第2話:ベーゼ
学校に到着し、アキと別れ自分の教室に入ると、いつもの喧騒に混じって今朝のニュースの話が耳に入った。
「おーいリク!見たか?あのニュース」
話しかけてきたのは隣の席の北野マサヒコ。彼はリクの小学校時代からの友人だ。そして厨二病をこじらせたリクを見捨てなかった唯一の親友である。リクは彼のことをマサと呼んでいる。
「おはようマサ。ああ、なんかだかパッとしないよな」
荷物を置きながらリクは答えた。マサはつまらなそうに続ける。
「だよなー。でも災害災害って、一体何なんだか。どのニュースでもそれしか言わねえ。でも興味あるよな、バケモノって」
「となると、やはりオレの出番か・・・くくく」
リクはうつむいて左腕を抑えながら悪役の様に笑った。
「はっ意味わかんねー。お前じゃ何の役に立たねーよ。バーカ」
マサは少し楽しそうに鼻で笑った。
「貴様、我を愚弄する気か!よかろう、まずは貴様から始末してくれる!」
少年漫画に出てきそうな訳のわからない構えをとりながらリクが叫ぶ。 一瞬、クラス中の視線がリクに集中したが、そんなことはどうでもいい。
「おーし、かかってこい!ボコボコにしてやるぜ!」
マサも乗ってきてくれた。その後も二人で冗談を言い合っているうちに始業のチャイムが鳴った。生徒達がそれぞれの席に着いて、喧騒が小さくなったところで担任の先生が入ってきた。その表情はどこか深刻そうだ。
いつもなら15分程度読書をする時間があるのだが、今日はすぐに先生の話が始まった。
「皆さんおはようございます」
妙に顔色の悪い担任が挨拶をした。
「おはよーこざいます」
「はざまーす」
生徒達のまばらな挨拶がこだました。
「これから臨時の全校集会がありますので、今から体育館に移動してください」
担任の指示に従って体育館に移動すると、体育館特有のざわめきが聞こえてきた。リクのクラスも所定の場所に番号順に整列する。リクの苗字は一条なのでかなり前だ。
しばらくすると、重たい足取りで小太りの眼鏡をかけた老人が壇上に上がってきた。校長だ。校長は禿げ上がった額をハンカチで拭いながら話し始めた。
「えー、本日は市長から連絡がありまして、今日は普段通り授業がありますが・・・」
数名の生徒がブーイングをしたが、校長は構わず続ける。喧騒がふたたび大きくなる。リクはスピーカーに意識を集中した。
「全ての部活動は休みです。放課後は速やかに下校して夜間は外出をしないでください。もし・・・」
何やら懇願するような声だ。そこで一旦校長が言葉を切る。止まらない汗を再度ハンカチで汗を拭った。そして、次に放たれたその異常ともとれる校長の言葉に、体育教師の一喝を必要とせずに、ざわついていた体育館が静まり返った。
「もし、外へ出たら・・・・・・身の安全は保障できません」
拭いきれずに校長の顔を伝った脂汗が顎から落ちた。いくらなんでもそれは変だとリクは思った。不審者くらいなら警察に任せれば良い。考えられるのはやはり朝のニュースだ。化け物は実在するのだろうか・・・。しかし、いつも真面目な校長の表情から推測するに、とてもデタラメを言っているとは思えなかった。
市長は何か知っているのだろうか。リクは疑問に思ったが、校長は何も知らない様子なので、何を訊いても時間の無駄だろう。他の生徒も何も言わなかった。
全校集会で伝えられた通り、6時限目の授業が終わった後、すぐに下校となった。リクは校門で待っていたアキと合流し、そのまま帰路についた。
「お兄ちゃん、なんだか変だよ。やっぱり何かあるんじゃ・・・。身の安全が保障できないってどういうことだろ・・・」
「心配ないよ。きっと不審者とかじゃないかな。校長先生も大げさだよ」
不安げに話すアキに化け物の話など当然できるはずもなく、リクはごまかすことしかできなかった。
昼休みにSNSで見た異形の怪物が写った写真がリクの脳裏に焼き付いていた。今はアキを安心させなければならないのに、化け物に対する好奇心が自分の中で渦巻いていることに気付き、リクは首を横に振った。腕時計に目をやると、時刻は午後4時を指していた。
