過去の話②
文化祭の準備期間は、予想以上に切羽詰まっており、今のままだと間に合わない可能性があった。
それ故に毎日放課後、教室に残って看板やポスター、模擬店のメニュー表を作っていた。
しかし、俺が担当する看板やメニュー表作りはまだ終わっていなかった。
「ほな前原、今日もよろ〜」と、他の人たちは帰っていく。
「…うん」
こりゃ、今日も居残りかな…。
そんなことを思いながら色々と作業を始める。
そして、少しすると絹旗さんが入ってくる。
「…ごめん、他の人たちに声かけようと思ったけど、今日もみんな帰っちゃって…」
「いや、絹旗さんが落ち込む必要はないよ。ギリギリまで残って…家に持ち帰れば何とか間に合うし」
「…なんでもっと怒らないの?」
「え?あー…別に怒っても意味ないかなーって。いやいや手伝ってもらっても作業効率上がらなさそうだし。それなら1人でいいかなって」
「…そっか。…ね、こっちに移っていい?」
「え?いや…俺は1人でも…」
「私が手伝いたいの」
そんな感じでなんだかんだ強引に手伝ってもらうこととなった。
「前原くん、これどう思う? この文字、もっと丸くした方が可愛いかな?」
絹旗さんが刷毛を片手に、俺の顔を覗き込んでくる。
黒髪が肩から滑り落ちて、甘いシャンプーの香りがふわりと漂った。
近くで見ると、彼女の瞳は本当に綺麗だった。
「……うん、丸い方がいいかも」
「えへへ、ありがとう!前原くんにに褒められると嬉しいなー」とか言ってくる。
あーこりゃ男子なら簡単に堕ちるわなと思った。
実際、絹旗さんはモテるのだろう。
この準備期間中も、他クラスの男子が覗きにきて、そのまま彼女を校舎裏に呼び出して振られてたしな。
というか、断るのにわざわざ校舎裏までついていくのは律儀というか何というか…。
シンプルに性格が良いのだろうとそう思っていた。
そして、その翌日ちょっとした事件が起きた。
いつものように2人で準備室にて、最後の作業をしていると、元々看板を任されていた俺以外の3人がそこにやってきた。
いつもなら、帰っているはずなのに、恐らく絹旗さんが手伝っていると聞いて、男子たちが下心丸出しで来た。
まぁ、どんな目的であれ人であるのは助かる。
「ごめんごめん、前原!今日は手伝えるから!てか、絹旗さん、こっちの班に移動してきたんだ!それならそうと早く言ってくれればよかったのに!」とか、そんなことを3人で笑いながら話していた。
すると、絹旗さんは見たこともないどうでもいいものを見る目でこう言った。
「これは前原くんと私の2人で作ったものだから。今更、手伝うとか言われても、困るし。いつものようにほったらかして遊びに行きなよ。邪魔だから」と、そう言い放った。
その言葉に思わず言葉を失う3人。
そして、火に油を注ぐように言い訳を始める。
「こ、ここ最近ちょっと体調悪くて!だから早退してたっていうか…」
「早退して、3人仲良くカラオケ行ってるんだ。SNSに流れてきたよ?その時の動画。嘘つくならもうちょいまともな嘘つきなよ。てか、任された仕事を放棄したり、そういうみみっちい嘘ついたり、そういう人私、大嫌いだから」
それは最上級の否定の言葉だった。
確かこの男子の佐藤ってやつは前から絹旗さんを狙ってたイケメンなんだよな。
まぁ、心の中でザマァとは思ってた。
それからその3人はトボトボと帰っていってしまった。
えー…人手はいるに越したことないんだけどな…。
「私、ああいう人大嫌いなんだよね。口先だけっていうか。いくら顔が良くてもああいう人は絶対に好きにならない」と、かなり怒りながら作業をしていた。
「へ…そうなんだ…」
「…前原くんはどういう人が好きなわけ?」
「え?俺?…どういうって…まぁ、優しくて…一緒にいて楽しい人…とか?てか、どんな人でも、俺みたいなやつを好きになってくれた時点で多分…好きになっちゃうと思う」と、素直な気持ちでそう言った。
「…そうなんだ。好きになられたら好きになっちゃうみたいな?」
「まぁ…そういうことかな」
「…そっか」
それからは何も言うことなく、彼女はまた刷毛を動かし始めた。
そうして、何とか準備を終わらせて、文化祭が始まった。
俺は準備ですでに精魂尽き果てていた。
