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空想少年と千年魔法  作者: 彗
序章
7/11

第6話:天才軍師

外から差し込む初夏の日差し、開けた窓の隙間から心地よい風と可愛らしい鳥の鳴き声。


「は・・・腹が・・・」


そんなものは今どうでもいい。リクはこれまでの人生で経験した事の無いような凄まじい腹痛で目を覚ました。内臓を内側から槍で突かれているかの如き激痛に、リクは目を見開いてベッドの上で身悶えるしかなかった。


「お、おはよう・・・リク。調子は」


「良さそうに見えますか・・・?」


ベッドの横、窓際に置いた椅子に腰掛けた朧は、リクの返答にバツが悪そうに目を伏せた。


「マルスさんが料理苦手なの知ってて、俺をあの席に座らせましたね?」


「そんなことは・・・ないと思うぞ・・・・・・多分」


ジトッと見つめるリクの視線に堪えられず、朧は言い淀む。


「どのくらい寝てたんですか俺」


「およそ半日だ。日付が変わったよ。チコから薬を貰ってきたから飲むといい。少しは楽になるだろう」


そう言って朧は、ベッドに備え付けられている小さなテーブルに錠剤とコップを置いて水を注いだ。


「誰のせいでこんな目にあったと思っているんですか・・・」


元はと言えば、食卓を囲む席を決めたのは朧だ。そして、初対面のリクとは違い、隊員達の事も朧はよく知っているはずだ。ならば、マルスの攻撃を回避するためにわざと朧がリクを彼女の隣に座らせた可能性が高い。


「毒物には耐性がある方だが、俺も命は惜しい」


決まりだ。犯人はこの男で間違いない。リクはまんまとハメられたのである。しかし爽快なまでにスッキリとした顔である。自分が万全の状態ならば、彼の顔面に握り拳を叩き込んでいただろう。しかしながら、今のリクは昨日とは別の原因によって、満足に身動きが取れない状態だ。


「一生恨みますからね・・・」


キリキリと痛む胃を押さえながら、リクは横目で朧を睨んだ。朧はぎこちない愛想笑いをした。せっかくの中性的な顔が、相手の精神を逆なでする腹立たしい顔になっている。


「朧さん、愛想笑い下手くそですね」


「なっ・・・!?そ、そうか・・・?」


リクが指摘すると、朧は驚きを隠せない様子でリクを見た。


「やめた方がいいですよそれ・・・」


「どういう意味だ?」


朧の問いには答えず、リクは薬を口に含み水とともに嚥下した。朧が横で何やら言っているが、リクは気にせず残りの水も飲み干した。


「そんなことより、こんな朝早くから俺に何か用ですか?」


壁面の時計を見ると、時間はまだ午前七時過ぎだ。さすがに昼まで寝ていたら、誰かに起こされたかも知れないが。


「そんなこと・・・!?いやまあ、うん。実は国王様から招集命令があってな」


「招集命令・・・?」


「ああ。リクに会って話がしたいそうだ」


「俺に、ですか?なぜでしょうか?」


「先日の作戦でお前をやむなく連れ帰ったが、元の世界に戻すには少々厄介なことになっていてな」


「厄介な、とはどういうことですか?」


リクが訊くと、朧が説明を始めた。なんでも、先日の事故の調査のため、しばらくの間は異世界転移の魔法は発動が大幅に見送りとなっているのだそうだ。つまり、リクはそれらの問題が解決するまで、必然的に元の世界には戻れないということだ。


「異世界に赴く作戦の際は、混乱を避けるため可能な限り、現地の人間との接触は自粛しているのだが、今回は想定外のことが起こり過ぎた。本来であれば、異世界から人間を連れ帰るのは絶対に避けねばならないことだ。しかし今回ばかりは、国王様の命令のもと、特例措置を取る形となった」


