10巻:萃まる鬼、白黒、そして節分夜行
「霊夢〜〜」
「霊ぇぇ〜 夢〜〜」
春先に向かってか、朝毎の冷え込みにも僅かばかりの治まりを感じてきた幻想郷の博麗神社。
2月の3日。今日の幻想郷は節分の日。
天を飾る紅い雲の彩りが、酉の刻である事を。ずっっ‥‥と待ちに待っていた行事の頃合いである事を、博麗神社の境内を駆け回りながら枯渇知らずな酒気を放散させている小さな鬼に告げていた。
「霊夢ぅうーーっ!!」
「れぇーい夢ぅ〜♪」
スッ… ダーーンッ
「萃香 五月蝿ぁぁい ‥‥って、この流れは一度やってるじゃない!」
麓の神社の襖の先の巫女さんが、素敵なお賽銭箱と境内を一望できるお気に入りの縁側か「霊夢!! 豆まき!」
「豆まきしよーよー」
はぁはぁと息を荒げながら、炒り豆山積みな升を両手で添え持「楽しいよっ? 豆まきっ」
「豆まき面白いよっ?」
「萃香」
「まずは一旦落ち着きなさいよ」
「あんた、さっきから描写に被ってるのよ」
何をしに来たのか極めて明白な縁側向こうの升持ち小鬼の興奮を、呆れ顔でなだめる霊夢。
「描写とか、そんなのどうでもいいじゃん」
「『豆まき。サクッと』が今回のテーマだって、けーねが言ってた」
「割 と 大 事 よ ?」
「私達の台詞の前に名前とか出ないんだから、描写ありきって、けーねも言ってるわ」
「あんた節分だからって自由過ぎるのよ!」
「分かったから、そんなに怒らないでよ霊夢〜」
ふてくされた様なふくれっ面で、ぷくぅ と頬を膨らませて縁側に腰を掛ける升持ち小鬼。
伊吹萃香が上目遣いで、後ろの巫女さん、博麗霊夢を見上げている。
「折角こうして鬼が遊びに来たんだから、豆まきしよーよー?」
「もう。しょうがないなぁ」
「時間的にちょっと早いんだけど、どうせ半刻もしない内に陽も落ちるんだろうし」
「まぁ、いま始めてもいいかな?」
「やったーー」
「霊夢と豆まきだぁ♪」
縁側ではしゃぐ萃香を尻目に、節分の準備の為に居間へと戻る霊夢。
「ああっ」
「しまったーー!!」
霊夢が部屋に戻ったと思ったら、素っ頓狂な霊夢の叫び声が聞こえてきた。
靴を脱いだ萃香が慌てて声のした方向。
縁側のある居間に隣接した台所へと向かった。
「どったの?」
「霊夢?」
「柊の枝はあるけど、‥‥鰯が無い」
――幻想郷。
常識で構成された外の世界からは、外の世界にとっての非常識と言う幻想の境界で隔絶する『博麗大結界』にて千年以上もの間、妖怪に襲われる人間・人間を襲う妖怪・妖怪を退治する人間、といった三竦み的なバランスで‥‥まぁまぁ大ざっぱな感じでは成り立っている世界。
そんな、外の世界で力を失いつつあった妖怪達にとってのまさに理想的な桃源郷の様な幻想郷には‥‥ 海が無い。
よって、
わたくし、さっと人里に行って買ってきますわ?
