異世界風居酒屋「ドラゴンスレイヤー」
「店長! ドラステ2追加です!」
「こっちは、グリ唐揚げ3と、ミノソーセージ4!!」
「エール6はいりまーす!!」
若いアルバイトたちの掛け声が、厨房の中に響く。
俺は、その元気のいい声が厨房のみならず、スピーカーがあるとはいえ俺が居る倉庫にまで来ることに頷きながら、巨大な肉を切り分けていく。
この食材の切り出し、この仕事だけは俺がやらないといけない。
じゃないといろいろとめんどくさいことになる。ついでに言えば俺にしかこの肉は切れない。
調理用に切り分けた肉を、厨房へと持っていく。
他は普通に調理してもらうだけだから、それなりにできたやつらに任せればいい。
今日も店は繁盛している。
それが今自分がいる地球の日本とかいう世界とは違う世界のおかげということはアルバイトの連中にとっては知らなくてもいいことだ。
「……そろそろ、狩ってこないと厳しいか」
店の営業が終わって食材の残っている量を確認して俺はため息をつきながら独り言をつぶやく。
予想以上に、売り上げの伸びが良い。
それ自体は朗報だが、そうなってくると、食材の確保の問題が出てくる。
3か月は持つはずだった【ドラゴン】の肉を含め、その他の食材も減り方が厳しい。
持って後数週間というところだった。
そう、この店は、異世界の食材を使っている。
それこそが、この異世界風居酒屋「ドラゴンスレイヤー」の秘密である。
といっても、食材の一部が異世界産であるだけで、調味料や、大半の食材はこっちの世界のものだ。
店の雰囲気も、それっぽい感じを出すためにいわゆる中世ヨーロッパ風の形にし、酒はカクテルなし。ワイン、エール、ビールを主軸にしている。
ここに関しては、雰囲気なんだから、カクテルやほかの果実酒も入れればいいのにとアドバイスをもらっている関係で追加するつもりだ。
実際、カクテルやチューハイ系はビールなどよりはるかに利益がでるので、最初から入れておくべきだったと後悔している。
さて、うちの店で使っている異世界の食材。
筆頭は肉になる。ドラゴン、グリフォン、ミノタウロス……異世界にはこっちの世界には存在しないまさに奇想天外なモンスターどもがいる。
そいつらを狩っては店の冷蔵用の倉庫に保管して、俺が切り分けてアルバイトの連中に調理してもらっているというわけだ。
他には、コカトリスの卵をオムレツなどの卵料理に、マンドラゴラやアルラウネを細かく切ったものをサラダ用に加工している。
さて、うちのイチオシのメニューが、ドラゴンのステーキ。通称ドラステだ。
牛とも豚とも、鯨とも違う独特の肉の旨さと脂。一度食うと癖になる。まぁさすがに霜降りの牛肉ほどの脂感は無いが。超極上の赤身肉とでも思ってくれるといい。
と言っても、あくまでうちの店では「ドラゴン(風)ステーキ」という名称で牛のステーキとして販売している。
これは、いわゆる食品衛生法に関係するためだ。
そりゃあ、そうだろう。異世界で狩ってきたドラゴンの肉を加工して商売をしてますなんて口が裂けても言えるわけがない。バレたら即時店は廃業だ。
一応、ドラゴンの肉は牛肉を加工したもの。グリフォンの肉はニワトリの肉を加工したものというふうに明記して営業している。
まぁ、細かく突っ込まれればボロが出るかも知れないが、実際には牛肉もニワトリ肉も仕入れて使っている。
こっちの世界の仕入側や経理側ともこの辺は上手くやっている。
異世界の食材を使った料理は、それなりに需要があるということだ。
そして、それを食す客達も、ここでしか食えない異世界風の料理。実際には異世界とこっちの世界の合作料理に舌を喜ばせ、足繁く通ってくれているということだ。
幸い、明日と明後日は休みだ。どうしてもこのように「仕入れ」をする日が必要になるため、うちの営業は週5より増やすことが出来ない。
今から、向こうへ行けばメインのドラゴンを含め、その他の食材も次の営業日までには仕入れて帰ってこれるだろう。
そう決心すれば行動は素早くやらねばならない。
俺は、居酒屋の建物の地下倉庫にある異世界への扉へと向かった。
一本の剣を片手に。たったそれだけの準備で。
まるで、ちょっとコンビニ行く程度の気分で俺は異世界へと旅だった。
「よう起きてるか?」
「時間を考えてくださらないかしら」
異世界の扉をくぐり、その部屋の中で眠っていたと思われる女に声をかける。
考えてみれば、こちらの世界と俺達の世界の時差が殆ど無かった。どんだけ優遇されてるんだ。日本。
