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21話 「副部長」

 ザクロがルナの「引き寄せ」の癖を見抜き、ルナの頬に緊張の汗が流れたとき。


 屠龍は凛子の膝を蹴り抜いてへし折り、ザクロと合流を図ろうとしていた。


 凛子は這いつくばり懸命に起き上がろうとするが、再生途中の砕けた膝がそれを許さない。


「二人がかりってのは趣味じゃあねえが……」


 屠龍にとってこの戦いは、すぐ「ワクワクしない」ものとなった。


 彼の望むものはより強い者との闘争。


 凛子はその屠龍からすれば弱すぎた。


 それに「ヤマト陸軍」の一員である以上、「柊陽向」関連の任務でいつまでも遊んでいるわけにはいかない。


 ルナを制圧してチップを奪う。


 当初の目的のため、屠龍が一歩踏み出そうとしたとき。


 その足が止まった。凛子が屠龍の左足に腕を絡ませ、その歩みを阻んでいる。


 対して屠龍は無造作に、ただ足を前後に揺らした。


 彼の超人的な身体能力により凛子の指は折れ、身体ごと後方に飛ばされる。


 再生能力に頼って戦ってきた凛子。


 彼女は屠龍にとって素人同然だった。


 しかし屠龍はその認識を改めることになる。


「根性あるじゃねえか、再生の姉ちゃんよお……」


 凛子が屠龍の背後でファイティングポーズをとっている。


 それはかつて訓練部隊にいたとは思えない隙だらけのもの。


(土壇場で能力が強まるタイプか? いいじゃねえか……!)


 過去に恐怖心で凛子の再生能力が強まることはあった。


 今はルナを支えるという強い思いが、たった今折られた指すら回復させ、それを力強く握り拳とするのだった。


 *


 ルナは次々と繰り出されるザクロの拳を次々と「引き寄せ」で捌いていく。


 その逸らす方向の癖はついさっきザクロに看破されたばかりだ。


 故にルナは神経をすり減らしながら、パターン化しないように「引き寄せ」の方向を左右に散らしていく。


 ザクロの放つ一撃は、見てからの対応ができない。


 ルナは予備動作の時点で対応する必要があり、それが余計に彼女を悩ませた。


 不意にザクロは戦闘服のポケットに手を入れ、すぐさま抜き放った。


 ザクロがルナに飛ばしたのは、なんのことはないアスファルトの破片。


 だが反射的にルナはその石粒を自分から遠ざける形での「引き寄せ」を行なってしまう。


(やられた!)


 そう思うと同時にザクロの拳が弾丸のように放たれた。


(左へ……!)


 咄嗟にルナはその軌跡を左側に「引き寄せ」ようとする。


 その瞬間、ザクロの口角が上がる。


 顔全体の痛みとともに、ルナの視界が奪われた。


(左……!)


 状況を理解できないままのルナは、次の一発が頭部に直撃することだけは避けようと、左手を眼前にかざす。


「それでいい。お前はいつもそちらを選ぶ」


 ザクロの勝ち誇った声。


 ルナの左手が砕かれた。


 ルナの目はまだ閉ざされている。


 自分自身を後方に「引き寄せ」るという咄嗟の判断から頭部への直撃は免れた。


 だが砕けた左の手のひらは握ることすらままならず、痛みを発するだけの器官となった。


 当分の間は使い物にならない。


 残った右手で目に残った異物を拭う。やはり何の変哲もない小石。


 次第にルナの目付きが険しくなる。


「ようやく気付いたか? お前はいつも、いつも左側を選択する。今も……私にアンズを殺させたときもな……!」


 ルナは今まで無意識に自身から見て左への「引き寄せ」を多用していたことに気付く。


「だから撒き餌を使った……お前だったら自分から顔に引き寄せると『信じて』いたからな」


 ザクロは一回目の小石でルナを動揺させ、反射的に左側へ引き寄せさせる隙を作った。


 そしてルナはザクロの拳を左方に「引き寄せ」ると同時に、虚空に放たれた二度目の小石まで動かし、顔面に受けてしまったのだ。


 そう。これは二段構えの罠だった。


「お前は文字通り死期を後ろにずらしただけだ。まだ、やるか?」


 ザクロはまだ構えていない。だが彼女からすれば一瞬で距離を詰め、ルナを叩き潰すことは容易だ。


 一方ルナは動揺と激痛から能力のコントロールが十分に機能していないことを悟る。


 彼女はザクロに煽られている間も足元の枯れ葉を引き寄せたり反発させたりしてたが、方向が定まらない。


 ザクロの両足に力がこもり、瞬時に解き放たれた。


(右!? 左!? 落ち着け! こんな所で、私は!)


