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20話 決闘場

「おい。誰もいないじゃんかよお」


「知らんし~。運転中だから話しかけんな。渚ちゃんのプラチナ免許に傷が付くだろ~」


「あんだそりゃ」


 Aショップを抜け、地上に出た「コロシ部」の四人。


 彼女たちは駅から離れたところに停めてあった軍用車に乗り込み、旧新宿駅に向かって爆走している。


 運転するのは渚。


 四人とも「東京軍」訓練部隊にいた際に車の運転を習得していたが、データ解析のため新宿平定戦に出遅れた「コロシ部」は急ぐ必要があった。


 そのため「念波」による探知で障害物把握のできる渚が適任ということになったのだ。


 前方道路の状況をリアルタイムで把握し、巧みなハンドル捌きで乗り捨てられた車や瓦礫を躱していく。


「し、静かだね……」


 凛子とアカネの懸念は正しい。


 複数のチームが「極殺小隊」の管理区域を狙い争っているはずが、全くその気配がないからだ。


「なあ聞いてんのか、ルナ?」


「……うん。聞いてるよ」


 ルナは自身の出自や陽向と犯した罪について、自分の中で一区切りしたつもりだった。


 それは過去の話。


 彼女は立ち直ったつもりだったが、心のどこかでまだ迷っていた。


 これは陽向絡みの陰謀には関係ない、ルナ個人の話だ。


(もっと重要な……危険な場面で私が迷ったらみんなは……)


 既にルナは迷っている。自分の迷いで仲間を危険にさらすことがないかという迷いだ。


 そして何より彼女には「部長としてみっともないところを見せた」という負い目もある。


(本当は、まだ迷ってる。でも迷いながらでも前を向かないと。進まないと)


