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空想少年と千年魔法  作者: 彗
序章
8/11

第7話:大将ロイ

「こんな小僧が国王だとは信じられない、といった顔じゃな」


今しがた国王と名乗った少年は、胡乱な顔をするリクを、やや不満そうな顔で見上げた。透き通る緑色の双眸がリクを見つめる。


「ううん、国王・・・様?」


「むう・・・仕方がないのう。このアステライドの真の姿、しかと目に焼き付けるがよい!」


なおも納得しない様子のリクに、少年は小さくため息をつき、静かに目を閉じた。どこからともなくつむじ風が発生し、その場にいた全員の髪やコートの裾を巻き上げる。まるで嵐の中にいるような感覚になったリクは、思わず目を細めた。激しいプラズマのような光の中で、少年だった者のシルエットがみるみるうちに巨大化していく。


「えっ・・・!ええ!!?」


風と光がおさまると、リクの目の前には身長2メートルは優に超える、壁のような老人が仁王立ちしていた。赤と金を基調とした王冠をかぶり、襟周りに豪華な毛皮をあしらった大きなマントを羽織っている。王族が着用する高級感の溢れる衣服の上からでも、筋肉質な肉体が見て取れた。


「これで、信じてもらえるか?」


目の前で起こった予想外の出来事に、驚愕のあまり石像のように固まったリクを見下ろし、国王はニカッと笑った。






なんとか落ち着きを取り戻すと、国王は以前朧が説明した事に付け加え、さまざまな事を話してくれた。世界で異変が起こっていること、それが他の世界にまで及び始めていること。それらの原因を究明するために行っていた研究のさなかに、事故は起きたらしかった。話しながら国王は何度もリクに謝罪した。家族を奪われることとなった原因が、この国にあるということは、心に引っかかるものがあるが、彼らもまたベーゼの被害者ということを知った今、リクは目の前にいる国王を責める気にはなれなかった。

一通り話し終えると、国王はまっすぐリクを見つめた。彫りの深い目から放たれる眼光は、リクの心を鷲掴みにした。


「リクよ。お主がよければ、この国で暮らさぬか。朧たちの仲間として、共に戦うつもりはあらぬか?」


「俺が・・・遊撃隊にですか・・・?」


リクは驚いて目を瞠る。


「そうじゃ。元の世界に帰るまで、行く宛がないのならば、こやつらの元で魔法を学ぶとよい。せっかく千年界に来たのだ、魔法の一つや二つ、使いたくはないか?それに、こやつらと共におれば、妹の手がかりを探す近道になるかもしれん」


アキを取り戻すため、そして・・・ずっと憧れ、空想し続けてきた魔法に触れられる機会を与えられる。リクの答えはただ一つであった。


「お願いします・・・!俺を王国騎士団の、遊撃隊の仲間にしてください!」


「死ぬかもしれんぞ?」


さきほどよりも真剣な眼差しで国王が問うた。


「それでも、アキを取り戻すためなら!少しでも可能性があるなら、俺は前に進みます」


リクの決意が伝わったのか、国王は穏やかな表情に戻り、リクを優しく抱きしめた。たくましく大きな腕に体が包まれる。


「苦しい事も、悲しい事も沢山あったじゃろう。お主が負った心の傷を癒すことは、簡単なことではないじゃろう。じゃが、今日からはここがお主の新しい故郷、そしてワシらがお主の家族じゃ。ワシらがいかなる時も助け、支えてやる。お主は臆せず進めばよい。困った時はいつでも皆を頼れ。必ず力になってくれることじゃろう」


「は・・・い・・・」


リクの目からは涙が溢れていた。知らず知らずのうちに、考えないように、思い出さないように心の奥底にしまい込んでいた感情が、堰を切ったように流れ出した。気がつくと、リクは子供のように嗚咽を漏らし、国王にすがり付いて泣きじゃくっていた。