「悪いな、もう材料が切れそうなんだ」
「はぁ……まぁこの国を救ってくださった勇者様の頼みですから。私が文句をいう資格などありませんが」
というと、女は起き上がる。薄い布しか身にまとっていない彼女の肉体はほぼ裸と言ってもいい。
豊満な胸、程よくつきつつも締まっているお腹、それだけではなく見えてはいけない部分まで見えている。
これが聖衣だというのだからこの世界の神様というやつは実に変態だろう。
彼女の肉体にも興味はあるが、今回はあまり時間はない。
「……つれませんね」
「仕事がなかったら襲ってる」
「昔から、あなたはそうでしたね」
溜息をつきながら、彼女は法衣を身にまとっていく。
ああ実に惜しい。今度は仕事が無い時に、彼女とずっといたい。などと思いながら彼女の着替えをのんびり見続けていた。
「足りないのは?」
「ドラゴンだな。できればレッドドラゴンの10年は超えているような奴。あとグリフォン。アルラウネも欲しいな」
「流石に、ドラゴンは残っておりませんわよ……」
彼女とともに、通路を歩いて行く。
彼女は、エレイン。
この国の王女様で、青の知識神ウィリアスに仕える巫女だ。
そして、俺をこの異世界に呼びつけた張本人でもある。
最初、俺を召喚した際にこの世界を救って欲しいとか色々抜かす割に、報酬などに関しては言葉を濁すというお粗末っぷりを見せてくれた。
聞けば、今までに召喚された異世界の連中(つまり俺以外の日本人)は多少の不平不満はあっても最終的には素直に云うことを聞いてくれてたらしい。
どんだけ馬鹿なんだと。今までの奴らは勇者・英雄扱いしてもらえればそれでうまく騙せてきていたらしい。
そんな奴らと同レベルと思われるのも悲しいが、地球代表で召喚されてるわけだから異世界に来てまで馬鹿を広めるようなことをするのは本当にやめてほしいものだ。
しかし、まだ現金主義的な俺だから、被害は出なかったが、殺戮を楽しむようなやつやこの世界をもっとぐちゃぐちゃにしたいと思うような滅亡主義者が良く今まで召喚されなかったものだと思う。
さて、エレインを含め、俺を召喚した際に対する俺に働かせるための契約条件を取り決めることにした。
まずは俺個人に対する超法規的措置。もちろん、世界を滅ぼすようなことを俺はするつもりもないが、といっても異世界の法律、規律に従うつもりはないという意思表示だ。
嫌なら無理矢理にでも帰せばいい。できるなら。
エレインたちは予想以上に細かく聞いてくる俺に多少の警戒はしていたようだが、しゃべりすぎた。
自分たちがどれほどに異界の勇者を求めているのか。そして自分たちの意思で強制的に帰すなんてことが可能なのか。そして異世界から召喚された俺がどれほど強いのかなどを。
俺の力がほしいんだろ? ならそれに対する報酬をよこせ。
正当な権利だ。無償で働くなんて俺には考えられなかった。
それが一生語り継がれる英雄扱いにしてもらえますなんて俺を満たしてくれる要素が全く無い報酬なんてふざけている。
彼女たちにできる対抗策としては、俺が言うことを聞かないならば元の世界に返さないという札を切るしか無いわけだが、その時は国を滅ぼすいう札を切ると脅すだけのことだった。
異世界から呼ばれた俺がそれなりに暴れればエレインの国など簡単とまでは言わないが滅ぼすことはできる。
それぐらいの実力差があったわけだ。
そして、しぶしぶながら条件を飲んでくれたというわけだ。向こうが条件を飲むなら、俺はその分働く。
そして、国を脅かしていた魔龍を別の召喚者が置いていった剣を使ってぶった斬りこの国の窮地を救ってやった。
さて、仕事をしてもらうための契約条件が超法規的措置ならば、今度は成功報酬を貰わないといけない。
これがふたつ目の条件となったわけだが、これが実に揉めた。
俺としては異世界に住み続けるつもりはないのだから、エレインの世界の金なんぞもらっても仕方ない。
館、領土も不要だった。
そして、決まったのが一つはエレイン自身の身柄である。
実のところ、エレインと俺はエレインの世界においては結婚を結んだ関係である。
王女の夫として、単なる口だけの栄誉ではない実利と権利と地位を俺は手にしたわけだ。
次に俺の世界からの自由な移動権限。
俺はいつでもエレインの世界を訪れていいという権利だ。まぁ、これは俺が地球にいる間にエレインによって移動を遮られる可能性もあるのだが。
そこだけは彼女を。妻を信用することにした。
