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空想少年と千年魔法  作者: 彗
序章
2/11

第1話:王国遊撃隊

昨日の午前、アステライド王国東部に位置する、魔法によって異なる世界との架け橋としての役割を果たしているゲート部門で、重大な事故が発生した。職員のミスが原因とみられる誤作動の影響で、通常であれば自動的に30秒程で閉じるはずのゲートが、開いたままの状態になってしまった。

現在、技術者を集めシステムの復旧を急いでいるが、どんなに急いで作業を進めたとしても、復旧には2日を要するというのが彼らの見解である。したがって長時間にも及んでゲートが無防備となる。この事態を受け王国は直ちに厳戒態勢を敷き、魔物及びベーゼのゲート通過を阻止するべく、復旧までの2日間王国騎士団を総動員してゲートの防衛にあたることを決定した。

しかし、ゲートの異常を察知したと思われるベーゼの大群が王国東部に押し寄せ、先遣隊の決死の防衛もむなしく、東部方面軍本隊到着前に防衛ラインを突破され、多数のベーゼがゲートに侵入するという最悪の事態を迎えた。現在では本隊が到着し生き残った先遣隊と共に防衛にあたっており、以降ベーゼのゲートへの侵入は確認されていない。また、居住区の防衛は守護隊が担っており、今のところ大きな被害は出ていない。それだけが不幸中の幸いだろうか。


ベーゼとは、異なる世界への移動を可能とするゲート技術をもつ異世界の住人の総称だ。王国のゲート魔法も彼らの技術を見よう見まねで再現したものだ。

ベーゼはこの世界の人間と同じく、魔力を活動の源としている。だが、一部例外を除き彼らは自身の体内で魔力を生み出すことができないため、ゲートを使って異世界を侵略し魔力をもった生物、主に人間を捕食することで魔力を確保している。

ベーゼが千年界に侵入してきのは聖王暦1180年のことである。当時、大陸は第2次魔導戦争と呼ばれる戦乱の時代であった。連合国側と帝国側に分かれ戦争をしていた8つの国は、突如現れた正体不明の敵に大きく動揺した。空に出現した巨大な穴から降り立った生き物たちは、虫や魔獣に似た特徴をもった姿で、人間の姿をしておらず、当然のことだが言語による意思の疎通は不可能であった。しかし、世界をまたぐ魔法を使えることから、侵入するのは斥候であり、ゲートの向こう側には人間と同等もしくはそれ以上の知能を有する知的生命体が存在すると予測された。無差別に人間を襲い捕食する彼らの存在は、どの国から見ても脅威以外の何ものでもなかった。当初の敵国との戦闘に加え、未知の生命体との戦闘によって甚大な被害を受けた各国の王は度重なる議論の末、ついに聖王暦1184年、国家間の戦争を禁止する恒久平和条約及び、ベーゼや魔獣などの襲撃があった場合に国家間で協力し合って防衛行動をとる国家間共同防衛条約を締結し、事実上の終戦を迎えた。自己の利益よりも種の存続が優先されたのだ。しかし、時と共に研究が進みベーゼへの対抗策が確立されるにつれ、帝国など協定を脱退した国も存在する。

それから200年余り経った聖王暦1388年の今でも、相変わらずベーゼと人類の攻防は続いている。ただ、昔と変わったところは人類もゲート技術を手に入れたことだろう。これにより、ベーゼの出現を予測し、開いたゲートに魔法をぶつけ即座に閉鎖する事が可能となった。そのおかげでベーゼ襲撃による死傷者数は大幅に減少した。しかし、完璧な予想はできないため、万が一ベーゼが侵入した場合に備え、これを迎撃する事を目的として全ての国は普段の訓練に加え、対ベーゼ戦闘訓練を行っている。決して探知の精度が悪いわけではないが、ベーゼ討伐の出撃はほとんど毎日あるようなものである。


事故発生から1日経った今でも、朝から伝令兵や各機関の職員など関係者たちがせわしなく走り回っている。普段は比較的平穏な遊撃隊の隊舎があるレノボルンも例外ではなかった。

王国遊撃隊一番隊隊長の朧は、国王からの招集を受け、別の任務で不在の総隊長の代理として王宮のある王都ウォーラブルクへ向かっていた。レノボルンからウォーラブルクへは鉄道や馬車を乗り継ぎ、二時間ほどの道のりだ。

