己を知る者の自動ドア
人間は、この世界で生きるにあたって、ひとつの暗黙の前提を与えられている。
――己を、知ろうとしないこと。
それが禁忌であると、誰かに教えられた記憶はない。
だが誰もが、踏み込まない。
踏み込めば、何かが壊れると、本能的に知っているからだ。
私は、その禁忌を破った。
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最初は疑問だった。
自分が見ている世界と、他者が見ている世界が、あまりにも噛み合わない。
同じ出来事を見ているはずなのに、結論が違う。
進む先が、最初から見えてしまう。
それが思い込みなのか、異常なのかを確かめるため、私は意図的に試験を受けた。
心理検査、適性検査、極限状況での判断試験。
すべて、合格した。
――やはり、そうだった。
私は己を理解した。
理解したうえで、この世界では距離を測らなければ生きられないと知った。
準備を整え、外界へ出ようとした、その時だった。
自動ドアが、反応しなかった。
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この世界の自動ドアは、人間であることに反応して開く。
それは単なる機械ではなく、社会そのものだ。
ドアの中央に、文字が浮かび上がった。
《あなたは監視されています》
理解してしまった者は、人間として完全には通過できない。
排除はされない。
だが、自由でもない。
別の自動ドアへ向かった。
開くもの、開かないもの。
跳躍や工夫を要求するもの。
そして私は見つけた。
必ず開く自動ドアを。
それは、研修所から外界へ続く通路だった。
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透明で、強固な素材に覆われたトンネル。
内側から、外界を監視するための通路。
ゆっくりと歩いていると、血まみれの男が中へ転がり込んできた。
「大丈夫か?」
観測者が声をかける。
男は、苦しげに言った。
「やばい……俺の……」
その先は聞き取れなかった。
外を見ると、一体の肉食恐竜が、心配そうにこちらを見つめていた。
男と、確かに心を通わせている存在。
だが、その背後から、
さらに巨大な肉食恐竜が、牙を剥いて迫っていた。
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私は、理解してしまった。
己を知った者は、
姿形を変え、本来のものへと変貌し、
内側から排除される。
ここは、その過程を管理する研究所なのだ。
男の絶望。
外で悲しむ恐竜。
――見過ごせなかった。
考える前に、身体が動いた。
「知ってしまって、こんなの見ていられるかよ!」
叫びながら跳び、巨大な恐竜の首に掴まり、
全体重を乗せて、背負い投げる。
世界が揺れた。
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私は叫んだ。
「私は人間だ!
己を知った!
その上で、人間であることを肯定する!
だから私は、幸せを選ぶために距離を取る!」
「機械よ。
私を、排除するか?」
答えはなかった。
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目が覚めた。
世界は、何も変わっていない。
だが、私は知っている。
己を知ることは、人間でなくなることではない。
境界線を引くことこそが、
人間であり続けるための選択なのだと。
己を知ること、距離を取ること、人間であることについて、
答えではなく問いとして残せたらと思います。