国王は残りの仕事があるため、ゼルに連れられて去っていった。朧はそれを見送り、リクを振り返って微笑んだ。


「改めてようこそ。歓迎するよ、リク。これからは保護ではなく、同じ仲間だ。これからよろしくな」


「はい!」


朧が差し出した手を、リクは強く握り返した。その顔は何か心のしこりが取れたような、スッキリとした表情に変わっていた。


「よろしくでーす!」


「ようこそ一番隊へ!これから楽しくなるねえ、リクくん!」


レイとマルスが嬉しそうにはしゃいでいる。


「おやおや、楽しそうな話し声がすると思って来てみたら、朧くんじゃないか」


「ロイ様・・・!」


「はぁい」


朧が振り向いた先には、日本の着物と西洋の軍服を複合させたような、珍しい造形をした鳩羽色の服に身を包んだ糸目の男性が、ニコニコと手を振りながら立っていた。腰まで届く明るいベージュの長髪に、人を惹きつける優しい笑顔。黙っていれば女性のような出で立ちだ。ロイの手には、白くて毛艶の良い小さな生き物が抱えられている。名前は知らないが、おそらく召喚獣の類いだろう。

王国騎士団大将、召喚師ロイ。国王親衛隊の一人で、その二つ名の通り、大規模な召喚術を得意とする魔導師だ。召喚獣を出さずとも、中将クラスが束でかかっても軽くあしらわれる程の実力があるため、直接彼が魔獣を使役して戦うところは朧も見たことがないが、過去の戦争で国を一つ落としたという旨が明記された資料が残っている。また、生物学者としての一面もあり、毎日のように王国の外れにある研究施設にこもって魔獣の研究に没頭している。ベーゼの研究も彼が一部担当しており、新たな発見に一役買っている。

彼が本領を発揮していた頃に比べると、王国を巻き込むような大きな戦争は無く、もはや生物学者が本職となりつつある。しかし、それも悪いことではないのだろう。国を落としたとは言ったものの、ロイは非常に温厚な性格で、生き物を愛する慈悲深い人間だ。そんな彼の逆鱗に触れる何かが、さきの戦争にはあったのだろうが、それは朧の知る範疇ではない。


「ロイ様まで王宮に来ていらっしゃるとは・・・」


朧は驚きを隠さず言った。


「そうだねえ。それだけの非常事態だから、僕たちにも招集がかかったんだと思うよ。あ、久しぶりにコウくんに会ったよ。相変わらず逞しいねえ」


抱えた召喚獣を撫でながら、のんびりとした口調でロイが言った。その様子からは全く危機感を感じられないが、年に数回しか集合しない親衛隊が四人も王都にいるのは、朧でさえ異様と表現するほかなかった。

ふと、そこで朧が気になったのは、五人いる親衛隊の最後の一人だ。


「ところで、あの方は?」


「いやあ、さすがにあの子は招集されなかったみたいだね。来たとしても、どのみちここには入れないだろうし」


苦笑しながら答えるロイの言葉に、朧は納得した。確かにロイの言う通り、彼をここに呼ぶことは、悪い意味ではないが様々な問題があるため、国王も考えなかったのだろう。朧の脳裏に、昔一度だけ見た事のある彼の姿が浮かんだ。


「あ、あの・・・その人はどんな方なのでしょう?」


二人の会話を聞いていたリクが質問すると、ロイが微笑んで答えた。


「ドラゴンだよ」


「ええええ!?ド、ドラゴン!?それって、あの、あ、あのドラゴンですか!」


リクは目を見開いて大声をあげた。


「あはは。大げさだなあ、君は。多分、リクくんの想像してるもので合ってるよ。翼が生えてる、大きなトカゲみたいなの。細かく言うと全然ちがうけど」


リクの驚く様子に、ロイが笑いながら答えた。


「この世界で最強の種族。人語を理解し、強大な魔法を行使する。知力、戦闘力ともに人間種を遥かに凌駕する。彼らは人前に姿を現すことが滅多にないから、もし会えたら相当ラッキーだね」


