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八雲紫のお賽銭箱が、神韻の極み【改訂版】

 途方もなく怪奇な覗き穴が神社の空中に開いていました。


 高さは居住家屋の屋根あたりで、下から見上げられても屋根の陰に覆われてしまう場所。

 その覗き主と穴の先とを隔てている遮蔽物は、壁でも障子でもない。何も無い空中の空間そのものに裂け目として開いていた。

 強いて言うなら隔てているのは『覗き主が神社に居ないと言う事』である。

 おお、なんと怖ろしい現象か。その裂け目を目の当たりにしてしまった幻想郷の者達は、みんな口々に呟くのだ。


「またあのスキマ妖怪の仕業か… 」


 曰わく、気味の悪い微笑み。境界に潜む妖怪。そして、神隠しの主犯。境界を操る程度の能力。

 夢・(うつつ)だとか朝・夜だとかそんなこんなな境界線を自在に弄くり、空気しか無い空中空間に隙間(スキマ)を開いて、その向こう側との境界を繋げてしまう。

 そればかりか、スリット状に開いた裂け目の両端を赤いリボンできゅっとして、お洒落感まで出しているのである。

 そんな服飾スキマを通って出たり、パラソル携え服飾スキマに腰掛けていたり、こうして出歯亀に興じていたり。何処で何をしていてもお洒落と自己主張は怠らない。

 妖怪なのに冬になったら冬眠し、春が巡るといつの間にやら隣で微笑んで居たりする。

 いつしか 彼女 は、こんな風に呼ばれていた。すきまを操る神出鬼没のすきま妖怪、八雲 (ゆかり)


 その日。巫女さんを覗く為に博麗神社境内にて出現していたスキマは、一言で表すなら… 。



 ――八雲紫らしくなかった。






 この頃の幻想郷はすっかり春へと模様替え。

 緑色と橙色と白い色と桜色。ゆらゆらひらひら揺れて彩る 花と蝶々に囲まれて、楽園の素敵な巫女さんのご様相も一層に春らしい。

「もう、すっかり春日和ね」巫女さんの顔を見るなりこの一言を、主に巫女さんを指して言う人が増えてくる。

 そんな巫女さん。博麗霊夢は今日も縁側でご機嫌麗しく、お茶請けお菓子をお盆いっぱいに用意している所であった。


 ・・・巫女さんの周囲に異変の兆しは特になし。今日も春色 博麗神社の博麗霊夢。

 妖怪の女性、八雲紫が求めている状況は十分に保証されている様に思われた。

 それが誰であれ、たとえ亡霊の(しんゆう)であれ自分の式神であれ、形の成るまでは決して悟られず騒がれない様にしたい。

 いつもの様に『何考えているのか分からないスキマ妖怪が、また気まぐれで妙な事を始めた様だ』 …程度で流される為の大事で危険な下調べ。

 最も危うい最後の場所をまだ残しているが、博麗神社の境内を『途方もなく怪奇な手段』で覗き見している妖怪の女性は、息を殺して覗き見を続けていた。


 未だ無事に続いている八雲紫の覗き巫女。


 勘が凄く鋭くて妖怪退治を生業にしている… はずの覗かれ巫女さんは、鼻歌混じりにユラユラ歩いて今度は急須を取りに行く。

 黒くて綺麗な御髪(おぐし)と一緒に、朱くて大きなリボンが踊る。

 ゆらゆら左右に流れるリボンの動きは、巫女さんの鼻声で響く 少女綺想曲〜Dream Battle を指揮しているかの様でもあった。


 妖怪の女性の耳にも、ゆるゆるテンポの楽しそうな鼻歌が聞こえている。気配を絶つどころか危うく身震いして突撃しそうになる。

 けれど今は、静かな深呼吸すら許されない。そう言う状況。そう心に決めていたのだ。


 ・・・巫女さんの鼻歌が止まっていた。束の間再開しかけてやはり止めてしまう。

 境内に現れたのは、シンプルながらも黒い大きな魔女風帽子と つば元にあしらわれた白いリボンとのコントラストが目立つ魔法使いの人間。霧雨 魔理沙であった。

 巫女さんは露骨に嫌そうな表情を浮かべつつ湯呑みにお茶を注いでいる。縁側の湯呑みは一つしか用意がない。



 右手を乗せたスキマから妖怪の女性が目を遠ざける。そおーっと顔が遠ざかる。

 指先だけ添える様に乗せられているスキマが、顔を離す分だけ端から希薄になっていく。

 両端から中央へと、元の空気へ溶け馴染む様に消えていく。細い裂け目から線へ。境界線から空間へ。

 そして最後は妖怪の女性の指先だけを残して――。八雲紫らしくない、リボンとお洒落感の廃絶されていたスキマが消失した。


 巫女さんの気配の名残が完全に途絶えると、妖怪の女性はやっと息を深く吐き、一回だけ深呼吸をしていた。

 妖怪の女性は思う。いつ以来だったのだろうかと。

 こんな風に、暴かれる事を『卑しく怖れて』スキマ覗きをしていたのは…。


 …そんな事を考えていると、不意に断片的な追憶・情景が頭に浮かんでいた。

 それは、忘れてしまった夢の中身を途切れ途切れに浮かべるような。

 白昼夢のような夢想であった。


 ――天が、喉を鳴らし啼いている様だった。


 ――。その天は轟いていた。一面に渦を描きながら赤褐色に稲光る黒雲。そして覗き見えるのは、龍の腹。――。龍の眼下はきっと、地獄の如き有り様だろう。それは隔絶され往く戦場か。もしくは取り戻され行く戦場か。――。地が轟く、それらは、潰していく同類であったのか、潰れていく同志であったのか。