更に2人しかいない友達も、1人は彼女が出来たため彼女と文化祭を回るとかで、もう1人はそもそも文化祭を休んでいたため、俺は1人になってしまった。
ということで、居場所もやることもない俺は文化祭当日でもいつもと変わらない様相の図書室で、隅っこの方で1人で本を読んでいた。
あーあ、早く帰りたいなー。
そう思っていると、ガラガラと図書室の扉が開く。
そこに男女が入ってきた。
それは絹旗さんと佐藤くんだった。
ただならぬ空気を感じて、俺はこっそり本棚の影に隠れた。
かなり嫌そうな顔をしている絹旗さんとそれに気づかず目を泳がされている佐藤くん。
「…あ、あの!俺…ずっと前から…絹旗さんのことが好きで…だから…付き合って欲しい!!」と、男らしく告白した。
しかし、絹旗さんは1秒の間も開けずに「ごめんなさい。佐藤くんのことは微塵も好きではないし、この先も好きになることはない」と、あまりにもバッサリと切りつけた。
自分が佐藤くんの立場だと考えると…死にたくなるな。
「…そっか。もしかして、好きなやつとか…付き合ってるやついるの?」
すると、5秒ほどの沈黙。
そして、沈黙の後にこう言った。
「…いる。好きな人」
「それ…って、誰なの?」
「…前原…亮くん」
その名前を聞いた瞬間、佐藤くんは険しい表情を浮かべる。
「なんであんな地味なやつのこと…。全然釣り合ってねーじゃん」
「…派手とか地味とか釣り合うとか釣り合わないとか関係ないから。私はあの真面目で直向きで…何かに真剣な時の目が好き」
その言葉を聞いた瞬間、佐藤くんの目が変わった。
「じゃあ…思い出に一回キスさせてよ」とか言い始めた。
そして、絹旗さんの腕を掴むと無理やり押し倒して、顔を近づける。
「やめっ…て!!」と、抵抗する絹旗さん。
あいつ…、何やってんだよ!
文化祭のせいで外は騒がしい。
更に叫ぼうとする彼女の口を手で塞ぎながら、追い込むようにこう言った。
「いいのか?騒ぎになったらこのことが前原にもバレちゃうぞ?そしたらあいつどう思うかな?」
おいおいおいおいおい!!
どうするよ!?先生を呼ぶとか?って言ってもどっちにしろ、出口を通らないといけない。
だからって飛び出して…それでもやめなかったらどうする?
涙目で必死に抵抗する絹旗さん。
俺が…やるしかないんだ。
そうして、俺は咄嗟に思いついた方法を試すことにした。
俺は近くにあった大きな本棚に手を当てて、大きな声で叫びながら、その棚を倒した。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」と、気が狂ったように。
いや、実際狂っていたのかもしれない。
こういうときにどうすればいいかなんて俺は知らないのだ。
すると、その音に驚いてこちらを見る二人。
「前原…お前、なんでここに」
そんな声も無視して、とりあえず棚を倒しまくった。
どういう意味があるかはよくわからなかった。
かなりの音と衝撃ではあったので、それで誰か助けてくれないかと思ったのと、ヤバいやつだと思われて何とかなれと思っていたのかもしれない。
実際、佐藤くんは俺の血走った上に本棚を倒し続けるという奇行に面食らって、そのまま逃げ出すのであった。
そうして、絹旗さんと2人になった。
あーあ…さっき好きって言われてたのに…こんなヤバいやつだと分かったら…終わりだろうな。
まぁ、無事だったならそれでいいか。
そう思いながら、無言でその場所を去ろうとした時、その腕を掴まれた。
「…さっきの…聞いてた?//」と、彼女の顔を見ると、こちらを見上げ、頬を真っ赤にしていた。
「…あっ…いや…」と、誤魔化そうとすると、誤魔化せるわけもなく、今度は俺が迫られる。
「…好きなの。前原くんのこと//」
「…えっと…そ、そうなんだ…へー…」と、他人事のような返答をする。
そして、俺の目を見ながら返答を待っていた。
「…じゃあ…付き合って…みる?」
我ながらに最低な返答だった。
自分も好きだからとかそんなことを言わずに、上から目線で付き合ってみる?とか聞いて…。
すると、彼女は笑って「よろしくお願いします」というのであった。
俺と凛はこうして付き合い始めた。
あの頃の彼女は、本当に可愛くて、一途で、俺のすべてだった。