鉄道の車窓を流れる景色は、王都に近づくにつれて自然豊かな平野から都市部のそれへと変わりつつあった。


「久々に大きな任務になりそうだな」


手元の資料から顔を上げ朧が呟くと、向かいの席に座る金髪の少女はこくりと頷いた。彼女はレイ=エスター中尉。朧の所属する一番隊の隊長補佐を務めている。


「美味いか?」


「ふぁい」


朧の問いにレイは口をもくもくと動かしながら満面の笑みで頷く。彼女が美味しそうに食べているのは、途中の駅で買った駅弁だ。よほど夢中になっていたのか、頬にご飯粒が付いている。朧が自分の頬を指さすと、レイは気づいたらしくご飯粒を取って口に運び照れくさそうに笑った。


「そろそろ昼か」


朧は懐中時計を見た。時間は正午を少し回ったくらいだ。


「隊長もどうぞ」


「ああ、ありがとう」


朧は資料をしまい、レイが差し出した駅弁を受け取った。中身は二人共シューマイ弁当だ。


「はいどうぞ!隊長お腹空いてるでしょう?」


「あっ、おい!」


朧が弁当を開けた途端、待ってましたと言わんばかりにレイがグリンピースを放り込んできた。


「好き嫌いは良くないぞ?」


グリンピースを返そうとする朧の腕をレイが押し返す。


「いえいえ・・・!隊長こそ好き嫌いすると背が伸びませんよ?」


「やかましい。お前こそ好き嫌いしてるからそこが断崖絶壁なんじゃないのか?」


コンプレックスを指摘され、思わず朧も言い返す。


「絶壁じゃないです!着痩せするタイプなんですー!」


顔を真っ赤にしたレイが睨んでくる。


「はいはい、わかったよ・・・俺が食べればいいんだろ」


「わかればいいんです!」


これ以上は大人気ないと思い、朧は折れることにした。レイはふふん、と満足そうに笑った。まったくこの娘は・・・。朧はため息をつき、グリンピース弁当を口に運んだ。

東西南北の方面軍は事故以来出現の頻度が高くなったベーゼの対応に手一杯といった状況らしい。きっと今日招集されたのも、遊撃隊にとってあまり良いものではないだろう。そうこうしてるうちに、汽車はウォーラブルクに到着した。

駅から馬車に乗り、しばらく経つと視界いっぱいに広がる庭園の自然と、その中央にある王宮が目に入った。手入れの行き届いた木々や美しい花に彩られた庭園を抜け、巨大な芸術作品ともいえる建造物を正面から見上げる。遠くからでないと一度にその全てを視界に入れる事ができないほど大きな建物だ。そして、その壁面を鮮やかに彩る沢山の装飾の一つ一つがまるで星のように輝いて見える。


「わあ、凄いですね・・・!」


レイが感嘆の声を上げた。広大な敷地面積のため、来客が迷子になるという話をよく耳にするが、あながち間違いではないだろうと朧は思った。遊撃隊の隊舎もかなり立派な建物だが、それとは比べ物にならない威厳と美しさを感じさせる。


「おはようございます、朧少佐殿!」


馬車を降りると、出迎えてくれた衛兵が敬礼をし、扉を開けてくれた。


「ご苦労」


朧も敬礼を返し、金色の刺繍が入った真紅の絨毯が敷かれた長い廊下を進む。過去に何度か王宮を訪れた事があるが、どうしてもこの足の沈む柔らかい絨毯は好きになれない。隣を歩くレイも少し歩きにくそうだ。

廊下を突き当たりまで歩き、大きな両開きの扉の前で朧は立ち止まった。ここから先は原則として関係者以外を連れて入室することは禁じられているため、レイに入口で待機するよう指示を出す。扉の前の開けた空間では既に数人が隅で待機していた。おそらく招集を受けた者の部下だろう。扉を開け中に入ると、広い空間に出た。ここは謁見の間だ。


