8巻:問診賑わす半獣教師~End of The Eirin Medical Diary
思い返せば‥‥
今日は色々散々な目にあってきた。
鉢合わせした途端、挙動不審全開に逃げ出すてゐを追いかけては、非道な騙し討ち(暫くトラウマになりそう…)を受け、両目を塞がれたり逃げ切られたり。
目潰された身であっちらこっちらブツかりながら、やっと永遠亭に帰ってきたら‥‥
師匠に寝てたと言われ、変な名前に改称されかけ。
妖精には笑われ辱められ。
目の痛みも服と床の汚れも、水気さえも流し去る何かが‥‥ 口に入る。
大丈夫。
…うん、私 大丈夫。
心なしか瞳孔が熱を持ってるけど大丈夫。
――――
‐それでも。この患者さんの被った受難よりは、幾らかマシであったと思いました。
[え〜りん診療日誌]
――――
どこがどう重傷なのか、最初は分かりませんでした。
外見には特に目立った外傷も見られず。
当の患者さんにも、特に苦しげな様子は認められません。
しかし、藤原妹紅に「どうにかしてくれ」と連れて来られた患者さん。
半人半獣、ワーハクタクの寺小屋教師。
上白沢 慧音さんが一言口を開けば、即座に異常性の大売り出し。
重傷と言うか、重症?
「お師匠様‥‥これは、もしかして‥‥」
師匠は困った様な声色ながらも、笑顔で表情固定したままヒソヒソと小声で返してきました。
「もしかしなくとも、てゐと私の薬が咬んでるみたいね」
「ですよね」
私も患者さん等に気付かれない様に小声で。
‥‥ん?
あれ、何か違和感が。
「あー… あ、あ〜」
「うどんげ?」
「何をしてるの?」
私が唐突に喉に手を充て、あーあー言い出したので訝しがられます。
「あ、いえ。何でもありません」
私と師匠が てゐの方に視線を向けると、てゐはサッと視線を外し、手を頭の後ろで組みながら掠れた口笛吹いて誤魔化してます。
何なの? そのベタな誤魔化し方は。
「全く‥‥うどんげが頼りないから、保管室のセキュリティー強化も考えないといけないみたいねぇ」
「め 面目ありません」
「でもラボのセキュリティー強化は、した方が良いと思います」
「それは無理ね」
「な 何故ですか?」
「そんな事したら、貴重な治験データを得る機会が無くなってしまうじゃない」
「お師匠様・・・」
治験とは、薬の安全性や効果の程を実地での投薬によって検査する事です。
つまり臨床試験です。
師匠・・・・
「おい!」
「お前ら、さっきから何をコソコソと話してる」
「早く慧音を診てやってくれよ!」
しびれを切らした付き添いの妹紅が、ガーーッとまくし立ててきます。
五月蠅いなぁ。
診療室では静かにするものよ?
「えっと、じゃあ慧音さん? もう一度、落ち着いて説明してもらえないかしら?」
師匠はそう言いながらチラッと私に一瞥向け、鋭い眼差しで合図を送ります。
はい。
治験の記録ですね?
お任せ下さいお師匠様。
こうなったら、もう気にしてても仕方がない。
永遠亭、八意永琳の弟子らしく!
堂々とした態度で、こっそりと治験の記録をとりましょう!
そして慧音さんは、我が身に起こった顛末を語り始めました。
一生懸命、身振り手振り付けて語ります。
師匠も親身になって聞き入っています。
隅っこの妖精達も、圧倒された様子で聞き入っています。氷精の背中で小さくなっていた患者の妖精までもが、呆気に取られ見入っています。
慧音さんの勢いに満ち満ちる説明には、それだけの熱意!と言うものが感じられました。
私も半ば圧倒されながら、予め手にしていたノートに、まず最初の一文を書き記していました。
――――
‐効果は絶大
――――
・
・
・
・
サクッ
サクッと、
竹林の地を踏み進んでいく兎の足音。
兎追いし兎を謀り、ご満悦で二足歩行する永遠亭の妖怪兎。
因幡てゐは、今日も元気に活動していた。
さて‥と、
家の兎も追っ払ったし。
コレは、どうしてくれようかなぁ♪
ラボから持ち出してきた永琳の新薬を手に、因幡の足取りは更に軽く春っぽくなる。
因幡の右手に薬の容器。左手には容器にゴムで括り付けられていたラベルが握られている。
そのラベルの裏側には、薬の用法・用量、効能と使用目的、注意事項等、実に事細かな取扱い説明書となっていた。
これはつまり。
そういう事だよねぇ♪
上機嫌にスキップを始めて、錯覚の解けているはずの竹林をどんどん進んでいく。
「私なら、もっと面白い事に役立てられるよ〜」
「・・・・」
‥‥なッ!!?
てゐは突然ビタッと停止すると、恐る恐る喉に手を充てる。
「あーー‥‥」
「 あ、あ〜」
「・・・・」
「私の台詞が二重鉤カッコじゃ無いぃぃ!!」
鈴仙もお師匠さまも普通だったら、次は当然私じゃないのッ!?
‥‥そうか。
もう、そういうの終わってしまったのか。
軽い落胆を振り払って顔を上げると、竹林の中に見覚えのある開けた場所。簡素な印象を感じさせる家屋が建っていた。
あ。 あの家は。
正直出来るだけ関わりたくない奴の住処だ。
そんな特別に苦手意識を持っている訳でもないのだが。ここの家主の生業もあって、あんまり冷やかしが過ぎると素焼きの丸焦げ兎にされてしまう。
触らぬ妹紅に火傷無しと言う事で。そっと後退しながら、視界からも外してしまおうと後ろを向く寸前で‥‥
窓の奥に、あの人の紺色帽子が動くのを見た。
ギンッ!と目の色を変えた悪戯兎から、一切の足音が鳴らなくなり。
今日の遊び場へと
低空飛翔で突入だ♪
‐妹紅の家‐
うむっ、
これで準備良しっと。
まず妹紅が湯浴みから帰ってくるだろ。
そしたらテーブルに冷水のポットと、コップが2個置いてあって。
『おっ、慧音』
『来てたのか♪』
瞬時に右側へ。
『喉渇いてるだろ妹紅』
『トクトクトク〜』
目を瞑りながら、優雅にコップに注ぐ真似事。
そして左側へ。
『うわ〜、なんて気が利くんだ! 慧音ぇ』
『大・好・き・だー』
右側へ。
『私・も・だー!』
『かんぱ〜い!』
で一緒にゴクゴク〜っと、いくわけだ。
か‥‥完璧だ。
慧音が精神世界から物質世界への帰還を無事果たすと、永遠亭の妖怪素兎が2個目のコップに並々と冷水を注いでいる所であった。
「あ。お帰りなさい」
「喉渇いたでしょうよ、慧音さん」
「トクトクトク〜」
『‥‥ お‥』
ガッシッ!
メキメキメキ‥‥
『お前は何を、し・て・ん・だ ?』
「痛い痛い痛い」
「アイアンクローが、めり込む喰い込む」
顔をメキメキ鳴らされながら、注ぎきったポットをテーブルに置いて。
「じゃじゃ〜ん♪」
慧音の眼前に、1粒の錠剤を持つ手が迫ってきた。
『うおおおっっ』
慧音は本能的に手を離して跳び退く!
