表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

己を知る者の自動ドア

作者: 花咲雫
掲載日:2026/01/10

人間は、この世界で生きるにあたって、ひとつの暗黙の前提を与えられている。


――己を、知ろうとしないこと。


それが禁忌であると、誰かに教えられた記憶はない。

だが誰もが、踏み込まない。

踏み込めば、何かが壊れると、本能的に知っているからだ。


私は、その禁忌を破った。



最初は疑問だった。

自分が見ている世界と、他者が見ている世界が、あまりにも噛み合わない。

同じ出来事を見ているはずなのに、結論が違う。

進む先が、最初から見えてしまう。


それが思い込みなのか、異常なのかを確かめるため、私は意図的に試験を受けた。

心理検査、適性検査、極限状況での判断試験。


すべて、合格した。


――やはり、そうだった。


私は己を理解した。

理解したうえで、この世界では距離を測らなければ生きられないと知った。


準備を整え、外界へ出ようとした、その時だった。


自動ドアが、反応しなかった。



この世界の自動ドアは、人間であることに反応して開く。

それは単なる機械ではなく、社会そのものだ。


ドアの中央に、文字が浮かび上がった。


《あなたは監視されています》


理解してしまった者は、人間として完全には通過できない。

排除はされない。

だが、自由でもない。


別の自動ドアへ向かった。

開くもの、開かないもの。

跳躍や工夫を要求するもの。


そして私は見つけた。

必ず開く自動ドアを。


それは、研修所から外界へ続く通路だった。



透明で、強固な素材に覆われたトンネル。

内側から、外界を監視するための通路。


ゆっくりと歩いていると、血まみれの男が中へ転がり込んできた。


「大丈夫か?」


観測者が声をかける。

男は、苦しげに言った。


「やばい……俺の……」


その先は聞き取れなかった。


外を見ると、一体の肉食恐竜が、心配そうにこちらを見つめていた。

男と、確かに心を通わせている存在。


だが、その背後から、

さらに巨大な肉食恐竜が、牙を剥いて迫っていた。



私は、理解してしまった。


己を知った者は、

姿形を変え、本来のものへと変貌し、

内側から排除される。


ここは、その過程を管理する研究所なのだ。


男の絶望。

外で悲しむ恐竜。


――見過ごせなかった。


考える前に、身体が動いた。


「知ってしまって、こんなの見ていられるかよ!」


叫びながら跳び、巨大な恐竜の首に掴まり、

全体重を乗せて、背負い投げる。


世界が揺れた。



私は叫んだ。


「私は人間だ!

 己を知った!

 その上で、人間であることを肯定する!

 だから私は、幸せを選ぶために距離を取る!」


「機械よ。

 私を、排除するか?」


答えはなかった。



目が覚めた。


世界は、何も変わっていない。

だが、私は知っている。


己を知ることは、人間でなくなることではない。


境界線を引くことこそが、

人間であり続けるための選択なのだと。

己を知ること、距離を取ること、人間であることについて、

答えではなく問いとして残せたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
作品、読ませてもらいました。 正直に言うと、とても強くて、深くて、胸に残る文章でした。 「己を知ることが禁忌」という世界観や、自動ドアの描写、恐竜の存在… どれも鋭くて、でもただ尖っているのではなく…
2026/01/10 23:01 鈴音志保里
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