「よく来た、朧よ」


部屋の奥からとても低い、よく響く声が朧の耳に届いた。声の主はこの国の王、アステライド3世だ。本名はジョン=ハロン=アステライド。かつては『凶星のハロン』の二つ名を冠する大魔道士で、大戦時代は王族でありながら最前線で戦っていた。当時の国王の武勇伝は現在でも兵士たちの間で語り継がれている。

国王は自身の能力にリミッターを設けており、普段は少年の姿をしている。しかし今日は珍しく本来の大柄な老人の姿で玉座に腰掛けている。彫りの深い精悍な顔と、胸の辺りまで伸びた長い髭が彼の威厳をさらに引き立てている。

謁見の間には、王からの招集があった全員が横一列に並んでいた。人数は朧を含めちょうど10名。


「おはようございます、アステライド国王陛下」


王に一礼をし、朧は列の一番左端に並んだ。どうやら自分が一番最後だったらしい。今この場にいる全員が朧よりもずっと階級の高い、いわば王国の最高戦力もしくは権力者である。そう考えると、朧は少しばかり居心地が悪くなった。緊張を振り払うように朧は玉座に目をやる。王の両脇には、王国軍でも精鋭中の精鋭の実力を持った名高い五人の魔道士で構成された親衛隊の隊員が二名立っている。朧から見て国王の右側に立っている・・・というか浮遊しているシルエットが三角形の黒い鎧をまとった小柄な人間は確かゼルといっただろうか。身長は150cmあるかないかだ。変わった造形の漆黒のフルプレート鎧は、目元の隙間から赤い点が二つ見えるのみで、顔はわからない。そして性別もわからない。しかし、鎧を着ていても細くすらっとした足が見て取れるため中性的な印象を受ける。王の左側に立っている筋骨隆々の男はコウ。朧の旧友だ。薄着なのは胸板が厚くて着られる服がほとんどないからである。親衛隊を構成する魔導士は、王が直接任命した大将だ。しかし、普通の大将とは役割が異なるため、名目上の大将と呼ぶ方が正しいのかも知らない。それでも、限定的ではあるが軍集団を動かすだけの権力は有している。

王が全員を見渡すように視線を送り右手を挙げると、親衛隊以外の全員がその場に傅いた。そして、それぞれが王への挨拶の言葉を述べていく。


「王国軍参謀総長、エドワード=エルネスタ。御前に参上致しました」


エドワード参謀総長。王国軍の最高頭脳と呼ばれる物静かな細身の男性だ。こちらは中央軍の大将だ。


「王国騎士団副団長、クロード=オルフェンス。御前に参上致しました」


総勢50万人、5つの方面軍からなる王国騎士団。その副団長がクロードである。彼は王国で5本の指に入る実力をもつ若き秀才で、その功績を認められ26歳という年齢で副団長に任命されている。また186cmの長身、端麗な容姿とあいまって、彼に憧れる者は騎士だけでなく国民にも多く存在する。総団長は親衛隊隊長のアーサーが兼任している。


「王国航空艦隊総団長、ドミニク=エーレンシュタイン。御前に参上致しました」


身長2m47cm、体重138kg。魔力によって空を翔ける航空艦隊を率いる隻眼の大男。階級は中将。通称隻眼のドミニク。航空艦隊は魔導艦による攻撃だけでなく、通常の戦闘でも風属性の魔法を駆使した高い機動力を誇る。屈強な男達が高速で飛び回る光景は圧巻だ。だが、遊撃隊のランドルフをはじめ、どうして航空艦隊に関係する者はこうもガテン系が多いのだろうか。騎士団の七不思議である。


「王国憲兵団団長、ロロ=コルデリア。御前に参上致しました」


国民の犯罪防止や騎士団の内部統制を担う憲兵団。その団長である少将のロロは誰もが振り向く様な金髪の凛とした美しい姿の持ち主だが、曲がった事が大嫌いで不正を許さない頑固者である。そのため、口うるさい彼女を苦手とする者も少なくない。ただ、その真面目さ故に思わぬ災難に巻き込まれてしまうこともあり、先輩のドミニクをはじめ幹部たちはいつも肝を冷やしている。一部の人間から優秀なポンコツと呼ばれているのは可哀想だが否定は出来ない。