永遠亭の輩の所持する未知の薬物が迫っくるのに、拒絶反応せずにいられるだろうか。
コップを背に錠剤を掲げる因幡てゐ。
そして一足飛び退き分の距離で対峙する上白沢 慧音、の図が出来ている。
『お前‥‥』
『何処から見てた?』
「え?」
「今の恥ずかしくない箇所なんてあったの?」
か ぁ ぁ ぁ 〜
慧音の顔が、見る間に赤面していく。
『 ・・・事に‥』
「え?」
『無かった事に、し て や る !!』
瞬間! てゐは未だかつて体験した事の無い、ショッキングな情景を幻視していた。
目の前の慧音が、凄い覇気に満ちた形相で私を指差し。慧音の挙動で波打つ袖。ひるがえる髪。
そのまま世界が、凍りついた様に静止‥‥していた? 判らない‥‥
私の感覚が曖昧で。夢を見ている事に気付いていても何も意識を持ち込めずに、ぼぉ〜っと無感情に傍観している事しか出来ていない。そんな感覚。
自分が知覚させられている周囲の世界の彩りは正常で、慧音とその辺りだけ色彩と言うものが失われて視えた。
いや‥‥あれは‥‥。 膜、かな。
向こうの色彩を透過させない薄い薄い‥‥。そんな膜状の何かが慧音の前に出来ていて、膜越しに灰色の様な‥‥灰色でさえ無い様な姿を、姿を
・・・ちがう。
あれは、私だ。
あれは、
いつの間にか私だ。
膜の奥にいるのは、色彩の無い半獣じゃない。
膜の奥に映っているのが、色彩の無い妖獣なんだ。
あれは、わたしだ。
わたしなんだ。
見てる。
色彩の無い私が見てる。
だ め だ
見られたくない
あの私に、見つめられたくない。
あれは、わたしの大事なものを持っているんだ。
わたしソノモノだ。
来るな 此方まで来てはいけない。 お前は私に触れてはいけない。 壊れてしまう。 もう こんな近くまで 目の前に来てる あと少しで 膜が触れて 壊れて 喰われてしまう
色の無い鏡面の膜は、音もなくひび割れる。
裂け目から膜の先の彩り豊かな世界が覗く。
多角形に大きく細分した私が‥‥ いつまでも私を見ている。
もっていかないで。
私を持っていったまま、そっちにいかないで。
戻ってきて。
そんな目で
私をみないで。
そんな、
虚ろな目で‥‥
そっちに
私は居ない‥‥。
だめ
私は私を
手放しちゃだめだ。
行かないで。
ここに在るのに。
私達の大事なモノが、私達の中に在るのに。
無くしたくない。
亡くしたく。
もどって・・・・
色のある
わたし・・・。
砕けた膜に映る因幡が、その虚ろな瞳に一筋 二筋の涙を流し、慧音の中に消えていく。
大事な因幡の時間、記憶、体験、因幡の存在していた事実。
"過去" と掛け捨ててきた、‥‥そんな積もりになっていた、"過去"に生きていた因幡が。
紛う事無き 因幡てゐ の名を持つ者が、散り散りに屠られ無かった事となった。
単純な、記憶・認識的な喪失とは似て非なる事。
無い事は喪失しようがない。
――因幡てゐの歴史が、今、上白沢慧音に喰われてしまった。
・
・
・
・
・
「‥‥ん? あれ?」
わけが分からない。
何してんだろ、私。
目の前に慧音がいる。
もう思いっきり見付かってるし。
『お前、こんな所で何してんだ? 因幡てゐ』
それは、ごもっともで。
「えーとぉー‥‥」
薬使う相手を探して…。
「家の虐めっこ兎(鈴仙)に追い回されてて」
窓の奥にこの人の頭がみえたから…。
「喉が渇いてぇ…お水でも拝借しようかと…」
‥‥こっからが、もう訳分かんない。
あ。本当に水ある。
「その後がもう分からない」
『そうか、そうか』
『いや良いんだ。 あんまり気にする事はない』
遊び相手が、えらく満足気な顔でいる。
これは‥‥さては、何かされたか?
限定的な時間の‥‥
記憶喪失?
空の薬瓶‥‥
後ろのお水‥‥
最後の一粒を持つ私と、余裕顔の半獣‥‥
私の性格なら‥‥
そして、この半獣の能力って確か歴史を‥‥
はっは〜ん。
なるほど。
最後の一錠を薬の容器に戻すと、2つのコップに顔を向けたまま‥‥
外から慧音の頭を見た瞬間の表情を、再び浮かべていた。
そして‥‥
くるりと反転して慧音を振り返った因幡てゐは、満面の笑顔であった。
それはもう物凄い満面の笑顔を慧音に向けていた。
「そっか!」
「わかりました♪」
ポンッと容器を持ったままの手を打ち。
カラン♪と一錠分の音が容器から鳴る。
「喉が渇いて弱っていた私に、慧音さんがお水を分けてくれたのですね?」
『ぇ え ッ !?』
「そして、慧音さんと仲良く一緒にお水を飲む所であったと♪」
『いやいや』
慧音の否定的な反応もお構いなしに、薬の容器とラベルをコップの側に置き、水の入ったコップの1つを手に取ってしまう。
「私にそこまで親切にしてくれるなんて‥‥ 慧音さんは、なんてお優しい人なのでしょう」
そして、もう一つのコップを慧音の方に差し出すのだった。
それはもう、嬉しそうな‥‥
満面の笑顔で。
「慧音さんの優しさは大國様のよう♪」
『・・・・』
眼前に差し出された水を前に、硬直する反応しか出来ない慧音。
「・・・・」
「・・・ も」
因幡の笑顔が、瞬時に泣き出しそうな悲しい表情へと変わった。
「もしかして、違うのですかぁ・・・」
実際は大した泣き顔にもなっていないのだが、笑顔との落差により慧音に与える印象と真実味を増している。
「追い回されて‥‥喉が渇き果てて‥‥」
「慧音さんと2人きりで、お水が2つあるのに‥‥」
慧音の前でコップがカタカタと震えだす。
「これで私達の飲み水じゃないなんて‥‥」
「それでは私は、何をしていたと言うのでしょうかぁぁぁ!!」
「慧音さんは私を相手にせず一体何をし…」
『わッ 分かったよッ』
『水でも何でも一緒に飲むから勘弁してくれ!』
とうとう観念した慧音がコップを受け取る。
また瞬時に元の笑顔に戻った因幡が、元気にコップを上げて乾杯の音頭をとった。
「それじゃ〜、一緒にかんぱ〜い♪」
『か 乾杯‥‥』
な なんだろう、この展開‥‥と慧音は思う。
まぁ、いい具合に喰ってやれたみたいだし。
水くらい与えてやって、妹紅が戻る前に帰ってもらうか。
実際、私も喉渇いたし。
そうして慧音も水を飲もうとしてチラリと因幡の方に目がいくと、兎はいつまでも水を飲まずにジッと一点を見つめていた。
その先は‥‥因幡の持っていた薬の容器。
そして、その側には裏側が取説になっているラベル。
『どうした?』
『飲まないのか?』
そう声を掛けてみたところ、因幡はいきなり自分の額をピシャンと手の平で叩きだした。
ピシャン!