 ――。なぜ… ――。愛しく憎らしい… 弱く怖ろしい… ――。彼女までが私の敵に。――。そんな彼女までが何故、私と共に。

――。ああ。来る。旧友で仇敵がやって来る。

 ――。あの悠々と踊る黄金(こがね)の髪…。――。あの境目という境目を染め尽くしてしまう黒い服…。――。一歩一歩迫って来る方足首に結わえられた… 蛇か煙の様に、ゆれ這い曳かれる真っ赤な真っ赤な…。――。…赤い帯。

 ――。誰より弱くて誰へも勝てない。――。誰より怖くて誰もが勝てない・・・。――。


 ――。斯くして、妖怪の賢者と言われていた者たちは・・・。



 つかの間の、眠っていた様な記憶巡りから妖怪の女性は意識を戻す。

 やるべき事が残されている。

 まだ探るべき所は残されている。


 妖怪の女性は、意を決してスキマを開いた。

 まだ線を引いたとだけ言える程度。

 飾り気のない新たに開いたスキマは、今のところ誰にも気付かれていない様子だ。


 妖怪の女性は指先を線に添え、微かな力で横に這わせる。

 するとスキマは微かに開き、這わせていた指先には冷たい空気がスーッと吹きかかってきた。


 スキマ越しに覗ける様子は暗くて肌寒そう。

 生き物の動く気配は無く、それでも生活感は感じられた。

 掃除が適度に行き届いているようで清潔感を感じる。


 ここは食糧貯蔵室。

 ひと先ず注意を惹かれそうな事もなく、そして仮にも『主』たる者が、給士の領域である食糧室に入り込んでいる事など…。 …妖怪の女性には友人1人位にしか思い当たらなかった。


 食糧棚上隅の密やかな陰にあったスキマ。

 それでも 私 は、そのスキマと並び陳列された様に真横に、白磁人形(マイセンドール)の様に腰かけていたのだ。

 こうして居るのは、一連 全て 総てが起こるべく起こる当然必然であるからだと言いたげに。

 だからこの幾瞬の後、『この私』に魅入られて固まる妖怪の女性よ。

 ただ黙して頷いてしまう事に、何の恥じらう必要も無いのだ。


 それまで挙動一つ無くスキマに横並びで座る白磁人形は、やがて自然に体勢が崩れた様に上体を傾げてスキマの上隅から音もなく覗き返した。


「わたしも 交ぜろっ」


 その表情は遊び心に満ちている、…のに声色はカスれた様な囁き声で切実だった。

 声だけが心の内を晒してしまっていた。何故なら白磁人形と見紛う様なその容姿が、見る間に恥じらう朱に染まっていくのだ。


 そして ぽそりとまた呟く。「…しまった。…預視(よみ)違えた」

 妖怪の女性は一言も冷やかさず。その心の内を映した表情のまま。ただ黙して頷いていた。






◇―――◇





 特になんにもやる事も面白いコトも無いとき。霊夢の神社にでも行けば、何かしらの面白いコトが見られる。

 そうでない普通な時もあるけれど(大体いつも普通だけれど)、そんな時はお茶とお茶菓子を見に来た事にすれば良い。


 これが霧雨魔理沙の参拝理由で、そしてこれが境内で巫女さんに会うなりお辞儀しながらの挨拶だった。


「餡こ入りの草団子さんをご所望するぜ」


 帽子も取って深々と頭を下げながらの挨拶を済ませ、頭を上げつつ帽子も戻す霧雨魔理沙。

 巫女さんからのリアクションはいつも笑顔で受け止めている魔理沙であった。


 笑顔で少女祈祷中な魔法使いの目の前で、博麗神社の巫女さん 博麗霊夢は一生懸命に木製の箱を押していた。

 その木製の何かは全体的には賽銭箱にしか見えない。ぱっと見には賽銭箱。

 その大きさは神社の初期設置な賽銭箱より若干小振りだけど、真正面の『奉納』の二文字が賽銭箱であると示している。しかし… 文字のすぐ上と、そして文字の右隅下に余計な代物が付いていた。