(普段のお前だったら躊躇なく、攻めの姿勢であえて『左』を選ぶだろうさ、だが……!)


 ザクロは右方に拳を突き出した。


 つまりそれはルナの左方向……「引き寄せ」の癖を避けようと「右」を選んだルナへの直撃コースだ。


(!?)


 同時に三発分の銃声。


 それを放ったのは屠龍と交戦中の凛子。


 屠龍に胴体を深々と貫かれながら、逆に彼の肩を台座代わりにして行った精密な射撃。


 ルナをも巻き込みかねない行為だったが、ルナの信じる射撃技術を凛子も信じていた。


 そして弾丸は全てザクロの拳に命中した。


 三発の弾は彼女の肌に傷を負わせることはなかったが、軌道を変えた殺人拳はルナの頬をかすめ、外れた。


「リンちゃん先輩……!」


「集中して、部長!」


 貫かれたままの凛子がルナの不注意を咎める。ザクロは依然ルナを殺す気でいるからだ。


 凛子がルナ対ザクロに介入したのを見て、屠龍は目を細めた。


「俺だけ蚊帳の外か?」


 屠龍は凛子の胴から腕を引き抜き、早々に凛子との決着をつけようとした。


 一度は彼を滾らせた凛子だったが、戦いの中で常に意識が自分に向いていないことを屠龍は感じ取り、不快に思ったからだ。


(抜けないだと……?)


 凛子に空いた大穴が屠龍の腕を捕らえている。


 彼女の筋力によるものではない。


 極限まで高まった凛子の感情が、再生能力を限界まで増幅させ、逆に屠龍の腕を押し潰そうとしているのだ。


 それはルナを傍らで支えたいという思いそのもの。


「負けない! 私は、私は『コロシ部』の副部長になるんだっ! ルナちゃんを支えるんだ!」


 そして凛子は屠龍に貫かれながら、連続頭突きを屠龍に放った。


 今日受けたばかりのザクロに穿たれた顔面の傷はまだ完治していない。


(殴られながら気付いた……あの人の顔の傷がゆっくりと治っていること、治りきってないこと……!)


 凛子の再生能力者としての経験が、類似した能力を持つ屠龍の負傷を彼女に教えたのだ。


 凛子の頭部が発する鈍い音、屠龍の骨が再び砕ける音、肉同士のぶつかる音。


 そして屠龍の苦悶の声。

 

 一撃ごとに衝撃がザクロ戦で負った深い傷に響き、屠龍の脳を刺した。


「ガアアッ!」


 血を吐き出しながら屠龍が吠え、腕を挟む肉ごと凛子の身体から引き抜いた。


「ぐ……あっ……」


 腹部からの滝のような流血と共に凛子が崩れ落ちた。


 視界を失い、度重なる脳への打撃から狂乱状態に陥った屠龍は凛子を叩き潰すと音のある気配に向かって動き始める。


 即ち、ルナとザクロの方向へ。


 凛子の姿に鼓舞されたルナは能力のコントロールを取り戻し、次第にザクロが左右どちらを狙っているかを読めるようになっていた。


 痛みは二の次。ルナにとってこれ以上部員にかっこ悪い姿を見せるわけにはいかなかった。


 凛子がいたから、ルナは冷静に戦えている。


 ザクロが拳を振りかぶるが、暴れている屠龍の接近を感じ取って一瞬だけ警戒した。


 その隙をルナは逃さなかった。


 ザクロを目の前まで「引き寄せ」る。


 そしてルナは顔に拳を受けるが、放たれる前の握り拳に顔をぶつけただけで、負傷は鼻血を出す程度で済む。


「負けない。みんなのために、ステラ(あの子)の思惑に乗らないためにも」


 極限までに「引き寄せ」られたザクロはルナと密着状態になり、ザクロは攻撃に移れない。


 反発。


 ザクロが勢いよく吹き飛び、錯乱した屠龍にぶつかる。


「クソが……」


 体勢を崩したザクロを屠龍が殴り飛ばした。


 ザクロは驚異的な意志で膝を突くことはしなかったが、戦闘の継続は不可能となった。


 これは新たに生まれた「コロシ部副部長」凛子が作り上げた勝利だった。

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