生きて帰れるかは別だけど、とロイは付け加えた。


「千年界には、いろんな種族がいるんですね」


感嘆した様子でリクが言った。


「うんうん、たくさんいるよ。だからこそ研究が楽しいんだ。かく言う僕も、半妖精(ハーフエルフ)なんだけどね」


そう言ってロイが髪をかきあげる。あらわになった彼の左耳は、人間よりも長く尖ったもので、綺麗な赤と青のリングピアスが一つずつ付けられていた。


「話が逸れたね。ドラゴンは高い知性と力を持つと言ったね。彼らの種族を区別するために、普通のドラゴンは『竜種(ドラゴン)』、その中でもより強いドラゴンは『龍種(エルダードラゴン)』と定義されてるんだ。さっきの『彼』っていうのは、後者の中でも一際強大な種族に属する『聖天の煌白龍(エードラム・イノセントドラゴン)』というんだ」


リクが隣でごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


「そ、それってどのくらい強いんでしょうか・・・?」


少し声を震わせながらリクがたずねた。


「うーん・・・、僕が昔国王様と一緒に鎮圧した龍は、大陸を一つ地図から消す力の持ち主だったから・・・。きっと彼もそれくらいの強さかなあ・・・?」


ニコニコと話すロイの説明に、リクが絶句している。国や孤島ならばまだしも、大陸とはあまりに規模が大きすぎる・・・。しかもそれを倒したというロイと国王の実力がもはや人智を超えている。さすがの朧も頭が追いつかない。


「とは言っても、彼は争い事を好まない性格だからね。この親衛隊に抜擢された時に、アーサーに無理矢理勝負を挑まれた事くらいしか、彼が戦っている姿を見たことが無いかなあ・・・」


「決着はついたのですか・・・?」


平静を装っていたが、さすがに気になってしまい、朧は尋ねた。


「5日間にも及ぶ死闘の末、アーサーが勝った。王国東部の外れに広がる荒地は、その時の名残りだよ。元は森だったんだけどねえ・・・」


おおかた予想はついていたが、やはりアーサーの勝利で終わったようだ。とすると、この王国には龍をも凌ぐ人間が少なくとも三人いることになる。


「あの方があまり姿を見せないのは、招集が無い以外にも理由がありそうですね」


朧が問うと、ロイが困ったように頷いた。


「実は人間の姿になる魔法を使えるから、招集されても問題はないんだけどね。清廉潔白を好む聖龍だから、アーサーみたいな不純物が嫌いなんだろうね。それに無理矢理とはいえ、そんな奴に負けたとなるとあの子のプライドにも関わる問題だろうし・・・」


「なるほど・・・会いたくない、と言った方が正しいのですね」


「うん・・・」


ロイが目を伏せる。確かに見た目と実力だけなら、アーサーに及ぶ魔導士はこの王国にはいないだろう。変態という点に目を瞑れば、であるが。


「そういえば、どうして『彼』なんですか?ちゃんとした名前、ありますよね?」


なかなか名前を呼ばない朧たちを不思議に思ったのか、リクが質問した。


「一応あるんだけど、ドラゴン語の名前だから上手く発音出来なくてね。親衛隊に入った時に、不憫に思った国王様が、人としての名前を付けたから、彼と話す時はそっちの名前で呼んでるよ」


「それは、なんていうんですか?」


「『ウィル=ドレイク=アレインフォード』だよ。僕達はウィルって呼んでる」


「でもあの子照れ屋だから、この名前で呼ばれるとムスッとするんだよねえ・・・。本当は嬉しいんだろうけど」


ロイが苦笑する。


「聖龍ってどんな見た目なんですか?やっぱり、白いんですか?」


興味津々な様子でリクが問う。


「まあ、そうだな。俺も一度しか見たことは無いが、まるで太陽が二つあると錯覚するほど、眩い輝きを放つ純白の甲殻と鱗に身を包んだ巨大な身体で、頭には後ろ向きに伸びた四本の角、細くしなやかな尻尾は胴体と同じくらいの長さだったな。二足歩行の背中に生えた翼は、その巨体を包み込む程の大きさだった」


リクは朧の説明を目を丸くしながら聞いていた。


「ウィルくんの鱗は、最高強度を誇るアダマント製の鎧を上回る硬さだよ。最高位魔法でも、あの子に傷を付ける事すら困難だろうねえ。それに呪術系の魔法に至っては、あの子の能力で全て無効化されるからね・・・」


呪術系の無効化は聖職者などが習得できる魔法効果の一つだ。だが、いくら聖なる魔法を得意とする者でも、最高位の呪術系魔法を軽減することはできても、無効化することは不可能だ。あくまで人間であればの話だが。それだけドラゴン、もとい龍種が強大な存在であるのだろう。