 因みに霊夢は背中を木箱にぴったりくっつけて、背中で木箱を押している。


「んっ… しょっ…」

………。……。


「…んんっ…しょっ」

………。……。


 顔をまっかにしながら霊夢1人で背中押しをしている。


「んぅんっ…しょっ」

………。…ズッ…。


 魔理沙は笑顔で少女祈祷(たいき)中。


 賽銭箱に普通付いていない余計な物は、文字のすぐ上中央。もう一つは文字の右隅下に付いている。

 上の方の余計な物は丸い形のつまみだった。つまみの背に横線形の取っ手が付いていて、指先で摘んで回す物らしい。

 同じ代物を魔理沙は香霖堂で見た覚えがあり、店主の森近霖之介が『てれびぢうぞうき』とか呼ぶ立方体に全く同じ物が付いていた。

 因みに霊夢は、参道の中央に置かれた件の賽銭箱を参道から退かそうと必死に背中で押している。


「んんんん〜〜 」

………。


 魔理沙は笑顔の少女祈祷中。


「ぬぬ〜〜」

………。……。


 拝殿右寄り目指して背中で押しているけど、霊夢の足元だけが往復するばかりである。


「んぬぬうぅぅ〜」

……ズズッ…。


 それでも魔理沙、笑顔の少女祈祷中。


 二つ目の余計な代物。『奉納』文字の右端下には、受け皿の様な物が突き出していた。

 そして球体を 四分の一 に割ったような形の(カサ)が受け皿の真上を覆っている。

 もし笠で覆われた内部に穴が開いているなら、飛び出した物は受け皿へと導かれる。


 笑顔少女祈祷中の霧雨魔理沙は、そろそろ賽銭箱と言うより違う物に見えてきた。

(もう賽銭箱って言うより、香霖堂と私ん家でも見掛けた拾い物のアレに見えてきたんだが…)


「んっ …んんっ …ん〜〜 」

………。…ズ。


「……… ぷはぁ」

 霊夢は力が抜け切った様にストンと腰を落した。荒い呼吸に併せて忙しなく肩を上下させながら、賽銭箱に寄りかかっている。


 魔理沙は笑顔で少女祈祷中。


 やがて霊夢は、少しだけ上気した表情と流し目を魔理沙に向けて…。

「はぁ…、はぁ…、はぁ…、 ま…」

「魔理沙。…手伝っても、……いいのよ?」


 魔理沙は呆れた様に苦笑いを返した。

「最初から素直に頼めば良いんだぜ」



 まだ少々グロッキー気味の霊夢は背中をすっかり賽銭箱に預けて、腰を上げようとはしない。

(頑張った私は座高の質量分だけ力を貸すわ。)…とでも言いたげだ。

 魔理沙は半袖の腕を更に捲って、賽銭箱に身構えている。

 この箱がどれだけ重いのかは想像に難しくない。力の限りに突っ込みつつ、両手で一気に押し込む積もりでいた。この魔理沙さんが動いた以上、どんな箱もたちまち動き出すだろうぜ。と思っていた。

