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18話 タイマン勝負

 ザクロの拳が、「神使兵」屠龍の顔面を撃ち抜いた。


 ひしゃげた顔からザクロの拳が引き抜かれる。


「これで頭が弾けないとは、よく耐えた方だな」


 屠龍の歪んだ口から血が噴き出す。


 ザクロという名前は彼女と戦った者の頭が、文字通り割れた柘榴のようになることによる異名だった。


 名のない孤児だった彼女はその異名を名前とした。


 血の飛沫を拳で払い落したザクロだったが、構えを解かず警戒を怠らない。


 屠龍がまだ倒れないからだ。


「……ザクロ姉?」


「来るな!」


 近寄ろうとするスモモに対し、声を荒げて制止するザクロ。


 顔面を潰された巨漢、屠龍は微動だにせず立ち尽くしていたかと思うと、おもむろに右手で顔を覆った。


 そのまま反撃に移ると判断したザクロは半歩引き、拳に力を込める。


 骨の砕ける音がした。ザクロが仕掛けたわけではなかった。


 さらに砕けた骨同士の擦れる音がしばらく続く。そして屠龍の右手が下りると、潰れた顔を無理やり整えた歪んだ笑みが見えた。


「やるな」


 開きっぱなしの口を手で押さえ、血を流して短く告げる屠龍。そして振りかぶった渾身の一撃をザクロに目がけて放つ。


 大振りの拳は弧を描き、鉄槌を思わせる勢いでザクロの頭部を叩き潰そうと迫る。


 瞬間的にザクロは目の前の男に防御が通用しないことを悟り、即座に右足で蹴りを放った。


 槍のような蹴りは屠龍の肘に直撃し、振り下ろしの軌道が逸れる。


 ザクロは片足を上げた体勢のまま僅かに右足を曲げ、次の一撃を放つ。


(バケモノが……)


 ザクロの名前の象徴でもある一撃を受けてもなお攻勢に転じる男。


 その存在によって、ルナに傷付けられたプライドがさらに汚されるのをザクロは感じていた。


 ザクロはもう怒りに身を任せた攻撃はしない。ルナの策でアンズに致命傷を与えた罪の意識が彼女を律していたのだ。


 冷静に二度目の蹴りを、歪んでそうなったのか笑っているのかわからない顔に打つ。


 肉の裂ける音。


 屠龍が無理やり整えた顔面は、今や左半分が垂れ下がって見えた。


「わくわく、するぜえ……」


「うわ……まだやるつもりですか?」


 コメットが見かねて声をかける。


 副官のコメットがここまで狂気じみた屠龍を見るのは初めてだったからだ。


 異常なタフネスとパワーを誇る彼をここまで痛めつけたザクロにしてもそうだ。


 単純な殴り合いならザクロは神使兵最強の紫電に匹敵し得るとコメットは思った。


「て、だすな」


「ええ……」


 拳を避けられた上に、顔を狙い撃ちされ体勢を崩した屠龍が辛うじて言葉を紡ぐ。


 そしてさらに畳みかけるザクロ。


 ザクロは深く踏み込んで距離を詰める。彼女の狙いは一つ。


 (顔一択だ!)