事態は最悪の方向へと向かっていた。今、自分が目にしている光景は、不幸や不運という言葉ではとても表す事などできないだろう。
「なんということだ・・・」
昨夜ゲートが開いたと報告にあったあおば市に到着した遊撃隊は、眼前に広がる惨状に言葉を失った。既にベーゼ襲撃から半日以上が経過しているが、未だに倒壊した家屋から炎や煙が上がっている。瓦礫が道を塞ぎ、煙とあいまって更に見通しを悪くしている。荒れ放題の町は異様な静けさに包まれており、人の気配をまったく感じなかった。
時刻は午後5時。初夏とはいえもう少しで暗くなり始めるだろう。幸いなことに千年界と地球は時間がリンクしているので、時差などの細かい事を気にする必要は無い。
「ひどい・・・」
黙って街を眺めていたナツメが顔を背けた。その後ろで、ロッドの不安をまぎらわすために、レンがロッドの手を握っている。
朧は天を仰ぎ目を閉じた。小さなミスが、こんなにも大きな被害を出してしまった。朧の肩に王国の責任が重くのしかかってきた。この事故で一体何人の命が犠牲になったのだろう。生存者はまだいるだろうか・・・。
「隊長、たいちょー?たいちょーー!!」
自分を呼ぶ声に朧が薄目を開けると横で金髪の生き物が跳ねている。
「どうした。大声出して」
「だーかーらー!皆さんにご指示を!」
レイが長い金髪と両手を振りまわしながら必死に叫んでいる。
「ああ、すまない。少し考え事をしていた」
「しっかりして下さい!」
「わかっている。あんまり怒るとシワが増えるぞ」
「余計なお世話だよ!まだ17だよ!ピチピチなんだよ!!!」
朧の冗談にレイの白い肌がみるみる紅潮していく。
「もう!」
レイが頬を膨らませて顔を背けた。しかし、彼女のおかげで目が覚めた。朧は深呼吸をすると、遊撃隊に指示を出すため後ろを振り返った。同時に、それまで呆然としていた隊員達の顔つきが変わる。
「全隊配置に付け。五番隊は救命設備を整え、この先の公園で待機。三番隊は周囲の探索及び前衛のバックアップ。一番隊と二番隊は生存者を発見次第、随時五番隊に送り届けろ。なお、作戦行動中にベーゼを発見した場合は速やかにこれを殲滅せよ。では、2時間後にここに集合してくれ。散!」
朧の合図と共に、五番隊以外の部隊が風のようにその場から姿を消した。
一番隊と二番隊はツーマンセルになり、それぞれ生存者の捜索を含めた被害状況の調査を始めた。一番隊は朧とマルス、ナツメとロッドの二組に分かれた。レイとレンは武器なので、それぞれ朧とマルスに付いている。朧たちは商店街、ナツメたちは河川敷、二番隊は住宅街を調査することになった。
「気を付けて下さい。まだいるかもしれません」
マルスが剣を抜きながら言った。電気系統が落ちているのだろう。照明の消えた商店街は、さながら廃墟のようだ。所々に荒らされた形跡のある通りを中ほどまで進んだところで、三番隊と連絡を取るために朧は通信魔法を使用した。胸の高さに現れたスクリーンのようなものにラスターの姿が映し出される。
「ラスター、聞こえるか」
『聞こえてるよ』
「この辺りにベーゼは居るか?」
探知魔法による索敵と通信魔法の中継の両方ができる三番隊は、遊撃隊にとって必要不可欠な存在だ。朧の問いに、ラスターはまるで怪談話をするかの様な口調で答えた。
『居るっていうか・・・ヤバイよそこ』
ラスターの表情がこわばる。嫌な予感がする。
「何が・・・」
朧の言葉を遮ってラスターが続ける。
『囲まれてるよ』
ラスターの言葉と同時に四方八方で破裂音が響き、立ち並んだ店のドアや窓からベーゼが次々と飛び出してきた。虫のような姿をしているスカラベや人間を容易に飲み込む大きな口が特徴のイーターなどが確認できた。
「隊長、上!」
レイの声に上を見上げると、割れた吹き抜けのガラス片と共に両腕が鎌のような生物が降ってきた。
