17話 獄中軍人
分厚いアクリルで作られたドアが一定間隔で配置された廊下を、一人の若い軍服の男が歩いている。
うんざりした顔で施錠されたドアを何枚も開錠していくその男は「東京軍」の黒い軍服を身に纏っていた。
この廊下には鎮圧用ガスの噴射口がいくつも設置されており、その先に閉じ込められた人物の危険性を物語っている。
(彼女が本気を出せば施設ごと吹き飛ぶというのに、上の連中は無駄が好きだな……)
最後の扉は銀行の金庫のような金属製の扉、男は舌打ちしてハンドルを回し、ドアを開けた。
「柏木中尉。わざわざすまないね」
「通信で済む内容で呼び出さないでくださいよ、大佐」
扉の向こうには鉄格子があり、格子の向こう側の簡素な部屋では、男と同じ黒い軍服を着た女性が机に向かい端末で読書をしていた。
「まあそう言わないでくれ。顔を突き合わせてした方がいい話もあるし、私にも面白い話があるんだ」
柏木と呼ばれた眼鏡の軍人は東京軍の「アドバンス」を管轄する部門に所属する男だった。
「それでどうだった? 『便利屋コロシ部』対『極殺小隊』は」
彼は軍本部が両者の激突を見届けるために派遣された士官だった。
「どうもこうも、貴女が肩入れするだけあって一方的でしたよ。『コロシ部』は」
「そうか。よくやってるみたいで嬉しいな。私の妹は」
「あまり身内びいきはよくないですよ。柊大佐」
柏木が目の前にし、牢の中にいる東京軍所属の軍人こそ、通称「獄中軍人」こと柊陽向だった。
「私は囚われの身だからね。外の世界で活躍する美月のことがどうしても気になって」
「僕を呼んだ理由はそれだけではないでしょうに」
かつて市ヶ谷の研究所ごと東京一帯を破壊し尽くした柊陽向は、無抵抗のまま「東京軍」の前身である自衛隊の部隊に捕らえられ、現在に至る。
陽向は「東京軍」所属として形だけの肩書きを与えられ、対「ヤマト陸軍」の特別兵器として飼い殺しにされていた。
「察しが良くて助かるよ。地下鉄での『アドバンス』の抗争について調べて欲しい。きっと私に繋がる事件だから」
「地下鉄の件だけですか。なら『極殺』に『連合』以外のルートから依頼を出していたのは貴女ですか? あれだって『ヤマト』の繋がりでしょう」
陽向はこの柏木という男を気に入っていた。彼は物怖じせずに陽向へ意見するし、仕事も早い。
「バレてた? 勘が良すぎて上官に嫌われないかい?」
「だからこうして規格外の『怪物』の連絡役をやらされてるんですよ……それにしても、よくもまあ『ヤマト』とのルートなんて持ってますね」
星来を通じて「極殺小隊」に香川抹殺の依頼をかけていたのは陽向だった。
美月であれば、自身に繋がる鍵として必ず食いつくと信じていたからだ。
美月と同じように、陽向もまた美月との再会を願っていた。
「まあ、複雑な家庭環境でね。向こうにも血縁がいる……これ、本部には言わないで欲しいんだけど」
「じゃあ言わないでくださいよ……」
呆れたように柏木が嘆息する。
陽向は美月を導くために自身の情報が入ったチップを持った香川と接触させたが、それをきっかけに「カラーズ」が動き出したのは彼女の想定外だった。
(大方星来の動きを嗅ぎつけて動いているんだろうけど……あの子は美月よりも雑だからね。情報が漏れるのが早い)
「『カラーズ』が本気で『コロシ部』を狩りに来たら、勝機はあると思う?」
「厳しいでしょうね。彼女ら『コロシ部』はそれぞれのポテンシャルも高いですし、チームワークもいいです。ただ能力同士のかみ合いがいいとは言えませんから」
多数の下部組織を要する「極殺小隊」に比べて「カラーズ」は正規のチームではない武装勢力だが、Bランク以上として認められる実力があった。
