序章 最初の選抜者
日蝕の日。
闇が訪れ、最初に平等の間へ誘われたのは、世界の王、ヨハネス・ダルシアだった。
「余が最初の一人か……」
どこまでも続く白い空間に、ぽつりとひとつの長テーブルが置かれていた。そこには十脚の椅子が備え付けられ、テーブルの上には、人数分の銀食器が並べられている。
限りの無い空には幾億の星々が輝き、薄透明の床は歩くと大理石のような音を響かせた。
「思っていたよりも広い所だな……果たして神はどこにいるのか」
立ち止まったヨハネスが再び歩みを進めようとした時、不敵な笑い声が全体に広がった。
「フフフ……どうやら成功したようだ。感謝するよ、世界の王、ヨハネス・ダルシアよ」
「何者だ? 姿を現せ!」
ヨハネスはすぐに異変を察知し、シエナ、勝利の魔剣 (フレイ・ザ・サン)を抜いた。二本の指で探索のシエナ、聖樹トネリコ (グリーン・スフィア)を撒くと、球体が枝を伸ばし、ヨハネスの腰に下げた皮袋を一突きで貫いた。
「探索のシエナか……くくっ、外の世界でそれを使われていれば、ここにはいなかっただろうな」
ヨハネスが皮袋を剣で貫くと、シエナ、智力の金剛石 (ダイヤモンド・ケルビム)が二つに割れる。
しかし、男の笑い声は更に膨れ上がり、白煙が舞い上がると、黒い外套を着た男が、鋭い目を向け、ヨハネスの前に立ちふさがった。
「貴様……神に選ばれし者ではないな」
「ご名答。はじめまして世界の王よ、俺の名はサタン……世界を壊す者だ」
「サタン……? もしや、千のシエナを持つとされる所有者か! しかしどういうことだ、ここは神に選ばれし者しか到達出来ぬ場所……余はお前が選ばれる事はないと考えていた」
「そうだ、お前が選ばれる事はわかっていた。だからお前の持つシエナに隠れ、こうして平等の間に訪れる事ができたのだ」
「何の為にそのようなことを」
「理由は一つ、全ての選抜者を葬り、俺が次なる神と成る為だ」
「貴様っ!」
ヨハネスは剣を振り翳したが、それよりも先に、サタンは妖精小人の呪い剣 (ティルヴィング)でヨハネスの剣を砕き割った。
「バカな……一等級の剣だぞ!?」
サタンは不敵な笑みを浮かべると、返す刃ででヨハネス一突きに貫いた。
「がはっ……き、貴様……シエナを消費しているのか……!」
「一目で見抜くとは流石だな。下等級といえど、使用と消費ではその大きさは違う」
剣を引き抜いたサタンはそれを捨て、暗然たる表情でヨハネスを見下ろした。
「貴様は……神には選ばれぬ……」
「ああ、そうだろうな。だから全ての選抜者を殺すのさ」
サタンの非道な言葉に目を見開いたヨハネスは、懐に手を入れ小さな鍵を握り締めた。
「キャメロン (魔法の城)よ!」
ヨハネスはシエナを消費し、空間に置かれた机を囲うように小さな城を生み出した。
「なにをした……!」
サタンは驚きの声を上げたが、今度はヨハネスが笑いながらサタンに視線を向けた。
「異端者よ……お前の好きにはさせない……九人の選抜者が貴様の野望を砕くであろう……」
「くっ!」
サタンは鳳凰の羽を取り出すと、シエナ、絶対灼度の獄炎網 (パーフェクトフレイム)を消費させたが、魔法の城は猛炎の中でも堂々とその姿を現し続けていた。
「九人の選抜者よ……余の声を聞け……そして迎えるのだ……神の……一万年の時を……がふっ!」
こうしてヨハネスは死に、平等の間には異端者と魔法の城が残された。
サタンは表情を歪めたが、炎が収まると、一つ小さく呟いた。
「まあいい、全てを消せばいいだけのことだ」