と、いった具合には行かないのである。
「紫に頼んどくの忘れてたぁぁ あ ぁッ!」
「な〜んだ、戸口に挟んどく鰯の柊ツェペシュの事かぁ」
「ツェペシュ?」
「末裔だとか紅い吸血鬼が宣っている、外界のとある地域の本名不詳な英雄でね。『ツェペシュ』は串刺し公的な意」
「嫌な事言うわね」
「確かに鰯の頭の串刺しだけど」
「あぁもう、どうしよう。一気にやる気失せたわ」
「大丈夫だよー♪」
「私が持ってきてるんだからねー♪」
萃香は両手持ちの升を左手に持ち替えて、右手だけで衣服やら頭の辺りやらゴソゴソ探りだした。
「あんた本当に用意が良いのね」
「私 鬼だからね」
「云ったら節分のプロみたいなモンだよ?」
「ん‥‥おろ? あれれ?」
「ちょっと」
「まさか、あんたまで忘れてきたなんて事…」
「あ。そっか」
萃香は、ほんっの一瞬だけ台所一杯の霧となって霧散すると、また一瞬で元に戻り、右手に鰯の頭を串刺した柊の枝を持っていた。
「ここだった」
「何処に隠してたの!」
「それは萃香ちゃんの七不思議さ♪」
「はいっ。これ戸口に挟んでおくからねぇ」
「なんか鬼に貰う鬼(厄)払いってのも、‥‥萃香ちゃん!ちょっと待った!」
再び霧散しかけた瞬間を霊夢に呼び止められ、今度は裏口用なども含めた数本の柊を持って居間に出現する。
鰯が数匹になった事で、今度はハッキリと鰯頭の異常が感じとれた。
「鰯、酒くっっさッ」
「えっ? そっかなぁ?」
「いつもの萃香ちゃんの匂いしか、しないけど」
「それが酒臭いって事じゃないの!」
バシッと一本 柊の枝を引ったくり、匂いを再確認する霊夢。
「って言うか、あんたよりも酒臭いんだけど」
「萃香ちゃんより萃香ちゃんの匂いがするんだけど、この鰯!」
「あんた何したっ」
「何したって言われたら、まぁ、幻想郷じゃ海の幸は貴重品だからさぁ」
「鰯酒用のダシに」
「この鰯頭、瓢箪の中に入れてたのかーーッ」
「別にいーじゃない」
「鬼はそとー。萃香ちゃんはうちぃー♪」
「豆まき終わったら、恵方巻き食べて鰯酒だぁ」
「鰯酒は楽しみだけど‥‥ こんな出しカス使いたくないわね」
「・・・・。しょうがない」
「やらないよりマシか」
霊夢は、居間と縁側を隔てるガラスと障子の二重襖の内、外側のガラス戸に鰯を串刺した柊の枝を挟んだ。
「うちに来る甲斐性無しの無賽銭妖怪共は、ほとんど縁側が玄関だと思っているみたいだからね」
「え? ここが玄関じゃなかったの?」
「・・・・」
「いいから、あんたは戸口とか裏口とかにも挟んでちょうだい」
「終わったら豆まきよ」
「やったーー♪」
ふっと霧となって散り。豆の入った升だけ持って、萃香はすぐに現れる。
「密と疎を操る程度の能力って、こんな時には本当に便利な能力ね」
「はやく豆まきやろ〜」
「一緒にまく?鬼も内?それとも私に投げる?」
「逃げようか?私逃げた方がいいかなぁ♪」
「本当に被虐嗜好な鬼ねぇ。あんた」
「言い忘れてたけど、家の節分はあんたが考えてる様なのとは多分違うわよ?」
「鬼にぶつけないの?」
「別に鬼にぶつけてもいいけど、見立ての鬼が無くても別にいい」
「まして鬼に逃げ回ってもらわなくてもいいわ」
きょとんとする萃香。
霊夢は火打ち石を持って来て、萃香から升を取り上げる。
「まず、火打ちしないと始まらないからね」
「ちゃんと萃香にも参加してもらうから、ちょっと待っててね?」
カチッ! カチッ!