「あいつは・・・!レイ、来い!」
「はい!」
朧の声に応じてレイの姿が人間から刀に変化した。朧はレイを掴みそのまま頭上から襲い来る敵を迎え撃つ。朧に攻撃をはじき返されたその生物は、身軽に宙返りをして壁を蹴り、再び突進してきた。鎌が朧の鼻先をかすめる。
「ファルクスだと・・・!?まずいな、A区分まで侵入しているのか!マルス!」
「了解!雑魚はお任せ下さい」
マルスが剣を構えなおして飛び出してきたベーゼに切りかかる。ベーゼは個体の強さによって区分分けされている。A区分の個体は中尉クラスの人間が一人で倒せる程度の強さだ。だが、それはあくまで一般兵の基準だ。王国内で屈指の実力を誇る遊撃隊に関しては、この区分はあまり当てにならないだろう。
「・・・邪魔を・・・するな!!」
自分の頭部を執拗に狙って繰り出される鎌をいなしながら、朧はラスターに怒鳴る。
「A区分が出現した!手の空いてる者は至急五番隊の援護に回れと伝えろ!」
『知ってるよー、あと手遅れっぽい。五番隊も囲まれたらしいよ。さっき連絡が入った。オレもすぐに向かうけど、チコちゃんがフェーズ2使えばフツーに勝てるから大丈夫だと思う。てか、声デカい』
朧の脳裏に怒り狂うロリババア、チコの姿が浮かんだ。毎年開催される国内統一の武闘大会で一度だけ相手の挑発で激昂した彼女の姿を見たことがある。あの戦闘能力で医者だというのだから、信じがたい話だ。本人は武闘派なのを否定しているが。
「ああ、なるほど。それなら問題無いな。ところでホムラは?」
納得しながら、それとなくラスターに問う。
『知らないよあのナルシシストなんか。モミジが一緒だから多分生きてるんじゃない?それよりもう切るよ』
ラスターが無愛想に返した。暑苦しい体育会系のホムラと引きこもりのラスターはどうにも相性が悪いようで、ラスターはホムラの話題を嫌がる。
「了解。気を付けろよ」
『そっちもね』
「いい加減に・・・しろ!」
通信を切り、会話中も執拗に攻撃してきたファルクスの腹部に蹴りを入れると、気色の悪いうめき声を上げながらファルクスの体が勢いよく店のシャッターに叩きつけられた。だが、硬い甲殻に覆われているため、大したダメージにはならないだろう。
「大丈夫か?」
「もちろん!でも、長期戦はキツいかも知れませんね」
次々と敵を倒しながら、朧の問いかけに答えるマルスの横顔はまだまだ余裕そうだ。マルスと背中合わせになって辺りを朧は見回した。相変わらず囲まれているどころか、むしろ数が増えてきているようにも感じる。このままでは埒が明かない。
この世界では魔力の供給源がほとんど無いため、なるべく魔法は使いたくなかったが、朧は仕方なく魔法の使用を決断した。
「マルス、伏せていろ」
「当てないでくださいね〜・・・」
マルスが苦笑いしながら片ひざ立ちになったのを確認し、朧は魔力を解放した。朧の周りに魔法で作り出した浅葱色の粒子が溢れていく。
「索敵粒子を展開。攻撃範囲の敵総数3846。粒子圧縮・・・」
朧を中心に凄まじい数の圧縮された球体状の粒子が浮遊し始めた。
「ホーミングスフィア」
放たれた無数のスフィアに為す術なくベーゼたちが貫かれていく。そんな中必死に逃げるファルクスの姿が目に留まった。
「逃がさん。マルス、後を頼む」
残ったベーゼはマルスに任せ、意識をファルクスに集中する。ファルクスはなおも素早く壁や天井を動き回り、攻撃を回避している。
「ほう。なら・・・これはどうだ?」
朧はイタズラな笑みを浮かべる。追尾していたスフィアから発射された光線がファルクスの脚に命中し、バランスを崩したファルクスの体が地面に叩きつけられた。
「悪いな。これ以上お前の相手をしている時間は無いんだ」
倒れたファルクスを取り囲むように展開されたスフィアから、至近距離で光線が一斉に放たれた。断末魔を上げるファルクスの体に穴が空いていく。間もなくファルクスの体は蜂の巣になり、体中に空いた穴から青黒い体液が水たまりを作り始めた。