 第2プランとしては霊夢の様に背中を付けてのマスタースパーク!…は、自分の体が潰れると痛そうなので180度回転した先に放つ算段であった。


「…あっ!」

「た 大変だ…。霊夢、すっかり忘れてたぜ」


「何よ魔理沙? 早く動かしてよ」


「魔法使いっぽい かけ声ってどーしよー」


「んー…。『ふんがー』で良いんじゃない?」



「 ふ ん が あ あ あ !!!! 」



 ズどん! と言う勢いの魔理沙が両手伸ばして突っ込んだ賽銭箱は、ワックス塗りたくった床を滑る車輪付きイスの様な軽さで弾かれ飛んだ。

 魔法使いは両手伸ばした体勢のまま、べちゃんと突っ伏し落ちた。

 巫女さんは後ろ向きのまま ごろんと倒れて軽く頭を打ちつつ、危うく一回転しかけていた。

 そして弾かれた賽銭箱はズズズズーーッと音を鳴らしながら、なんと霊夢の希望通りだった場所にぴたりと収まる。


「?????」

 霊夢は混乱と困惑に満ちた顔で賽銭箱を、魔理沙は憤慨と土埃に染めた顔で霊夢を見据えた。


「霊ッ夢ッ! くっだらない悪戯だぜ!」

「全ッ然ッ 面白くないぜぇ!!!」


 霊夢は慌てて釈明しだした。

「ち 違う違う。そんなんじゃないわ」

「これはね。紫がね。置いてったのよ」


 その妖怪の名が挙がった途端、魔理沙は物凄くニガい物でも噛み潰した様に表情を変える。


「うん」

 霊夢は一人で頷きながら歩き出すと、その賽銭箱の元へ行く。

 改めてじっくり検分するように、右に左に回り込みながら賽銭箱を眺め回している。

 位置取りや向きにも納得したのか、何やらスッキリした様な顔をして魔理沙を振り向いた。


「これで よし!…と」

 神主様の立ち絵でもあれば、花模様の一つ二つも描かれそうな笑顔だ。


 そんな様子を見て取る魔理沙は素早く頭を切り替え、猜疑心よりもその箱への好奇心に従う事にした。

 こんな時はもう、不平を投げても無駄である。素敵な巫女さんと普通の魔法使いさんの付き合いは長いのだ。


「おー、何だそれぇー。れいむー」

 本当は好奇心より気味悪さの方が勝っていたので、出て来た言葉は白々しいほど棒読みだった。


「紫がね? 置いてったのよ」


「それはさっき聞いたよ」

「私が聞いているのはな。スキマ妖怪が置いてった それ は何だ? って事だ」


「何に見えるの?」

 きょとんとした顔で首を傾げる霊夢。


「賽銭箱だな」


「お賽銭箱よ」


「あー…、うん。賽銭箱…だな…」


 魔理沙は言葉に詰まってしまう。

 紫が持ってきたと言う気味悪い賽銭箱、そして拝殿前の賽銭箱を交互に見比べている内に、魔理沙の表情にも好奇心の色が濃く出てくる。


「あー…、その… 何と言ったらいいものか… カラの賽銭箱が1つから2つに増えた所でな」

「集銭力まで倍になる、なんて事はないと思うぜ?」


 今まで上機嫌であった霊夢の目付きが、これを聞いて途端に据わった。


「そんなんじゃないわよ…。…あっ!そんな積もりで置いてるんじゃ、ないんだからね!」

「余計なお世話よ!」


「どうした、急に? 情緒不安定なのか?」

 この春の巫女は…、いきなりテンションを跳ね上げる。これが『お箸が落ちても笑い出す』と謂わしめるお年頃のスペルカードか。

 などと自分のお年頃を棚に上げて、春の魔法使いは呆れた表情へとコロコロ変えていた。


「魔理沙うるさい」

「こっちの都合なの。ほっときなさい。…って、そんなんじゃなくてっ! 紫が言うにはね。このお賽銭箱は、それはもう特殊な お賽銭箱らしいのよ」


「それはもう特殊なんだろうな」


 妖怪の持ってきた妖怪賽銭箱だぜ? それは特殊だろうよ。妖怪賽銭箱って言うより、それ『賽銭箱の妖怪』なんじゃないか?

 先程の不快な痛みを思い出しながら、そんな言葉も喉元まで出掛かっていたものの。本来なら妖怪と神社が絡むと誰よりも過敏になるのが霊夢である。

 既に紫と一悶着している過程を経ての設置であろう賽銭箱について、難癖付けるよりも詳しく聞いてみたい気持ちに魔理沙はなっていた。


「そう、特殊よ。景品が出るの」


「景品出るのっ?」

「その受け皿みたいな所からか!」


「まず、この特殊で素敵なお賽銭箱にお賽銭を入れるのね」

 何故か、両手一杯の賽銭を注ぐ様なジェスチャーをする霊夢。


「お賽銭を捧げたら鈴を回します」


「おいおい、それ鈴なのか。回すのか」


「因みにこの回す鈴からはガチャガチャッと音が鳴るけど、同時に拝殿のあの鈴も鳴ります」


「何でっ! それは気持ち悪い」


「気持ち悪くないわ。神様の成し賜う奇跡よ」


「違うよ。妖怪(ゆかり)の為しやがる怪異だよ」


「鈴をガチャガチャ回した後は二拝二拍手。そして合掌をしながら、景品とキャラクターと著作権保有者への愛を心の底から念じるのよ」


「霊夢……、なんの話をしているんだ?」


「人によっては鈴を回しながら念じる人派、念じてから鈴を回す人派って事もあるわね」


「本当に何の話を… 」


「神様への御祈願を済ませたら改めて、一拝。頭を上げた頃にはポンとカプセルが出てるのよ」

「素敵でしょう♪」


 賽銭箱の説明をされていたはずの魔理沙は、だんだん物売りの説明をされた気分になってくる。


「確かに素敵なのかも知れないけど。そんな賽銭箱置いて、どうする積もりなんだ?」


「……的屋を」


 あ。わかった。これは駄目な事考えている。

 魔理沙は素早く悟っていた。だがそれこそが、普段魔理沙が好んで首を突っ込んでいる事でもあるのだ。


「縁日とか神事の時なんかに大々的にコレ出して、カプセルトイのテキ屋をやるのよ」


「もう 景品販売機(カプセルトイ)って言ったぞ、この香具師巫女(やしみこ)


「そしてコレは博麗のお賽銭箱でもあるのだから、博麗のお賽銭箱にお賽銭を入れれば何時でも何処でも、お賽銭とか信仰とかお賽銭とかが集まるじゃない♪♪♪♪」


 四拍子なら楽譜半小節分が埋まる程度の笑顔を見せる博麗霊夢。


「霊夢…、それは自棄って言う奴だぜ」


「ヤケなんかじゃないわよ。見える形でちゃんと御利益(カプセル)が返ると言う、真っ当な巫女の活動だわ」


「なるほどな」

 魔理沙はツッコミを放棄した。


「で、御利益(カプセル)の中身はどんな御神徳(けいひん)なんだ?」


「それがね、紫が言うには巻物語。小さい巻物の読み物なんだって」


「おおー。それは興味が湧くぜ」


 魔理沙は瞬時に目を輝かせる。読み物、と聞いて疑念など頭から消し飛んでしまっていた。

 そんな魔理沙の反応を見て、霊夢も得意気に話を続ける。


「紫が言うにはね…」


 事の起こりは今日の早朝。気持ち良さげな朝明けの陽を浴びようと、いつもの時間に境内へと出てきた時であった。





\メメタァ/

 ぴちゅーーーん!