萃香から取り上げた、升に山と積まれた豆の上に火打ち石をぶつけ打って、神聖な火花の降りるのを確認する。
「よし」
「じゃ、節分の豆まきを始めるわよ。萃香」
「私、追い立てられて玄関から逃げてかなくていいのかい?」
「いいの。いいの」
「家の節分に見立て鬼は必要無いんだから」
「でも、折角こうして色々用意して来てもらったんだから、払う悪鬼の見立てになってもらうわ」
「本当に、ただ立ってるだけでいいの?」
「いいの」
萃香を居間のど真ん中に立たせて、霊夢は居間から出てしまう。
「いくわよ? 萃香」
霊夢は居間との仕切り戸を越えて台所に立ち、手にした升から豆を掴み出し、今にも萃香に投げつけんと構え出す。
―― そして。
「鬼はーそとー 」
「 福はーうちー」
「・・・・。・・・霊夢」
「てん… 何よ?萃香」
「『鬼はそと‥‥』て、豆を投げないの?」
「私、ただ馬鹿みたいに立ってるだけじゃん」
「家は『鬼は外、福は内』言ってる間は、まだ豆を投げないのよ」
「いいから黙って立ってるの」
「‥‥はい」
そして相変わらず豆を構えたままで、口上を挙げ始める。
萃香は言われたままに、居間の真ん中で立っている。
「鬼はーそとー! 」
「 福はーうちぃぃ」
天 に 花 咲 け
地 に 実 成 れ
「!!!!?」
鬼 の 目 玉 ‥‥
「ちょッッ!霊
「ぶっ潰せぇぇ えぇ ぇ えぇぇッッ!!」
博麗霊夢 渾身の怒号と共に、萃香に向けて力の限りに豆を見舞うッ!
ビス ビスッ ビス
ビスビジュ ビスビス
ビスッ ゴキ ビスッ
ジュッ ビス ビスジュ
ゴッ ビス ズシュッ
ビスビスビス ゴキン
ジュゥ ビスッ ビス
ビスッ ボキィィッ
ビス ビス ビスビスッ
節分の宵に挙げられる言霊の降りた豆は、霊夢の手中から放たれた瞬間、あるものは炒り立ての様に灼き立ち、あるものは矢の様に貫通力を持ち、あるものは堅牢なる悪鬼の角をも討ち砕く破壊力を実に宿す。
こと妖怪にとって、スペルも何もない‥‥本当の豆まきの退魔!?
・
・
・
・
・
あと、もう数十分もしない内に陽が落ち、辺りも暗くなるだろう。
そんな頃合いの博麗神社の境内に、箒に乗ってやってきた少女が降り立ち、縁側へと歩いてゆく。
そろそろ節分の豆まきが始まる頃合いだぜっ
そんな事を思いながら、幻想郷の普通の魔法使い。霧雨魔理沙は、目に見えて姿を沈めていく日没間近な空を眺めている。
その手には、風呂敷包みの皿状の何かが下げられている。
‥‥と、何処からともなく、不思議な音が届いてきた。
ぉ 〜〜 ‥‥
ぉ ぉ 〜〜 ん ‥‥
「な なんだ?」
「この音‥‥ 声か?」
お〜んおんおん‥‥
この、おんおん聴こえるのは霊夢ん家からだな。
もしかして泣き声か?
