペースに移動し、『アルネミ平原における戦闘報告』と題されたファイルを開いた。ナツメがペラペラとページをめくる手を止め、リクが読みやすいようにファイルを反転させた。ナツメが指さした箇所にはこう書かれていた。
『アルネミ平原においてベーゼとの交戦中、データベース未登録のベーゼ個体と遭遇。第三騎士隊のうち、ルフライ大尉率いる二個中隊が迎撃にあたるも部隊は壊滅。中隊長ルフライ大尉の決死の一撃により、辛うじてこれを退ける事に成功。なお、今迎撃戦においてルフライ大尉を含む第三騎士隊17名が殉職。当ベーゼ個体の危険度並びに被害状況を勘案し、同個体をSS区分と認定。ベーゼ対策委員会はこれをバイアテミスと名付けた』
見開きになったそのページは右が報告書、左は第三騎士隊が交戦したとされるベーゼのスケッチが載せられていた。異様なまでに発達した左腕の鉤爪、黒く禍々しい背中の翼。西洋の悪魔を連想させるその姿は、まさしくリクに重傷を負わせ、アキを攫ったベーゼであった。
「こいつだ・・・」
あの時の怒りが再び燃え上がり、リクの肩を震わせた。そんなリクを落ち着かせるように、ナツメがもう一つのファイルをリクに差し出した。
「もう一体、いたんだよね?リクくんの話からするに、これだと思うけど・・・」
そう言ってナツメが示したページには、スケッチのみが載せられていた。しなやかで筋肉質な白い全身。顔と呼べるパーツは無く、規則正しく並んだ金色の爪のようなもので囲われた楕円形の黒い盛り上がりの中心に、目と思われる赤い光があった。右腕の肘から下は真っ黒なタコ足のような触手の束になっており、左腕の肘から下はカマキリのような形。背中にはトンボのような二対の羽が生えていた。バイアテミスに比べると記憶が曖昧だが、こいつで間違いないだろう。
「これは?」
「これはシュタルク。この個体に関しては残念ながら閲覧規制の対象だから、ボクもこれ以上は分からない」
そう言ってナツメは首を横に振った。閲覧規制がかかるということは、何か機密事項に関する情報があるのだろうか。
「でも、シュタルクについては隊長が詳しいと思うよ。詳しくは教えて貰えないだろうけど、機会があったら聞いてみる価値はあるかもね」
落胆するリクを見かねたのか、ファイルを片付けながらナツメが教えてくれた。立ち上がって歩き出したナツメのあとに続き、リクも歩を進める。
「ただ一つ、隊長はあまりその話をしたがらないから、タイミングは考えないとダメだよ」
本棚にファイルを戻しながらナツメはそう付け加えた。
朧の階級は少佐だ。そこまで昇進するためには、それなりの期間や功績が必要なことはリクでも分かる。ところが彼の見た目はどう見ても二十代前半、下手したら十代後半と言われても何ら遜色ない。普通に考えれば、そのような若者が佐官になり得るとは思えない。しかし、さきの国王の変身といい、この世界における年齢と見た目は比例しないと思った方がいいだろう。それならば今までに出会った将官が軒並み若い見た目をしていたのも納得がいく。
書庫整理に来る前、王国騎士団の一員として少尉の階級を受けた時もリクは大変驚いた。一般兵が通過する二等兵から上等兵の階級を飛ばして任命されたうえ、しかも魔法戦闘を主力とする部隊の少尉だ。過去に軍隊に所属していたとか、何か特別な能力を持っているならまだしも、ズブの素人で魔法も使えない自分がだ。きっと隠された理由があるのだろうが、リクには身に余る身分であった。
少佐になるまでに多くの戦闘を経験したであろう朧が話すことを拒む事柄となれば、その背景に凄惨な過去があることは想像に難くない。ならばナツメの言う通り、闇雲に問いただすのは気が引けた。
「なにボーッとしてんのさ。書庫整理終わったし、管理人さんのとこ行くよ」
「あ、うん」
ナツメは気難しい顔で考え事をするリクを訝しげに見つめたが、すぐに踵を返して歩き出した。
報告を受けた管理人は、たいそう喜んだ様子で二人の周りを飛び回った。ご機嫌な管理人に見送られ、二人は書庫を後にした。