「あいった〜」
「慧音さん。これ多分、私、盛っちゃってますねぇ」
いかにも、やっちゃったぁ♪ 的な無邪気な顔で言い放つ。
『もってる?』
『・・・・。えッ、盛ってる!?』
「何かよく分からないのですが、私こんな物を持ってたみたいですよ」
そう言うと。元々は薬の容器に括り付けられていたらしい、輪ゴム付のラベルを見せられた。
「薬と一緒に持ってた紙によるとですね」
ラベルには薬の名称が明記されており。
『水溶性連呼丸?』
「その薬飲むとね」
「飲んでから最初に発した一単語、しか言う事が出来なくなるみたいなんですよぉ」
その裏側には、水溶性連呼丸の用法・用量。そのろくでもない薬のろくでもない使用目的。
実に事細かな取り扱い説明書となっていた。
と言うか‥‥、
あの たまに置き薬や薬種行商で里に来る兎‥‥。
気苦労が伺えるよ。
『その、ろくでもない薬がこの水に・・・』
「かなりの高確率で盛ってるでしょうねぇ〜」
「私の事ですから」
『お前さッ!』
私は遂に耐えきれなくなり。
ガタン!と大きな音を立て兎に喰ってかかる様に、実に根本的な質問をした。
『どうして、そんな事するの!?』
「さぁ〜?」
「そう至った経緯を、一向に思い出せないんですよねぇ」
その眼は、ただジッと慧音を見ていた。
『うっ!』
しまったーー!
余計なモンまで喰ってしまってたーー!
「まぁ、理由は嫉妬だろうね(小声)」
慧音には聴こえない。
「まぁ、そんな事より飲みましょうよ」
「かんぱ〜い♪」
『何でだぁぁ!!』
激しいツッコミのあまり、元々冷水の入っていた空のポットが宙を舞う!
「おおっ」
カラカラ舞い回るポットに、兎釘付け。
そして、落下するポットはハシッと慧音の片手に収まった。
『決して、妹紅ん家の備品を破損させないッ』
「じゃあ投げなきゃいいのに」
『そ そんな事より』
『こんな劇薬、なんでわざわざ飲むんだよ』
『捨てればいいんだ』
「ええ〜?」
「慧音さんもやっぱり半分、人間だなぁ」
「燃やして溶かして変質させてフェムト程に刻んでも、人間に物質を真に無にする程度の能力なんて無いんだよ?」
やれやれ とでも言いたげに、長寿な小さい妖怪兎は首を左右に振ってみせる。
「人間はすぐ、捨てたとか言って目の前から見えなくさせたら、消してやった気になるけどねぇ」
『そんな事なんか分かってるよ‥‥』
「いーや、分かって無いですねぇ」
「例えば、慧音さんが外に打ち捨ててやったとしますよ?」
「地面の水気に溶け込んで地下水に染み込む頃、果たしてお師匠さまの薬はどうかなぁ? お師匠さまの薬だからなぁ」
『それは‥‥』
「それより、蒸発して大気に溶け込んだら」
「お師匠さまの薬も、幻想郷中の水分に溶け込んだりとかぁ〜」
『ううっ』
「やがて人里中に降りそそぎます」
「ちょっと口喧嘩してた人とか、諍いは止まらなくなりますが‥‥」
とても容易に想像出来てしまう慧音。
ダラダラと嫌な冷や汗が止まらなくなる。
「みんな慧音さんの所為で、里中が大異変に見舞われたんだねぇ?」
『それはダメぇぇ!』
両手で頭抱えて、仰け反る慧音。
「ね? 飲んでしまう様に作られた物なんだから、飲んでしまうのが一番自然に無くせるんですよぉ」
「そうだ!慧音さん」
「折角だから、ゲーム感覚でいきましょうよ」
『ゲーム感覚、だと?』
「このまま せーの♪でお水を飲んで、外れた方の話し言葉が残念な事になるのです♪」
『そんなの、両方入ってるかも知れないだろ』
やった。ハマったな。
と、出端でゲームの提案自体が否定されなかったこの瞬間、因幡は思惑通りに進んだ事を確信した。
「肝は正にソコなんですけどね」
因幡は一旦テーブルにコップを置くと。
ちょっと苦しげに両手で髪をわしわしと解く様な仕草を始めながら、その場を歩き回る。
「確かに、何・故・か! 記憶がほんやりしてるんですけどね?」
「私の性格を考えると、薬は片方にだけ盛ってるとしか考えられないんですよ」
「私が言うのだから、そうなのです♪」
「‥‥ただ、」
因幡は再びコップを手に取ると慧音に向き直り。 今度はジト〜っと疑う様な目で自分の水を見ている。
「それがどっちなのかが‥‥」
「もう全然、見当つかないんですよねぇ〜」
と言うか‥‥途方に暮れた様な目で、コップ越しの慧音を見ている。
見られている慧音も。因幡とはまた違った意味で、途方に暮れた目を自分の水に向けていた。
これ‥‥ 結局飲むしかないのか?
あの兎に無理に飲ませても。
吹かれでもしたら、何か最早、一滴床に落ちるだけでも危険な気がしてきたんだけど。
今更ながら勢いで歴史食べちゃた事を、慧音は深く後悔していた。
もうどんなに折檻したって、どっちが薬入りか聞き出す事など叶わないのだ。
「ま、そんなわけですから、ちゃちゃっとイッちゃいましょうよ♪」
絶対!嘘だ!
この兎は嘘をついているに決まっている!
結局私に飲ませたいだけなんだろ?
ゲームだとか言って、私にだけ飲ませて当たらなかったら、逃げ出す腹積もりなんだろ?
私はそんな目論見にも気付けない程、馬鹿じゃない!
「じゃ、いっきま〜す」
「せぇ〜の。はいっ」
ゴックンッ
ゴックンッ
ゴクゴクッ
不意に合図が切られると。
全く躊躇なく因幡は水を飲み始めた。
え!ばっバカなッ
バカなぁぁぁーー!?
因幡に対してコップは結構大きめな為、ペースこそ遅めだが。
目を瞑ったまま喉が鳴り動く度に、確実に水は飲まれていたのだ。
ゴクッ…ゴクッ…
この兎、こんな純粋な性格してたっけ!?
ゴクッ…ゴクッ…
あれ?
これ、ひょっとして私が非道くない?
ゴクッ‥‥
喉枯らして、
入ってきたんだよね?
不法侵入(注←正しくは慧音も)っぽいけど、水貰いたくて来たんだよね?
ゴクッ‥‥
結果、偶然私の痴態を目撃して。 あの時も。お膳立て良く水があったから、水を戴く所で私が気付いただけなのか?