実利主義の俺としては抜けたものだが、その分の宝石関係などをもらっていたので、最悪行けなくなってもしかたがないと思ってはいた。
俺は、エレインが好きではあっても、彼女にとっては憎むべき存在かもしれなかったからだ。
だが、今でも俺はこうやって彼女の世界を訪れることができている。
実利主義だった俺が初めて誰かを本気で信用した。
その心理の変化が俺に、居酒屋「ドラゴンスレイヤー」を開かせるきっかけになったわけだが。
そして、最後が、エレインの世界の狩猟権。
これは、異世界での生活から帰った俺が今後どうしようと悩み、色々やっていた後に請求したものとなる。
異世界での生活は3ヶ月ほどになったのだが、戻ってきた俺を待っていたのは無断欠勤で会社をクビにされていたのと、3ヶ月も失踪していたため家財道具を含め全て処分されていたという現実だけだった。
宝石をなんとか現金に換金して、住む場所などは確保したが、仕事をする気にはなれなかった。
異世界から帰った連中はほんとどうやって日常生活に戻っているのだろう。不思議で仕方ない。
そこで、異世界のものをこっちの世界で使えないだろうかという考えに至った。
魔法は言うまでもなく却下。現金化しやすいのは宝石になるのだが、これはこれで大量となると難しい。
そんな時に、ネットで見ていた小説にヒントが有った。
それは異世界に行った奴が、料理の技術で生き抜いていくというものだ。
俺の居た世界も、料理の技術は日本の技術ほどではなかった。だが食えない程ではなかった。
では、その食材をこっちの世界で調理すればそれを商売に出来ないだろうか?
その疑問が浮かんですぐに、俺は自分が仕留めてその扱いに困っていた魔龍の肉を少し持って帰って、こっちの世界で食べてみた。
美味かった。
こっちの世界に戻ってきた時に、真っ先に食ったのがハンバーガーとポテトのジャンクフード。次にお茶漬け。次が焼き肉だったんだが、もうその肉じゃ満足できそうにないぐらいには美味かった。
ただ塩胡椒で、レアに焼いただけの魔龍の肉。
それでこれほど美味かったのだ。
俺の中で一つのビジネスの形ができていた。
そう、俺がこのチートな強さを持って異世界で食材を狩り仕入れ。それを調理し売ればいいと。
実際に居酒屋「ドラゴンスレイヤー」が生まれるには、この後も紆余曲折あったんだが、それは割愛する。
「――グリフォン、ミノタウロス。あとクラーケンの肉がこっち。あとはスライムのゼリーと、アルラウネがこっちね」
エレインは王国の宝物庫。もとい「ドラゴンスレイヤー」の食材倉庫に新たに追加された食材を紹介していく。
実際、この手のモンスターの肉などエレインの世界の人間は食わないので、王国の元宝物庫になど保管するものではないのかもしれないが、俺にとってはこれがなくなれば死活問題だ。王国の雑なカットをした宝石や真鍮で作った王冠や宝剣よりはるかに価値がある。
クラーケンの肉は、タコのような感じだ。唐揚げにするとコリコリした感じが良い。たこわさっぽくすると日本酒が止まらない。前に、生姜と大葉と混ぜて細かく刻んでみたんだが、あれはやばかった。期間限定メニューだったが凄まじい勢いて完売した記憶がある。
かつてならば王国の騎士団が半壊する程度の強さはあるのだが、今回は俺に頼らずとも仕留めることが出来たらしい。
「状態もいいな。よく仕留められたもんだ」
「あなたの扱きのお陰でね」
しごきとはひどい言い方だ。俺は俺がいなくても国を守れるようにと訓練をしてあげただけなのに。
まぁ、食材確保を楽にしたかったというのは否定しないが。
スライムのゼリーは、色のついたナタデココみたいな感じだ。
味はないのだが、あの食感はなかなかにいいので、サラダに入れることがある。
「よし、一通り持って行こう。あとはドラゴンか……」
「観測師に探らせているわ、あなたの命令と聞いて死んでも見つけてみせます!! って張り切ってたわよ?」
命は投げ捨てるものではないのだがなぁと思いつつも、そこまで気合を入れてくれている人間を無碍にも出来ない。
食材を、地球の倉庫へ移動させている間に、ドラゴンの位置が捕捉できたとの連絡を受け、俺は現地に向かうことにした。
「気をつけてね」
そういうエレインの心配そうな顔をみて、俺は頬を掻く。
「死ぬ気はない。お前も知っているだろ? 俺の強さは」
そういうと、俺はレッドドラゴンが見つかったとされる場所に転移魔法を発動した。
目を開くと、そこには10m近い赤い肌の大蜥蜴が、目の前に眠りこけていた。
