虫捕り掌編
タイトル詐欺な気がする作者です。別に虫捕りしません。
製作時間五時間ほど。結構かかりました。量は掌編越えて短編くらいありそうです。
かつて書いた掌編(n8247u/)(n7986u/)とちょっと関わりますが、これ単独でも読めるようにはなっております。前作を読んでると、キャラの性格がちょっと分かりやすい。関連掌編三つになったし、シリーズで括っておきます。
虫捕りって発見です。
私には早村という友人がいる。普段は天真爛漫、明るい性格の女の子だ。
私と早村は同じ生物部に所属していて、毎日理科準備室の片隅で部活動をしている。
私は生物部で飼っているトカゲに餌をやりながら、早村に話しかけた。
「ねぇ、早村。そのミミズの標本は私の目につかない場所に置いてほしいんだけど。そしてなんでミミズなんて標本にしたのよ」
「えー、サチって虫だけじゃなくてミミズもダメなの?」
「足がない動物でまともに触れるのはヘビくらいね」
「そういえば昨日、アオダイショウの死骸拾ったんだよ。あれも標本にする」
早村は動物標本を作るのが趣味である。
生物部が使っている理科準備室には、早村が作った液浸標本や樹脂標本が無数に飾られている。
「ところで早村、もう猫の剥製はいいの?」
先日、早村が猫の剥製が欲しいと言いだしたことがあった。それからしばらく、街中で猫の死体を探していたようである。
「んー、材料の死体見つからないしね。思えば私、剥製は作れるか自信ないし。とりあえずピーちゃんがいればいいよ」
早村がお気に入りのピーちゃんこと、トンビの剥製を撫でる。この剥製は理科室の備品である。
「この前、一組の赤松さんの猫がいなくなったって聞いてさ。早村がやったんじゃないかって心配になったわよ」
「酷いなぁ。まっつーは私のクラスの友達なんだからね。それに私、猫を殺してまで剥製にしたりはしないって」
早村が頬を膨らませる。
なお、まっつーは赤松さんのことである。私のことをサチと呼ぶように、早村はほとんどの相手にあだ名を付けて呼ぶ。
「でも赤松さんに限らずさ、最近ペットがいなくなったって話、よく聞くよね」
「聞くねー。いばっちの家の犬もいなくなったって聞いたし」
「いばっちって誰よ」
「井畑だっけ。そんな名前だったと思う」
「ああ、バレー部の」
「トミーは近所の野良猫を見なくなったって言ってたし」
私のお隣の河合さんの家でも、子犬が逃げ出して帰ってこないそうである。それに学校近くによく現れる白い野良猫がいるのだが、その子も最近見ていない。
「こうして考えると、いくらなんでもいなくなるペットが多いわね」
「事件の香りだ。犯人を見つけたら綺麗な猫の死体を貰えるというなら捜査してもいい」
「報酬があまりにも不謹慎」
早村の頭を軽く叩くと、標本のアルコールを入れ替えていた早村は手元がずれるー、と騒いだ。
「ところでサチ。今日はエーミールが来ることになってるんだけど」
「え? え、今日あの子来るの?」
「来るよー」
「え、ちょっと、え、まじで? キイテナイヨ?」
「サチ、テンパりすぎ」
「別に聴牌でも一向聴でもないよ」
エーミールは生物部の部員の一人で後輩だ。本名は天城恵美であり、エーミールは早村がつけたあだ名である。
エーミールはあまり部室には来ないが、部活動をしていないわけではない。彼女は無類の虫好きで、早村が標本にする虫を近くの森で集めてくるのである。
早村はエーミールと仲がいいが、虫が大の苦手である私にとって、エーミールは鬼門である。人柄が嫌いなわけではないが、エーミールが来ると聞くとどうしても身構えてしまう。
「あー、私今日は帰ろうかな……」
「後輩が来る時だけ逃げ出すとか、先輩失格だと早村さん思います」
「虫だよ? あの子、虫いっぱい持ってくるんだよ?」
「楽しみだね。早く標本にしたいよ」
何気なく机の上を見ると、酢酸エチルと書かれた瓶が置いてある。昆虫標本を作るときに、虫を殺す薬だ。
「まぁ、手伝えとか触れとか言わないからさ。そこら辺でモルモットと遊んでなよ」
「うぅ……」
生物部のモルモットのケージに近づく。メスばかりを五匹ほど飼っているのだが、その一匹を抱き上げる。
「あれ、一匹いない」
「え?」
「四匹しかいないよ?」
五匹飼っているモルモットが、一匹足りない。
私の言葉に、普段はモルモットの世話を見ようともしない早村もケージを見に来た。