「下級アンデッドなんかは、あの子の姿を見ただけで跡形も無く消滅するよ」


ロイはまるでわが子のようにウィルの話をしている。


「そ、そうなんですか・・・。それに勝てるって、アーサーさんとは一体何者ですか・・・」


ごくりと唾を飲んでリクが言った。


「そうだねえ、一言で表すなら・・・化け物だね。クセが強いけど、まあ・・・いい子だよ」


「・・・ああ、はい」


ロイが言葉を詰まらせる理由を、つい先ほど目の当たりにしたリクは、ロイの微妙な表情に納得しているようで、同じような顔をしている。


「おや、もうこんな時間。僕、そろそろ行くね」


取り出した懐中時計を見ながらロイが言った。


「貴重なお話、ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


朧につられてリクも礼を言った。


「いえいえ〜。用事が終わったら、お茶でもしながらゆっくり話そう。頼みたいこともあるし。司書室で待ってるね」


ロイはそう言って微笑み、謁見の間から出ていった。


「ウィルさんは、どんな方なんですか?」


ロイを見送ったリクが朧に問いかけた。


「真面目で優しい性格だったよ。ドラゴンに多い、人間を下等生物と見下すような素振りもなかった。ただ、口調は少し幼かったな。若いらしいが、俺たちよりずっと歳上だろうな。あと・・・」


「あと・・・?」


一呼吸置いてから朧は続けた。


「滅茶苦茶アーサーのことが嫌いだったな」


『子供じゃないもん!!あと、アイツの話をするな、汚らわしい!!!』と、純白の顔を真っ赤にして怒鳴るドラゴンの姿を朧は思い出した。


「うるさかったですよね!神経質というか・・・」


リクの後ろからひょっこりと顔を出したレイが言った。


「可愛らしい方でしたよね!」


レンが手のひらを合わせながら言った。


「やめておけ。アーサー様(あの変態野郎)はともかく、他の上官の事を悪く言うな」


「あはは、怒られちゃうかな・・・」


制する朧に、マルスが言う。


「怒られはしないだろうが、ウィル様は・・・」


「拗ねちゃうもんね」


朧が言おうとした事を、まるで知っていたようにナツメが言った。


「でも・・・いい人。ウィル様、動物、好きだから」


ロッドが両手で握りこぶしを作って言った。


「そうだな」


ロイがウィルの事を『あの子』と呼ぶのは、ウィルが子供っぽいからだろう。威厳と迫力の権化のような、誰もがひれ伏す美しい姿に似つかわしくない、人見知りなウィルが心を許す者は少ない。国王以外には、ロイとゼルくらいだ。特にロイのことは親のように慕っている。


「そういえばお前達は、ドラゴンを見るのはウィル様が初めてだっただろう?」


ふと、思い出したことを朧が尋ねる。


「そうですけど、どうかしましたか?」


肯定したレイが小首を傾げた。


「いや、もっと怖がるかと思ってな」


ドラゴンとは絶対的な力の象徴と同時に、畏怖の対象でもある。古書では繁栄と滅亡をもたらす神の化身とも言われている。


「ぜーんぜん!怖くなかったですよ!いい人・・・いいドラゴン?そうな目をしてましたし!」


自分の目を指差しながらレイが答えた。


「書物でしか見た事のない幻の存在に会えた感激で、恐怖なんか感じませんでした!」


マルスが目を輝かせながら言った。


「動物好きに、悪い人いない・・・!」


ロッドも平気だったようだ。どうやらうちの隊員達は肝が据わっているようだ。そう思うと、躊躇なくアーサーを袋叩きにできたのもうなずける。


「悪いドラゴンもいるんですか?」


感心する朧にリクが問う。


「一概に悪とは断言できないが、ドラゴンの大半は人間をあまり良く思っていない。それは、数千年前に人とドラゴンの間で起こった大戦争が原因だ。戦争にまつわる話は省くが、その際に人間側に付いたドラゴンの子孫が、ウィル様だ」