ゴッキュン‥‥
まぁこいつ、ついでみたいに盛ってたけど。
で、歴史まで喰われてしまったって事に‥‥。
そして、あと少しで水が半分位には減るあたりで、因幡がパチリと目を開き。慧音と目があった。
ゴクッ‥‥ ゴ
「・・・・」
ピタッと因幡が止まり。無言のままで、ゆっくりコップを置く。
じわぁぁ〜〜
慧音を見る因幡の瞳が、潤み始めた。
『わかったッ!飲む!』
『飲むからぁぁ!』
『うぉおお!もうどうなったって知った事か!』
『飲んでやんよッッ』
ガッシリと慧音がコップを両手に持ち直した後は、もう一瞬!
本当に一瞬であった!
グビグビグビグビッ!
ゴックッッ!ゴクン!
あっと言う間に慧音は水を飲み干した。
『・・・・』
「・・・・」
飲んでしまった。
2人とも水を飲んでしまった。
後はそう‥‥
どちらか一言、何か言ってしまえば結果が明らかとなる。
なるのだが・・・
『・・・・』
恐い‥‥これ、
恐くて声が出せない。
心境は対面している因幡も同じらしく、声を発せないでいる。
って言うか、お前の水が半分残っているんだが。
全部飲めよ。
もう飲んでんだから、変わんないだろ?
‥‥あれ? おい。
お前どこ行くの?
何でそんな家具の隅へ入って行くの?
そんな所に入って、一体何をしようと‥‥
何を思ったか。互いに牽制に入っていた因幡が、何かに微妙に反応するかの様な動きを見せる。
スッと動き出し、丁度身が隠れる様な所の隅に体育座りで収まってしまった。
慧音からは丸見えであるのだが。
お前‥‥
何をやって‥‥。
ギコンッ! 扉が開くと。
程良く力が抜けてリラックスした撫で肩で、しなやかな歩き方をする妹紅が帰ってきたのだった。
もっ!
『!!!!!?』
「おっ!」
「来てたのか慧音♪」
『!・・・・』
慧音はつい、不用意に言葉を発してしまいそうになり、咄嗟に口を押さえる。
しかし妹紅の、この湯浴み帰りの艶やかさはどうだろう。
妹紅のギャップも相俟って、色気がまた格段に跳ね上がっているではないか。
慧音は同性ながらクラクラする思いがした。
ぁあ‥‥
その、ちょっと一筋喉まで零しながら水飲む姿とかも、また艶やかで同時に格好良くて‥‥
グビッ グビッ
ゴクン♪
『妹紅ぉぉぉぉ!!!!』
「うわっ!」
「なに、慧音?」
気を抜いていた所にイキなり叫ばれ、驚いてしまう妹紅。
あ‥あれ?
確か飲んでから最初の単語しか出なく‥‥
"うわっ"
"なに"
"慧音"
・・・・3つ。
と、‥‥と言う事は、
当たったのは‥‥
「慧‥‥音?」
「顔が真っ青だぞ?」
ちょっと待てッ
私さっき、何て言ってたんだっけ?
" 妹紅ぉぉぉぉ "
『・・・・』
慧音は、恐る恐る喉に手を充てる。
ゴクッ‥‥
生唾を飲み、ゆっくりと息を吸い込んだ。
『‥‥妹紅』
『もこぉ、妹紅ぉ〜』
「だから何だよ慧音」
慧音は崩れる様にガクーンと手を付き膝を付き。
『妹紅おぉおぉ〜〜』
色々と堕ちた。
「えぇええぇ〜〜!」
「何? なにぃ?」
「私、なんかヤバい事でもしたのか!?」
事情が全く分からない妹紅の顔色も悪くなっていく。
「まさか‥‥この水」
「飲んじゃあイケない様な水を‥‥私は飲んだのか?」
「ううっ、そう言えば何か‥‥気持ちが悪くなってきた‥‥」
『もこ、妹紅ぉ‥‥』
慧音は真っ青な表情をそのままに、首を左右に振りながら妹紅の肩に手を掛ける。
「だから妹紅じゃ分かんないよっ!」
ガッシ!と慧音の肩に掴みかかり、ガクガク揺さぶりながら妹紅の錯乱に拍車がかかってくる。
「私は何を飲んじまったんだよッ! 死ななくたって死ぬ思いしたくないよッ」
「教えてくれよ、けーねぇぇぇ!!」
ガックン!ガックン!
『妹紅ッ 妹紅妹紅ッ』
『妹‥紅ッ!もこッ』
ユサユサユサッ
「だから、ソレ止めろよぉおぉぉ」
「不安になる!不安になる!」
ガクガクガクッ!!
『も!‥こぉ‥‥もこ』
一方、そんな一部始終を目の当たりにしていた因幡は、もうそろそろ限界を迎えようとしていた。
「っっぷ‥‥ヒュッ」
「 ッ!‥‥ッ!」
言葉にもならない空気の漏れ出す音が、必死に抑えようと口に強く押し付けられる手から吹き出てしまう。
もう片方の手は、お腹に充てられている。
ぴゅヒューーー‥‥
だ だめ‥‥
駄目だこれ‥‥
・・・こ・・
こっ・・・
・・この・・・
「‥くっ‥‥ひっ‥」
この面白さは、許容量を越えている!?
涙目で笑いを堪える因幡は、この騒乱に乗じて開け放たれたままの扉へと向かう事にした。
この遊びを次なる展開へと進展させる為に――
バン バンッ
‥‥バンッ!
慧音の肩に掴み掛かっている妹紅の耳に、ガラス窓を叩く様な音が聞こえた。
バンッ! バンッ!!
遠慮の無い、割れてしまいそうな音だ。
『‥‥妹紅‥もこ』
ふと、妹紅が音の鳴る窓を見ると。うさ耳を左右にお辞儀させた小っさい妖怪兎が顔を覗かせていた。
「お前は‥‥輝夜ん所のチビうさか‥‥」
『もこッ!』
妹紅の手の内で、慧音がビクンッと反応する。
「今は‥お前なんかに構ってる暇‥‥」
「いや〜♪ 慧音さん、やっぱり妹紅さんの所に居らしてたのですね」
「探したんですよ? 病気の身で永遠亭から逃げ出したりするから」
『妹紅! 妹紅ーーッ』
「慧音が病気だぁ?」
妹紅がようやく慧音を解放する。
「取り合えず、私も中に入らせてもらって良いですか?」
「ここ、かち割って」
「駄目に決まってんだろ! 何言ってんだ!」
「そのまま引き開けて、入ればいい」
「・・・・」
カラカラッ
「開いた。じゃあ遠慮なく〜♪」
因幡から見て右から左にスライドして開いた窓の縁に両足を乗せて、ぴょぃ〜ん♪と妹紅と慧音の側に。
正確には、なるべく慧音には近付かない様に、妹紅を挟む位置取りで着地した。
慧音が病気だと言われ、つい入れてしまったが。妹紅の警戒心は因幡に総動員されている。
因幡が入室位置を考慮するまでもなく、慧音を今度は因幡から庇うように自分の背中へと配し、妹紅は永遠亭の住人と向かいあった。
「妹紅さんの家って不用心ですねぇ‥‥」
「不在な時くらい鍵かけないから、病人に逃げ込まれてしまうんですよ?」
『妹紅!妹紅ぉ〜!』
慧音が後ろで、妹紅の肩をバンバン叩いてくる。
「分かってるさ。慧音」
「心配しなくても、こんな奴の言う事なんか鵜呑みにしやしないさ」
『妹紅・・・』
「いや‥‥本当に慧音さん、病気なんですよ」
「妖獣だけが患う、流行性の病気です」
「って言うか、そもそも慧音さん自ら治療の為に永遠亭に来てたんですよ?」
『妹紅ッ!!?』
『もこおぉぉぉっ!』
「‥‥け‥‥慧音?」
「そう言えば、さっきから何で‥‥」
妹紅も、やっと慧音の様子が普通じゃない事に気付いた。
「本当に病気なのか?」
「あ。妖獣にしか感染しませんから御安心♪」
「空気がカラカラ乾燥するこの季節に、妖獣達の間で流行るんですよ」
「私は予防接種済みなので免疫力が強いのですが、感染すると慧音さんみたいな痛い感じに‥‥」
『妹紅おぉおヴッ!!!』
ここで慧音が猛然と襲い掛かってきた!!