「ご苦労だった。お目当ての物は見つかったか?」
「はい、見つかりました。ナツメさんのおかげで」
首都の図書館ほどではないが、毎日のように新たな本が追加される王宮の書庫整理は、朧であっても骨が折れる作業だ。小物に魔力を伝達し、それを意のままに操る技術を持つナツメはこの作業に適任だろう。それに、リクとナツメの仲直りを期待しての人選だ。はじめはお節介かと懸念していたが、彼らの様子を見るに成功だったようだ。
「うまく打ち解けたみたいですね、隊長」
朧の思惑を見抜いたのか、レイが嬉しそうに耳打ちした。朧が振り向くと、レイは小さくウインクをした。
「ささ、座って座って!そろそろ来るだろうと思って、ケーキと紅茶を用意してあるから召し上がれ」
いつの間にか給湯室へ行っていたロイが、二人分のケーキとティーセットを持って戻ってきた。
「わあ、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
ナツメとリクは嬉しそうにそれを受け取った。いつも涼しい顔をしているナツメだが、甘味には弱い。クールな表情がすっかり綻んでいる。隊員の中ではマルスの次に年上だが、それでも19歳。中身は少女だ。可愛いものや甘いものが好きな年頃だろう。ふとした瞬間にクールぶった仮面が剥がれるところが、彼女の可愛らしい部分でもある。
「一働きした後だ、ゆっくり休むといい」
「ボクたちが向こうに行ってる間に何かあった?」
ナツメが口に運んだケーキを飲み込んで言った。朧が持っていた冊子に気づいたのだろう。
「ああ。ロイ様から直々の任務だ」
朧が手渡した冊子をパラパラとめくり、ナツメが顔をあげた。
「密猟グループの調査?それにしても、面倒な奴らがいるね」
軽く読んだだけで要点を理解することができるのは、ナツメの特技である速読だろう。感心する朧に冊子を返し、ナツメは紅茶に口をつけた。
「それにしても、大将から直接依頼されるって珍しいことだよね」
マルスが小首を傾げた。確かに、通常であれば命令系統の構造上このような形で任務を受けることはない。しかし、アステライド王国のそれは他の国とは違いフレキシブルな構造になっており、時と場合によっては将官から直々の任務を命じられることもある。
「かねてから問題視されていた事だからな。遅かれ早かれどこかの部隊に命令が下っていたはずだ」
「それがたまたま私たちだったって事ですよ」
レイが足をパタつかせる。仮にも将官の前でこれだけリラックスした態度を取れるのも、ある意味レイの長所でもあるが。それでも将官たちにあまり礼儀に厳しくない人が多いのは助かる。佐官には口うるさい人が多いというのに。
「たまたまじゃないよ。僕がわがまま言って指名させてもらったんだ。イトゥラくんの部隊の他には、適任なのは君たちくらいだからね」
「そうだったんですか!私たちもずいぶん出世しましたね、隊長!」
「落ち着け」
嬉々として朧に目線を送るレイは尻尾を振る子犬のようであった。アルマージとしては朧の身に余るほど群を抜いた能力をもっているレイだが、少々お調子者なところが玉にキズだ。
「将官を前にしても普段と変わらない振る舞い。僕はそれでいいと思うよ、レイちゃん」
ニコニコと笑うロイの視線は、愛娘を見守る親のようであった。
「はい!これが私のアイデンティティです!」
薄い胸を張ってレイが鼻を鳴らした。
「さてと、時間が来たみたいだ。僕は次の予定があるから、これにて失礼するよ」
懐中時計を取り出して、ロイが立ち上がった。
「では、私たちもレノボルンへと帰還させていただきます」
朧たちも続いて立ち上がる。
「良い報せを待っているよ」
朧と隊員達を見回して、ロイが微笑んだ。
「は。お任せ下さい、ロイ様」
退室するロイを一番隊は敬礼で見送った。
「夜遅くにすまないな」
謝罪する朧に、呼び出された各隊の隊長たちは首を横に振る。
