10 バトル・イン・コンツェルン(魔法対決で神谷総業ビルが危うし!)
神谷財閥の中枢、神谷総業。
神谷タワービル三十階は今、数々の暗黒のオーラに包まれていた。
「何だ、おまえたち!」
神谷総業社長、財閥総帥の正に迫る、四人の男。
それは口が耳あたりまで裂け、不敵な笑みをたたえた運転手の斉藤と、彼に付き従う、黒いゴムでできた人間大の人形らしき三体であった。
「一号、二号、三号。ヤレ!」
ウッ、キーッ
魔力で動く三体のゴム人形が、改造人間のような奇声をあげ、よってたかって、神谷総帥に襲いかかる。
「斉藤、これはどういうことだ!」
両腕、両足を紐で縛られ、社長室の床に転がった、総帥。
「手荒なマネはする気はありませんよ。一つだけ、条件を飲んでいただければね」
「条件?」
人間離れした気味悪い笑顔で、運転手の斎藤が頷いた。
「神谷コンツェルンを、私に譲っていただきたい。この……暗黒魔法団 関東支部長、クラーナにな!」
パチンッ!
斉藤が、右手で指を弾く。その瞬間、斉藤の姿が消え、変わってそこには漆黒のローブに身を包んだ、一人の男が立っていたのだった。
イヒヒヒ――
頭の裏から突き抜けたような笑いが、社長室に響く。
「暗黒魔法団? おまえのような者に、財閥をゆずるわけなかろう。私には健二がいる」
「健二だって?」
フヒャヒャヒャ――
更に耳障りな声で、高らかに笑うクラーナ。
「残念だが、多分、健二さんはもうこの世にいないぜ。恋人や、友達や、へっぽこ魔法使いたちとともに、仲良く天国に行ってるさ」
「何だって? それはおまえの仕業なのか!」
床の上で、神谷財閥の総帥がもがく。
「……。まあ、どうせあとでわかるだろうから教えてやろう。そうだよ、オレが殺した。天国行きチケット付の爆弾でな!」
「それなら、猶更だ! 死んでもお前になど、財閥は渡さん!」
正社長の言葉に、みるみる目が吊り上がっていく、クラーナ。
「仕方ないねえ……。どうしても譲らないというなら、オマエにオレがなり代わるだけなんだけどな……。もう、めんどくさいから、そうしちゃおうかなあ」
クラーナが、自分の人差し指を、神谷総帥のこめかみにあてた。
「じゃあねぇ、バイビィー」
指先がオレンジ色に光った、その瞬間だった。けたたましい音とともに、社長室のドアがバァン、と開いた。
「そこまでよ!」
社長室の入り口に立ち塞がったのは、副社長の直美だった。
燃え上がる炎のような赤いオーラを纏い、金色に光る鋭い眸で、クラーナを睨む。
「ホウ――。これはこれは、奥様。影の、そして真の実力者がわざわざの御出ましとは、光栄至極に存じます」
総帥の額から指をはずし、クラーナがおどけたように頭を下げた。
「逃げろ、直美!」 その瞬間を逃すまいと、総帥が叫んだ。
「ちっ――うるさいんだよ」
クラーナが、すぐに顔をあげ、床に横たわる社長の頭を踏みつけた。
ぐはっ――
悪の魔法使いの足裏の圧力に、苦しそうにうめく、総帥。
「誠に申し訳ありませんが、こんなところを見られたからには、奥様にも死んでいただかなくてはなりません……。ヤレ!」
キィッ!
直美に飛びかかる、三体の魔法使いの僕たち。
はあああッ!