「王国統合情報部隊隊長、ヒース=シュタイナー。御前に参上致しました」


国内外での魔法による通信を管理する統合情報部隊の最高責任者がヒース少将だ。感情の起伏がほとんど無いため、付いたあだ名は鉄仮面。王国騎士団の中にもこの部隊の縮小版として情報部隊が設けられており、円滑な作戦行動を支えている。ヒースは参謀総長であるエドワードの部下となる。おそらく報告のためにヒースも招集されたのであろう。


「王国特殊部隊隊長、イトゥラ=イパンネ。御前に参上致しました」


奇術師イトゥラ。階級は大佐。奇襲や過酷な環境下での作戦を得意とする特殊部隊の隊長だ。彼は南部の狩猟民族出身らしく、この辺りではあまり見かけない顔立ちをしている。褐色の肌に白髪、三白眼の鋭い眼差し。まさに狩人といった見た目だ。部隊によってデザインは異なるが、白を基調とした軍服が彼の肌色と良いコントラストを醸し出している。


「王国緊急防衛部隊隊長、シモン=ワイズマン。御前に参上致しました」


中央軍に所属する緊張防衛部隊は、有事の際のみ出動命令が出る防衛戦に特化した部隊だ。比較的重要な会議にも招集されないシモン大佐までもがここにいるということは、今回の事態の重要性を暗に示している。


「王国医療兵団団長、カーリタス=マーテル、御前に参上致しました」


マーテル医師。過去には何万人という負傷者を一瞬で治療した事もある、神の手と称される王国最高の医療魔道士だ。もう相当な年齢だが、今なお現役で王国の医療魔道士の育成に励んでいる。


「王国最高裁判所所長代理、ラヴィーナ=リブルマン。御前に参上致しました」


謁見の間に甲高い声が響く。出た──。朧の顔が険しくなる。ラヴィーナ夫人、呼び名の通り裁判長の妻だ。

アステライド王国では、王の意向で一部民主主義をとりいれている。そのため、王は司法権を独立させ、公正な判決が下るように取りはからっている。

ラヴィーナは有名な資産家の娘で、毎日贅沢の限りを尽くした生活をし、困った事は何でも金で解決しようとするワガママおばさんである。しかし、彼女の家は王国の財政面を大きく担っているため、発言力も態度も大きい。人を見下したような喋り方、気に入らないとすぐにヒステリーを起こす性格。どこをとっても朧は彼女の事が嫌いであった。あの優しそうな裁判長が不在な事が心底悔やまれた。どうして裁判長はこんな人と結婚したのだろうか。いや、人の趣味はそれぞれだと朧は自分を納得させた。


「王国遊撃部隊総隊長代理、朧。御前に参上致しました」


最後に朧も挨拶をした。王国遊撃部隊の所属は中央軍だが、必要に応じて東西南北の方面軍に増強部隊として派遣されることも多々ある。


「おもてを上げよ」


国王の言葉で全員が起立して顔を上げる。国王は全員を見渡したのち、ゆっくりと口を開いた。低い声が謁見の間に響く。


「皆の者、遠路はるばるご苦労であった。此度、皆をここへ招集した理由は他でもない。ゲート事故によって別の世界へと侵入したベーゼの駆逐作戦の立案についてである。ロロ、状況を報告せよ」


王の命令を受けたロロが一歩前に歩み出る。


「は。事故の詳細については憲兵団の総力を挙げて現在調査中です。状況証拠や職員からの聴取から、やはりさきの報告の通り誤操作が原因という線が濃厚かと。あちらの世界、便宜上これ以降は『地球』と呼ばせていただきます。地球へと侵入したベーゼについてはおよそ10万体と推測されます。また、ベーゼに地球の座標を特定されてしまっていると仮定すると、奴らによる新たなゲートからの直接的な攻撃が予想され、更なる被害が出る恐れがあります」


ロロがはきはきとした口調で答えた。


「うむ、引き続き調査を頼む。ヒース、地球での詳しい被害状況はわかるか?」


王の問いにヒースは頷きロロと入れ替わりに一歩前に歩み出た。


「統合通信部隊では地球での通信と、こちら千年界の通信をリンクさせることに成功致しました。部隊からの報告によると、地球のSNSと呼ばれる通信手段への書き込みに、ベーゼの目撃情報と思われるものが複数発見されたとのことです。情報の拡散能力はこちらの比にならない為、ベーゼの存在が周知のものとなるのも時間の問題かと思われます」