「ああーーーん」



 問答など無用。これは紫がお賽銭箱を強奪しようとしている現場である、と頭が認識した瞬間にはグーが出ていた。


 縁側辺りから現場までを飛んだ間の記憶は、この時の巫女さんにはちょっと無く。気付いた時には紫が嬌声を上げていて、グーこぶしの平たい所で撃ち抜いている紫のほっぺの感触を「意外と柔らかいな」などと思っている所であった。


 そして、巫女さんは改めて見てしまう。

 朝明けのスキマ妖怪に盗り憑かれた『私の素敵なお賽銭箱』の、縮んで不細工に変容した無惨な姿を。


「……………」

「…………………………………… おまえ 」



 あざとい悲鳴と共に倒れていた妖怪 八雲紫は、丸めた手を両方とも口元に添えて振り向く所であった。

 そのあざとい抗議ポーズを巫女さんに振り向け、目を合わせた途端に、ビクンッ!と全身硬直させて紫は気付く。


 ――あ。これ…絶対に対応間違えちゃ いけない 奴だわ。





 朝明けの妖怪の賢者、八雲 紫。彼女は古くより幻想郷に存在している強大な大妖にして、幻想郷最古参の一人。

 彼女の関心は、幻想郷の動静・人妖のバランスを陰ながら見守り楽園を維持する事にある。


 ある時は『新顔の月人達が幻想郷にて人間サイドを選択したから、一度妖怪に脅かされとかないと幻想郷の一員とは認められない』と、中学剣道部後輩の新品胴に部員総出で打ち込んだり 新品の靴をクラスメイト達に一通り踏みつけられたりする『おニューの儀式』の様なノリで暗躍した結果、色んな面々を巻き込んで『第二次月面戦争』を発起し月側を勝たせてあげた上で、その陽動の隙を突き『月世界からガメた酒瓶1つ』を地上の宴会にて振る舞い『新顔月人達の内、味に気付いた1人をゾッとさせる』と言う偉大な戦果をあげていた。


 だが、華やかな表舞台の裏側にて『幻想郷一帯を一扇ぎで原子分解する扇子兵器』を向けられながら『敵側リーダーに戒告される』と言う未曽有の危険に曝されていた事実を知る者は少ない。


 人知れず、扇子を向けられた妖怪の賢者 八雲紫が『地面に頭が擦れそうな程深く土下座して許しを請う』事によって幻想郷を救っていたのだ。



 博麗の巫女さんには絶対内緒だッッ!!!



 妖怪は人間よりも圧倒的に肉体面が強い反面、人間より精神面が弱く心を病みやすいと言う。

 つまりソレ(土下座)は妖怪の中でも大妖怪 八雲紫様にしか成し得ない芸当なのだ!!!

【東方儚月抄(漫画・小説)より。その概略】


 そして今! 幻想郷と妖怪の賢者に、再び危険が迫っている!


 開口たった一言の過ち方によっては、幻想郷の大結界と大妖1人が最悪同時に消滅しかねない事態である!!



「い(痛)っひゃい ひゃい ひゃい ひゃいっ!」

「いひ(痛)ゃい ひゃい ひゃいっっ!!!」


 膝立ちで痛悶える紫の頬は、巫女さんの両手の指で思いっっ切り引き伸ばされていた。

 それも親指・人差し指で摘まれるのではなく、五指全てで掴まれているのだ。これは痛い!!


「もぉー どぉー せぇぇー…… 」


「痛ひゃひゃひゃひゃ」

「いひゃい!いひゃい! やえへ!おはい おはいあはらああ!」


「フーーッ… フーーッ…」

 あまりもの痛みに涙目で震える紫の「誤解だからああ!」と言う訴えも、今の巫女さんに聞き入れては貰えない。

 巫女さんも、怒りと悲しみ喪失感から半泣きの責めに及んでいるのだ。

 『お賽銭箱を取り戻すのに紫が必要。』

 恐らく、ただその一点のみによって紫の命は繋ぎ止められていた。


「いひゃいい!いひゃい ひゃい ひゃい!うひろぉ!えいうのうひろおおお!ひゃいへーはほー!うひろッッ!」

「うひろひぃ…いひゃい ひゃいッ!! …ひあああッッ」


 紫の膝立ちが弛んだ拍子に、押し倒される様に崩れてしまった。

 それでも巫女さんの両手は決して離れない。そのまま馬乗りになって紫の頬を力の限りに呵責(カシャク)する。もう完全なマウントポジションである。


 最早、この時点で巫女さんは無言。

 紫は足をバタバタと暴れさせている。


「ぢいえうーーッッ えいう! ぢいえうーーッッ!!」


 ぎりぎりと引き伸びる紫の頬。千切れるのか!千切れないのか!