「そうなんですか・・・!」


リクはこの手の話が好きなのだろう。朧の話を夢中で聞いている。


「2年前、アステライド王国と敵対する北方のダラムリア帝国に飛来した黒龍は、町を三つ破壊する甚大な被害をもたらしたと報告されているね。しかもその黒龍、強すぎて撃退するのが精一杯だったとか・・・」


ナツメが不安そうな顔で言った。


「中には人間を好んで食べるドラゴンもいるみたいですし。聖龍種のように人間に友好的なドラゴンのほうが珍しいくらいですかね」


レイがそれに続けて言った。目を見開いて怖い顔をしているのは、リクをおどかすためだろう。実際にドラゴンによる食害は何度か報告されている。


「人間を・・・!?俺、ドラゴンはもっと優しい生き物だと思ってました・・・」


レイの顔に小さな悲鳴を上げ、落胆したような様子でリクが言った。


「敵対的なドラゴンの中でも、邪龍種や冥龍種と呼ばれる黒龍は特に危険で、一日で国が傾く程の力を持っているため、国際的に討伐の指令が出ている程です。生物にとって有害な瘴気を発生させる能力を持っているので、それこそ大将クラスの人しかまともに相手ができませんが・・・」


いつもほんわかとしているレンが真剣な顔つきで言った。


「邪龍種は呪術系魔法を得意とし、ドラゴン特有の戦闘力もさることながら、厄介なのはその呪いです。もし逃げ延びても確実に呪い殺されますし、受けた傷は一生癒えず、治癒魔法も効きません。冥龍種は魂魄を糧とし、無数のアンデッドを従え、生者の魂を奪い取ってその力を強めます。近寄るだけで生気を吸い取られ、攻撃を受けた者は体が崩壊し、器を失くした魂は間もなく冥龍に取り込まれます」