ヒースの報告に王が苦い顔をする。イトゥラが挙手をして発言を求めた。王が手で合図をすると、彼は話し始めた。


「もしも地球のベーゼを全て駆逐できれば、未確認生物として存在自体を闇に葬る事ができるかと」


狩猟民族の教えなのだろうか、イトゥラの目はとても冗談を言っている様には見えなかった。王はしばらくの沈黙ののち答えた。


「侵入したベーゼの数からして、全滅させるには大隊以上、状況によっては連隊を送り込む事になる。しかし、現在王国騎士団は全部隊がゲート防衛にあたっている。加えて地球の人々の混乱を防ぐ為にも、作戦は内密に遂行するほかないのだ。とてもじゃないが大隊など送り込めん」


「盲点でした。軽率な発言、誠に申し訳ありません」


そう言ってイトゥラは頭を下げた。となると必然的に出撃命令が出せる部隊は限られてくる。朧は王の次の言葉を待った。


「多数のベーゼを短時間で駆逐可能な戦闘能力を有し、かつ目立たずに作戦を遂行できる。これらの条件をクリアできるのは・・・遊撃隊、お前達しかいない」


やはりそうきたか。確かに小隊程度の人数で大隊以上、ときには師団クラスの戦闘能力を発揮する事が可能なのは遊撃隊くらいだ。朧は遊撃隊に話が振られる事を予期していたが、そう上手くいくものだろうかと少々疑問に思った。もっとも、隠密行動であればイトゥラの部隊で良いのではないか。


「は。しかし、我々だけでは多少不安が残ります。どこか手の空いている部隊に応援を依頼できないでしょうか?例えばイトゥラ大佐の特殊部隊など・・・」


イトゥラが頷くのが視界の端に見えた。王が返答する前に甲高い声がした。


「アルカイオスを出せばイイじゃない」


ラヴィーナ夫人がヒステリー気味に言った。彼女の発言に場の空気が変わった。馬鹿かこのババアは。朧は喉元まで出かかった罵声をすんでのところで飲み込んだ。

アルカイオスとは、王国遊撃部隊第四部隊が誇る全長2kmの巨大魔導殲滅艦だ。だが、何も知らない地球の人々に姿を見られてはいけないというのに、迷彩ギミックも持たない魔導殲滅艦を飛ばしてどうするのだ。ベーゼと共に都市区画ごと消し飛ばすつもりか。そもそも向こうの世界には空を飛ぶ航空戦艦など存在しない。ただでさえベーゼという化け物に襲われているのに、パニックの上にパニックを重ねるなど危険極まりない。そんなことでは救える命も救えなくなってしまう。こいつの脳味噌は金塊でも詰まってるのだろうか。しかし、ここで言い争うつもりはないのでぐっと怒りを押さえ込み、朧は夫人に意見を述べる。


「お言葉ですがラヴィーナ夫人、地球にアルカイオスを飛ばすのはコストやリスクなど、様々な観点から判断すると難しいかと思われます」


朧はできる限り丁寧な説明を心がけた。ラヴィーナに騒がれては話が進まないからだ。朧の意見を聞いたラヴィーナは金なら出す、と不満の色をあらわにしたが、周りからの説得もありなんとか納得してくれたようだ。


「地球とは、先代から長きにわたって親交があるのだ。千年界からは数年に一度、留学生という形で実際に地球で生活させ、地球の事について学ばせている。他にも使者という形で非公式ではあるが、情報交換をしたりもしている。あちらの人々にはワシ自身も昔世話になった。そもそもワシらがまいた種だ。私情も混ざってしまうが、ワシは彼らを助けたい。朧よ、どうか頼む」