 はたして、――




「ほっぺの未来(あした)はどっちだッッ!!!」


 と、境内の居住家屋の縁側に座っていた霊夢が叫ぶ。

 隣には、『餡こ入りの草団子さん』が載せられた平皿とお盆を挟んで魔理沙が座っていた。

 魔理沙の手にも霊夢の手にも、熱いそば茶が収まっている。


「…と言う事があったのよ」

 無意味に叫んだ為か、霊夢は喉が渇いてお茶を飲む。


「いやいや、霊夢。それじゃ賽銭箱と景品の事が全然分からない」


 魔理沙の好奇心の対象はあくまで賽銭箱の詳細であって、妖怪に…もといスキマ妖怪個人に対する薄い呵責風景にではなかった。


「紫のほっぺたの明日なんて、どうでもいいぜ」


「そうね。どうでもいいわね」


 霊夢は改めて話を続ける事にした。

 その前に、団子を一口ぽぃと放り込む。やがて口からすっかり無くなると、霊夢はゆっくりとお茶を啜る。


 とてものんびりとした 間 である。


「結局、私のお賽銭箱はちゃんと元の場所にあったのよね」

「紫ったら… 折角長い尋問時間を与えていたのに、そんな事 一言も 言わないんだもの」



 聞き手の魔理沙は霊夢の話を聞きながら「つまり悪い事したなと、そう言いたい訳ね」頭の中でそんな事を考えていた。

 博麗の巫女をやってるこの友人が、妖怪をメタメメタにした事で『言い訳をする』だなんて相当珍しい事なのだ。


「で改めてだけど、紫が言うにはね…」







 改めてだけど、朝明けの博麗神社。

 ……まだ少しだけ赤身を帯びてヒリヒリと、そしてビリビリと痺れる様に痛い。

 そんな頬を頻りにサスる姿を扇子で隠しつつ、さも何でもないかの様に紫が話している。

(ただし、声は時たま震えている)


「その巻物がね、景品として賽銭箱から出てくるのよ」


 巫女さんが掌でコロコロ遊ばせている巻物は、正に『手のひらサイズ』の大きさ。フィルムカメラのフィルム位の大きさだった。


「この幻想郷のみならず、ありとあらゆる異世界だったり過去や未来の一つだったり… 」

「兎に角そんな様々な者達が体験した出来事からね、少しでも私達から見て『幻想郷的な物語』として認識出来そうな事象が活字化されて、巻物の中に集約されるの」


 巫女さんは微妙に理解し難い説明からも感覚的に把握しながら、巻物を開いてみた。

巻物を留めている仕様は一般的な紐留めである。

 紐を解いてみると、小さなサイズを長さで補うように白紙の紙面がスルスルと伸び出てくる。


「あ、何か書いてる?」

 白紙だと思っていた巫女さんだが、親指で隠れていた紙面の最初の部分に『おためし』と黒墨で書かれていた。

 その米粒大の文字を見ていると、何故か『お試しの文字である』と言う事をクドい位に主張されている気分になった。


「紫?」


「何かしら」


「本来はこんな一言短文みたいな物じゃないんでしょう?」


「そうね」


「こんな小さな文字がずらずら列んだら、読みづらいんじゃない?」


 この小さく細長い紙面一面に米粒大の文字が並ぶ様を思い浮かべると、巫女さんは『うへぇ』とか言いたい気分になってくる。


「視認と認識の境界が何かイイ感じになって、結果的に開いた者が『体験したと錯覚できる位に理解してしまう』から大丈夫よ」


「そ… そそそんな大それた事を言ってしまって大丈夫なの?」


「 設 定 よ 」

「読者は私達、幻想郷の住人と言う 設 定 よ」

「面白いわよ。パラレル世界っぽい 私達っぽい者達の話だったり、外の世界で読み聞かされた話とか演じられた演目や観劇も 体験 だから、とにかく何かしらが幻想郷的に近しければ巻物語になったりするわ」