「ホントだ。サチが抱いてるのを合わせても四匹だね。元々何匹いたか知らないけど」
「五匹よ。昨日も五匹いたし」
「逃げたのかな」
「ケージからは出られないはずなんだけど……」
「カニバリズム。共食いの意味で」
「アホなこと言わないで」
二人で首を傾げる。
ちょうどその時理科準備室のドアが大きな音をたてて開かれ、抱いていたモルモットを落としそうになった。
「失礼しまーす!」
入ってきた人物は、一年なのだが私や早村よりやや背が高く、大きな鞄を抱えている。エーミールだ。
「やっほー、エーミール。待ってたよ」
「早村先輩。こんにちは。山吹先輩も」
「山吹って誰だっけ? サチのこと?」
山吹は私の苗字である。中学の頃からの友人に対して、早村は少しは反省すべきだと思う。
部屋に入ってきたエーミールは、持っていた鞄から虫カゴをいくつも取り出し始めた。
私は慌てて目を逸らす。
「結構捕ってきたんだね。これはシデムシと……同じ種類が多いね」
「なんか集まってたんでまとめて捕ってきました。こっちは学校で見つけたクモです」
「ふーん」
がちゃがちゃと早村が虫カゴを見ているらしき音がする。
「サチ、酢酸エチル取って」
「さっき手伝わなくていいって言ったじゃん」
「ああ、そうだった。えーと、あ、虫逃げた」
「はぁっ!?」
慌てて早村の方に振り向く。
そこになにやら黒いものが飛んできた。
ぴたっと虫がモルモットを抱いていた手の上に乗る。
「…………っ!」
「あー、山吹先輩、ちょっと我慢してください」
エーミールが私の手の上の虫を捕る。
なんだか妙に丸い形をしていて、体長一センチもない小さな虫だった。ほっとすると同時に、思わず涙目になる。
「私虫嫌いって言ってんのになんで逃がすのよ……」
「ごめんごめん。今のは私が悪かった。さっさと毒瓶に入れちゃおう。エーミール、窓開けて。換気しなきゃ」
「はーい」
モルモットをケージに入れる。そしてエーミールが窓を開けて回るのを見ながら、虫が止まったところを逆の手で擦った。足の嫌な感触がまだ残っている。
「擦ってもなんにもならないよ?」
「うるさい。で、今のなんて虫なの? あんまりかっこいい形じゃなかったけど」
「あ、それ私も気になります」
エーミールは虫好きだが、あまり種類には詳しくないらしい。私が早村に虫の種類を聞くと、興味を示した。
「んー、これはねー」
早村が虫を眺めていく。
「エーミール。これ捕ったの、学校裏の森?」
「え、あ、はい」
「どこら辺? 川沿い?」
「いや、別の場所です」
「奥の方? 小屋の近くとか?」
「いや、小屋からも遠いですけど……」
「じゃあ地蔵の辺り?」
「はい。その辺りです」
学校裏の森にはお地蔵さまが三つ並んでいる場所があって、よく場所の目印に使われている。
しかし何故早村が場所を知りたがるのかは、分からなかった。
標本なんて作る割に、早村は生物の生息環境などには無頓着だ。
「ねぇサチ」
早村がこちらを見る。なんだかいたずらっぽい目をしている気がした。
「私とフィールドワークに行こう」
「ヤダ」
「返事が速いよ」
「この流れだと、フィールドワークって昆虫採集じゃない。私は絶対に嫌よ」
「まぁまぁ、実地で見たら面白いことが分かるかもしれないから」
早村は一度要求したことは最後まで粘るタイプだ。こうなってしまうとしつこい。
「いいわ、森の入口まで行ってあげる。でもそれ以上は近づかない」
「意味ないよ、それ」
「これでも大きな譲歩よ」
「せめて森の中まで来てよ。虫を捕れとは言わないから」
「森の中には虫がいっぱいなのよ」
「うあー、もう、いいから来いよー!」
早村が駄々をこね始めた。
「森の入口までならいいってば」
「うー、じゃあとりあえずそこまで」
早村は立ち上がるとエーミールのほうを向いた。
「というわけで出かけるからここは閉めるけど、エーミールはどうする?」
「ここの戸締り、やっときますよ?」
「いや、私たちの鞄は置いていくし、後でここにも戻ってくるから」
「そうですか? じゃあ私は帰りますね」
「うん。虫、ありがと」
「じゃ、先輩。お先に失礼します」
エーミールが虫カゴが入っていた鞄を手に取り、理科準備室を出て行った。
しばらく早村はエーミールが持ってきた虫を片づけていたが、やがて終わったのか、手を洗うと私の方に近づいてきた。
そして早村が私の手を掴む。
「じゃあ私たちも行こうか」
「ホントに行くの?」
「行く」
