話し合い①
マンションのエントランスは淡い街灯に照らされ、積もり始めた雪が足元を白く染め、靴底が軽く沈む感触が伝わってきた。
冷たい風が頰を刺し、息が白く凍る。
好は俺の横でスマホを握りしめ、息を潜めていた。
彼女の指が少し冷たく、俺の腕を軽く握っていた。
その触れ方が、彼女の決意を物語っているようで、俺の緊張を少し和らげてくれた。
「亮さん、覚悟はいいですか?」
彼女の声は低く、目が鋭く光っていた。
俺はゆっくり頷いた。
ここまで来たら、後戻りはできない。
インターホンが鳴った音が、静かな夜に響いた。
「はい、どちら様ですか?」
スピーカーから響いたのは、女性の声。
柔らかく、警戒心の薄いトーンだったが、わずかに戸惑いが混ざっていた。
好が俺をチラリと見て、深呼吸した。
彼女の肩が少し上がり、息を整える様子が、普段の冷静な好とは少し違っていた。
俺は喉を鳴らし、声を低く抑えて応じた。
「山田健一さんの奥様ですか? 突然すみません。自分は健一さんと同じ職場の前原凛の夫でして、話をしにきました。今、お時間よろしいですか?」
一瞬の沈黙が流れた。
スピーカーから戸惑いの声が溢れる。
好の握る手が、少し強く締まった。
「……今、主人は家にいますけど……何の用件ですか?」
声は少し尖っていた。
警戒心が強くなったのがわかった。
好が俺に目で合図し、俺は声を抑えて続けた。
「詳しくは直接お話ししたいんです。健一さんの不倫と妻の妊娠についてです」
また沈黙。
それから、オートロックが解除された。
「どうぞ……上がってください」
エレベーターで5階まで上がる間、俺の心臓は激しく鼓動を打っていた。
鏡に映る自分の顔は、青白く、目が血走っていた。
頰が引きつり、拳を握る手が汗ばんでいる。
好はスマホをポケットにしまい、俺の肩を軽く叩いた。
彼女の触れ方は優しく、でも力強かった。
「亮さん、落ち着いて。私がサポートします」
その言葉に、俺は小さく息を吐いた。
エレベーターのドアが開く音が、耳に刺さった。
502号室の前に立つと、俺はもう一度深呼吸した。
ドアをノックする手が、わずかに震えた。
内側から足音が近づき、ドアがゆっくり開いた。
ドアを開けたのは、女性——山田の妻、美香さんだった。
38歳とは思えない若々しい顔立ちで、黒髪をショートに切り、シンプルなセーターとジーンズ姿。
目が少し細く、俺たちに警戒心を隠しきれていない。
彼女は俺と好を交互に見て、眉を少し寄せた。
唇が薄く引き結ばれ、手がドアノブを強く握っていた。
「…どうぞ」
彼女の声は少し震え、落ち着かない様子であった。
俺は頷き、好と一緒に部屋に招かれた。
リビングは広々として、ソファとテレビ、観葉植物が置かれていた。
壁には夫婦の写真が飾られ、普通の幸せな家庭の匂いがした。
暖房の効いた空気が、俺の冷えた体を包んだが、心は凍ったままだった。
すると、奥の部屋から、山田健一が出てきた。
35歳の男は、スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくっていた。
顔には焦りの表情が出て目が細く、口元に薄い笑みを浮かべようとしているが、顔色は青ざめた。
目に見えて血の気が引くのがわかった。
彼の視線が俺に固定され、額に汗が浮かんだ。
唇が微かに震え、手が無意識に拳を握った。
俺らが一向に来ないから諦めたとか思っていたのだろうか。
舐めるなよ。
部屋の空気が一気に凍りつき、美香さんが夫を見て、不安げに声を上げた。
「あなた、知り合いなの? 不倫に妊娠って……何の話?」
俺は一歩前に出た。
胸の奥の怒りが、言葉として溢れ出した。
俺の声は低く、震えを抑えきれなかった。
「奥さん、あなたのご主人が、私の妻と不倫して…そして、妊娠させた疑いがあるんです」
美香さんの目が大きく見開かれた。
彼女の顔から血の気が引き、手が口元を覆った。
「え……何……?どういうこと…?」
山田の顔がさらに青ざめ、唇が震えた。
彼は俺を睨みつけ、声を荒げた。
「ふ、ふざけるな!そんな証拠あるのかよ! 出てけ!」
「証拠なら…ありますよ」と、俺は凛のスマホをポケットから取り出した。




