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妻のNTRを許す代わりに俺もNTRをすることにした  作者: 田中 又雄


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8/10

話し合い

「…好きです」


 朝、目を覚ました瞬間、そう言われた。

柔らかな朝陽がカーテンの隙間から差し込み、ホテルのベッドを淡く照らしている。


 好は俺の胸に頰を預けたまま、わずかに上目遣いでこちらを見上げていた。


 茶髪のショートヘアが少し乱れ、昨夜の熱がまだ残る白い肩がシーツから覗いている。


 彼女の瞳は真っ直ぐで、迷いがない。


「……ありがとう」


 ここで俺も「好きだよ」と言えたら、どれだけ楽だっただろう。


 でも言葉は喉に引っかかったまま出てこない。

好は小さく微笑んで、俺の胸に指先で円を描いた。


「…気にしなくていいですよ。私が言いたいだけですから」


 見透かされている。

俺の弱さや迷いを、優しく、でも的確に受け止めてくれる。


「…新川は大人だよな。俺なんか……本当、年齢だけ重ねても何も意味がないんだよな」

「そんなことないです。私だって子供です。……あの、そろそろ名前呼びがいいです。……亮さん」


 青春の思い出が、ふと蘇る。

俺と凛にも、こんな時代があった。

この世に「絶対」なんてありはしない。

でも、それでも……あると思い込むことはできるのかもしれない。


「…あの、まだ6時ですよね。すみません。……したいです」


 好は真っ直ぐな目でそう言った。

頰がわずかに赤らみながらも、視線は逸らさない。


 彼女の積極さは、凛とはまるで正反対だった。

凛はいつも受け身で、俺がリードしなければ動かなかった。

でも好は違う。

自分の気持ちをはっきり言葉にし、欲求を素直に伝えてくる。


「好はその……だいぶ積極的だよな……」

「はい。後悔はしたくないので」

「……後悔、か」


 そうだな。 

俺はもう、後悔ばかりしてきた。

凛を許すと言ったあの夜、離婚を言い出せなかったあの瞬間から。


 後悔が残るようなことは、もうしたくない。

俺は好の細い腰を引き寄せ、彼女の唇を奪った。


 朝の静かな部屋に、柔らかい吐息と布ずれの音だけが響いた。



 ◇数日後


 全員の予定を合わせて、俺たちはいよいよ3人で話すこととなった。

今は凛と二人、リビングのソファに離れて座っていた。


 部屋の空気は重く淀み、壁掛け時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。


「……なんの話……するのかな?」


 凛の声は小さく、かすれていた。

妊娠がわかってから、彼女の頰は少しこけ、目元に影ができている。

俺は凛の顔をまともに見られなかった。


「何のって……そりゃこれからのこと含めて……だろ」

「…そう」


 凛はもう、すでに諦めきったような表情を浮かべていた。

かつて俺が愛した、あの明るくて一途な笑顔はどこにもない。


 ただ、静かに耐えているような、悲しい横顔だけがそこにあった。


 その後、無言が20分ほど続いた。

コーヒーすら口にせず、ただ息を潜めているような時間。


 俺の胸はざわつき、罪悪感と苛立ちが交互に押し寄せてくる。

インターホンが鳴った瞬間、凛の肩が小さく震えた。


 俺は立ち上がり、玄関の扉を開けた。

そこには好が立っていた。

シンプルな白いブラウスに膝丈のスカート、控えめなメイク。


 緊張しているのが伝わってくるのに、彼女はちゃんと微笑もうとしていた。


「……ちょっと遅れちゃいました」

「いや、大丈夫。入って」


 好をリビングに通すと、凛と好が初めて真正面から対峙した。


 空気が一瞬で凍りついた。

好が先に、丁寧に頭を下げた。


「……初めまして。亮さんの……後輩の新川好です」


 凛もゆっくりと立ち上がり、わずかに声を震わせながら答えた。


「……初めまして。妻の……前原凛です」


 二人の視線が交錯する。

好は穏やかで誠実な目。

凛は複雑に揺れる瞳。