「そうなんですか・・・」


「お前も不本意だろうが、全てが解決するまで、もう少しこの世界で過ごしてもらうことになるだろう」


申し訳なさそうにこちらを見る朧にリクは軽く両手を振って笑った。


「それじゃ・・・仕方ないですね。でも、それと今回の招集命令と何の関係があるんですか?」


「経過を見て、体調が回復したら報告も兼ねて一度王都へ来るようにと言われていたんだ」


「絶賛体調不良なんですが・・・」


「すぐに良くなるさ」


リクが再びジトッと睨むと、朧は肩をすくめて笑った。


「もうしばらく休んだら、王都へ出発する準備をしておいてくれ。昼前にはここを出発したい」


「わかりました・・・」


「心配するな、それまでには元気になるさ」


リクの不安を見透かしたように、朧が言った。食あたりで倒れて目が覚めたら、すぐに国王に謁見とは。かなりのハードスケジュールだ。


「ついでに書庫を見せてもらおう。首都の王立図書館程ではないが、リクが見たがっていた資料が保管されているはずだ」


「すぐに準備します!」


急に元気になったリクを見て、朧が苦笑する。


「現金な奴だな・・・あまり無理するなよ。では、また後で会おう。そうそう、後で風呂に入っておけ。その、少し臭うぞ・・・」


「あんたのせいですよ!!」


退室しようとする朧の背中にリクは叫んだ。同時に腹痛でベッドに倒れ込む。


「ちくしょう・・・」


小さく呟いたリクは、モゾモゾとベッドから這い出して階段を下った。浴室は食堂の反対側にあり、男女共用である。浴室に向かう途中で、リビングから喧騒が漏れているのが聞こえた。隊員達がお喋りをしているらしく、楽しそうな声がリクの歩く廊下に反響している。朝早くから元気に振る舞える彼らが、低血圧のリクには少し羨まく思えた。欠伸をしながら扉を開けると、脱衣所に人影があった。


「ん?」


リクの気配に気づき、振り向いたのはナツメだった。


「あ・・・おはようございま・・・」


挨拶しようとしたリクを、虫を見るような目で一瞥して、ナツメは足早にリクの横を通りすぎて出ていった。あまり女子と話したことがないリクにもはっきりとわかる。確実に自分がナツメに嫌われているということは。


「う・・・うう」


先程の出来事は、家族以外の異性とろくに話したこともないリクのメンタルをボロボロにするのには十分すぎる破壊力であった。これは涙ではない、シャワーのお湯だ。リクはそう自分に言い聞かせながら体を洗い流した。


「これは・・・!」


朧が用意してくれたらしい、着替えが入った包を開けたリクは思わず驚きの声をあげた。





「おはようございます」


「具合はもう大丈夫なのか?」


「ええ、おかげさまで」


声の主は朧だ。部屋が見渡せる位置に置かれた二人がけのソファーに浅く腰掛け、膝の上には読みかけの本が置かれている。リクは軽く微笑んでそれに応えた。他にも、リビングには座り心地の良さそうなソファーが複数配置されており、隊員達はそれらに座ったり寝そべったりと、それぞれ楽な姿勢で談笑していた。彼女らは朧の声でリクに気づいたらしく、リクにジェスチャーなどで軽く挨拶をし、また会話に戻った。


「準備は整ったか?」


「準備といっても着替えるくらいですし、いつでも出発できますよ」


言葉の通り、リクは特に何も荷物がない。所持品は救助された時に袋にまとめられて保管されていたのだが、中身は財布と画面が割れて電源のつかないスマートフォンのみである。通貨も違うだろうし、電波も圏外であろう。そう予想したリクは、それらを部屋に置いてきた。