「ここを破壊して直接手助けしに行くなんてのはやめてくださいよ。僕が銃殺刑になりますから」
「しないよ。美月がここまでたどり着くために得るもの、それが重要なんだ」
「はあ。戦闘経験ですか?」
今度は陽向が柏木に対して呆れたようにわざとらしくため息をつく。
「それもある。けどそれ以上に美月には自分が何者かを知っていて欲しいんだ。それに私だけでなく、仲間という宝の大切さもね」
陽向は遠くを見るような目で言う。彼女は美月が離れてからずっと孤独だった。
「もしかして大佐が読んでるのって、漫画ですか?」
「え。そうだけど、今の話と関係ある?」
上級士官用の専用端末に表示されているのは二十年前に大人気だった国民的少年漫画。
「僕も読んだことがあるんですが『最後の宝が仲間』っていう話はガセらしいですよ」
「違うの!?」
驚く陽向の声で、机の端末がスタンドからぱたりと倒れた。
*
同時刻。ザクロとスモモと、少数の「極殺小隊」残党は「タケミカヅチ」第四分隊の追跡を受けていた。
第四分隊を指揮する「神使兵」の名は屠龍。補佐する従軍『アドバンス』のコードネームはコメット。
電光石火でオリーブを仕留めたステラこと星来とは違い、屠龍の指揮は大雑把で策も無く彼女らを追い回すだけだ。
だが、着実に「東京軍」の支配領域の外れにザクロたちは誘導され、一人、また一人と「極殺」兵士が斃れていく。
「いい加減殴り合おうぜ! 赤い髪の姉ちゃん! 敵が身体強化特化の『アドバンス』なんてワクワクするな!」
屠龍。「神使兵」の中でも特に近接戦を好む大柄な男。
特に好きなファイトスタイルは正面からの殴り合いだった。
だが能力不明の「アドバンス」が敵にいて、スモモを守らなくてはいけない以上、ザクロは逃げ続けるしかない。
そして痺れを切らした屠龍は大声で宣言した。
あまりの声の大きさに近くの木から一斉に鳥が飛び立つ。
「全隊止まれ! 銃を捨てろ! コメットは手を出すな!」
彼ら「神使兵」の命令は絶対だとある種の洗脳に近い訓練を受けている隊員たちは、次々と銃を手から離す。
「ええ~……そんなめちゃくちゃな」
呆気にとられるコメットに対し、屠龍は再度大声で命令を下す。
「『神使兵』の命令は!?」
「ぜったーい……ですけども」
不服そうにコメットも後ろに下がる。その姿を見て満足した屠龍はザクロに告げる。
「『極殺小隊』のザクロ! 腕に覚えがあるのなら、俺の挑戦を受けろ! 俺に勝てればお前らを見逃してやる!」
「流石にそれはちょっとどうかな……」
コメットの苦言は既に屠龍へは届かない。
「舐めるな! そんなバカな話があってたまるか!」
逃走を続けるザクロが思わず言い返す。
「ある!」
屠龍は地面に落ちているアサルトライフルの銃身を次々と捻じ曲げていく。
「ああ……次の第四分隊の予算が……」
天を仰ぐコメットと、どこか満足そうな屠龍。
屠龍たちの異様な様子を悟って、ザクロが足を止めた。
「俺に勝てればマジで逃がす! 約束を破るのはワクワクしねえからな!」
ザクロは顔を隠すためのガスマスクをむしり取って、放り捨てる。
いくら馬鹿げていようとスモモを守るためには、ザクロはこの決闘に乗るしかない。
ルナに誘導され、一騎打ちに持ち込まれた記憶が蘇り、一瞬で怒りが頂点に達した。
怒りに身を任せて屠龍に歩み寄るザクロ。
「ああ……ワクワクするぜ、胸が高まるぜ、心が躍るぜ!」
「……名無しの私が『ザクロ』と呼ばれるようになった理由を教えてやる」
ザクロが一気に距離を縮め、空気を切り裂く右ストレートを屠龍の顔面に向けて放つ。
肉の弾ける音が、無人の街に鳴り響いた。