「うわぁぁあっ!!」
あとちょっとで因幡に届く、寸ででビタッと急停止する慧音の恐拳。
「ちょっ‥‥ちょっと待て! 慧音、落ち着け」
『もこぉおヴッ!』
『妹紅おおーーヴ!』
慧音の背後から、妹紅が抱える様に取り押さえていた。
「慧音!‥‥慧音ぇ!」
「おいっ、兎!」
「病気って、こんなに狂暴化するものなのか?」
流石の因幡も、本気の殺意をヒシヒシ受けて少しだけ‥‥
こ これ以上半獣をおちょくると、本当に食べられるかも知れないかな?
‥‥と、怖じ気づいてしまう。 が、中途半端に投げて逃げ出した所で、待っているのは断末魔の阿鼻叫喚も子守歌に思える程度の、非情非弾幕な兎狩り?
「いやいや、暴れてらっしゃるのは病気とは関係ないですね」
「恐らく慧音さんは、永遠亭の診療室で展開させた大立ち回りを、妹紅さんに聞かれたくなかったんですよ」
『妹紅?』
『もこっ、妹紅ぉ!』
意味の分からない事を言われた慧音の動きが、停止する。
何を言い出すつもりだ? と言うのが慧音の今の心境だが、嫌な予感しかしない。
全く先の見えない因幡の言動に、今度は慧音が戦慄を憶え始めていた。
「もう妹紅さんもお察しの事とは思いますが、妖獣がこの病気に感染すると‥‥」
「" 妹紅 "としか言えなくなります」
「なんだ、それ‥‥」
「そんな流行病、在るわけないだろ?」
「それがモコフ (いや…自…重…しようか?)」
‥‥うん。やっぱり自重する方が‥良いのかな?
因幡が短い瞬間の棒立ち状態で、一生懸命考えている。
よし!決めた!
自・重・し・よ・う!
(てゐちゃん、決断までの経過時間、2須臾)
そして てゐちゃん、即 撤回。
「もこふるえんざ」
「もこふ‥‥なにっ?その親近感のある病気」
「妹紅さん、知らなかったのですか?」
「竹林の妖怪兎に、妖怪の山の犬ころ天狗も、式の式の化け猫も‥‥」
「あっちでモコモコ」
「こっちで、もこもこ」
「うおぉおおぉッッ」
「まじかぁぁーー!」
『妹紅おお!』
『妹紅妹紅お!?』
ぶん!ぶん!首を左右に振りながら、必死に否定主張する慧音!
しかし、慧音の言動全てが妹紅に対して全肯定になっていた。
「止めて!慧音!」
「恥ずかしいから、ちょっと黙っててくれ」
『妹紅っっ!!!』
「頼むよぉぉ‥‥」
妹紅の顔が、本当に恥ずかしさで赤面していた。
『もぉ!‥こぉ‥‥』
「で、殆どの妖獣が予防接種を済ませてしまうのですがねぇ」
「慧音さんは‥‥やっぱり半分だけ妖獣な為か、今まで感染せず、予防も怠っていたみたいで」
「でも治療でお前らの所に行った慧音が、何で逃げ出してくるんだよ?」
「何か非道な事を仕掛けてきたんじゃないのか」
妹紅が一歩踏み出し、因幡を見下ろしに凄んでみせる。
「当永遠亭は、八意印の真っ当で適切な上に、たちまち完治する抗生物質を処方しましたよぉ!」
因幡は全く怯む素振りも見せず、腰に両手を充てて抗議する。
『もこぉ…(微弱音量)』
人知れず、慧音は溜め息すら妹紅になる事を知る。
「ただね‥‥」
「その抗生物質の粉薬が白湯と混ざる時の苦い事、苦い事‥‥」
「苦い‥‥だけか?」
「短時間で即効性も効能も薄れるので、処方して即飲んでもらう薬なんですけどね」
「心身共に大人な妖獣が、ギリギリ大丈夫な程度な苦味です」
「内面が幼い妖獣なんかは、それが嫌で予防接種を怠らない所がありますね♪」
家の兎とかね?と、付け足すのを、因幡は決して忘れない。
「妖獣達の間では周知の苦味で、慧音さんには事前に説明もしたし‥‥」
「まして慧音さんに限って苦い事なんて問題にならないと思っていたのに、慧音さんは‥‥」
「慧音さんはぁぁ!」
因幡は声の限りに張り叫ぶ!!
全くの空想のお話を、涙声で唱い挙げる!!
「慧音は・・・」
「慧音は、何をしたって言うんだぁぁぁ」
『・・・・』
「粉薬を口に入れて白湯を含んだ瞬間!」
「ザ・グレート・ムタの毒霧の如き薬霧を眼前の鈴仙に吹き射して、両目を潰しッッ」
『もこッッ!!?』
因幡はググッと全身に力を込めて、慧音の見せ場に臨場感を演出する!
「指差して爆笑しだした姫さまには、猛然と跳びかかるとシャイニング・ヤクザキックをド顔面に打ち込んでッッ」
「うおおおぉお!!」
妹紅のボルテージがグンッと上がる!
「お師匠さまが、大慌てで姫様の元に‥‥‥
姫っ‥‥輝夜ぁぁ!!
タタタタッ
永琳が輝夜の元に駆け寄り。
キッと慧音に向き直ると、慧音は体を永琳に向けたままの体勢で薬棚に飛び付いている所であった。
な ななっ 何を!
『不死!火の鳥、鳳翼天翔ぉおぉぉ!』
ダンッッ
‥‥‥そう叫ぶと、
まさかまさかの空中殺法、ファイアーバード・スプラッシュを炸裂させるのでしたッッ!」
「ハヤブサかッッ」
「隼って、鳥の?」
「そして素早く展開される、姫さまとお師匠さまのリザレクション」
「それを‥‥ それを‥‥‥
『させるかぁぁ!』
それ程までに何が憎かったのか、まるでハクタク時の様な覇気をお師匠さま達へ放出すると、今度は二人に背を向ける形で薬棚に飛び付きッ!