霊夢‥‥
なわけないか。
何となく、あの鬼っぽい‥‥ あ。そうか。
「さては、もう始めてるんだな」
「萃香が鬼役か。ハマり役だからな」
「なんせ鬼だし」
駆け足で玄関の縁側へ駆け込む魔理沙だったが。
「う゛っっ」
「何か酒くっさッッ」
「な゛んだごれ‥‥萃香よりぐざい‥‥テンションを奪われる‥‥」
戸に挟まれた萃香の鰯頭が、正しくお役目を果たしていた。
取り敢えず一回分だけではあるが。
カラカラカラ‥‥
「霊夢ぅぅ、戸口が腐っ‥‥じゃなくて、私にも萃香を苛め‥‥」
「お〜〜んおんおん」
「お〜んおんおんおん」
「ちょっと萃香っっ」
「プロなんでしょ? 泣き出さないでよっっ」
「終わったから、全ての部屋が終わったんだから、もう投げないって」
魔理沙の眼前で、凄惨な姿の萃香が おんおん泣いていた。
衣服の所々が裂け破れ、ミミズ腫れの様な痕や、煙草でも押し付けられた様な火傷痕も所々に。
右目にずっと手を充てたままで、右の角が端々で欠け。
左の角は、真ん中で完全に砕け折れていた。
「お〜〜ん
おんおんおん」
「霊夢が幼女虐待しているぅぅーーっ!」
「ちょっとッッ‥‥」
「って、魔理沙?」
「人聞きの悪い事言わないでよ!」
シャッター音が鳴らなかった事を目ざとく確認してから、魔理沙を大慌てで居間に引き込む霊夢。
勿論、靴は脱がせた。
「萃香が鬼役をしてもいいって言うから、萃香相手に節分の豆まきをしていただけなのよ」
「豆まきって‥‥霊夢」
「こんな事になってる萃香、屋内中引き回しては豆撃ち込んでたのか」
「そうよ?」
「だって節分だもの」
「相変わらず鬼だぜ」
「誰が、鬼よ」
「失礼ね」
未だに おんおん泣き止まない萃香の頭を軽くポンポンしながら、霊夢が冷静沈着に釈明する。
「魔理沙は萃香を何だと思っているの?」
「萃香は鬼よ。『鬼』」
「人間の心配なんて無用なの」
「そんなんじゃ、鬼に取っ憑かれたって知らないわよ?」
「な なんか」
「その言い分は釈然としないぜ‥‥」
「萃香?」
「お夕飯にするから、鰯酒の用意をお願い」
「えっ お酒!?」
ボンッ と霧状に一瞬姿を消した萃香が元通りな姿で現れ、霊夢の後を追う。
「やったー」
「3人で宴会だー♪」
「もっと萃める? もっと萃める?」
「いま、釈然としたぜ」
台所に向かう霊夢が、居間を出る寸前で魔理沙の手荷物に目ざとく目を付けて立ち止まる。
「そう言えば魔理沙。何か持って来てるみたいだけど、それ何?」
「何かしらの、おすそ分けかしら♪」
「お。これか?」
「これはだなぁ‥‥」
小さい風呂敷に包まれた手荷物の事を聞かれて、上機嫌そうな顔を浮かべる魔理沙。
楕円形で、魔理沙の両手一杯に乗る様な皿状の何かを、霊夢の顔の前で片手に載せて風呂敷包みを解くと。
スルルル‥‥
ふぁさ。
楕円形のお皿だった。
ありふれた、人里で簡単に買える様なお皿だが、隅っこに四角枠で囲われて『魔理沙』と縦書きで焼き印されている。
良く見ると囲いの右角、『沙』の右下にあたる囲い角だけは線で繋がらず『☆』マークになっていた。
「霊夢の恵方巻きを、おすそ分けされに来てやったんだぜ☆」
「まったく‥‥」
「どいつもこいつも」
正直、霊夢の勘の半分が、そんな事じゃないかと告げていた。
「魔理沙」
「言っとくけど、家に恵方巻きは無いわよ?」
「家の節分じゃ、恵方巻きは食べないの」
「ええッ」
「そんな馬鹿なっ!」
魔理沙と萃香が揃ってショックを受ける。
「そんな事で声揃えないでよ」
「さ 更にテンションが落ちたぜ」
「皿なだけに」
「まぁ、でも大丈夫だよ魔理沙」
「そんなのなら、この萃香ちゃんが、ちゃんと持ってきてる♪」
気落ちしていた魔理沙が、はっと萃香に向き直り、屈んで魔理沙皿を萃香の前に持っていく。