補足するようにレイが付け加えた。リクは完全にビビってしまっている。


「相性の関係上、黒龍は聖龍に勝てないから、ウィル様がいる限りこの国には近寄れないだろうね」


ナツメの言葉にリクがほっと胸を撫でろおろした。


「人間に対しても友好的なドラゴンは、両手で数えられる程度だな。人間に無関心な種族を含めれば、無害な種族はもう少しいるが」


「ドラゴンって怖いんですね・・・」


「ま、まあこっちの地方では数が多いわけではないから、普通に生活してれば出会うことはまず無いと思うぞ」


朧が取り繕うように言うと、リクは小さく頷いた。夢を壊すような事を言ってしまったようで、朧は少し罪悪感を覚えた。


「とにかく、ドラゴンに出会ったら七割は人生終了って感じで覚えとくといいよ!」


マルスがウインクをしながら親指を立てて言った。それを見たリクの顔がみるみる青ざめていく。朧のせっかくのフォローが台無しになった気がする。


「いや、何でそんな明るく言えるんだ・・・」


朧のツッコミを気にもとめない様子でマルスは続ける。


「でもさ、一番隊なら竜種と対等に戦えるんじゃないかな?」


「・・・竜種ならな」


大佐以上の佐官、もしくは将官クラスの実力であれば単騎で竜種を退けることは可能だ。例外として、特殊な構成員で編成されている一番隊であれば、確かに可能だろう。


「隊長なら龍種もいけそう」


ぽつりとナツメが言って、ちらりと朧を見た。


「種類によるが、追い払うくらいはできるかも知れんな」


朧が答えると、ナツメが嬉しそうに目を輝かせた。


「強い相手と戦う時は、私のこと使ってくださいね!!」


そう言ってレイが飛びついてきた。そのまま朧の上着を掴んで前後に揺さぶる。普段は明るいムードメーカーだが、どうもこの少女は戦闘狂の節がある。


「ああ、うん・・・分かったから離れろ」


しがみついてくるレイを適当にあしらい、朧は乱れた服を直した。言質が取れただけで満足したようで、レイは雑に扱われたことは気にしていないようだ。


「王国近辺に危険なドラゴンは生息していないから、戦う機会は無いと思うがな」


「うーん・・・そうですね」


朧がそう言うと、レイは少し残念そうな顔をした。


「うん、それに越したことはないね。強すぎて腕試しには適さないし・・・」


マルスがほっとため息をついた。王国屈指の剣豪である彼女でさえ、竜は手に余る強敵である。


「そろそろリクの登録手続をしに行こう。終わる頃にはロイ様の用事も済むだろうし」


暗い話はこの辺で切り上げ、朧は隊員達を見渡した。


「了解しましたー!」


レイが元気よく返事すると、ほかの隊員達もそれにならった。






リクの登録手続は、事前に情報が伝わっていたこともあり、思いのほか順調に進んだ。これで晴れてリクも遊撃隊の一員となった。

ロイに言われた通り朧たちが司書室に行くと、既にロイが円形のテーブル席に腰掛けて読書をしていた。本棚がある場所から少し離れた、飲食可能なスペースだ。ロイは朧たちに気がつくと、本を閉じてヒラヒラと手を振った。


「案外早かったね。もう少しかかると思ってた」


「国王様が色々と準備してくださっていたようで、手続が少なく済みました」


ニコニコと言うロイに朧が答えると、ロイはジェスチャーで座るよう促した。全員が円卓を囲むように腰掛けると、ロイが話し始めた。


「それで、さっきの頼みなんだけど、本当はイトゥラくんに依頼しようと思ってたんだ。でも、彼は別の任務で外してて・・・」


ロイの表情がわずかに暗くなる。特殊部隊のイトゥラに依頼する程の任務だ、重要度の高いものであることは間違いない。


「依頼の内容とは、どのようなものですか?」


朧が尋ねると、ロイはおもむろに語り始めた。


「王国各地で報告されている、希少動物の密猟被害が最近さらに多くなってね。僕の部下達の働きで、いくつかある犯罪組織の拠点うちの一つを割り出せたんだけど、思ったより根が深いみたいでね。」


「根が深い、とは?」


朧の問いに、やれやれといった様子でロイは首を横に振る。


「どうやら、王国内で指名手配中の奴らが主導して複数の犯罪組織でネットワークを構築してるみたいなんだ。密猟の他にも奴隷売買や違法薬物、窃盗とか色々あるんだけど、今回朧くん達に依頼するのは密猟グループのアジトの調査及び構成員の拘束。捕まってた動物たちの保護には回収班を派遣する。・・・お願いできるかい?」


動物を大切にするロイにとっては、密猟は常人が感じるよりもずっと許しがたい行為だろう。朧は、そんなロイの心情を汲み取るように頷いた。


「承知しました。すぐに準備に取り掛かります」


「ありがとね。必要な情報をまとめたのはこれ。部隊の編成は朧くんに一任するよ」


そう言ってロイは、資料をまとめた冊子を朧に差し出した。受け取った資料を確認する朧を、隊員達が静かに見つめている。


「なるほど、少々厄介な者が数名いますね」


朧が言うとロイが頷いた。


「希少動物には強い子たちも結構いるから。少なくとも、それをねじ伏せるだけの実力は備えているだろうね」


資料の指名手配リストには、以前に傷害や強盗などでその名前を耳にした者が何名か載っていた。


「任務続きで申し訳ないんだけど・・・よろしく頼むよ」


「いえ、これが本来の務めですので」


首を横に振る朧を、ロイは頼もしそうに見つめた。資料から目を離した朧は、入隊早々に大きな任務の話をされ、緊張で石のようになっているリクを見やった。


「喜べリク、初任務だ。いきなり危険な任務だが、心配せずに付いてこい。俺たちが守ってやる」


朧が言うと、リク以外の隊員達が背筋を伸ばして頷いた。その顔からは言わずとも『任せろ』という様子が伝わってくる。


「レノボルンに帰還後、部隊の編成及び作戦会議を行う」


「了解!」


隊員達が声を揃えて応じた。


「頼りにしてるよ」


指示を出し終えた朧に、ロイがニコニコと笑いかけた。本当は自分が直接出向いて犯人を確保したいのだろうが、多忙なせいでそれが叶わないロイのためにも、期待に応える働きをせねばと朧は思った。