「うわあ・・・オーバーキルですよ」
黙って見守っていたマルスの口から声が漏れた。A区分は生命力が高いのでこれくらいが丁度いい。
「そうだな」
苦笑いをし、朧は続ける。
「このエリアで生存者は確認できなかった。他の隊員の様子が気になる。移動するぞ」
踵を返す朧に「あの〜」とマルスが控えめに言った。
「どうした?」
振り向き尋ねる朧に、マルスはやや申し訳なさそうに口を開く。
「隊長、空とか飛べませんか?」
「粒子化すれば飛べるが、人は乗せられないな。オレは魔法の絨毯じゃないんだ」
「てことは・・・?」
「ああ、もちろん徒歩で移動だ」
マルスの顔が悲しみに満ちていく。マルスを巻き込んで粒子化すれば飛べないこともないが、めんどくさいので朧はあえてそう答えた。
「ですよね〜・・・あはは」
マルスが肩をがくりと落として朧の後ろをトボトボと付いていく。
「私、変化する意味ありましたか?」
刀の姿のままのレイが不満そうに朧に尋ねた。
「あの時変化してなかったら、ガラス片が刺さって今頃サボテンになってたぞ」
「いや、でも・・・もっとこう」
レイは何か言いたそうだ。もっと出番が欲しかったのだろう。確かに最初に攻撃を受け止めた後は、大して出番が無かった。
「はあ・・・次は頼むよ」
「やったー!絶対ですよ?」
ため息混じりに朧が答えるとレイの声が一気に明るくなった。実にチョロい娘だ。ふとレンのことを思い出した朧は、マルスが背負っている盾を見つめた。レンは盾のまま何も言わない。
「マルス、レンはどうした?さっきからやけに静かだが。いや待てよ・・・まさか」
「はい、そのまさかです」
朧の問いにマルスが困ったように笑う。
「寝てるのか・・・?この状況で!?」
思わず朧は驚嘆の声をあげる。
「はい。起こすの可哀想なので、ガードできなくて・・・ひたすら避けてましたよ」
マルスがその場でサッと体を左右に動かした。レンを起こさないように戦うマルスと絶対に起きないレン。一体どちらがすごいのか。
レンはどこでも眠ることが特技だというのは以前から一番隊で有名な話だったが、ここまでくると少々厄介である。帰ったら反省会だな、と思いながら朧は微笑んだ。時刻は午後6時。集合時間まではあと一時間ほど残っている。
「この辺のベーゼは大方片付いたな」
「そうですね。まだまだ時間はありますし、他の場所も探しましょう」
「ああ、そうしよう」
次の場所へと朧たちは移動を開始した。
静まり返った住宅街の一角に大声が響き渡る。元気と暑苦しさが取り柄の二番隊である。
「バァアァァァアニング!!ナックルォオウウゥウウウゥウ!!!」
燃える拳が爆炎と共にベーゼたちを消し炭にしていく。二番隊のホムラとモミジは住宅街に現れたベーゼと戦闘中だ。他の組が生存者を発見したが、その帰り道に突如襲ってきたベーゼの群れに行く手を阻まれ、ホムラ達は五番隊までの道を切り開いている。
「ちょ、ホムラはん!ええ加減にせえ!目立つな言われとるやろ!ってああ!家燃えとる!どないしよ・・・」
隊長のホムラは朧の言葉を忘れたのだろうか。あまり目立つと色々と面倒なのだ。副隊長のモミジは頭を抱えながらホムラを眺めていた。
「目立つのはしょうがない事だ。オレは・・・スーパーイケメンだからな!」
隠密行動は自分の性に合わない、そう言ってホムラは決めポーズをした。この男は頭がおかしいのではないだろうか。
「やかましいわ!朧はんに怒られるで!今さっきラスターはんから連絡が入ってな、A区分が出現したんやて、気いつけなアカンで」
「バァアァアァアアニング!!」
ホムラは話を聞かずに更に炎を纏おうとしている。
「うっさいわ話聞けやこのサウナマシーン!!さっきから暑いねん!」
「いだっ!」
ゴン、と鈍い音が響く。モミジのゲンコツがホムラの脳天に直撃したのだ。ホムラは頭を押さえながら涙目でモミジに微笑む。
「痛いじゃないか、仔狐ちゃん」
「しばくぞ?静かにやれや」