近くでは、多量の溶岩が噴き出している。
なかなかに住むには不便な場所だ。だが、そういう場所にこそこういう最高の獲物がいる。
俺は剣を抜く。
いつだったか。VRMMOの世界で覚えた適当な構え。
だが、それで十分だ。
俺の殺気を感じ竜が首をもたげ、俺の強さを感じ取ったのか、咆哮を上げる。
並の兵士ならば鼓膜を破るどころか、心臓を止めるほどの威圧感のある咆哮。
俺は無視し、真正面から突っ込む。
口を大きく開き、相手を無慈悲に焼きつくすブレスの体制に入るドラゴン。
だが遅い。
俺はすでにあいつの足元にいる。
そのまま、足を切り裂く。
ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーと先ほどの咆哮とは違う、ただの悲鳴を上げる。
脚は育ちの関係か固くて食べにくい。食用ならば胴体だ。故に、胴体に攻撃をしてはいけない。
あとは、舌も極上だ。少し厚めに切って葱をかけて塩ダレで焼いてレモンを一滴。そこにビールを流し込めば、会社の嫌な記憶がぶっ飛ぶぐらいの味が頭を支配する。
そのまま、後ろ足も片方吹き飛ばす。
尻尾は残す。極上のスープの元だ。あれで出したスープをヒポグリフの卵でとじて、最後にご飯で雑炊。締めには最高の一品だ。
バランスを崩して倒れる竜。
前足と後足片方ずつを失ってまともに立っていられる生物などいない。
「痛いか?」
あまり過度の痛みを与えてはいけない。痛みは肉の味を不味くする。
だが、一応はこの世界の上位種。最後の意地があるのだろう。残った脚と顔で俺を引きちぎろうとする。
しかし、俺とレッドドラゴンでは差がありすぎる。
命がけで捉えたと思っている場所には俺はいない。すでに俺は竜の首に剣を合わせていた。
「悪いな。これも仕事なんだ」
そう言って俺はとどめを刺す。
綺麗に切断される胴体と首。これならば死んだことすら理解できないまま死んだかもしれない。
最初からこうしていればよかったかもしれないが、切った脚は脚で、役目がある。
脚が残っていれば、この地の生き物の餌になる。それは最上級の肥料だ。そして竜の肉を食った餌はまた新たな竜を呼び寄せる。
そういうものなのだ。それがこの世界の摂理だ。
俺は竜の首と胴体に手を当てて、転移魔法を発動させる。
エレインは綺麗に場所を開けておいてくれた上に準備をしてくれたようだ。
転移した場所には他の食材は一切なく、血抜き、皮剥を行うものたちが、今か今かと待ち受けていた。
「おかえりなさい、お疲れ様でした」
血を吹き取るための布を持った彼女の安堵を含めた笑み。それに対する俺の返答は一つしか無い。
「ああ、ただいま」
竜の肉を持っていく程度に解体するには城の兵士を総動員で使っても丸一日を要した。
その間に、俺は世界を飛び回り様々な食材を確保し、あとは戻るだけだ。
「忙しないのですね」
「日本人ってやつは、変なところで休めない悪癖があるんだよ」
俺はオンオフってやつが実に苦手だ。異世界から戻って休んでたのは数日だっただろう。
特に、「ドラゴンスレイヤー」に関わってからはしっかりと休んだ記憶が無い。
突然エレインは俺を抱きしめる。
「夫を心配してはいけませんか?」
「……いや……そうだな。そのうち休みを取るよ。お前には迷惑をかけっぱなしだもんな」
世界中で竜やその他のモンスターを狩猟する俺に迷惑が掛からないように色々動いてくれているのは彼女だ。
俺が超法規的存在とエレインの国が認めたとしても、それを諸国に認めさせるのは容易ではない。
「ふふ。お待ちしておりますわ」
満面の笑みを浮かべるエレイン。
彼女の指には俺が唯一地球からこっちの世界に持ち込んだものブリリアントカットのダイヤモンドリングが光っている。
俺なりの彼女への誓いのつもりだ。
そして、俺は多量の食材が収められた日本の地下倉庫に戻ってくる。
いずれ、俺の代わりにこの店と秘密を守ってくれる人間を探さないと行けない。
昔の俺なら絶対に無理なことだ。
そう、人を信じるということが出来なかった俺には。
だが、まだその時ではない。
地下倉庫に鍵をかけ、誰も入れないようにする。
「来週なら大丈夫か……」
流石に食材がなくなるということはないだろう。だから、来週の休みはエレインとともに過ごそう。
そしていつかは、彼女を俺の店に連れて来たい。
そんなことを考えながら、俺は「ドラゴンスレイヤー」の中に戻る。
ついでに新たに仕入れた食材、ロック鳥とリヴァイアサンの調理方法を考えながら。