「そうだ、あともう一つ。書庫の整理をお願いしたいんだけど、二人くらい借りてもいいかな?」


ロイが顎に手を当てながら朧に言った。


「わかりました。では・・・」


しばし逡巡したあと、朧はリクとナツメを指名した。二人とも驚いて目を丸くしていたが、隊長命令に仕方なく従って書庫へと歩いていった。


職場体験(インターンシップ)ってやつですね隊長!」


隣に座っていたレイが元気よく言った。


「そうだな」


資料に目を落としながら、朧は適当に返した。


「あはは、死地体験の方が近いって!リクくんのリアクションが楽しみだなあ」


「縁起でもない事を言うな」


朧の資料を覗き込みながら言うマルスは楽しそうだ。


「そうだ、新しい紅茶が手に入ったんだ。みんなで飲もうか。ケーキもあるよ」


ロイが目の前でぽんと手を叩き、ニコニコと提案する。


「ありがとうございます。しかし、まだナツメとリクが・・・」


「ぜひ、いただきます!私、紅茶もケーキも大好きです!!」


言いかけた朧の声を遮り、レイが目をキラキラと輝かせながら身を乗り出した。その様子は完全に子どもである。いつにも増して生き生きとしているレイを見ているうちに、朧はなんだかそんなレイが可愛らしく思えてきて、まあいいかと再び資料に目を落とした。


「うんうん、それじゃ準備するね。お〜い!」


ロイがそう言ってパンパンと手を叩くと、隣接している給湯室から、人間程の背丈の生き物が顔を出した。それを見た瞬間、それまで楽しそうにしていた隊員達の動きがピタリと止まったのを、朧は気配で感じた。


「えっと・・・あれは?」


戸惑った様子で言うレイの視線の先には、黒くて丸い耳の付いた真っ白な逆三角形の頭から、人間のものに酷似した筋肉質の手足が生えた二足歩行の生き物が立っている。のっぺりとした顔面、骸骨を思わせる落ちくぼんだ眼窩には、黒目がその全部を占める双眸が覗いている。しっかりと筋の通った鼻、その下には 歯の見えない真っ黒な口がついている。小さな子どもがクレヨンで描いたような見た目である。

その生き物は、ロイの次の指示を待つようにじっとこちらを見つめている。


「フォルトニア・ジャイアントパンダのゴンザレスくんだよ」


友人を紹介するような口調でロイは言った。


「・・・・・・パンダ・・・?今ロイ様パンダって言いました!?」


混乱して裏返った声でレイが叫ぶ。彼女がこのようなリアクションを取るのも無理はない。朧自身、最初にこの種族を見た時は、その禍々しい見た目から新種のクリーチャーだと思ったほどだ。


「うん、そうだけど・・・?」


ロイが不思議そうな顔で答える。


「違う!あれは私の知ってるパンダじゃない!!」


両手で頭を抱え、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱しながらレイが叫ぶと、心做しかゴンザレスが悲しそうな表情になった。


「レイちゃん、ゴンザレスくんはああ見えて繊細だから、あんまりいじめないであげて・・・?」


困ったような顔でロイが言った。


「えええぇっ!?私にどうしろと・・・・・・」


レイは悲痛な叫びをあげてテーブルに突っ伏した。


「喋る事はできないけど、知能が高くて人の言葉が分かるから、よく仕事の手伝いをしてもらってるんだ。可愛いでしょ?」


ロイが満面の笑みで朧に問いかけた。


「ええっ!?・・・まあ、そうですね・・・・・・?」


可愛い・・・?一瞬耳を疑ったが、朧は何とか持ち直して質問に答えた。出張先や旅先で朧はこのパンダを何度か見たことがあるので、驚きはしなかった。しかし見慣れているとはいえ、ロイの意見は朧にはどうしても理解できない。頭の先からつま先まで、可愛いとは真逆を行く見た目をしている。だが、ロイの気を悪くしないためにも、適当に話を合わせておく必要があった。


「やっぱり!朧くんもわかってくれるかあ。今度、僕が撮ったゴンザレスくんの写真集を見せてあげるね!」


「ええ、ぜひ・・・はは」


今、世界一どうでもいいものが朧の脳内に追加された。リクに指摘された愛想笑いは改善されているだろうか。朧はそっと自分の頬に手を当てた。しかし、このパンダの写真集とは・・・。リクに見せたら卒倒しそうな狂気の代物である。

