結果
待ち時間の10日間は、俺の人生で一番長い日々だった。
最終日の朝、会社でデスクに座っていると、スマホが振動した。
画面に表示されたのは病院の番号。
心臓が一瞬止まったような気がした。
俺は休憩スペースに移動し、電話に出た。
医師の声は事務的で、淡々と結果が届いたことを知らせた。
「前原様、鑑定結果が出ました。郵送でお送りしますか?それとも受け取りに来られますか?」
俺は頷き、声が少し上擦った。
「…わかりました。受け取りに行きます」
電話を切った後、俺は壁に寄りかかり、深呼吸した。
額に汗が浮かび、手が冷たくなっていた。
これで、すべてが決まる。
俺の子か、それともあの男の。
胸の奥がざわついて、吐き気がした。
仕事は早めに切り上げ、病院へ向かった。
雪が降り積もり、道路が白く覆われ、タクシーのタイヤが軽く滑る音が響いていた。
病院のロビーは暖かく、消毒液の匂いが鼻を突いた。
受付で結果の封筒を受け取ると、看護師が「ご家族でご確認ください」と優しく言った。
封筒は薄く、白く、手に持つだけで重く感じた。
俺はそれをカバンに押し込み、家へ急いだ。
帰宅すると、家は静かだった。
リビングの空気は重く、カーテンが閉まりきっていなかった隙間から、雪の反射光が淡く部屋を照らしていた。
好はキッチンで夕食の準備をしていたが、俺の顔を見て手を止めた。
彼女の茶髪が少し乱れ、目が心配そうに細くなった。
俺は封筒をテーブルに置いた。
「亮さん……それ、結果ですか?」
凛はソファに座っていて、腹をさする手が止まった。
彼女の顔はむくみ、目元に影ができていた。
つわりが悪化して、食欲もなく、毎日吐いていた。
凛は封筒を見て、唇を震わせた。
「…来たの?」
俺は頷き、3人でテーブルを囲んだ。
誰もが息を潜め、部屋の時計の針がカチカチと鳴る音だけが響いていた。
「開けるぞ」
俺は封筒をゆっくり開封した。
紙の音が部屋に響き、好の息が少し速くなった。
凛は手を膝に置き、指を絡ませて祈るように目を閉じていた。
封を開け、中の紙を取り出す。
俺の手指がわずかに震え、紙が軽く擦れる感触が伝わった。
結果の欄に、黒い文字で書かれていた。
「親子関係……成立。一致率99.99999999999%。」
部屋が静まり返った。
凛の目がゆっくり開き、紙を覗き込んだ。
彼女の表情が、徐々に変わった。
目が潤み、唇が震え、安堵の息が漏れた。
「…亮の子……なんだ」
凛の声が小さく、涙がぽろぽろと落ち始めた。
彼女の肩が緩み、手が腹を優しくさすった。
喜びと安心が混ざった表情で、俺を見て微笑んだ。
「亮……この子、私たちの子だよ。よかった……」
凛の目には希望が浮かび、頰がわずかに赤らんだ。
つわりの苦しみでやつれていた顔が、一瞬だけ明るくなった。
俺の胸が、複雑に疼いた。
安堵が一瞬湧いた。
この子は俺の子。
あの男の種じゃない。
でも、気持ちは晴れることはなかった。
それでも不倫の傷は癒えない。
この子が俺の子だからといって、凛を許せるわけじゃない。
好は紙を見て、静かに息を吐いた。
彼女の目が少し曇り、唇が薄く引き結ばれた。
「…そうでしたか。 凛さん、おめでとうございます」
好の声は穏やかだったが、手が膝の上で軽く震えていた。
彼女の表情は変わらず優しいが、目が少し遠くを見ていた。
凛は涙を拭い、俺の手を握ろうとした。
「亮……この子のために、私たちやり直そう?
私、変わるから……」
俺は手を引き、冷たく言った。
「…少し考えさせてくれ」
すると、凛の顔が歪み、涙がまた溢れた。
彼女の肩が落ち、手が腹を押さえた。
好の言葉は冷静で、目が俺をまっすぐ見た。
彼女の指がテーブルを軽く叩き、決意を込めたリズムだった。
俺の頭の中が混乱した。
この子は俺の子。
責任はある。
でも、凛と一緒に暮らすなんて…出来るのだろうか。
罪悪感が胸を締めつけ、息が浅くなった。
凛の涙がテーブルに落ちる音が、部屋に響いた。
好の優しさが、俺の心を少し支えていた。
この結果が、俺たちの関係をさらに変えていくようだった。
夜、俺は一人でベランダに出た。
雪が積もり、冷たい風が顔を打った。
「そっか…」
後ろから好が寄り添ってきた。
彼女の体温が、俺の背中に伝わった。
「亮さん……私は全てお任せします。どんな結果であろうと」
好の声は優しく、目が俺を心配そうに見つめていた。
そうだ、俺は決断しないといけないのだ。