国王が頭を下げた。長い髭と髪が垂れ下がる。王にそこまでされたら、断る術など無い。


「国王陛下、頭をお上げください。御命承りました。この度の作戦、我々遊撃隊にお任せ下さい」


断る理由も無かった。朧は王の命令を受け入れた。異論を唱える者はいなかったので、会議はその後何事もなく終了した。


「こちらからも、できる限りの援護はさせてもらう。通信については心配するな」


謁見の間を出る前にヒースが事務的な口調で言った。相変わらずの仏頂面だったが、朧はどこか彼の思いやりを感じた。

扉から出ると、先ほどは確認できなかったが、レイの他に数人見知った顔があった。彼らはレイと同じアルマージと呼ばれる種族で、自身の姿を武器に変えることができる。その希少な特性ゆえ、王国内でも見かける事はかなり珍しい存在だ。彼らはおそらく全員が会話もなく無言で待機していたのだろう。あたりを包む重苦しい空気が手に取るように伝わってくる。一目見ただけでレイが小刻みに震えているのがはっきりと分かった。朧は一瞬吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。

階級の高い人間たちの武器ともなれば、名の知れた者も多い。当然彼ら自身の階級も高い。そんな者たちに囲まれていたのだ。緊張するのも無理はない。

朧は他の武器たちに軽く挨拶をし、レイを連れて王宮を後にした。駅までの迎えの馬車は庭園の入口で待機しているらしい。しばらく歩いたところで、レイが口を開いた。


「こんな時に総隊長さんは何をしてるんですか?」


待機時間が少々長かったためか、レイは不機嫌そうだ。


「アーサーと一緒に遠征らしい。あの人もあれで大将と同じく多忙だからな」


親衛隊は多忙な人間が多い。彼らは主として王の護衛が目的だが、大将として個々に任務があるため、朧でさえ全員集合したところを2、3回しか見たことがなかった。特に隊長のアーサーに関しては長期間の遠征任務のため半年に一回しか王国に帰ってこられないハードスケジュールだ。


「なるほどー」


レイは微妙に納得していない様子だった。よほど精神的に来たのだろう。本来であれば総隊長が出るため、朧が会議に招集されることは無かったのだ。


「そんなに怒るなよ」


「ちょっと疲れただけですよ」


頭を軽く撫でると、少し歩いた先で振り返り、屈託の無い笑顔でレイが笑った。


「さて、急いで帰るぞ」


「了解です、隊長!」


作戦会議をする時間を考慮すると、時間がない。朧の声にレイが元気良く応じた。






初夏は真夏に向け日が伸び始める時期だ。午後四時でもまだ日は高く昇っている。


「遠いとこまでオツカレさん。で、どうなったんだ?」


朧が遊撃隊の隊員に決定事項を伝えるため隊舎に戻ると、入口で待機していた二番隊隊長のホムラ大尉が歩み寄ってきた。ホムラは朧と同期で、炎属性の魔法が得意なナルシシストだ。


「遊撃隊で引き受けることになった。これから詳細を説明をするから全部隊を広場に集めてくれ」


「あいよ」


踵を返したホムラが手をひらひらと振りながら二番隊の隊舎へと入っていった。朧も一番隊の隊員達を呼びに行くため、自分たちの隊舎の扉を開け中に入った。レイもそれに続く。途中で先に連絡しておいたため、待機させていた隊員達は既に準備が整っているようだった。


「おかえりなさい、隊長!」


敬礼したマルス=アダルバート中尉のクセ毛の赤髪が揺れた。軽装を好むマルスにしては珍しく多少重装備だ。その後ろでロッド=ウォルフェン少尉とレン=エスター少尉が敬礼をした。マルスは王国でも指折りの剣の名家出身の女騎士だ。ロッドは人と獣の姿を行き来できる獣人族の少女だ。レンはレイの双子の妹、姉と同じくアルマージである。


「おかえり隊長。ボクたちはいつでも準備OKだよ」


部屋の隅で二丁拳銃の手入れをしていたナツメ中尉が顔を上げた。彼女は銃火器の扱いに長けており、近距離戦闘から超長距離の狙撃まで幅広く活躍している。


「これより作戦会議を行なった後速やかにベーゼ駆逐作戦に移る」


朧が隊員達を見渡すと、全員が敬礼で応じた。


「さて、広場に向かうぞ」


朧は踵を返した。長旅の疲れからか、短い通路がやけに長く感じた。だが戦いはこれからだ。朧は歩きながら深呼吸をして気持ちを入れ替えた。


「遅かったな。もう全員揃ってるぜ」


一番隊が広場に着くと、二番隊から五番隊までの総勢443人が整列していた。ホムラが片方の手で髪をかきあげながら得意げに親指を立てた。朧は内心イラッとしたが、さすがはホムラ行動が早いな、と朧は感心した。朧の姿を確認した各隊の隊長が作戦内容を確かめるため、朧のもとへ集まってきた。