早村に手を引かれて五分ほど。
学校裏にある森の入口に着く。
「私はこれ以上行かないわよ」
「来たら面白いものが見れるかも」
「虫でしょ? 面白くもなんともないわよ」
「虫じゃないよ」
「え?」
早村が森の中に入っていく。
彼女の言葉が気になって、結局私も森に入ってしまった。
「あ、お地蔵さま」
森の中で目印になる、三つのお地蔵さまを見つける。エーミールはこの近くであの虫を見つけたと言っていた。
「もうちょっと先よ」
「ここじゃないの?」
「ここかもしれないんだけどね。小屋の辺りまで行ってみる」
森の中には物置のような小屋がある。土地の管理者のものだろうが、これも目印に使われていた。
小屋が見えたところで、早村が足を止める。
「この辺りかしらね」
「小屋なら見えてるわよ?」
早村はなにも言わずに辺りをうろうろし始めた。目線を下に向けて、なにか探しているようである。
「何してるの? 虫でもいる?」
「虫も探してるんだけど……いた」
早村は何度か地面を蹴っていた。その度に土が飛び散る。そして少し離れたところで、早村が手招きした。
「足元を見て」
早村に言われて足元に虫を見つけて、慌てて半歩下がった。
「虫いるんだけど」
「じっくり見ろとは言わないけど、そいつ、さっきエーミールが持ってきた虫だよ」
生理的嫌悪感と好奇心がせめぎ合い、遠目に虫を見ようとする。小さすぎて分かりにくいが、黒くて丸い。先ほどの虫と似ている気もした。
「なんて虫なの?」
「エンマムシ」
先ほどは答えてくれなかった質問に、早村はあっさり答えた。
「変な名前ね」
「簡単な理由だよ。こいつは動物の死体に集まるの」
平然と言われた言葉に、息が詰まる。
「最近ペットがよくいなくなるって話をしたじゃん? それだよ」
早村が近くの木の根元を指差す。
体が崩れているが、犬の死体が転がっていた。周囲を見ると、同じような犬や猫の死体がいくつか並んでいる。
背筋が寒くなった。
「どういうこと?」
「ペットがよくいなくなるのは人為的なものだったと私は考えてる。ここは死体置き場だ」
「なんでそんなこと……」
「さぁ? 私には生き物を殺す人間の心理なんて分からないよ。保存する心理なら分かるけど」
「なんで早村は分かったの?」
「確証はなかったけどさ、エーミールがこの虫が集まってたって言ってたから、動物の死体が集まってるって予想ついて。エーミールが捕ってきた虫にシデムシもいたしね」
シデムシは死出虫と書き埋葬虫とも呼ばれる死体につく虫だ、と早村は言った。
「一体誰がこんなことしたのかしら……」
「第一容疑者はエーミールだね」
「え?」
早村が肩を竦める。
「確率的にね。エーミールが犯人だったらこの『死体置き場』によく来るだろうし、ここに集まっていたエンマムシを捕ってくる可能性は高い」
「言いがかりよ」
「それにね、エーミールはこの場所について嘘を言ってるんだよ。あいつは虫を集めた場所を地蔵の近くって言ったのに、エンマムシがたくさんいるのは小屋の近く」
「……でもエーミールは本当に地蔵の近くで虫を集めたのかもしれないじゃない」
「そう。これはアリバイにもなり得るよね。でも一つ疑念があるんだよ」
早村が少し気遣うような目を向けてきた。
「うちのモルモット、一匹減ってたじゃない? あれも被害に遭った一匹だとしたら、理科準備室に入れる人間って先生と生物部だけなんだよ」
「そんな……逃げ出しただけよ、きっと。私はエーミールを疑いたくないわ」
「まぁね。確たる証拠はないし、帰ろうか」
早村がその場に背を向ける。
私もこんな場所に長居したくはない。すぐに後に続いた。
数歩歩いたところで、早村が呟く。
「猫の死体が綺麗だったら剥製になったのに」
「まだ諦めてなかったのね」
拙作をお読みいただきありがとうございました。お疲れ様です。
早村は探偵じゃないので、満足いくところまで分かったらそこまでです。
このお話もミステリーではないので、謎解きはここまでとなります。
エーミールというあだ名はヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」から。国語の教科書で読んだ人もいるんじゃないでしょうか。昆虫標本が得意な少年です。ヘッセの作品でのエーミールは模範的な少年ながら、主人公視点のお話ということで、さも悪人のように書かれています。このエーミールはどうなんでしょうね。