直美がまるで武道家のような叫び声をあげ、体中のオーラを燃え上がらせた。それは幾つかの鋭い光の刃となって、一号、二号、三号へと向かって行った。
光の刃が、三体の胸を刺し貫く。
グハッ。グフッ。グホッ。
手下のゴム男たちは、ばたりと倒れ、それきり動かなくなった。
「この役立たずどもめ――。消えろ!」
今度は、クラーナの指先から三本の黄色い光が発射され、三体のゴム人形のとどめを刺すように、貫いた。シュウシュウと音を立てて溶けていく、ゴム男たち。あとには、どす黒い泡だけが床に残った。
「……にしても、奥さん。あなた、タダ者ではありませんね」
「アスピタル、チューン!」
クラーナの右手から発した、稲妻のような魔法の光。
直美へと襲いかかっていく。
「パリバア!」
直美の前に現れる、青い空気の壁。
壁は魔法の稲妻を弾き返し、稲妻は天井で炸裂した。
辺りに天井の欠片が、パラパラと降り注いだ。
「もう、いいんじゃない?」
部屋の入り口にひょいと現れた、一匹の黒猫が云った。
「そうだね」 急に男の声になる、直美。
「バリボン、ドモラール!」
白い歯をキラリと光らせ、忽然とそこに現れたのは、童顔の黒ローブの男だった。直美の姿はどこにも見当たらない。
「トスナルさん!」
総帥の目に宿った、希望の光。
「トスナル、只今天国より戻って参りました! ……ってどう? こういう現れ方かもいいでしょ? 斉藤さんの変身のお返しだよ」
ニタニタと笑って挨拶するトスナルに、クラーナは大笑いで応えた。
「フワッハッハ。思ったよりはやるようだな。どうやってあの部屋から出た? まさか、オマエとあの京子とかいう鬼女との『愛』とでも云うんじゃあるまいな?」
「ちっ、違う違う!」
両手をブリブリと振って、必死にトスナルが否定する。
「な、なんて、恐ろしいことを云うんだ……。
母だよ、母。『母の愛』が、開かずのドアをこじ開けたんだ」
クラーナが、不思議そうに首を傾げた。
「母の愛? よくわからんな。まあ、いい……。オレはオマエをここで倒し、総帥に成り代わって財閥を思い通りに動かす。暗黒魔法団の、資金源とするためにな」
「やはり、そんなところだったか……。でも、そう上手くいくかな?」
睨みあう、二人の魔法使い。
じりりっ
二人の右腕が、ゆっくりと上がっていく。
「アスピタル、チューン!」
二人が同時に魔法の呪文を叫び、そして二人の指から、同時に魔法の矢が発射された。
それは、二人のちょうど真ん中あたりの空間で激しくぶつかり、まばゆい光を発しながら、爆発した。
ズゴゴゴゴ――
地響きのような音を立てて、揺れるビル。
「ふん、そうでなくっちゃ……。倒しがいがあるってもんだ。いくぞ!」
紫色の巨大なオーラを纏い、次々と光線を体全体から発射するクラーナ。空気の壁で光線を防ぎながら、自分も魔法光線を出して、トスナルが応戦する。
二人の攻防が、互角のまましばらく続いた。
「ひいい――。我が財閥のビルが……」
次々と穴の開いていく壁や柱に、思わず神谷総帥が悲鳴をあげる。
チラリ、クラーナが総帥に視線を向けた。
「これでは、勝負がつきそうもないな……。こういうときは、悪のお決まり手段を使うしかないようだぜ」
クラーナは、さっと屈むと、手足を縛られた神谷総帥を抱え、その額に指先を当てた。
「トスナルちゃん……。次、キミが動くと、この人死んじゃうよ。どうする?」
神谷総帥に向けた指先が、オレンジ色に輝き出した。
ふふん――
トスナルは、余裕しゃくしゃく、鼻で笑ってみせた。
「やれるもんなら、やってみなよ」
「な、なんだとぉ? その余裕は一体――」
クラーナが顔をしかめた、その瞬間。
神谷総帥は煙とともに消え、クラーナの腕には、一匹の黒猫が佇んでいた。
「ネ、ネコぉ?」
「これでもくらえッ!」
バシッ
クンネの『しっぽアタック』が、クラーナの顔面にまともにヒットした。
ぐひゃ!
眼のあたりをクラーナが両手で押さえるのと同時に、クンネがクラーナの腕から跳び下りる。
「今だ! やれ!」叫ぶ、クンネ。
「アスピタル、チューン!」
渾身の魔力を込めた凄まじいほどの稲妻の光が、クラーナを捕らえた。
がはっ……
ばったりと後ろ向きに倒れた、クラーナ。
トスナルが、戦闘態勢を崩さずに、クラーナに近寄っていく。
「オ、オレとしたことが……。まさか、オマエにやられるとはな――」
ぐぼっ
クラーナの口元から溢れた、どす黒い血。
「おまえらのボスはどこにいる? 云え! 云うんだ!」
クラーナの首根っこを掴み、悪魔のような形相でトスナルが云った。全身は暗い紫のオーラで包まれている。
「キ、キタ……カン……」
そう云ったきり、ぐったりとなって動かなくなってしまった、暗黒魔法団 関東支部長。
(キタ……カン?)
トスナルは、その言葉の意味を考えてみた。が、想像がつかない。
そうしている間に、クラーナはどろどろと溶け出し、そのあとにはただ、タールのような黒い液体だけが残った。それを見たトスナルのオーラが、すっーと消え去っていく。
いつもの表情に戻った、トスナル。
「とりあえず、関東支部長は倒したな。オイラの変身魔法もなかなかだろ?」
トスナルの肩に跳び移り、トスナルの頬を尻尾で優しく撫でる、クンネ。
それに応えるように、トスナルがクンネに向かって微笑む。
「でも、まだ大ボスが残ってる」
あちこちで吹き飛んだビルの窓ガラスから見える夕日を見つめながら、トスナルが呟いた。
とそのとき聞こえた、か細い声。
「あのう……。そろそろ助けてはくれませんでしょうか――」
「あっ! 忘れてた!」
トスナルは、部屋の片隅にうずくまった神谷総帥を縛りつけている紐を、大急ぎでほどきにかかった。