「さすが萃香っ!」
「節分のプロだぜ☆」
「本当に用意が良いわね、あんたは‥‥」
「えっと‥‥」
「確かこの辺に、う〜ん違うか。じゃあ‥‥あっ! そうだ そうだ」
萃香がまた居間一杯に一瞬で霧散して広がり、あっと言う間に2本の恵方巻きを載せた皿を持って出現した。
「ここだった」
「だから何処に隠してたのッッ」
「まぁまぁ、そんな事どうでもいいじゃん♪」
「実はこれ、鬼の特別な恵方巻きでねぇ」
「元々、これを霊夢にあげる為に来たのさ」
一本の恵方巻きを、目の前の魔理沙皿にも盛り付けてあげる萃香。
鬼の持つ特別な恵方巻きと聞いて、魔理沙の目が輝いて、テンションも上がる。
「なるほど♪」
「それはもう特別な恵方巻きなんだろうな」
「魔理沙の言ってる恵方巻きってさ、恵方…つまり干支で決まる一年の縁起の良い方向を向いて、一言も口にしないで食べきるんだよね?」
「そうだな」
「そうすると福が入り込んで来るって言うぜ」
「萃香?」
「この恵方巻きは普通と、どう違うの?」
「見た目は普通だけど」
霊夢も少しだけ、萃香の持ってきた鬼の恵方巻きを食べるのが楽しみになっている。
「これは干支によって決まる方角じゃなくて。食べる人によって決まる縁起の良い方角、‥‥とは逆方向」
「つまり食べる人にとっての不吉な厄い方角に向かって、無言で食べるのさ」
「‥‥それは、変わってるわね」
「変わってるぜ」
「凄いのはここからだよ♪ お二方」
「無言で食べきる最後の一口、と同時に砲身の砲口から‥‥ 」
「ちょっと待て」
ピンと片手を上げて、萃香の話を中断した魔理沙。
「なんだい? 魔理沙」
「いま、砲身とか砲口とか聞こえたが」
「そうだよ」
「『恵砲巻き』を食べる人から溜めに溜めた厄い何かが砲口からド派手に撃ち出されて、厄い方角の何処かしら辺にぶちまけてしまおうって代物さ」
「そうやって厄が無くなった分を補う様に、真後ろの縁起の良い方角からは福とか何かが入り込んで来たら良いのになぁ〜」
「‥‥って縁起物だよ」
霊夢は確定的に食欲が半減していた。
「肝心の福の部分が、何で投げ遣りな希望なのよ」
「そりゃ、鬼の持ち物だからねぇ」
「鬼が保証出来るのは厄に関する事だけだよ」
下手したら自分が異変の発生源になりかねないわね‥‥
そんな気落ちした霊夢とは対照的に、魔理沙は興奮に打ち震えていた。
「 凄 い !!!」
「凄い縁起物じゃないか、鬼の恵方巻きはッ」
「これを食さないで、どうするんだ!」
「そうでしょう♪」
「火力好きな魔理沙なら、この凄さが分かってくれると思っていたよ」
「何でか良く分からないけど『厄』を無性に払いたくて仕方ないんだ」
「私は食うぜッ!」
「霊夢だって色々打ち出したい厄があるんじゃないのか? 貧困難とか」
「私も食べるわ」
霊夢のやる気が、一気に極限値へ達していた。
魔理沙が魔理沙皿を顔の前に上げ、恵砲巻きの砲撃体勢に入るのを確認した萃香が、縁側の戸を解放し、ある方角を指差す。
とても寒いが気にならない。
「こっちが魔理沙にとって最新に厄い方角だよ」
「食べ始めたら最後、無言じゃないと無効だから気を付けてね」
「あと、鬼が選んだ七種類の具が、かなり美味だから注意して♪」
(あっちには魔法の森って言うか‥‥ アリスん家があるんだが気にしない事にするぜ)
「無言って無駄に緊張するな‥‥今なら声出して大丈夫なんだよな?」
「言いたい事あるなら今の内だよ? 魔理沙」
「よし」
厄い方角に照準を合わせた魔理沙は、ゆっくりと息を吸い込み。
「厄砲ッ! ファイナルマスタースパァァ ア ァ ァーーー クッッ!!?」
「うるさいよ」
霊夢の冷ややかなツッコミを合図に、魔理沙が無言で恵砲巻きを貪り喰らう!?