「すいません・・・」
胸ぐらを掴まれホムラが真顔に戻った。地面に足はついていない。モミジはホムラから手を離して続ける。
「A区分が出たんや。少しキツくなるで」
モミジは自分の艶やかな狐の尾を撫でながら言った。
「マジか!そりゃあやべ・・・・・・ぐっはぁあ!」
「は?」
言い終わる前にホムラの右頬に大きな拳がめり込み、彼はそのまま10メートルほど吹き飛んで塀に頭から突き刺さった。巻きあがる土ぼこりの中、モミジはナルシシストを殴り飛ばした鉄拳の主を見つけた。体格に不釣り合いな程大きな拳。ゴリラのような骨格だが、俊敏に二足歩行で移動可能な脚・・・間違いない。
「スレイマンやないか!てかホムラはん!?ウソやん・・・弱っ」
早速A区分の登場だ。モミジは小さくため息をつき、自分たちがいた屋根の上から足元の塀を見下ろした。眼下のホムラはしきりに暴れているが、どうやら体が抜けないらしい。耳をすますと小声で「顔に傷がぁ・・・」と聞こえてくる。モミジの目がゴミを見る時のそれに変わる。仕方が無いのであのゴミは放置してモミジはスレイマンの相手をすることにした。
「いたいけな女のコを最初に殴らんかったとこは褒めたる。ほら、おいで。ナルシシストの代わりにウチが遊んだるわ」
舞うように屋根の上からアスファルトに着地したモミジが、吊り目を細めながら妖艶に微笑むと、スレイマンが耳ざわりな咆哮を上げて突進してきた。巨大な拳がモミジに迫る。
「元気やなあ」
ひらひらとパンチを躱しながらモミジは嬉しそうに呟いた。
「けど、あんさんも運が悪いなあ。・・・・・・ウチなあ、ホムラはんより強いで」
回避をやめたモミジの眼前に巨大な拳が迫る。数トンの威力を誇るスレイマンのパンチだ。一般兵ではミンチにされていただろう。スレイマンが驚いたような声をあげる。なんとモミジは素手でそれを受け止めたのだ。拳を掴む手を振りほどこうと、スレイマンは体を小刻みに震わせているが、彼女の握力から逃れることはできない。硬い甲殻がミシミシと音を立ててヒビが入っていく。
「ムダな抵抗せんで、さっさと灰になれや」
目元に濃い影を落とした笑顔を浮かべた後、モミジはゆっくりと目を開いた。
「鬼火」
モミジがそう呟くと、鬼の頭部を象った恐ろしい炎が現れた。スレイマンはこれから自分の身に起こる事を理解したのだろう。大きな声で叫び、より一層抵抗する力を強めたが、その程度でモミジが手を離すはずがない。
「ほな、さいなら」
燃え盛る鬼が口を開き、スレイマンにかぶりついた。はじめのうちは足をばたつかせていたスレイマンだが、炎が全身を包んだ数秒後、断末魔をあげて真っ黒な灰になった。
「さーて、五番隊と合流しますか」
大きく伸びをした後、モミジはホムラの近くに着地した。
「うおっ!?」
ホムラが間の抜けた声を出す。モミジはホムラが刺さっている塀を手刀で丸く切り取り、その塀ごと肩に担いだ。
「おい!歩けるから!降ろせ!」
モミジの肩の上でホムラが足をばたつかせている。
「・・・うっさい。しっかりつかまっとき」
モミジが言うと、ホムラの顔がみるみる青ざめていく。
「おいおい冗談だろ?ちょっとま・・・ぎゃぁあああぁ!」
モミジは脚に力を込めると、一気に数十メートル跳躍した。並の人間では真似できないような身体能力は、獣人族所以のものである。
『亜人種:獣人族:狐人科』
モミジは、大昔に千年界に迷い込んだ東の国の妖狐の末裔だ。『和』を重んじる由緒正しい一族の分家出身で、今は消息不明の本家の血筋ほどではないが強力な妖術を得意としている。
「副隊長殿、待ってください!」
二人の後を慌てて他の隊員達が追いかける。そろそろ他の隊員たちも戻っている頃だろう。モミジはスピードを上げた。他の隊員たちも遅れながらそれに続く。夕暮れの住宅街にナルシシストの絶叫が響いた。
溜まってたので今回は連続で投稿できました!更新頻度はバラつきがありますが、気長にお待ちください(__)