「確かにな」


朧は本に目を落としながら言った。


「というか、その・・・これは一体」


「似合ってると思うぞ」


脱衣所で着替えを見た時、最初は何かの手違いだと思った。しかし、包に書かれているのは間違いなく自分の名前であった。

そんなこんなで、現在リクは朧たちが着ているものと同じ制服を着用しているのである。


「これってここの制服ですよね・・・なんで?」


「国王様に謁見するのだからな。正装をするのが礼儀というものだろう。病衣のままではさすがにな・・・。それに、お前が着ていた服も修繕に出してはいるが、私服だしな」


「確かに・・・」


朧の説明にリクは納得した。いつの間に採寸したのか疑うほどに、サイズが自分にピッタリなのは、いささか疑問だが。


「どうした、気に入らなかったか?」


難しい顔をしていたリクの顔を、朧が心配そうに覗き込んだ。


「い、いえ・・・ただちょっとサイズが」


「合わなかったか?」


「むしろ逆です。俺にピッタリ過ぎませんかね・・・これ。貸し出しにしてもこんなに丁度いいものがあるとは・・・」


「僭越ながら、私が採寸と調整を担当させていただきました」


声のした方向にリクが顔を向けると、レンが柔和な笑みを浮かべて立っていた。


「何か・・・お気に召さなかった点がございましたか・・・?」


不安げにリクを見つめるレンに、慌ててリクは両手を振って否定した。


「いやいや!そんなことないですよ!でも、いつの間に採寸を・・・?」


「はい!リクさんが眠っている間に隅々まで測らせていただきました!」


「そうです、か・・・・・・隅々まで・・・」


「はい!『隅々』まで」


レンは制服のポケットからメジャーを取り出してニコニコと笑った。


「ご苦労だったな。おかげで謁見に間に合ったよ。相変わらず丁寧な仕事ぶりだ」


「こんなに急いで仕上げたのは久々ですが、上手くいって何よりです」


「そうなんですか、ははは・・・」


ツッコミどころがありすぎる・・・。急ぎの用件とはいえ、リクが尋ねなければ朧は黙っていただろう。そして、レンの行動を彼は全スルーである。なぜ、平然としていられるのか、リクには分からなかった。

それにしても、今着用している制服はリクの心をくすぐる大変良いデザインだ。白を基調とした清潔感のある生地に、至る所に金色の刺繍が施されている。初夏であるにも関わらず、ロングコート・・・?最初はそう思ったリクであったが、袖を通して驚いた。羽のように軽く、風通しの良い素材。今までこんな服を、リクは見たことも着たこともなかった。コートの裾を風に靡かせ、次々と敵を打ち倒す・・・。リクの中で想像が膨らんだ。昔読んだ漫画に、このような格好をした騎士が出ていた気がする。


「とっても良くお似合いですよ」


レンに天使のような微笑みで褒められ、リクも悪い気はしなかった。


「なんだか、強くなった気分です」


「そうだろう、王国騎士団自慢の逸品だからな」


照れ笑いしながらそういうリクに、朧は誇らしげに頷いた。


「さて、そろそろ出発しよう。各員、準備は整っているな」


「はい!もちろんです!」


「いつでも行けるよ」


「大丈夫です・・・!」


朧が声をかけると、談笑していた隊員達が元気よく応えた。







遊撃隊の隊舎があるレノボルンから、王都ウォーラブルクまではまだ時間がかかる。車窓を流れる風景に見とれるリクを横目で眺めながら、座席のひじ掛けに頬杖をつき、朧は今後の事を考えていた。

不測の事態に、やむを得ずリクを連れ帰ったまでは良かった。しかし、薄々予想はしていたが、異世界転移用のゲート魔法が当面使用見送りとなるとは・・・。厄介なことになってしまった。リクに説明した時は、落ち着いた様子の朧であったが、内心かなり困窮していた。

朧の顔が険しくなる。国王陛下が謁見を命じたのも、単にリクの様子を見る為だけではないだろう。同盟国への状況説明をはじめとする事後対応で忙しいにも関わらず、それらを差し置いてまで一番隊を招集したのだ。何か他の目的があると見て間違いないだろう。朧はため息をつき、座席に腰掛けた面々を見やる。レイ以外は王都へ赴くのは久々だ。朧と比べ、詳細な事情を知らない分、普段通り談笑をしている彼女らは、幾分楽だろう。だが、かえってそれが朧の心配を軽減する役割を果たしているとも言える。しばらくこのままリクの相手をしてもらうとしよう。朧は横目で隊員達を眺めた。