 ザクロが再び顔を狙った右ストレートを放つ。


 同時に屠龍も右拳を打ち出した。


 交差する二つの拳。


 ただザクロの腕は先ほど蹴りを叩き込んだ肘を押しのけるように力を込め、屠龍の一撃を逸らした。


 さらに首を横に傾けて完全に回避。屠龍の顔面に再度必殺の拳をねじ込む。


 屠龍の顔は肉が弾け、所々骨が見えた。


 屠龍は何か言いたげにごぼごぼと血の泡を吐き、逆に首の力で拳を押し返してみせる。


 それはザクロの必殺拳が必殺でなくなった瞬間だった。


 ザクロは数歩後退した。今までのどんな敵からも感じなかった不気味を超えた理解不能な感情が彼女の脳内を埋め尽くしている。


 一瞬だけ二人は膠着状態に陥った。


 屠龍は視界確保のためにまた顔をいじり、ザクロはまだ顔を狙うべきか思案する。


 そして──


 二人の頭上に何の予兆もなく雑居ビルが落ちてきた。


 それはステラの転移能力による乱入。


 影が出来た時点で、「タケミカヅチ」の隊員達は一斉に身を伏せる。


 彼らはステラの戦い方を知っていた。だから瓦礫の飛散に備えているのだ。


 ステラの攻撃範囲に入っている場合は諦める。そう訓練されていた。


 建造物が潰れ、崩壊する轟音、破裂音。地響きと身体が跳ね上がるような揺れ。遅れて吹く突風。


 無数のつぶて、ガラス、コンクリート片が隊員たちを引き裂いた。


 だが、彼らは身じろぎもせず次の指示を待っている。


「コメット、確保して」


 ステラの指示と同時に二つの爆音が轟く。


 片方はスモモの音波、「拡声器」の力。


 ザクロから離れて木の裏に隠れていたスモモは、瓦礫の影響をほとんど受けていなかった。


 しかし指示を受けたコメットの強烈な視線を感じ、広範囲を攻撃する音波を放ったのだ。


 「タケミカヅチ」の隊員数名が耳から血を流し、地に伏したまま命を落とした。


 同時に空気を揺らしたのはもう一つの爆音。


 スモモがその音を感じた時、彼女はもう地面に打ち倒されていた。


 その音の正体はコメットの超音速移動により発生したソニックブームだ。


 コメットはスピード特化型の「アドバンス」だった。


 「極殺小隊」メンバーの能力を事前に把握していた彼女は、スモモの口が大きく開いた瞬間にトップスピードまで加速し、衝撃波で自分への音波を打ち消したのだ。


 コメットはそのまま走り抜け、木を数本なぎ倒しながらスモモを制圧した。


「ひゃ~……プロテクターは壊れるし、インカムもない……予備があったかな」


 ビルが墜落した瓦礫の山。気絶したスモモを引きずりながら、しきりに装備の破損、紛失を気にするコメット。


 ステラの「指示」に従ったのは、上下関係があるからではない。


 単純に、逆らう方が面倒だからだ。


 トップスピードのコメットが生む衝撃波は、自身の装備すら破壊してしまう。


 彼女にとっての悩みの種だ。


「あ、生きてますね。死んじゃったのかと」


 抉れた地面の中で立ち尽くす男、屠龍にコメットが声をかけた。


「気に入らねえな。お前の心配事は予算だけなのか? ムカムカするぜ」


 全身にガラスやコンクリート片の刺さった屠龍が、隊員の死を省みないコメットを非難する。


 彼の顔はまだ大きく崩れていたが、最低限会話をする機能が再生しているようだった。


「まあ、人員はいつでも補充できますからね。でも『タケミカヅチ』の装備品となると調達が中々難しくて。あ、戦死した隊員から……」


「コメット!」


 屠龍の怒鳴り声に飛び上がるコメット。


 彼らは部隊に損耗があるといつもこの調子だった。


 そんな中、積み上がった瓦礫を押しのけてザクロが立ち上がる。


「起きたか。赤髪の姉ちゃん。続きといこうぜ」


 囚われたスモモの姿に気付いたザクロは返事をしない。


「おい……」


 屠龍が一歩前へ出たところで、転移してきたステラが現れ彼を制止した。


 遅れて第一分隊の戦闘ヘリが上空に出現する。


 そのヘリから飛び降りてきた白髪の「神使兵」紫電が滑らかに五点着地した。


「紫電とステラじゃねえか。こっちは俺の担当だろ、何しに来た。ワクワクしねえな」


「ステラが言っていた。君たちのやり方はとても効率が悪いと。だから介入させてもらった」


「効率の悪さは否定できませんけども……」


 ただ無策で追いかけるという作戦に疑問を持ちながら従っていたコメットが、紫電の主張を認めた。


「そう。私たち『タケミカヅチ』には『だらだらした鬼ごっこ』なんか認められないの。わかる?」


「燃料も弾薬も無尽蔵にあるわけじゃありませんからねえ。しかもここは敵地……」


「どっちの味方だ、コメット」


 不満げな屠龍だったが、最強の「神使兵」である紫電に副官が賛同してしまい分が悪くなったことを認めるしかなかった。


「だからザクロ、アンタにチャンスをあげる。『コロシ部』のルナと再戦しなさい。これで『タケミカヅチ』は損耗なくチップを奪えるでしょ。最悪『コロシ部』を削れたらいいわけだし」


 紫電は黙っている。


 何故オリーブ殺害時の「コロシ部」拠点襲撃でチップを奪わなかったのかという疑問が脳裏をよぎったからだ。


 意図してチップを回収しなかったのか、何か考えが合ってザクロを通じてチップを回収するのか。


 紫電にはそれを見極める必要があった。


 紫電が背任行為だと判断した場合、彼は副官のステラを処分する義務があるからだ。


「やるの? やらないの? こっちには『神使兵』が二人いるわけだけど。その強さはその身で知ったでしょう?」


 そう問いを投げられたザクロはしばし沈黙した。


 命令を下した少女が赤い目と戦闘服を着ている以外、あの仇敵ルナと瓜二つだったからだ。


 アンズを自らの手で貫いた感覚が蘇る。動悸がして呼吸が乱れる。


 だが余計なことを言えばスモモが死ぬ。動揺を悟られぬよう、ザクロは赤い目を見つめ返して告げる。


「言われなくても再戦はする。お前らに追い回されてできなかっただけだ」


 返事を聞いたステラは静かにほほ笑んだ。

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