 紫がふと気付くと、巫女さんが両手を真水平に広げていた。


「そーなのかー」


「誰の真似なのかしら。新手のお手上げ?」

「とにかくね。そのまま私達の事が出てくる確率の方が低いわね。天文学的確率の京倍の天文学的数値乗分の1くらいね」


 一通り説明をした紫は、巫女さんの顔色を注意深く窺ってみる。

 出会い頭の惨劇の割には、巫女さんの感触も悪く無さそう。


「‥‥霊夢。これ、貰ってくれる?」


 巫女さんは迷っている顔だ。何かしらの計算がグルグル回されている時の顔だ。

 紫曰わく。そんな時の巫女さんの癖、口元まで袖口を持っていく癖が出ている。


 しばらくは思案顔を浮かべていた巫女さん。

しかし、数分も経たない内に「‥‥そうね」と何かしらの決断をつけた様に呟いた。


「さっきの弾幕(呵責)ごっこの決着を経て『私のお賽銭箱』になった。それで折り合いはつきそうね」


 嬉しそうに頷く紫。これで十分に満足な返答であったらしい。

 そうと決まれば早速設置よ。と紫はハシャいだ声を上げながら賽銭箱の片端を掴む。


「さぁ霊夢、もう片端を持って頂戴。初の協同作業よー♪」


「紫とは別に初でもないけど。そんな場面、参拝客には万が一にも見られたくないわ」

「いよいよ妖怪神社にされちゃうじゃないの」


 紫の触れている間は絶対お賽銭箱に近付かないから。そんな頑なな態度で賽銭箱から数歩下がってみせる巫女さん。

 紫の持ち込んできた賽銭箱は、頑張れば確かに女手の1つでも移動出来そうな大きさではあったのだ。


「妖怪退治に霊験(あらた)かな神社のお賽銭箱は人間の力で設置するから、妖怪はとっとと出て行きなさいな」


 そう言うと。もう興味を無くしたかの様に、目の前の妖怪から視線を外してしまう。

 終いには犬でも追い払う様な手振りを見せる、いけずな巫女さん。

 そんなそっぽ向く視線が実は、露わになった紫の頬から目を逸らしたい一心である事を、……紫は気付いているのだろうか。

 それは著者にも分からない。


「うーん最初はねぇー、1人掛かりだったのよぉ。でも途中から2人掛かりになっちゃったのよねぇー」


 ゴネてみせる紫。素知らぬ顔で側頭部を見せてくる巫女さん。


「まぁ‥‥、そんな拒絶するのなら無理強いは、しないわ。‥‥はぁ」


 溜め息一つ吐いて、紫は諦めた様に賽銭箱で肘をついてしまう。


「私は帰るわ。精々お一人様で頑張りなさいな、楽園の巫女さん」

「あと、これ」


 目端でちらちら覗いていた巫女さんの視界ギリギリに、紫はカプセル一個を放る。

 危なげもなく巫女さんが受け取る。

 それを確認した紫は足元にスキマを開き、ゆっくりと身を沈め、行ってしまった。


「ん? なにコレ?」


 霊夢への返答は、消失する寸でのスキマから返されていた。


「魔理沙用」


 スキマも紫の気配も完全に消失した後に残されたのは、妙に響いて不思議な反響と残響のかかった声であった。








 ‥‥確かにそれは特殊で面白そうな話だ。

 ま、それで賽銭入りそうな話でもないけど。その内、何とかして借りてみる事にするぜっ。



 L字型の渡り廊下で神社本殿へと繋がる、博麗霊夢の家屋。

 その縁側は、国産の立派な一本ヒノキから切り出された造りである。拵えたのは鬼なのだけど。

 金物を一切用いない宮大工の技は幻想郷に於いても希少な技術ではあるが、木材自体と木材を育む環境は幻想郷にありふれている。

 切る端からいつの間にか充填されている程の溢れ振りなのだが。幻想郷では漏れ無く妖精が住まって居る為、妖精の注視を鬼の如くモノともしない精神力か、……再充林の間まで妖精の気を惹き続け気付かせない位の演芸力が求められていた。