「自然を見るのは初めてですか?」


未だ景色に見とれたままのリクに、レイが問うた。


「はい。小さい頃に父の実家に行った時くらいで・・・」


「へえ、都会っ子なんですね〜」


「そこまでじゃないですけどね・・・」


苦笑するリクを尻目に、足をパタパタとさせながらレイも外を見やった。他の隊員達も、窓際のリクを囲むようにして座席に座って彼に色々と話しかけている。


「隊長は、向こうの会話に加わらないのかい?」


気難しい顔をした朧を心配したのか、向かいの席に座っているナツメが話しかけてきた。


「ああ、少し考え事をしていてな。心配いらんよ」


「そっか。ボクで良ければ相手するよ。隊長、考え事すると止まらないから・・・」


朧が答えると、ナツメは少し残念そうに微笑んだ。それを見て、朧は取り繕うように付け加える。


「ありがとうな。謁見後も解消しなかったら、相談に乗ってもらおうかな」


「うん、分かった」


銃に関する事以外では、あまり感情が動かないナツメだが、付き合いのそこそこ長い朧には、彼女が嬉しそうなのがはっきりと分かった。そんな彼女の顔を見ながら、朧は回想にふけった。誰に対しても敵意むき出しの少女の姿が脳裏に浮かんだ。仲間になった頃の刺々しさからは想像もつかないほど、今のナツメは優しく、性格も随分と丸くなった。元々そういう性格だったのかもしれないが。

初対面の人間に、彼女の一人称や話し方に違和感を覚える者は少なくない。それは彼女が生まれ持った能力により受けた苦しみや、複雑な家庭で育った事で性格が捻じ曲がったのが主な原因だろう。しかしそれはもう過去の話だ。今、目の前にいるナツメは、問題なく普通の少女としての生活を送れている。


「どうかした?ボク何か変なこと言ったかい・・・?」


考え事をするあまり、つい見つめ過ぎてしまった。たじろいだナツメが、控えめに朧に問うた。


「何もしてないさ。ただ少し、昔の事を思い出してな」


「昔って・・・ボクの?やめてよ・・・恥ずかしいな」


ナツメは不機嫌そうに口を尖らせてそっぽを向いた。出会った時から変わらない、照れた時の癖だ。ナツメ自身、過去の事はあまり好きではなく、それに触れらると、内容によっては冷静なナツメでも顔を真っ赤にして激怒することがある。


「何にせよ、お前がまっすぐ成長した事は、嬉しく思っているということだ」


「なんだい、それ・・・。よくわかんないけど、隊長が嬉しいなら、それでいいよ・・・」


ナツメは微妙な顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。腕時計に目を落とすと、まだ少し到着には時間があった。そこで朧は、疑問に思っていた事をナツメに聞いてみることにした。


「リクのこと、心配か?」


「な、何を・・・!そんなんじゃ・・・ないけど」


いつもバッサリとしているナツメにしては珍しい物言いだ。図星といったところだろう。


「似ているか。昔のお前に」


「うん・・・。というか、よくわかるね」


続けて言った朧の言葉に、観念した様子でナツメは認めた。


「この部隊の結成から一緒に居るんだ。そのくらい分かるさ」


ナツメは朧の次にこの部隊に所属している期間が長い。よって必然的に朧との付き合いも長くなる。ナツメの変化を傍で見てきた朧には、彼女がリクに抱く思いが少し分かる。おおかた、リクと昔の自分を重ね見ているのだろう。性質は全く異なるが、芯が強く、中々折れない部分は、リクとナツメに共通している点とも受け取れる。


「妹さんを助けたくて、必死なんだろうね。でも、危なっかしいというか。回りが見えなくなってるんじゃないかなってさ」


「そうだな。家族や親しい者を失う辛さは、計り知れない。それは俺とて、分からないことではない。リクが無事に帰れるまで責任を持って、彼を手助けするのも、俺たちの役目だ。おそらく今後も生活を共にするだろう。リクが辛い思いをしないように、安心させてやらないとな」


「わかってる。でも、昨日言い過ぎたんじゃないかって思うと、なかなか話せなくて」


そう言ってナツメは少し俯く。


「だから今朝から怖い顔をしていたのか。まあ、これから時間をかけて打ち解ければいいんじゃないか」


「うん、そう、だね・・・」


朧の言葉を胸に刻むように、ゆっくりとナツメは頷いた。ナツメは不器用だが、思いやりのある子だ。たまにキツい言葉を使うこともあるが、それは相手を思って言っているのだ。彼女ならばさほど心配はいらないだろう。