時刻は午後9時を回り、本来であれば隊舎はそろそろお休みムードに入る頃だ。隊員の中には既に就寝している者もいるだろう。しかし、一番隊の隊舎、そのリビングだけは緊張感のある空気が流れていた。
「これより作戦会議を開始する。今回、大将ロイ様から命じられた任務は、密猟組織の拠点の調査及び構成員の拘束だ。なお、奴らの拠点に囚われていると予想される生物については、我々が拠点制圧後にロイ様の部隊が回収班として保護する手はずだ。それに伴い、今作戦における臨時の部隊を編成する」
朧が回した資料をホムラ、ラスター、ランドルフ、チコの四人の隊長が真剣な顔で見つめている。彼らから少し離れた所に一番隊の隊員達も同様に座っている。
「つまり、オレたちは敵の制圧だけをすればいいってことだな!」
わざとらしくキザなポーズを決めながらホムラが言った。その髪はメラメラと炎を纏っている。
「その認識で構わない。あとそれやめろ暑苦しい。それとランドルフ、すまないがお前達は今回も留守番だ」
「だろうと思ったよ。ったく、大人しくアルカイオスの整備でもしてるよ」
若干ふてくされた様子でランドルフは言った。
「朧っちが行くなら、私たちも行く必要は無さそうだね。あんたたち怪我しないし!」
そう言ってチコはケラケラと笑った。今回も少数精鋭で臨むことになるだろう。任務に参加せずに待機する隊員がほとんどだが、何かあった時のために情報共有はしておきたい。朧が隊長を全員集めたのはそれが理由だ。
「オレたちはどうしようか?連絡網を構築するほど大規模な出撃じゃないし。っとあぶない」
ゲーム機をいじりながらラスターが質問した。
「そうだな。今回の作戦は敵の増強部隊の可能性は無いだろう。部隊は一番隊と二番隊の二個中隊編成で行うつもりだ。だが、不測の事態を避けるため敵の通信手段を遮断しておきたい」
「このくらいの範囲ならオレ一人で十分だね。じゃあ、二個中隊とオレ一人って感じで」
ラスターは相変わらずゲーム画面しか見ていないが、話はしっかりと聞いている。
「ああ、任せる。」
「ところで、あれが噂の新入りか?」
一番隊の隊員達が座っているテーブルを見やってランドルフが尋ねた。リクは隊員達に作戦概要を説明してもらっていたが、ランドルフの視線に気づき挨拶をした。
「一条リクです・・・!」
「そんな緊張しなくていーよー。オレはラスター、五番隊の隊長をしてる。これからよろしくね、リク」
「はい・・・!」
ラスターはマイペースだが仲間には優しい。不健康でやつれた見た目とは裏腹に、意外と情に厚い一面もある。
「初々しいじゃねえか。俺らにもこんな時代があったなァ・・・。俺はランドルフ!四番隊隊長だ!」
ランドルフが懐かしそうにリクを眺める。
「作戦会議も大事だけど、まずは遊撃隊について知ってもらいたいね。どうせまだ説明してないんでしょ、朧っち?」
朧が申し訳なさそうに頷くと、やっぱりと言ってチコが説明を始める。
「私たちはアステライド王国中央軍所属の遊撃部隊。ここレノボルンは東部方面軍の管轄だけど・・・そこはまあ置いといて。遊撃隊の主な役割は簡単に言うと主力部隊とは別に、臨機応変に敵に攻撃を仕掛け戦闘を優位に運ぶこと」
「最近は平和だから、昔みたいに領土をめぐって他国と戦争をするとかは無いけどね」
「だから今は将官たちの便利屋に近いよな。平和が一番とは言っても、鈍っちまうよなァ・・・」
不満そうにランドルフがため息を漏らす。
「・・・でも戦争は終わってない」
「ベーゼ・・・」
ぽつりと言ったリクにチコが頷く。
「魔導大戦と呼ばれる長い戦乱時代に終止符を打ったのがベーゼ。国同士が戦争をやめたのは、奴らに対抗するため」
チコの説明をリクは難しそうな顔で聞いている。
「名目上はね。平和条約が結ばれたのは、まだベーゼに対抗する手段が不明だったからってだけで、それはもう何百年も前の話。当時、調印式に参加した国々はもうほとんどベーゼを倒す術を確立した。だから、条約を破棄した国もいくつかある」
