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11 恋の行方(だ、だからそれは誰と誰のですか?)

 トスナルとクラーナの死闘から、数日後。

 秋も一段と深まり、空気が冷え込んだ探偵事務所に、健二と翔子さんが揃ってやって来た。


「ありがとうございます。お陰さまで、私の疑問も解決です」

 晴れがましい笑顔を見せ、依頼料の入った厚めの封筒をトスナルに手渡そうとする、健二社長。

 翔子さんは、健二の横でソファーに座りながら、やたらとはしゃぐクンネをにこやかに見つめている。

「確かに、いただきましたっ」

 そう云って、封筒へと伸びてきたトスナルの手をぱちんとはたき落とし、はっしと封筒を受け取った京子。その眼は常に翔子さんに向けられており、今にも「ガウゥ―」と噛みつきそうな状況だ。それを見たトスナルが、肩をすくめた。


 不意にむずがゆくなった、トスナルの鼻の穴。


 ぶわっくしょい!


 トスナルの動きに合わせて、みかん箱の椅子が、ぎしっと音を立てる。トスナルの鼻の穴から、白い鼻水が、つーっと垂れる。

「いやあ、すっかり風邪をひいてしまいまして……」

 病原菌を見るかのような、健二の眼差し。仕方なしに懐からティッシュを二枚取り出して、トスナルにそれを差し出した。軽くお辞儀をしたトスナルが、有難くそのティッシュを受け取る。


「結局、私の勘違いだったようなんです……。あれから、幼いときの記憶も戻りましたし、アルバムも見つかったんですよ」

 嬉しそうに笑う健二に向かって、少し固まり始めた鼻水をてかてかと光らせ、トスナルは小さく頷いた。

 また鼻がむずがゆくなったトスナルが、貰ったティッシュで、ちーん、と鼻をかむ。その鼻水の量の意外な多さを、トスナルはティッシュを二度見して確かめてから、ぽいっとポケットにティッシュを突っ込んだ。

 ばっちい、と云わんばかりに、京子と健二が苦虫を咬み潰したような顔をして、トスナルを見遣った。翔子さんは相変わらず、にこにことクンネの観察に夢中だ。


「――それでルル、いや、あの女性、どうしてます?」トスナルが、訊く。

「母の意見もあって、家政婦として働いてもらってます。昔、うちの家政婦だったのが何かの魔法で犬になっていたらしくて……。それにしても、どうしてあのとき地下室のドアが開いたんだろう? トスナルさん、わかります?」

 首をしきりとひねる、健二。

「さあ、どうでしょう……。この世には、不思議なことがたくさんありますからね」

 トスナルの目配せに、クンネが満足そうに、頷いた。

「渡辺クンと斉藤さんのケガはどうですか?」

「どちらも、あと一週間ほどで退院できるそうです」

「よかったあ――」

 ほっと息をついたトスナルの顔が、雪解けの始まったばかりの山岳の景色のように、少し緩んだかのように見えた。

「渡辺は『部長とまた飲みに行きたいなあ』なんて、病院で云ってましたよ……。あ、そういえば忘れてました――。実は今日、皆さんに、お知らせがあるんですッ」

 その楽しそうな雰囲気に、嫌な予感がして表情が曇る、京子とトスナル。


 ジャーン!

 

 健二は、子どもが発する無邪気な掛け声を発し、翔子さんの左手を持ち上げた。

 翔子さんの左手の薬指にきらめく、大きなダイヤモンド。婚約指輪だ。照れくさそうに、翔子さんがはにかんだ。

「皆さんのご協力により、私たち、結婚することになりました!」


 ガギグゲゴッ――


 音を立ててみかん箱に崩れ落ちる、トスナル。隣の京子は、氷のように固まったまま動かない。



 それからしばらくの後、幸せの余韻を残して、若いカップルは事務所を出て行った。

 後に残ったのは、抜け殻になった探偵秘書と、黒い小塊と化した魔法使い、そして久しぶりの依頼料をゲットして妙な踊りを続ける黒猫一匹だった。

(お幸せに! ボクの天女様、翔子さん――)

 ふと、我に返ったトスナルは、誰にも聞こえないような小さなため息をついた。


「雨降って血が固まるってヤツだね」 トスナルが、笑顔を取り戻す。

「それを云うなら、雨降って痔がかゆくなるだろ?」

 トスナルの言葉を訂正する、クンネ。

「どっちもちがーう! 雨降って地固まるよ!」


 ふんがー


 いつもの調子が戻ってきた、京子。突然活動的になった彼女は、むんずと、トスナルの首根っこを掴んだ。

「アンタの魔法、何にも効かなかったじゃない! この、役立たずがっ!」

 トスナルを襲う、ビンタの嵐。辺りに飛び散る、白い鼻水。

 それを見たクンネが、慌てて自分の『居場所』である、黄金のゴミ箱の上に避難した。(それは以前、クンネがいつも喧嘩けんか相手のトスナルにゴミ箱に突っ込まれるため、京子がクンネのために、豪華な箱をプレゼントしたものなのだ)


(……。にしても、最後にクラーナの残した言葉――『キタカン』って何だろう?)

 トスナルの無事を祈りつつも、わざと彼の存在を意識から切り離し、クンネはゴミ箱の蓋の上に座りながら、物思いにふけった。

 窓のすき間から吹きこむ、身を刺すような冷たい風。それは、クンネの黒い毛をさわわと揺らしながら、瞬く間に事務所を通り抜けていった。


おわり

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