「なんだかボクの相談になっちゃったね・・・」


「構わないさ」


申し訳なさそうに笑うナツメに朧がそう返すと、ナツメはスッキリとした表情になった。いつの間にか車窓の景色が都市のものへと変わっていた。次は終点ウォーラブルク、と車内アナウンスが流れた。


「ほら、そろそろ到着だ」







「んんー。長かったなあ」


車両から降りたマルスが、ホームで両手を高くあげて大きく伸びをした。


「ここからまたしばらく移動だけどな」


「あー・・・そうでした」


酔うというほどではないが、マルスはあまり乗り物が得意ではない。以前、その理由を聞いたことがあるが、どうやらじっと座っているのが好きではないようだ。


「転移魔法とか使えれば、時間短縮できて便利なんですけどねえ・・・」


「俺はラスターと違って、専用の道具が無いと転移魔法は使えん」


「知ってますよ・・・知ってますとも!言ってみただけですよ〜」


独り言のように呟くマルスに朧が答えると、マルスはとぼとぼと駅の出口に向かって歩き始めた。そもそも、王都や特に王宮周辺は、転移による外敵からの攻撃を防ぐことを目的する、上位魔法の結界が常時展開されているため、一部の特殊許可証を持つ者以外は転移魔法で直接王都へ移動することはできない。仮にその結界を破る術があり、それを行使したとして、その先に待っているのは軍法会議だ。誰が見てもメリットよりもデメリットの方が大きいので、非常時でもない限り、まずやらない方がいいだろう。であれば、転移魔法を使えるラスターに頼んで、王都の近くに送り届けてもらうことも考えられたが、生憎彼は別の用事で不在であった。他の手段として、転移魔法を使える道具もあるのだが、使い切りで高価な上に人数分必要になるため却下となった。


「ここが王都・・・ウォーラブルクですか・・・!」


初めて見る王都の景色に、リクは圧倒された様子で辺りを見回している。この世界の街並みは、リクの世界で例えるなら西洋、それも中世、今から何百年も前のものだ。朧は以前、首都の王立図書館に保管されている資料でそれを見たことがあった。


「うう・・・人が多いのは苦手、です・・・」


ロッドが不安げな顔でオロオロとしている。人間が苦手なロッドにとって、人口の多い王都は居心地の良い場所ではないだろう。


「大丈夫だよ、ボクがついてるからね」


ナツメがそう言うと、ロッドはこくりと頷いてナツメの手を握った。


「確か、迎えの馬車が来てるんでしたよね?」


レイがそう言って周囲を見渡す。王のはからいで、王宮までの送迎をしてもらえる事になった。徒歩で行けない距離ではないが、所要時間を考えると、大変ありがたい。


「あそこに停まっているのが、そうじゃないですかね!」


馬車を見つけたらしいマルスが、前方を指差して言った。マルスは一番隊の隊員の中で最も背が高い。このような人の多い場所で目的物を発見するのは、彼女の得意とするところだ。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


マルスが指差した場所へ行くと、そこには二台の馬車と待機していた王宮騎士が立っていた。朧達に気がついた騎士は敬礼で隊員達を迎えた。一番隊はそれぞれ分かれて馬車に乗り込んだ。朧と同じ馬車に乗ったのはレイ、リクの二人だ。