ダンッッ
空中で半ひねりを加えながら宙返りをッッ
『フェニックスッ』
まって… まだ途…
『 再誕ッッ!!』
ゴッッ
シャァァぁあッ!!!
‥‥‥診療室中をファンタズムな彩りに染め上げた、慧音さんのフェニックス・スプラッシュ」
「私は木製の大きな振り子時計の中でガタガタ震えながら、息を殺している事しか出来ませんでした」
「け‥け‥‥慧音‥」
『もっこぉッ!』
『妹紅 妹紅 妹紅ぉ』
「が、し・か・し!」
「一度診た患者さんを決して見放さないのが、八意永琳!」
「逃げ出した慧音さんの為に、飲み易くて薬効寿命を強化した丸薬化の生成を見事成功させたのです」
ババーンッ!と、取り出したる一錠の丸薬♪
『妹紅おぉぉおぉ!!!』
「うおお‥‥慧音の為にそこまで‥‥」
「この度は、家の慧音が輝夜以外に大変申し訳ない事をしました」
「でも、私の様な小っこい素兎では狂半獣に一溜まりもありません」
「このままでは慧音さんの病症は悪化していくばかり‥‥それに薬の有効時間も有限で」
「わかった」
妹紅が因幡から連呼丸を受け取ると、妙に高揚した様な表情で慧音に向き直るのだった。
「慧音‥‥苦い薬が飲めなくて暴れ散らすなんて、悪い子だよ」
待て‥‥
待ってくれ妹紅。
それは‥‥その薬物は。
慧音が後退りするのを見て、因幡の虚実に納得した様に、妹紅の使命感に扇情的な火が熾こる!
「慧音ぇ」
「妹紅お姉ちゃんが、ちゃんと飲める様に手伝ってやるからなぁぁ」
『妹ぉっ紅ぉぉ!?』
待て待て待って!
それっ それじゃんッ!
だってソレが、これのそれじゃんッ!!
えっ えっ?
それ、またいったら最初も何も、いま妹紅しか言えないんだけど?
どうなるの?
妹紅の上塗りになるの?
「慧音さん。大人しく妹紅さんに飲ませてもらわないと、どんどん悪化しますよぉ?」
「診療時はたまに妹紅出る程度だったのが、今では、そんな事になってるではないですかぁ?」
「なにぃぃ!?」
「それは大変だよ」
「これ以上、あっちこっちで妹紅妹紅言われちゃ堪らないよッ!」
妹紅が丸薬片手に飛びかかる!
『妹紅ぉぉーー!!』
「我が儘言うんじゃありません!」
「こらっ‥‥慧‥くっ‥お姉ちゃんの言う事を聞きなさい!!」
『もこお‥妹こっ!‥‥もごぉッ‥も‥紅ぉッ』
「はい!‥‥ほら、飲み込め! 早く飲み込んでしまいなさい」
「飲み込まないと苦いのが終わりませんよ?」
『‥ッ!‥‥ッッ!!』
「ほら! ほらぁ!」
「けーね飲みなさい」
「お姉ちゃん ちゅ〜しますよっ!」
ゴクンッ!
『妹紅ぉおぉぉ!!』
「ちゃんと飲めたじゃないか。 良かったなぁ」
「これ、慧音はどのくらいで元に戻るんだ?」
「・・・・」
因幡は未だかつて、これ程笑いを堪えるのに苦しんだ覚えは無いと言う思いをしていた。
「の‥‥飲めば、たちまち完治しますよ」
慧音は、すっかり意気消沈している。
『妹ぉ〜紅ぉぉ‥‥』
「全然治って無いみたいなんだが?」
「これは‥‥慧音さんの病症が薬効を凌駕しているみたいですね」
「逃げたり暴れたりしてるからぁ」
「ええっ、それじゃ慧音はどうなるんだよ!?」
「それは、まぁ。このままでいると‥‥」
「自然にどうにかなるまでは、寺小屋でもこもこ、ご近所でもこもこ」
『妹紅ッ!?』
「それはダメぇぇ!」
両手で頭抱えて、仰け反る妹紅。
「そうだ! 気は進まないが永琳に診て貰おう!」
『妹紅、妹紅妹紅ぉ?』
「何言ってんだかサッパリだが‥‥ 慧音の為だ!」
「お姉ちゃん何処へだって慧音連れてくぞッ!」
「助けて、え〜りん!」
「では早速、永遠亭に出掛けましょう」
「道中の安全はぁ♪」
因幡が両手を広げてクルクル回って舞いはしゃぐ。
「お宇佐さまの御墨付きですよぉ〜〜♪」
『もっこッッ!』
因幡の顔を思いっ切り抓ってやりたい衝動に駆られた慧音が、顔のギリギリで因幡に受け止められ、互いに譲れぬ拮抗状態に。
「け‥慧音さん‥‥」
『もぉっ‥こぉぉ‥』
「どのみ‥ち‥」
「お師匠さまには‥‥診てもらわないっ‥‥と、どうにもならない事には‥‥か‥変わらないんですよぉ?」
『もこッ!‥‥』
『・・・・』
慧音は因幡への攻撃を解いた。
因幡は、妹紅には聴こえない様に慧音に囁きかける。
「そ‥それに、お互いにフェアな立場だったのですから‥‥」
「私が飲んでいたかも知れないのですから‥‥」
もし、そんな事になっていたら‥‥
「私と妹紅さん揃って当たってたら、私は今頃、慧音さん妹紅さんに素焼き兎に‥‥」
「慧音さんだって、妹紅さんが誤飲しなくて、良かったでしょ?」
「つまり、実は一番マシな結果に至る程度の幸運だったのですよ‥‥」
『もこぉぉ‥‥』
慧音は完全に納得させられてしまった。
確かに間違いなくフェアで自ら飲み干し、妹紅にまで飲まれてしまった以上、この結果が‥‥と言うか。
良く考えたら‥‥
妹紅んちに2人して勝手に上がり込みロシアンルーレットみたいな事やって、妹紅に "うわ" しか言えない様な事にさせたら‥‥竹林で兎と並んで正座させられ、
「うわ!ヴわぁッッ」
「ヴヴヴぁァァ!!!」
ペカーー!!?
"滅罪「正直者の死」"
とか展開されて散っていたに違いないッ
ふおぉぉぉっっ
あヴなぁぁーーいッ!
「ほら、さっさと奴らん所行くぞ。 慧音」
グイッと妹紅に腕を引っ張られて永遠亭へと出発する慧音と、そして因幡てゐ。
因幡がまさか、こんなシチュエーションの時には、自分から見て基本左に盛り付ける‥‥と言う自分ルールを課していたとは、夢にも思わず。
・
・
・
・
――――
‐永遠亭‐
――――
「分かりました」
師匠が、自分の中で総て合点がいったと言う様な、自信に満ちた表情で頷きました。
「慧音さんが仰りたい事とは詰まり、こう言う事ですね?」
慧音さんの顛末を憐れむ様に、師匠の手が慧音さんの手に差し伸ばされて、熱烈に語る慧音さんを引き留めます。
そして、優しく微笑み。
「妹紅ふぉーりんラブ♪ と」
『妹紅ぉぉーーうっ』
慧音さんが、両手に添えられた師匠の手を払い上げました!