血色の悪い顔の眉をひそめ、ラスターが魔法でスクリーンを作り出してリクに地図を見せる。
「アステライド王国の北部にある険しい山脈を越えた先にあるのが、ダラムリア帝国だ。平和条約を真っ先に破棄したのがこいつらだ。最近になって近隣諸国と武力衝突を何度か起こしている。ベーゼとダラムリアの侵略問題に、色んな国が手を焼いているとこだ」
ダラムリア帝国の場所を指しながら、ランドルフが言った。
「なんだか歴史の授業みたいになっちゃったけど、今回の作戦を遂行するにおいて予備知識はつけておいて欲しくてね」
そう言ってチコは肩をすくめてみせた。
「これから先、任務で国外に赴く事もあるだろう。その際、ダラムリア帝国の介入を警戒する必要があるということだ」
朧が言うと、リクの表情は更に険しくなった。
「でも、今回は国内任務ですし、さすがに帝国の妨害は・・・」
リクの隣で、レイが小首を傾げる。
「それが面倒なことに、密猟グループの輸出先に帝国も含まれているのよね・・・」
チコが顔をしかめる。
「内通者もいるみたいだし」
ラスターが指した手配者が載った資料のページには、確かに帝国出身の者がいた。
「万が一に備えて行動しなければならない」
「帝国の奴らとは、できれば遭遇したくねえもんな」
ランドルフがソファの背もたれに身を投げ出す。
「帝国の人達は強いんですか?」
「強いっていうか、タチが悪い。細かく分断した相手を執拗に叩くような陰湿なのが多いんだよ。部隊長クラスになるともう最悪だね。ドラゴンの次に嫌われてるよ」
リクの質問にラスターが答えた。以前に帝国の部隊と戦った時のことを根に持っているのだろう。その言葉には嫌悪がにじみ出ている。
「もし、帝国の奴らと出会っても朧っちがいるから平気だよ!」
心配そうなリクを励ますようにチコが言って朧を見た。
「そんなに過信するな」
「そうなんですか・・・!」
複雑な面持ちで返す朧に、リクの視線が刺さる。
「一人で帝国の精鋭部隊数十人を退けた逸材だからな!」
「おかげで俺は帝国の奴らに二つ名付きで認識されるようになったけどな・・・!」
朧が睨みつけると、ランドルフは苦笑しながら視線を泳がせた。
「二つ名!かっこいいですね!!なんて呼ばれてるんですか!?」
なぜか勢いよく食いついてきたリクに朧はたじろぐ。
「その話はもういいだろ・・・、やめよう」
「オレの二つ名は『イケメン』だぜ!」
自分を指さして叫ぶホムラに朧は小さく舌打ちをする。
「はいはーい!私知ってます!『幻妖』ですよね!」
楽しそうに挙手したレイが、朧が止める間もなく言った。
「その名前で呼ぶのはやめないか・・・」
しかし、嫌がる朧をそっちのけで会話は進んでいく。朧は止めるのを諦めた。
「げん、よう・・・?どういう意味なんですか?」
「簡単に言うと、正体不明とか、化け物だねえ」
マルスが答える。
化け物。
朧と対峙した相手は、必ずと言っていいほどその言葉を使う。毎回そう呼ばれるので流石に慣れたが、それでも最初のうちは傷付いたものだ。二つ名を付けるならもっと他にあったのではないか。朧は自分に二つ名を付けた者には 少々の不満を覚えた。
「そう呼ばれてるってことは、何かすごい能力を持ってるんですか!」
興味津々といった様子でリクはこちらに身を乗り出している。
「隊長はね・・・やっぱり秘密」
言いかけてナツメが悪戯っぽく笑った。
「ええ・・・」
「見てのお楽しみだよ。きっとびっくりするだろうね」
落胆するリクにチコがそう言ってニッと笑った。
「もしかしたら、今回の任務で使うかもな」
「楽しみです!」
自分を完全に置き去りにして進みまくった会話に、朧が呆れ混じりに言うとリクは目を輝かせて喜んだ。
「そんな大層なものじゃ無いだろう・・・」
困惑する朧に、マルスが首を横に振る。
「ぜんぜん!!隊長は強すぎます!勝負した私が言うのですから、確かです!」