「渚ちゃん、ここで」


「あいさ~」


 ルナの指示で渚が急ブレーキをかける。


 ルナが停車させた新宿駅のロータリー手前には少女たちが倒れていた。


 既に死んでいる者、負傷している者たちが商業ビルに挟まれた道路を埋め尽くしている。


「何だよこれ……」


 車から降りると同時に、刀の代わりの鉄パイプを握り警戒するアカネ。


 同時に降りた凛子も拳銃を抜き、アカネの後方に目を凝らす。


 遅れてルナと渚が降りた。


 倒れているのは全て「アドバンス」と思われる少女。


 面識はないが、見覚えのある顔もいる。


 これだけの「アドバンス」を相手取り、一方的に蹂躙できる存在。


「東京軍の仕業じゃないね、これ」


 ルナが呟く。


 東京軍の主戦力は「アドバンス」の少女たちだ。自らの戦力となる存在に対してこのような扱いをする理由がない。


「ご名答。というかこのくらいは当ててもらわないと」


 突如として「コロシ部」軍用車の前に現れたステラ。


 赤い目をしたルナの類似存在。


「……あっちこっちと落ち着きがないね。"妹さん"」


 すかさず車のドアから鉄を引き寄せ、弾丸として特注拳銃から射出するルナ。


 だがその弾丸はステラの後方に転移させられ遠ざかっていく。


「そっちこそ殺気立っちゃってさ。何か嫌な物でも見た?」


 ステラが口角を釣り上げる。ルナを煽るための笑み。


「何が目的?」


「何って何が? ここを掃除した理由? それとも、チップの中身を見せた理由?」


「……っ!」


 鉄パイプを振り上げて飛び掛かろうとしたアカネだったが、ルナが制止する。


「戦場でよくしゃべる。仲のいい姉妹だな」


 ステラの背後から転移で突然現れた人影にルナは驚き、どちらに銃口を向けるべきか迷う。


 それは「極殺小隊」リーダーのザクロだったからだ。


 仲間は連れていない様子で、ガスマスクもしていない。


 ザクロの顔には唇から顎にかけて切り傷の跡があった。


「お姉ちゃん、香川のチップを渡してよ。私の本来の任務ってそれだから」


「じゃあ他は何をしてたの? 観光?」


「こんな廃墟に見る場所なんてないでしょ。実はオリーブを殺したお詫びとしてザクロに雪辱戦の機会を作ってあげようと思って」


 ザクロの表情が大きく歪み、傷跡が引きつった。


「せっかく決闘の場として掃除したんだし、さっさと始めてもらおっかな。ザクロとお姉ちゃんの一騎打ちね。他のやつが手出したらそこのビル落としてぶっ潰すから……」


 途中まで言いかけてステラが上を見る。


「屠龍、何のつもり?」


「勝手なことすんな。ステラ」


 ビルの屋上から声がした。


 ルナたちが目を向けると、崩れかけたビルの屋上に人影がある。


 屋上に巨漢の影が見えた。


 屠龍が屋上から飛び降り、アスファルトに足をめり込ませながら着地した。


「俺とザクロの決着がまだついてねえだろ。紫電の副官が勝手なことすんなよ」


「だから言ってるでしょ。指揮権を移譲されてるって」


「なら俺と対等のはずだろ。なのにやりたい放題しやがって……イライラするぜ」


 ザクロに崩された屠龍の顔はわずかな歪みを残して元に戻っていた。


 屠龍に対し、ステラはしばらく思案してから答える。


「なら二対二の勝負にしましょ。こっちはザクロと屠龍。そっちはお姉ちゃんと……誰でもいいや」


「ルナの偽物がナメやがって……!」


 アカネが再び前に出ようとするが、今回彼女を止めたのは凛子だった。


「わ、私が行くよ」


 凛子が拳銃を仕舞って前に進む。


「え、いいのかよ先輩。絶対ウチの方が……」


「わかってないなぁバカネは。リンちゃん先輩がこんなやる気だったことある? その意志をそんちょーしようぜー」


 渚の言葉にアカネが何か言いかけたが、口をつぐんだ。


「二対二か。コメットは速すぎて呼吸が合わねえからな、ワクワクしてきたぜ! なあザクロ!」


 そして勝負に乗り気の屠龍は、打って変わって上機嫌になった。


「始めて」


 ステラが指を鳴らす。


 その瞬間ザクロがルナに殴りかかり、アカネと渚が転移して消えた。


「二人に何したの!?」


 ザクロの拳を「引き寄せ」て軌道を逸らせながら、アカネたちの身を案じるルナ。


「『タケミカヅチ』と雑兵『アドバンス』が戦ってるところに飛ばしちゃった。邪魔して欲しくないし」


 ステラは事前に転移先を「視察」していた。彼女の能力は一度見た場所であれば距離の融通が利く。


 相変わらずルナを煽る笑みを浮かべたステラ。


「何が目的!?」


 二撃目、三撃目とザクロの鋭い右ストレートを避けながら、短く問うルナ。


「折りたいの。お姉ちゃんの心を」


 もうステラは笑っていなかった。


 彼女は陽向のクローンである美月を否定するために、「ヤマト陸軍」が立案した作戦を大きく歪めたのだ。


「昨日の勝利を今日の敗北で上書きしてあげる。柊陽向のクローンの心が折れる瞬間、見てみたいな」


 最早ルナに返事をしている余裕はない。迷いのせいかやや「引き寄せ」の精度が低い。


 ステラ……星来は許せなかった。


 「神使兵」のおまけとして扱われる自分と、仲間と「部活」に興じるルナとの差が。


 そして陽向の寵愛を受ける美月の存在自体も。


「じゃあ近くで見てるね。お姉ちゃん」


 美月を姉として扱うのには惑わす目的もあったが、陽向からの情報で美月が自分より年長であることを知っているからだ。


 ステラは転移して消えた。


 同時にザクロの大振りの右拳がルナに繰り出されようとしてた。


 何も策を感じさせない単純な一撃の連続。


 だが、逆にそれを怪しむルナ。


 ザクロはルナの能力を把握しており、ただ殴りかかるだけではいつまでも勝負がつかないことを理解しているはずだからだ。


 ルナがザクロの拳を反射的に右へと逸らした瞬間、ザクロの拳が正面に迫っていた。


 咄嗟に自分ごと強引に後方へと「引き寄せ」て回避する。


 体勢を崩しながら、ザクロの策をルナは理解した。


 ザクロは数回の攻撃でルナの「引き寄せ」る方向の、無意識による法則性を読んでいたのだ。


「流石に気付くか……」


 ザクロが再び拳を構える。


(対応が早い。これがBランクチームのリーダー……。気持ちを切り替えないと、死ぬ)


 単純な力押しだけでなく洞察力も高いザクロに対し、ルナは恐れと同時に若干の感心があった。


 そしてルナが後退したことにより、屠龍と凛子の勝負が目に入る。


 屠龍の連続攻撃で全身に拳を浴びている凛子。


 それは「勝負」と呼ぶにはあまりにも一方的なもの。


 だがその凛子の目は勝負を諦めておらず、何かを狙っているようだった。


 勝負は始まったばかり、だがそれぞれの攻防は全く別の様相を呈していた。

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