「あら、違ったのねぇ」
ご自身の頬に手を充て、首を傾げて困り顔をする師匠。
師匠、間違い無く確信犯ですよね?
「なぁ、そう言わず慧音を治してやってくれよ」
「慧音が永琳や赤眼兎に放った仕打ちは、私が代わって謝罪する」
「えっ? 何が?」
つい、素っ頓狂な声を出してしまいましたっっ
師匠と顔を見合わせますと、師匠も意味が分からない‥‥と首を僅かに左右に振ります。
「目はちゃんと見える様に戻ったんだな」
「ええっ! 私?」
「目は‥‥え‥ええ、お陰様で」
何で知ってるの?
藤原妹紅は千里眼?
てゐ‥‥が、何か吹き込んだのかしら?
チラリと慧音さんの方を見る‥‥と、
な‥なに?‥‥ 何か凄い震えている。
俯き気味で表情が読み取れないけど、何かが振り切れる寸前みたいな波動を感じますよ?
「こんなになっても、まだ治せるんだよな?」
「慧音の・・・」
「もこふるえんざ」
藤原妹紅が、永遠亭の時間を停止させました。
てゐは瞬時に壁を向きます。
師匠は完全停止。
表情も挙動も微動だにしません。
あぁ、師匠。
なんて冷えた目を。
や やはり、ここは私が。
「妹紅さん‥‥」
「えと、‥モコ‥‥もこふ?‥‥」
「だからサ」
「もこふるえんざ」
「バカじゃないの?」
「チルノちゃん!!!!?」
マイナスK℃に凍りついた氷結亭は、氷の妖精がまさかの氷解けをさせました。
「えっ?だって‥もこ‥‥ふるえんざ‥」
妹紅さん、だんだん赤面していきますね。
その瞬間です!
『モゴォォおヴヴヴッ』
慧音さんが魔獣の如き唸りを上げて、てゐの頭部に十指の牙を突き立てました!!
ギリッ‥ギ ギ ッ
「ぎゃわわはッ」
「痛い痛いっ」
ギギ ギギッ‥ギリ‥
ミシ ‥‥ギ
「いぃーーだだだッ」
「痛い 痛い いだ‥」
・・・ギ
「 あ!!?」
「ぎゃぁぁぁあッッ」
てゐの声色が急に致死性を孕んだ絶叫に!!
「ちょっ‥‥てゐ!」
「慧音さん、もう離してあげ‥‥ うっ!」
な、なんて
「助けで! 誰か助げ‥痛いッお願い止め‥‥壊れるヨォォぉッッ」
「慧音さん!」
「ちょっと、落ち着きなさいっ!」
「それ以上は本当に」
し 師匠が、ちょっと本気で止めに
「うどんげ!」
「手伝いなさいッ」
「け 慧音?」
ミシ‥ミシ‥
メリッ メシッ
「流石に死なせそうなまで本気‥‥ ヴッ!」
「慧音、お前ッ」
「お前、なんて‥‥何て顔してんだぁぁぁ」
妹紅さんも驚愕させる本気も本気、真にぷっつんした狂獣 殺意の形相が今ここにぃぃぃッ!!
「ご免なさぁああい」
「全部話す! 全部話しますから、許してぇぇええぇ‥‥殺さ‥あヴッ」
てゐが魂からの詫びを入れた所で、やっと慧音さんが解放してくれました。
『mo コォォー‥‥』
『 mo コぉぉー‥』
慧音さんが恐すぎる。
それから、てゐは全てを打ち明けました。
妹紅さんの家に入る寸前までの事と、パッと意識が瞬間転移する様に慧音さんと向かい合う場面で気付いてからの、思惑含む一部始終を打ち明けました。
「そ そんな‥‥」
「慧音は病気じゃなかったのか」
「そうとも知らず、あんな無理矢理に‥‥」
一番、ショックを受けていたのは妹紅さん。
てゐや私達に怒り出すのかと思ったんだけど。
『‥‥妹紅』
「ごめん、慧音」
「気付いてあげるのが遅すぎたな」
「ごめんな」
『もこ、妹紅〜』
慧音さんも、妹紅さんに頭を下げます。
「慧音は何も悪くない」
「私がもっと信じるべきだった」
「輝夜にシャイニング・ヤクザキック辺りから、私もどうかしていたな」
妹紅さん慧音さん。そんな事ありません。
悪いのは、全部てゐに決まってますよ!
「てゐ。もう一度謝っ‥‥何処行った?」
「あたい、見たよ? さっき出てった」
「入ってきた扉から、外に出てました」
隅ぃ〜っこの角で、妖精2人が見てました。
「てゐぃ〜‥‥」
「懲りてないのかぁ」
「まぁ、この際 てゐの事は放っておいて、慧音さんを治しましょう」
「連呼丸を飲んだ事さえ分かれば何とかなるわ」
『もこ妹紅?』
「治せるのか?」
「連呼丸の効能だったら、この場で打ち消せる薬を調合出来るから待っててね?」
そう仰ると、師匠は薬棚から永遠亭では見慣れた数種の小粒な薬を選び出し、慎重に且つ手早い手付きで計量したら、スリ鉢に入れてゴリゴリ♪ゴリゴリ♪
あっという間にアッサリと打ち消し薬を製薬してしまいました。
「後はこれで仕上げね」
『もこもこぉ〜‥‥もこっ!も‥こ妹紅ぉお!』
『妹紅ぉ、妹紅妹紅も‥‥こぉぉ、妹ぉぉ・・・
「慧音?ど‥どうした」
慧音さんの様子に急な変調が!!
「お師匠様!慧音さんの様子が急に」
師匠は慌てません。
「その様子だと、考えてる事まで 妹紅 になり出したみたいねぇ?」
『妹紅ぉ〜妹紅妹ぉ紅おおおお!?』
「もう、この液垂らして仕上げに擂れば完成だから、もう少しの辛抱よ」
「慧音、無心だ!」
「深呼吸して無心になれば止まるかも」
『妹ぉ〜〜‥‥紅ぉぉ〜〜‥‥』
深呼吸も妹紅になるんだ‥‥ごめんなさい。
ちょっと面白いです。
師匠の方は、見覚えのある液体薬を‥‥
「お師匠様! 何するんですか!」
「その液体はぁぁ!!」
「この洗浄液はうどんげに使った様にするには、このままでも使用出来るけど。元々、調合用みたいな所があるのよ」
師匠は、まるでニトログリセリンでも扱うかの様な慎重な手付きで計量スポイトに吸引し、たった1滴垂らすと、親の仇でもあるかの様に擂って!擂って!粉薬を完成させました。
薬を計量すると、適量分を正方形の薬用包み紙の上に乗せます。
大さじ2杯位でしょうか? やや多目です。
「完成したわ」
「うどんげ。早速飲ませてあげなさい」
「はい。お師匠様」
湯呑みに白湯を入れ、師匠から粉薬を受け取りました。
「ささ、慧音さん」
「お待たせしました」
「この薬を飲んだら、連呼丸の効果が打ち消されますよ」
『妹紅、妹紅ぉぉ』
直ぐに慧音さんが包み紙を受け取り、口の中に粉薬を入れました。
一粒程も残さんとばかりに、仰け反り上向きに開けた口の上で、紙をガサガサ揺さぶっています。
よっぽど元に戻りたいのでしょう。
妹紅さんも期待に輝く目で見つめています。
そして、慧音さんは粉薬を口に含んで顔を下げると、湯呑みを取って白湯を一気にグイッと飲みました。
「あ。言い忘れたけど、それ一切の優しさ抜けてますから」
・・・・ゴックン。
『!!!!!!?』
(薬霧)ッッブふォォォォォーーーー!?