「やあ朧っち!元気してた?相変わらず可愛いねー!」


駆け寄ってきたチコ大尉が頭を撫でてくる。


「あ、ああ。久しぶりだな」


さりげなくチコの手をどけながら朧は引き攣った顔で微笑んだ。しかし昨日も会った気がする。それはさておき彼女は五番隊隊長のチコ。言葉遣いと145cmという低身長もあいまって子どもにしか見えないが、これでも一応大人である。


「おいクソガキ、朧が困ってんだろ」


デリカシーが無いことで有名な四番隊隊長のランドルフ大尉がチコの頭にチョップを入れる。鈍い音がした。


「痛あ!?」


チコは頭を押さえながら「大人だし!」と叫び「ねえ!ねえ!わたし大人!」と涙目で周りに訴えている。整列している隊員たちは一斉に下を向き、肩を震わせていた。


「で、俺様の出番はあるんだよな?」


腕をぐるぐると回して殴りかかるチコの頭を抑えながら、ランドルフが親指で自分を指さした。


「いや、無い」


「なんだと!?」


素っ気ない態度で朧が返すと、間抜けな顔でランドルフが拍子抜けした声をあげた。


「へへーん!ざまあみろ!ばーかばーか!」


チコは嬉しそうだ。しかし挑発の仕方が完全に子どものそれである。


「てめえ、覚えとけよクソガキ!」


こめかみに青筋を立てたランドルフが大声で怒鳴る。いよいよ隊員たちの中には、耐えかねて吹き出す者が見え始めた。


「どうでもいいから早く始めようよ。時間無いんでしょ?」


三番隊隊長のラスター大尉が迷惑そうにヘッドホンの上から耳をふさぎながら言った。彼は大のゲーム好きで、音質にこだわったヘッドホンを付けている。寝不足で目の下にクマが出来ているのはいつものことだ。


「ああ、わかった。二人共その辺にしてくれ」


掴み合っている二人を適当になだめ、朧が前へ出ると、隊員たちの顔がそれまでの柔らかい表情から一変した。広場は静まり返り、全員の視線が朧に集まる。


「全隊傾注!!」


ホムラが声を張り上げる。


「作戦内容を伝える。一番隊及び二番隊は到着後、散開してベーゼの駆逐にあたる。ただし生存者の救出を最優先するものとする。ツーマンセルを基本とし、単独行動は取るな。それと出来る範囲で構わないが、目立つ行動は控えてくれ。三番隊は通信支援並びに索敵等、後方支援を頼む。四番隊は警戒レベルを2つ上げてこちら側で待機。五番隊は開けた場所で負傷者の救護にあたってくれ。なお、戦闘に際し能力はフェーズ2までの解放を許可する」


「はっ!」


指示を聞いた隊長、隊員たちは敬礼と短い返事で応じた。アルカイオスの乗組員が大部分を占める、最も人数の多い四番隊は今回待機なので、実際に地球へ行くのは50人程だ。他の部隊では人数不足だが、遊撃隊ならばそれだけいれば十分だ。


「ゲートの開放はオレに任せて。ああ、別に心配はいらないよ。どこかの誰かさんと違って、オレがヘマするわけないじゃん」


ラスターが皮肉混じりに言ってゲート魔法を発動させる準備に取り掛かった。ラスターが地面に手をつくと、彼の掌を中心に魔法陣が展開された。

ランドルフは同行できないのを残念そうにしていたが、アルカイオスを飛ばせないので、今回ばかりは仕方のないことだ。


「ほら、カンペキ」


そうこうしているうちに地面から垂直に楕円形の縦長のゲートが開き、ラスターが満足そうに言った。簡易的なものだが、確かに安心して通れそうだ。


「これより作戦を開始する。全部隊、俺に続け!」


朧の合図とともに遊撃隊は一斉にゲートをくぐった。

お久しぶりです。春眠暁を覚えずとはよく言ったものですね。叶うことなら一日中寝ていたいです・・・

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