俺は二人の間に立ち、言葉が出てこないまま、ただその場に立っていた。

こうして、3人の話し合いがはじまった。



 リビングの空気は、まるで重い霧がかかったように淀んでいた。


 好は俺の隣に、凛は向かいの席に座っていた。


 好が最初に口を開いた。

声は静かで、震えていない。


「突然お呼び立てしてしまって、本当に申し訳ありません。前原さん……いえ、凛さん。まずはちゃんと自己紹介させてください。私は新川好と言いまして、亮さんの職場で後輩として働いています。年齢は23で…趣味はカメラとゲームです。亮さんのことは…結構前から好きで、でも既婚者と知っていたので…ずっと気持ちを抑えていました。お二人に何があったかは知っています。それと多分、ご存知かと思いますが、亮さんとは体の関係を持っています」


 すると、凛は唇を固く結んだまま、好をじっと見つめていた。

それと、指先が膝の上で小さく震えている。


「…好きですか。そう…ですか」


 その声は低く、棘を含んでいた。

でも、怒鳴ったり泣き出したりはしなかった。それが逆に、凛の今までの必死さを物語っているようだった。


「凛……俺はもう、お前と一緒にいるのは無理だ。本当は離婚したいと思ってる。でも、お前が妊娠してる以上、勝手に決められない。本当はおろして欲しいけど、お前がどうしても産むっていうなら今後のことも考えなきゃいけない。当たり前だけど、生まれてくる子供には罪はないし。お前があいつ…じゃなくてもいいけど、俺以外の誰かと結婚してくれりゃそれでもいいと思ってる。今日は…結論を出すために三人で話そうってことになった。改めて、お前の考えを聞きたい」


 凛の視線が俺に移った。

そこには悲しみと、まだ消えていない執着が混ざっていた。


「…私は…やり直したい。もう…あんなことはしないから…エッチなことも…頑張るから…。だから、一緒にいたい。この子のためにも…」


 …どこまでが本心なのか俺にはもう分からない。

そこへ、好が静かに割り込んだ。


「凛さん、私の話を聞いてもらえますか?」


 好は背筋を伸ばし、穏やかな、でもはっきりした目で凛を見た。

攻撃的でも、媚びるでもない。

彼女らしい、誠実な態度だった。


「私は亮さんがすごく苦しんでいるのを、近くで見てきました。亮さんは優しい人です。でも、優しすぎるからこそ、自分を壊しながら我慢してしまう人でもあります。だから……私は、亮さんを支えたいんです」


 凛が小さく息を飲むのがわかった。

好は少し間を置いて、続けた。


「それで、提案があるんです。……三人で、ルームシェアをしませんか?」


 部屋が、完全に静まり返った。

俺は思わず好の横顔を見た。

凛も目を大きく見開き、言葉を失っている。

好は落ち着いた声で説明を始めた。


「もう2人でここで暮らすのは無理だと思ってます。それは凛さんも分かってますよね。だから、私も住みます。凛さんは妊娠中で、体も心も大変な時期でしょうし、サポートできることは私もします。だから、三人で一緒に住んで……お互いの負担を分散させながら、お互いを理解しましょう。そして…お子さんが生まれた時、もう一度どうするかを決めましょう。私はもちろん亮さんと…好きにしますけど、凛さんもしていいです。いや、出来ることならしてあげてください。もし本当にそういうことを頑張れるというなら」


 俺の頭の中は真っ白になった。

そんな馬鹿げた話があるか——

凛は震える声で、ようやく言葉を吐いた。


「…そんなの…おかしいよ」

「これが私に出来る最大の譲歩です。これを飲めないというなら、あとはもう亮さんの言う通りにします」

「…」

「待て待て待て、俺は…認めてないぞ。今更、凛と住むなんて…」

「甘えないでください」と、きっぱりとそう言った。


「甘えって…」

「どうであれ、私と亮さんも不倫したんです。その事実だけはどうやっても変わりません。それならその責任は取るべきです。きちんと子供が生まれるまで面倒を見るべきです」


 それは間違いなく正論だった。


「…異論はありませんか?」


 結局、丸み込まれた俺たちは最悪の居心地のルームシェアを始めることとなるのだった。

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