「慧音ぇえぇぇーッ」
『苦ぁあぁぁーーい』
ポタ‥‥ポタ‥
「・・・・」
私ですよ。
えぇ、私ですよ。
大丈夫。私慣れてる。
「慧音!」
「いま、"苦い"って」
『あ・・・話せるぞ』
『本当に戻ってる!』
「ヨカッタデスネ‥‥ケーネサン‥‥」
『あ‥‥、申し訳ない』
『こんな事をするつもりは‥‥』
「いや、まぁ‥‥」
「元々の責任は永遠亭側にあったのです」
「慧音さんに無事に回復してもらえたなら、私の事は気にしないで」
ハンカチで顔を拭いながら、慧音さんの謝罪に応じます。
「‥‥ん、‥あれ?」
「何か眼が」
さっきから心なしか妙に暖かかった両眼が、急に熱く‥‥なってきた?
「どうしたの、うどんげ?」
「お師匠様。何か眼が」
「両眼が熱いんです」
「あ?‥‥熱い。本当に熱いッ」
「う うどんげ!」
「それは‥‥何を」
私の眼の先から数十センチ程離れた先で、薄紅い光が収束して、段々紅さが濃く‥‥熱く
「わわ 私にも分かりません‥‥これは‥‥光の波が集まって? 波長の長い赤色が‥‥熱い!制御出来ないの!」
「じゃあ〜あたいが、冷やしてあげるよ〜」
キ ィ ィィィ
「ちょっ 余計な事は止」
ピキーーーーンッッ
顔面だけフルフェイスヘルメットの如く、耳だけ突き抜け凍りつく優曇華院!!
得意顔のチルノ以外の全員が絶句している最中。
氷の中で収束と発熱を続ける狂気の波長が、瞬く間に氷を蒸発させていく。
「あたいの氷がッ」
「い!‥‥いっ‥」
じゅぅぅ〜〜ゥゥゥ
「いい加減にしろぉぉーーーー!!」
文字通りの眼前で。収束率の極限値を突き抜ける狂気の波長、所謂レーザーが解けかけた氷塊とチルノを貫通する!
ビムーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!
「ギョワぱぱぱッッ」
「チルノちゃ‥‥」
「ひ 非想天則に出たばっかり‥‥に‥ガクッ
「チルノちゃぁぁぁん」
鈴仙・優曇華院・イナバはスペルカードを獲得した。
イリュージョナリィブラスト new
「はわわわっ!」
「何これっ 何コレぇ」
「止まらないの。止められないの。お師匠さまぁぁぁぁ」
ズビビビビビィィィ
鈴仙の、視線の向く先全てが狂気の閃光に薙払われていく。
パニックを引き起こした全狂乱の鈴仙と、弾幕避けには狭すぎる永遠亭診療室にて、イージーがノーマルに。
大妖精、チルノ撃沈。
ノーマルがハードに、ルナティックに。
慧音、轟沈。
やがて、東方的なゲームバランスですら狂気に狂ったイナバの狂眼に爆ぜ壊れる!
物音一つ聞こえず、人の気配の感じられない永遠亭診療室。
ヌイグルミでも抱いて持つ様にして、腕の中で眠る因幡てゐを ぷらぷらさせながら診療室の扉に立つ、長く艶やかな黒髪の女性。
「え〜りん、居る〜?」
カラカラカラ‥‥
「なんか、因幡が半べそでウロウロしてたから診て欲しいんだけ‥‥」
「ななっ」
「 な に ご と ッ!!」
辺り一面、閃光系のスペルでも狂い咲いた様なめちゃくちゃなぶっ壊れと、焦げて崩れる永琳の私室。
燻り黒ずみ、硝煙 黒煙を上げているのは、棚と薬と‥‥‥
死 屍 累 々 。
特に、見ようによっては永琳に見えなくもない何かと、同じく藤原妹紅に見えなくもない何かは、弾幕に被弾したとは到底思えない悲惨な臭いと色を出していた。
そして、
そんな墨色に積まれた家財や屍の中で、今にも倒れそうに右に左に揺れて立っている、うさ耳1羽。
「ああ‥‥そ‥」
「その声は‥‥姫様ですか? 今‥危ないので」
両手で自分の両目を塞いでいるイナバが、決して真正面に向かない半横向きに振り返る。
「こ‥‥これってイナバがやったの?」
「妹紅まで‥‥妹紅よね? あの半炭化肉」
精根尽き果て憔悴しきったイナバが、掠れた声を上げながら後ずさる。
「姫様‥‥手が‥手が熱いんです‥‥右手が特に‥焼ける様に‥‥」
「もう‥‥だから、お逃げ下さ‥‥」
そんなイナバの背後で、めちゃ めちゃ と音を立てながら、ゆらぁりと立ち上がる2体の蓬莱人。
そして素早く展開される、妹紅と永琳のリザレクション。
ゆぅぅ ぅ ら ぁ ぁ
「燃ぉえぢぬ覚悟はぁ 出来てんだろぉなぁぁぁ」
「ヴゥどんげぇぇ?」
「今日は大変だったわねぇぇ‥‥なでなでしてあげるからぁ‥いらっしゃぁぁぁい♪」
「ぁ ごめんなさい 手がもう‥‥ 灼けるんです 中で溜まって‥‥だから、ごめんなさい ししょ‥」
ジュッッ!!
「あづッッ!」
イナバの右手だけが跳ね上がる。
解放された狂気の右眼に、溜まりに溜まりイナバの右手を灼き弾いた直接攻撃能力を持つ狂気の視線波が、イナバ自身も閃き射して制御不能に咲き放たれる!!!!!
鈴仙・優曇華院・イナバはスペルカードを獲得した。
アンダーセンスブレイク new
「待って…まだ途…
カッ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カッッッ!!!!
そして‥‥
誰もいなくなるか?
( and then there were none?)
色んな人を音速で追い抜いていくプロレスネタ。
あたい、好き放題に泳ぎ過ぎたねぃ。
単に慧音にもこもこ言わせて遊びたいだけだったんです。それが犯行動機です。
そして既存巻話も残すところ、あと2巻。
11巻は、正真正銘の新作。椛と文さん登場の巻物語を用意して御座います。
お楽しみくださいませ♪
(DEEP三昧)