まくし立てるマルスに、朧は小さく唸った。
「人気モンだな朧!」
「・・・どういう意味だ」
豪快に笑うランドルフを、朧は再び睨みつけた。
「チョー強い朧っちがいるから、遊撃隊は安泰だね!」
「うるさい・・・」
背中をバシバシと叩くチコに朧は呟く。
「お前は強い、このホムラ様が認めてやるぞ!」
「黙れ。お前にだけは負けん」
苛立ちを隠さずに朧はナルシシストを睨む。
「てか話が逸れまくってるね。もう時間も遅いし、そろそろまとめようよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
ラスターの提案を受け入れ、朧は会議を締めることにした。
「作戦開始は三日後だ。本作戦に参加する者には明日追って詳細を伝える。今日は遠出で疲れている者も多いだろうから、各自ゆっくり休むように。以上で作戦会議を終了する、解散」
「んじゃ、オツカレサン」
「まったねー!」
「オレ様の活躍を楽しみにしとけよ!」
「あーもう、ホムラうるさい。それじゃ、また明日」
それぞれの隊舎に戻る隊長達を見送り、朧は大きく息をついた。リクには悪いが、この中で一番疲れているのは自分ではないだろうか。親衛隊といい、遊撃隊といい一日の内に出会うには濃すぎる面子だ。眉間を押さえながら朧は目を閉じた。そんな朧の気苦労も知らず、隊員達はリクを囲んではしゃいでいる。
「お疲れ様。総隊長がいないと大変だね」
顔をあげると、ナツメが困ったように笑いながら朧の右隣に座った。
「まったくだ。アーサーが帰ってきたから、てっきりあの人も戻ってると思ったんだけどな・・・。まさかこのタイミングで旅行とは」
「なんていうか、自由人だよね・・・」
「自由すぎるんだよ・・・」
項垂れる朧に同情するようにナツメが頷く。
「あの人、俺に遊撃隊の指揮を執らせるために少佐に推薦したんだ。それはいいんだが、少佐に与えられる大隊指揮権を利用して、俺に全部の執務を押し付けやがった・・・。あのジジイ」
呪詛のような朧の呟きを、ナツメは黙って聞いている。
「でも隊長はちゃんとやってるし。もっと胸張っていいとボクは思うなあ」
「成長したな」
少し驚いて朧が言うと、ナツメはジトっと朧を見た。ごまかすのは無理そうだ。
「そうじゃないでしょ。ボクは心配なのさ。隊長は抱え込むタイプだから」
「・・・ありがとな」
朧がそう言ってナツメを見ると、満足そうにナツメは笑った。
「ナツメちゃん、抜けがけですか〜?」
レイが不満そうにニヤつきながら、後ろからナツメに抱きついた。
「隊長ラブなのは私も一緒なんですから、一人でこういうのはズルいですねえ」
レイはナツメの頬を指でぐりぐりとしている。
「そういうんじゃないから・・・!ひゃめへよ(やめてよ)」
不機嫌そうにナツメが顔を背ける。
「何を言ってるんだ。ほら、そろそろ寝るぞ」
「は〜い」
朧が立ち上がると、間延びした返事をしてほかの隊員達も部屋から退散する準備を始めた。
「リク。明日から作戦開始までの間、少し実技を混じえた基礎訓練をしようと思う」
「朧さんが直々にですか!」
「いや、生憎俺は手が込んでいてな。という訳で、マルス」
「了解です!そんな訳で私が先生です!よろしくね、リクくん!」
指名されたマルスがニッコリと笑った。
「え・・・」
顔をひきつらせるリクの胸中を察したのか、レイが補足する。
「マルスさんは変人ですけど、剣術や魔法は得意ですから大丈夫ですよ!」
「それフォローになってないんじゃないか・・・」
朧が指摘すると、レイは軽く舌を出した。
「失礼しちゃうなあ。私だってちゃんと教えられるよ」
マルスはさほど気にしてない様子で笑った。
「明日の会議が終わったら、庭でやろっか!」
「わかりました」
「それじゃあ、おやすみなさい」
レイがあくび混じりに言ってリビングをあとにした。朧たちもそれに続く。
「がんばれよ。期待してるぞ」
「・・・はい!」
朧がそう言うと、リクは元気よく返した。