はむっ はむはむっ
「・・・・・ぅ ん・・・ぅ ま・・」
あむっ ゴクンッ
しゃくしゃく はむん
「美っ味い、 これ!」
コリッ コリッ ゴクン
「・・・ッッ !!!?」
「美味ぁあい!これぇーーーー!?」
「霊夢! 恵方巻き、異常に美味いぜ!これぇ」
「そ…そう?」
「良かったわね魔理沙」
「はい! 魔理沙、ブーーーッ♪」
両腕で、でっかいバツのマークを作る萃香を見て、魔理沙はやっと我に帰る。
「ああ! しまった」
「私ってば、何でっ」
「だから注意してって言ったじゃん」
「残念賞でーす」
「魔理沙は、今年も変わらずの厄さ加減で逝くでしょう♪」
「そ ん な ぁ あ ぁ」
居間の畳と同化してしまいそうになる程、消沈して臥せる魔理沙。 心なしか厄値はかえって増大した様に、澱んだ空気が付与された気がする。
そんな魔理沙を後目に、今度は霊夢が前に出る。
「不甲斐ないわね。魔理沙は」
「私が手本を見せてあげるわ」
「萃香? 私の厄い方角はどっちなの?」
「う〜ん‥‥」
「霊夢の場合はちょっと複雑なんだよねぇ」
「こっちと思えばあっち、あっちと思えば‥‥」
萃香が眉間に皺を寄せながら、あっちこっちを指しては、その指先が回遊している。
「‥‥何か」
「不愉快な指先ね」
「流石は霊夢だぜ」
「魔理沙うるさい」
「どうせ神出鬼没な妖怪でも、指そうとしているのよ。もう、取り敢えず2番目に厄い方角とかでも良いから」
「2番目とかじゃ駄目なのかしら?」
「あ。」
「それなら、こっち」
途端にぴっと、ある方角を指差す萃香。
「繰り上げ♪繰り上げ♪ 全く問題無いよ」
「じゃあ、私はこっちに厄を棄てるとするわ」
(なるほど‥‥確かにこっちの方にも、厄い鬼が住んでいるわね)
「霊夢は、魔理沙みたいに何か言わないの?」
「ってもう食べ始めてるよ‥‥」
はむっ はむっ‥‥
「・・・・」
はふ… あむっはぐっ
ゴクン ばくん はむっ
「・・・・」
ばくばくと、恵砲巻きにパク衝く霊夢は、魔理沙と違って一向に言葉を発する気配が無い。
「おー。霊夢はやっぱり自制心が強いんだねぇ」
霊夢の雄姿に、萃香は関心の声を上げる。
しかし、霊夢を良く知る魔理沙が、無言の霊夢の状態を把握出来ていた。
ばくばくばくっ
はぐはぐっ
「・・・・」
ばくんっ
はふっ はふっ
「・・・萃香」
「違う‥‥萃香、これ。霊夢の奴‥‥」
「余りの美味さに理性無くして、憑かれた様に喰ってるだけだ」
「‥‥本当だ」
「霊夢、喋らないんじゃなくて喋れないんだ」
萃香と魔理沙が見守る先で、美味過ぎる恵砲巻きに出逢った貧困巫女さんが、取り憑かれた眼で一心不乱に食べ続けていた。
「魔理沙ぁ~」
「霊夢が‥‥ 霊夢が恐いよぉ~~」
「我慢しろ、萃香」
「霊夢がこうなったら、もう厄が撃ち出されるまで戻ってこれまい」
「恵方巻きに抜いてもらおうな? この霊夢も持ってってもらおう」
その恵砲巻きも、もう少しで霊夢の中へ収まりきる時が近い。
そんな時‥‥
ヴ ゥ゛ヴゥ゛ゥ゛
ゥ゛ゥ゛ヴ ヴゥ゛
突如、低い唸り声の様な奇音が、3人の居る居間中に響き出した。
「な なんだ‥‥」
「萃香がやってんのか?」
「魔理沙‥‥霊夢の恵砲巻きが‥‥」
霊夢が食べる恵砲巻きの砲口が、尋常ではない重低音を唸らせていた。
重低音の振動が、重低音同士の振動を刺激し居間全体が打ち震える。
ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ヴ
幾重にも重なる重低音の喧しさに、萃香と魔理沙は互いの声すら伝わりにくくなってきた。
「魔理沙ぁーー!」
「これはッ!」
「これは、砲口に溜まった厄がッッ」
「恵砲巻きの限界にぃぃぃーーッ!」
「つまり霊夢の厄が、恵方巻きの許容量を超えているって事かぁぁーーッ」
霊夢は居間を襲う超常怪奇現象などお構い無しに、どんどん太巻きを食い無くしていき、激震を更に重ね増大させていく。
それ程に萃香の恵砲巻きが、美味過ぎるのだ!
ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ヴ
ヴ ゥ゛ヴウ゛ヴ
ゥ゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ヴ
「馬鹿なぁぁーー!」
「人間のッッ」
「人間の厄程度が鬼の許容力を脅かすなんてぇえ」
「さ 流石霊夢だぜぇえぇぇ!!」
「有り得ないよッッ」
「こんなん厄過ぎる厄の権化が、質量と肉体すらもって霊夢に取り巻いているみたいなもんだよ!」
「こんなの、人間が存在し続けていられる筈がないんだからッッ」
霊夢の恵砲巻きは既に、局地地震レベルの鳴動を、渦の如く砲口に引き込んでいた。
「魔理沙ッッ」
「兎に角、霊夢の後方の離れた所へッッ」
「霊夢の厄砲から一番離れた後方の隅で、何かに捕まってるんだッッ」
その夜。
博麗神社から紅魔館の方面へ向かって、不可視な音の爆砲が幻想郷の空を裂き飛んで行った。
その圧倒的な威圧感、近づき難き畏怖の念は、さながら龍神の如し。
後に記者の天狗は語る。
確かに見たと。
その怖ろしき不可視の先頭で、輝く双眸。
色違いのオッドアイな双眸を。
‥‥もしゃ。むしゃ
はむ はむ はむ
「‥‥ん‥」
ゴクン。
「んん〜〜‥‥」
「美味しかったぁ!!?」
「何か、少し涙がでてきた‥‥美味し過ぎる」
「んっ‥‥しかも何か、とても肩の荷が降りた様なスッキリ感が♪」
「これが厄が抜けるって事なの‥‥ね‥え 」
霊夢の眼前に広がる博麗神社の境内。
霊夢の眼前に広がり過ぎる。
余りに広がり過ぎる博麗神社の境内。
博麗神社の境内が、縁側の戸口のキャパシティを遥かに超えて、霊夢の前にパノラマ展開していた。
つまり、縁側への壁が丸々無くなっていた。
「・・・な ・・な」
陽も落ち、居間に吹き荒ぶ夜の冷気が霊夢の脇を切なく冷させる。
「な・ん・ぞ! これぇーー!」
開放的過ぎる博麗境内では、霊夢の叫びも反響しにくい。
「萃香ぁぁッ!」
「これ、どうしてくれ‥‥あれッ 居ないッ」
「魔理沙? 魔理沙も居ないッ」
「2人共一体どこに」
「・・・・」
「ああ・・そうか」
「厄、・・・か 」
今、ふと思ったのですが。
私の二次創作小説って、オリジナルの道具が沢山出てくる。
っと言うより、創作道具が話の主体になっている事が多い様な気がしてきました。
みょんな道具をまず創作して。
それから話を考えるのは本当に楽しい。
だから私が登場させる道具は、例え詳細な記述がされていない物でも、しっかりと設定が固められている物が多い。
当巻話登場の『鬼の恵砲巻き』なんか、良い味出してるんじゃないかと思っています。
この宛字は言葉のみのやり取りである為、魔理沙は終始『恵方巻き』の文字を当てて言っている事が、密かな拘りです。
まぁ、「恵砲巻きの7種具材は何なのですか?」っとか聞かれたら、それは、まぁ、あれですよ。
萃香ちゃんの七不思議さ (笑)