「馬車に乗るの、初めてです」


王都に来てから、初めて触れるものが多いためか、リクの目はレノボルンを出発する前よりもずっと輝いて見えた。


「せっかくの機会だ。色々見ておくといい」


窓に張り付いているリクに、朧は声をかけた。


「私達はもう何度目でしょうね。最近来たばかりですし、なんというか・・・」


疲れた顔でレイはため息をつく。


「ここ最近は、何かと王都へ出向くことが多かったからな」


「色々揃ってて便利ですが、疲れるんですよね〜・・・ここ」


向かいの席で楽しそうに外を眺めるリクとは対照的に、朧の隣にいるレイは気だるそうにしている。


「今は事故の影響で立て込んでいるからな。普段は待機が多い遊撃隊でさえ駆り出される状況だ。民間人ならともかく、騎士団内で暇な人間を見つけるほうが難しいだろう」


朧の言葉に、レイは普段あまり見せない真剣な顔つきで続ける。


「なんだか嫌な予感がするのは、気のせいですかね。これからもっと事態が悪くなるような・・・」


「それはなんとも言えないな。早急に解決すれば何よりだが、俺もそうは思えない」


レイの予想を肯定するように言って、朧は現実から逃げるように窓の外を見やった。いつもと変わらない平和な街並みが、そこには広がっていた。つい先日、大きな事故が起きたというのが信じられないくらいの穏やかな景色だ。前回の任務で見た光景が、目の前の風景と重なる。朧は首を振ってそれをかき消した。







「やっとですよ!やっと・・・やっと着きましたよ王宮!」


朧が馬車を降りると、先に降りていたマルスが嬉しそうに叫んだ。


「すごい・・・!やばい・・・!」


リクは王宮の外壁を見上げて感嘆の声をあげている。だがしかし、あまりの迫力に語彙力が乏しくなってしまっている。


「ようこそ、一番隊の皆様。謁見の間で国王様がお待ちです」


そう言って扉の前の衛兵が敬礼し、入口の扉を開けた。朧が敬礼を返すと、隊員達もそれにならった。慌てた様子でリクも敬礼をした。

王宮に入るとなんだかいつもと雰囲気が違った。普段は静かな王宮内が、今日は少し騒がしい。謁見の間へ向かう途中、真っ赤な絨毯が敷かれた広い廊下の一角に、喧騒の正体であろう人だかりがあった。その中心に数人、特徴的な凝った造形の鎧を身にまとった騎士の姿が見えた。それを見て朧の予想が確信に変わる。このアステライド王国で、国王を除けば最強の魔導士であるアーサーと、その部下達。彼らが所属する国王直轄の遠征部隊が帰還したのである。

基本的にアーサーに命じられる任務は、半年スパンの長期に渡って行われるものが多い。そのため、お目にかかれる機会は非常に少ない。彼の任務が遠征ばかりなのは、王に好かれていないからではなく、むしろその逆だ。

アーサーは、若くしてその才能をいかんなく発揮し、階級は大将。ひいては最難関である国王親衛隊に合格し、現在はその隊長を務めている。一部の特殊な属性を除き、ほぼ全ての属性の魔法を行使する事ができるという、凄まじい技量と知識を有しており、天才という言葉がもっとも相応しい男だと、朧は考えている。


「これはまた・・・珍しい場面に出くわしたな」


「あの人だかりは一体なんですか?」


「あそこにいるのは、この国で最強と謳われる大魔導士の一人、アーサーだ。ちょうど彼の部隊が帰還したところだろう」


「えぇ!?そ、そんな人に会えるなんて!今日はすごい体験ばかりですね・・・!」


朧が答えると、リクは少々オーバーなほどに感激して目を輝かせた。

少し離れた場所から人だかりを眺めていた一番隊に気づいたらしく、部下の騎士達をその場に残してアーサーがこちらへ歩み寄ってきた。


「久しぶりだね、一番隊の諸君・・・!今日はこのアーサーのお出迎え、感謝するよ。ところで、そちらの坊やは・・・?」


「いや、違うが」


否定する朧を無視し、妙な決めポーズを決めたアーサーがリクを見た。


「い、一条リクです!」


目を細めて問うアーサーにリクが答えると、アーサーは舐め回すようにリクを見ながら、リクの周りを回った。小気味よい足音が、辺りに響く。


「ああ、君が例の。なるほどなるほど、その制服・・・新入りかい・・・!」


リクの正面で立ちどまったアーサーが、指をパチンと鳴らした。廊下が静かなため、やけに反響する。


「いえ、違います・・・」


顔を引き攣らせたリクが答える。


「これは失敬!あまりにも似合っていたので、つい・・・ね?」


「あ、ありがとうございます・・・」


トップモデルのようなスタイルと、絵に描いたような美形の顔。相手を引き込む深みのある声。それに特徴的な喋り方も相まって、一度見たら彼の姿が脳にこびりついて離れないだろう。ここまでなら、喋り方が特徴的なイケメンである。もっとも、リクは既に警戒し始めているようであるが。