 とか言う二次設定の、簡素で堅牢な縁側に腰掛ける霧雨魔理沙は、悪びれもない悪巧みで口元をニヤけさせていた。


「…て、ちょっと待て。何だ、その私用って言うのは?」


「あぁ、そうだった。忘れてたわ」


 持っていた湯呑みをお盆に置いて、背中を少し倒した霊夢は後ろの居間の方へと手を伸ばす。

 縁側を備えているこの居間は、ガラス戸と障子戸の二重仕切りになっている。

 屋内側の敷居、障子戸の縁へと霊夢の腕は差し込まれて、縁の陰から手が抜かれた時には件のカプセルらしき半透明の玉が握られていた。


「はい、魔理沙用」


 そう言われながら、魔理沙はカプセルを手渡される。


「数字が書いてるな。1番だ」


「巻物語になった順で、番号が割り振られたみたいなのね」

「で、魔理沙用だし私も開けてないけど。それは魔理沙にあげるわ」


 なんと手間の省ける展開だろうか。魔理沙は有り難く頂戴した。


「それは有り難い! 早速読んでみるぜ」


 カプセルを開ける。

 手のひらサイズの小さな巻物を取り出して、紐を解いて、魔理沙は勢い良く『1巻』の巻物語を展開した。


 シュルルル、と擦れる音が鳴る。

 危うそうな見た目の割に頑丈な代物らしい。元来、日本古来の和紙は頑丈なのだ。


「お… おおっ。これは…。なんか…凄い…」


 …凄い、と感想を口にした後は一貫して口を閉ざしている。

 いや、口(言葉)は閉ざしていたが口は開いていた。

 巻物の文字に見入っていると言うより、広げた巻物全体を視野に置いたまま『惚けている』様に見えてしまう。

 口は半開きだ。


「おーい 魔理沙ぁ?」

「…………。うん」


 魔理沙の反応を伺い、得心を獲たとばかりに霊夢は頷く。


「女子が屋外の人前で見せちゃいけない、無防備な顔をしているわね」


 これは人前で読むべきではない。霊夢はしっかりと心に刻んだ。


「まぁ魔理沙だし、良いか。放置で」



 ――霊夢は空を見上げる。博麗神社の境内は、今日1日も春度で盛んな天候らしい。

 杜から響く広葉樹のさざめきに耳を傾ける。

 すぐ真横で止まっている白黒魔法使いの存在は気にも留めない。

 博麗の紅白巫女さんは木洩れ日と春風で演出された陽気に倣い、縁側のお茶席でまったり休憩を再開させる事にした。


「そうだ。折角だし、お茶を飲む前に魔理沙に悪戯しとくのが礼儀という奴よね」


 霊夢は新鮮なキーアイテムを台所から持ち出し戻って来る。

 ちょうど『そんな顔』で静止している魔理沙の右手に、40センチ位のネギを持させた。

(*注:このネギは、後で魔理沙が美味しく茸汁にして食べました)


「さてと……お茶飲も」




 はい、そんな訳で。……と言うかこんな訳で。

 小説家になろう閉鎖サービス『にじファン』掲載作品、『景品の出る東方賽銭箱』が復活しました。


 【初版】版の方も、大体ここら辺でメタ楽屋ってますから良いのです。ざくっと説明いきますねぃ!


 ――そんなこんなで短編集なのです。

 にじファンの閉鎖に至るまでの間【10巻】まで連載途中でした。


 詳しくは40秒で支度できる文字数版(初版)の、内容的には ここら辺 を御楽しみ下さいませ!


 念のため、再掲載前には一通り見直しをしてますが、基本的には書き直しとかしません。

 掲載当時そのままで、順次、再掲載しますのでーすよぉー♪


 例外として、文体的に本来の意味を伝えていない箇所がありましたら、ひっそり文法的に直していると思います。


 最後に。全てゆかりんの仰せの通り♪

 巻物語は色々フィクションです♪






 ――かさり…、と不意に音が聞こえた。


「魔理沙?」


 音のした方を見ると、魔理沙の左手から巻物がこぼれ落ちている。

 先ほどの物音はその時のものらしい。

 いつまでもキョトンとした魔理沙の様子に、少し心配になって顔を寄せた霊夢。


「ちょっと魔理沙、大丈夫なの?」


「ひっ… 」


「ひ?」


 急な声掛けが余程驚いたのか、魔理沙らしくもない引き攣り声を上げて肩を強ばらせていた。


「あ…いやいや霊夢なんかに驚いたんじゃない。霊夢になんか驚いたんじゃない」


「2回も言わなくたって良いわよ。そしてネギを振り回すな」

「その巻物、もしかして危険性あるの?」


「いやいや恐い事なんて何も無いのぜっ」


「のぜ?」


「いやいやいや。あれだぜ、所謂 3D酔いってやつだなっ!ネギッ??青くさっ」


「あー、うん。すりぃでぃ善いね。なる程ね。知ってる知ってる」


 霊夢さんは聞いた事も無い言葉で納得した。


「うん、ちょっと三半規管調子狂ってきたので帰って休む事にする」


 口早に言うなり衣服に素早く巻物を巻き納め、傍に立て掛けてあった箒を手に取る魔理沙。

 そして緊張した様な、妙にぎこちない動きで件の賽銭箱を横切る、かに見えたが ひたと静かに足を止めると賽銭箱に向き直る。お賽銭を入れて柏手を2回打った。


「じゃ…じゃなっ」


 歯切れ悪い出だしからの短い挨拶をされ。


「う、うん またね」


 魔理沙のぎこちない調子が、霊夢にまで伝染してしまった。

 あっと言う間に境内から飛び去り、魔理沙のシルエットは『魔法の森』と呼ばれている方面へと小さくなって消える。



 境内に流れてくる暖かい春風と、杜から響くさざめき。

 雀の囀りも時々聞こえてくる。


 縁側に残されて座り、霊夢は1人境内を眺めている。


「魔理沙… が… 」


 無意識に袴を握り込んでいた両手が、ももの上でぎゅうっと小さく固められ震えている。

 体を小刻みに震わせながら、霊夢はゆっくりと思う限り大量に息を吸い込んだ。


「魔理沙がお賽銭箱にお賽銭、入れてったああああああ!!!」


 感動と衝撃のあまり、霊夢は叫ぶと同時に縁側から降り、立ち上がっていた。


「紫…、いける…、いけるわ、これ」


 それは紫のお賽銭箱に対する、博麗神社の巫女さんなりの、宗教的観点の、最高峰の最歓喜の感嘆詞であった。



「まさに神韻の極みね」




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