ルームシェア
話し合いから4日後、好は荷物を運び込んできた。
午後6時過ぎ、マンションのエレベーターが開くと、好が段ボール箱を三つ抱えて立っていた。
「…荷物…少なくね?」
「いや、流石にこれだけではないですよ?けど、結構ミニマリスト的な感じなので、あんまり物は持ってないんですよね」
俺が玄関で受け取ろうとすると、彼女は「重いので、一緒に運びましょう」と笑った。
笑顔はいつも通り柔らかかったが、目が少し据わっている。
まるで「ここから全てが始まる」と、覚悟しているかのような目であった。
ちなみに部屋割りは3人で決めた。
リビングのテーブルに広げたメモ用紙に、彼女は丁寧な字で書いていた。
「亮さんと一緒に寝る日についてですが、凛さんと私が交互にしましょう。月・水・金は凛さん、火・木・土は私。日曜は亮さんが決めてください。凛さんが亮さんの部屋で寝る時は私が凛さんのお部屋を借ります。次に朝食は自由で、作りたい人が作るということで。夕食は凛さんと私で交代にしましょう」
凛はソファの端に座ったまま、一切口を挟まなかった。
ただ、指先が膝の上で白くなるほど拳を握りしめ、視線を床に落としていた。
俺もメモ用紙を見ながら、胸の奥がざわついた。
これはもう、家族の生活じゃない。
言ってしまえば異常な共同生活だ。
「掃除洗濯はまぁ各々で。他に確認することはありますか?」
好が二人に確認した。
俺は曖昧に頷いた。
凛は、ようやく小さく「…わかった」とだけ言った。
声が枯れていた。
夕食は好が作った。
ハンバーグと野菜炒め、味噌汁。
並べられたのは凛の得意料理だった。
それは…ある種の勝負にも思えた。
テーブルに並んだ瞬間、凛の視線が一瞬、皿に落ちる。
好が明るく言った。
「凛さんの好きな料理って何ですか?」
凛はフォークを握りしめたまま、ゆっくり顔を上げた。
一瞬、目が泳いだ。
それから、まるで「頑張らなきゃ」と自分に言い聞かせるように、唇を動かした。
「……ハンバーグかな。でも、最近は作ってない。亮は……唐揚げも好きだよね
「そうですか。お二人ともハンバーグが好きなんですね。唐揚げか…。じゃあ、明日は唐揚げお願いします。亮さん、唐揚げは鶏もも肉派ですか? むね肉派ですか?」
「…もも肉かな」
しかし、この状況でも凛はまだ、諦めていないようだった。
この状況で、必死に「妻の役割」を取り戻そうとしているのが、痛いほど伝わってきた。
食事が終わると、俺は風呂に入る前に言われた通り「今日は私が亮さんの部屋で寝る日ですね」と言われた。
「…おう」
シャワーの音が聞こえる間、凛と好が二人きりになる。
◇
「…私は…諦めるつもりはないから」と、私は好さんに向かってそう言った。
「はい、それで構いません。そうじゃないと共同生活する意味はないですから。特に争うことをするつもりはないですけど、その代わり、私は私できちんとアピールしますから。凛さんには申し訳ないですけど、エッチなこともたくさんするつもりです」
「…そう」
重い沈黙が流れる。
そして、私の方から声をかけた。
「…この子が…亮の子供なら…あなたと亮で育てるの?」
「そうするつもりです。もちろん、親権は基本的に母親の方に行きますから、どうしてもというなら育てていただいても構いません。それと私、凛さんに関してはまぁこういう形になったので、OKというかこれからだと思っていますけど、相手の男性に関しては許すつもりはないですから。しっかり、奥さんにこの事実を突きつけて…ぐちゃぐちゃにしますから」と、そう呟いた。
それは…当たり前のことだった。
彼女からすれば許せる存在ではないのだから。
そして、私も止める気はなかった。
そんな程度の人間と私は…。
「とりあえず、お酒でも飲みませんか?」と、提案されて私は彼女と2人でお酒を飲むことにした。
◇
風呂から上がった時、二人は黙っていた。
そして、何故か2人でビールを飲んでいた。
好と凛はソファに座り、2人で横に並んでスマホをいじっている。
どういう状況だよ…これ。
「あっ、上がったんですね」
すると、好が後からついてきた。
そして、そのまま俺の首に腕を回して抱きついてきた。
「亮さん……今日も、いいですか?」
俺は頷いた。
言葉が出なかった。
「では、凛さん、お先にお風呂いただきますね」
そして、俺がベッドで待っていると好がやってきた。
すると、ベッドに倒れ込むと、好は積極的に俺の体を求めてきた。
いつものように、熱くて、柔らかくて、俺を夢中にさせる動きだった。
でも、今日は違った。
壁の向こうに、凛がいる。
リビングのソファで、俺たちの音を聞いているはずだ。
好の吐息が少し大きくなった時、俺は思わず耳を澄ませた。
リビングから、何の音も聞こえなかった。
それが、逆に胸を抉った。
行為が終わった後、好は俺の胸に顔を埋めて、満足げに息を整えていた。
俺は天井を見たまま、動けなかった。
そのまま…眠りについた。
夜中、二時を少し回った頃、俺はトイレに立った。
廊下を通ると、凛の部屋のドアが少し開いていた。
中を覗くと、凛が布団の中で小さく丸まっていた。
肩が、微かに震えているように見えた。
俺はトイレのドアを閉め、静かに涙をこぼした。
俺は何をやってるんだ。この家で、この状況で、一体何をしてるんだ。
もう何が正しいか、俺にはわからなかった。