「それはさておき・・・これはこれは・・・!お嬢様方、ご機嫌麗しゅう」


そう言ってアーサーは、リクと朧の間を通り抜け、一番隊の女性隊員の前に歩み出た。彼女たちはスっと自然な動きで、マルスを先頭とした防御陣形を取る。それを見て、アーサーはフッと軽く微笑んで爽やかな声で言った。


「本日は、何色の下着を着ていらっしゃるので・・・?」


天才軍師アーサー。又の名を下着騎士(ランジェリーナイト)。女性の下着を見る、もしくはその色や形を聞くことで彼の戦闘力が増加するらしい。あくまでモチベーションの話だろうが。朧は、彼の本性を知っているため、さほど驚くことはないが、隣のリクは目を見開いて自分の耳を疑うような顔をしている。お前の耳は正常だ。そう朧が心の中で呟いた時、レイの声が聞こえた。


「失せろ・・・この変態野郎。二度とその気色悪いツラ見せんな」


般若のような形相で、レイは中指を立ててアーサーを睨め上げている。


「オゥ・・・!その天使の様な姿からはとても想像できない程の罵声・・・グレイト!!及第点だ!」


アーサーはそれに怯むことなくレイを褒め、次にナツメの方を見た。


「やあ、ナツメ中尉。君はどんな下着を──」


言いかけたアーサーの顔面に、ナツメが正拳突きを叩き込む。メリィっと生々しい音を立て、アーサーは床に大の字に倒れ込んだ。


「・・・クソ虫が」


軽蔑を込めた目でアーサーを見下ろし、ナツメが吐き捨てるように言った。


「おお・・・!これはこれで良い眺め・・・下から見上げるレディ達の脚も、素晴らしい・・・。レン中尉、良ければもう少しスカートを上げてもらえないかい?」


「殺しますよ?」


鼻血を流しながらもなお、レンのスカートを覗こうとするアーサーの腹部に、満面の笑みで放たれたレンの踵落としが命中した。一瞬、アーサーの体がくの字に曲がる。


「ごはっ・・・!・・・ははは、最近のレディ達は、お転婆さんが多くて困っちゃうなあ・・・。ではロッド少尉、パンツを拝見してもよろしいかな?」


「烈衝波・・・!」


「・・・があっ!!」


凄まじい速度で放たれたロッドの拳が、横たわるアーサーに直撃した。白目をむいたアーサーが床にめり込み、その周囲にクモの巣状の亀裂が走った。

高速で突き出した拳から放つ衝撃波を用いて相手を吹き飛ばす、中距離までを攻撃範囲とした、ロッドの得意とする格闘技の一つである。本来は、近接技の間合いの外にいる相手に対し、牽制のために使うものだ。ロッドが地面を殴るようにして放った技は、衝撃波を撃ち出す拳ごとアーサーにクリーンヒットした。ゼロ距離で凄まじい衝撃波を受けたのだから、さすがのアーサーも少しは効いたようで、床に倒れたまま動かない。


「最低・・・です!」


両手でスカートの裾を強く握りしめて、ロッドが小さな声で叫んだ。


「さすがはルプスだ。良い技を持っているようだね」


ロッドがナツメの陰に隠れると、しばらく動かなかったアーサーが、ゆっくりと立ち上がった。軽く怪我を負っていた顔は、元通り綺麗なものに戻っていた。


「さてさて、また国王様に怒られてしまうから、これも直さないとね」


そう言ってアーサーが床の損傷部分に手をかざす。


再創造(リクリエイト)