ふと横を見るとマルスの姿が無かった。


「隊長、近くで見ると凛々しい顔してますよゴンザレスくん!」


声の方を見ると、ゴンザレスの前で中腰になって、マルスがゴンザレスを眺めていた。マルスに褒められて嬉しかったようで、ゴンザレスのインクをこぼした染みのような口が、わずかにほころんだ。いつの間に持ってきたのか、その手には『ありがとう』と殴り書きの呪詛のような字で書かれたスケッチブックが抱えられていた。


「すごい!会話もできるんですね!!」


はしゃぐマルスを朧は真顔で見つめていた。料理、洗濯、掃除など一通りの家事に加え、書類整理など何でもこなす優秀で温和なパンダだが、朧は夜道で出会ったら泣き叫ぶ自信があった。

朧は過去に仕事でフォルトニア・ジャイアントパンダの群生地を訪れた時、眼前に広がるあまりにも筆舌に尽くし難いおぞましい光景に、一度倒れた事がある。

王国西部のフォルトニア地方にある険しい山岳地帯に生息し、食性は草食。強靭な脚力を持っており、走るスピードは時速八十キロメートルを超える。思いやりのある優しい性格だが、縄張りを侵す者は容赦なくその脚力をもって全力で追いかけ回し、縄張りの外へと追い払う。体を鍛えることを好み、腕立て伏せやスクワット、重量揚げなど人間と同じようなトレーニングをする姿が目撃されている。全身の筋力を駆使してじゃれ合う姿は、さながら殺し合いをしているように見えるほど凄まじい。


「ゴンザレスくん、ケーキ持ってきて」


ロイが声をかけると、ゴンザレスはこくりと頷いて給湯室に入って行った。しばらくすると色とりどりの美味しそうなケーキとティーセットを持ったゴンザレスが戻ってきた。


「ありがとうゴンザレスくん。よかったら一つお食べ」


ロイから手渡されたケーキを受け取ったゴンザレスは、そのブラックホールのような口に一口でケーキを吸い込んだ。そして、モシャモシャという咀嚼音を何度か立てた後、肩掛け紐に繋がれたスケッチブックの『ありがとう』を見せ、スキップで帰っていった。


「わあいケーキだー」


死んだ魚のような目でケーキを見つめるレイを見ながら、朧はケーキを口に運んだ。朧が選んだショートケーキは、甘酸っぱい苺と優しい甘みの生クリームが絶妙にマッチした至高の一品であった。レイが選んだのはモンブランだが、きっとそれを食べれば彼女も元気になるだろう。


「リクくんたち、大丈夫かなあ?」


「あの二人なら、きっと上手くやれますよ」


心配そうに言うマルスに、レンが答える。


「あそこの書庫整理、大変ですもんねえ・・・色々」


レイが思い出したように言って、モンブランを頬張る。その瞬間、今までの低いテンションから見違えるようなキラキラとしたオーラを纏ってレイが微笑んだ。


「はあ・・・幸せ。この紅茶もいい香りですね」


両頬に手を当て、天使のような顔でレイは目を瞑っている。


「美味しいもの食べてる時のお姉ちゃんが一番幸せそうな顔してる」


そんなレイを愛おしそうに眺めながらレンが言った。


「ロイ様、美味しいケーキありがとうございます!」


「うん」


マルスが礼を言うと、ロイはニコニコと笑ってそれに応えた。ティータイムを満喫しながら談笑する隊員達を眺めながら、朧はリクたちのことを考えた。ただの書庫整理でないことを、リクは知らない。心配な気持ちがこみ上げてくるが、ナツメを信じて任せようと、朧は紅茶を口に含んだ。






「お手伝い感謝致しま〜す!こちらが書庫でございま〜す」


独特な口調で話す管理人に案内され、リクとナツメは書庫の奥へと連れてこられた。高校の体育館ほどの広さがある二階建ての建物は、もはや書庫と呼ぶにはあまりに巨大であった。


「何だ・・・・・・これ・・・・・・・・・?」


天井に届くほど積み上げられた膨大な数の魔導書の山を見て、リクは驚愕の声をあげた。

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