短い詠唱が完了すると、小さな魔法陣が出現し、割れた破片が元あった場所に移動し始め、やがて破壊された床は元通り修復された。


「よし、元通りだ。最後にマルス中尉、今日のパンツの色・・・教えていただけるかな?」


あれだけやられたというのに、まだ懲りない様子で、アーサーがマルスを見やった。


「マルスさん、答えなくていいから」


「そうです。こんなセクハラ野郎と話す時間はありません」


ナツメとレイがマルスの腕を掴んで先へ進もうとするが、なぜかマルスは動かない。


「マルスさん・・・?」


「赤です」


「は・・・?」


訝しげにマルスを見つめるナツメの手を振りほどき、マルスは自身に満ち溢れた表情で声を張り上げた。


「私は赤いパンツを穿いています!」


「んんんん!ビュウゥウウウティフォオオオオウゥウ!!!」


アーサーが両手を広げ、大きく仰け反った。隊員たちは引き攣った表情で絶句、隣のリクは顔を赤らめて動揺している。朧は静かに頭を抱え、目を閉じた。


「ンン赤っ!それは・・・情熱の赤!真紅!レエェエッド!!」


アーサーは依然として妙な声を上げながら、体をくねらせている。目には目を歯には歯を・・・変態には変態をと言ったところだろうか。これ以上深く考えたら、頭がおかしくなりそうだ。朧がそう思ってその場を離れようとした時、アーサーの体を見えない何かが遠くへ投げ飛ばした。


「ノオォォォウ!」


「気持チ悪イ。・・・ヘンタイ」


声のした方を朧が見ると、先程まで誰もいなかったその場所に、黄金の装飾が施された黒い三角形のフルプレートを身にまとった人物がそこに立っていた。目の部分の隙間からは、二つの赤い点が覗いている。アーサーと同じく王国騎士団大将、国王親衛隊の一人、ゼルだ。

過去のベーゼ襲撃の際に、A〜S区分で構成された数万体の群れを、たった一撃で跡形もなく消し飛ばすなど、アーサーに匹敵する実力を有していること以外、朧はゼルのことをほとんど知らない。口数は少ないが、好奇心旺盛な親しみやすい性格で、時折見せる愛らしい仕草が、騎士団の中で密かな人気となっている。出身や年齢、性別など、あまりにも謎が多いことから、朧はゼルのことを、親衛隊のマスコットキャラクターだと思っている。


「キミ、リク君ダネ?私ハ、ゼル。大将、ヤッテル」


ゼルが可愛らしく首をかしげてリクを見つめた。抑揚の少ない平坦な声は、まるで合成音声のような印象だ。朧もゼルを近くで見るのは初めてなので、改めて声を聞くと不思議な感じがした。


「はい、そうです!はじめまして・・・ゼル大将」


案の定ゼルの事が気になるようで、リクは不思議そうな面持ちでゼルを見つめている。ゼルはその視線に気づいたらしく、楽しそうに左右に揺れたり、その場で回ってみせたりしている。一通りリクと戯れ、ゼルは隊員達に手招きした。赤い二つの点が横向きの三日月型になった。どうやらリクのことが気に入ったようだ。


「ハロンガ呼ンデル。ツイテ来テ」


そう言ってゼルは浮遊して移動し始めた。ハロンとは国王のミドルネームだ。ゼルだけは何故かこのような親しい呼び方をしている。

ゼルに連れられ廊下を進むと、謁見の間の大きな扉の前に到着した。ゼルが両手を扉にかざすと、扉がひとりでにゆっくり開いた。


「行コ」


ゼルを先頭に謁見の間に入ると、奥の大きな玉座には一人の少年が腰掛けており、ニコニコと朧たちを見つめていた。少年は跪いて挨拶をしようとする朧を手で制し、口を開いた。


「ゼル、ご苦労じゃった。さて、よく来たのう、諸君」


年相応の高めな声で少年は朧たちを労った。


「こ、この子は・・・?」


リクが戸惑った様子で少年を見つめると、少年は玉座からリクの目の前まで、およそ20メートルの距離を一瞬で移動し、驚くリクを見上げた。


「ワシはジョン=ハロン=アステライド。この国の王を務める者じゃ」


「え・・・えええええっ!!?」


「なんじゃその反応は・・・不敬じゃぞ?」


驚愕し素っ頓狂な声を上げるリクを見つめ、国王はニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。

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