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16話 台風の目

「早いところチップに入った情報の確認が必要だと思う」


 シロを射殺した後、ドアの外れた「Aショップ」店内に戻ってくるルナ。


「ちょっと、店先に死体なんか置いとかないでよね……というかそれ以前にさあ! 壊れた商品の弁償、店の修繕、店先の掃除代とかなんとか全部払ってもらうからな、ルナ公!」


 激しく反論するのは店主の亞矢。


 店内は爆発により陳列していたパソコンのパーツや周辺機器などは軒並み破損し、彼女の仕事用パソコンのモニターまで液漏れしている始末。


 なので使える周辺機器を見繕って、凛子が亞矢のパソコン環境を整備していた。


「見せるように置いてるのは盗難対策で、ほとんどガラクタって前に言ってたけど。でも私たちの問題に巻き込んだわけだし……二百万クレジット渡すからそれでいい?」


「よしそれでいい!」


「いやいや待てよルナ! そんな大金ガラクタに払う必要なんかねぇって!」

 

 激しく反発するアカネ、そして渚も頷き、パソコン関係の知識に明るい凛子は二人に同調するように激しく頭を縦に振った。


「ううん。亞矢をこの一件に巻き込むのは相当危険なことだってわかったし、危険手当も払うことにする。半分は私の個人的なところから出すから……ね?」


「……そういうつもりならいいけどさぁ」


「ルナっちお金持ち〜」


 傷の手当を受けたアカネは不承不承ながら了承する。凛子だけは壊れたパーツの本来の価値を知っているので不満げな様子だ。


「それじゃあ早速……陽向の情報とやらを拝見させてもらいましょうかってねっと」


 キラーツインズ襲来前にチップの読み込みを始めていた亞矢は内容の確認に取り掛かる。


「……ちょっとあんたら。とんっでもない厄ネタ拾ってきたわね。そりゃ陽向には施設で世話になったりしたけどさ、流石にうちで扱えるレベルを超えてるわ」


「どういうこと? もうクレジットは送金済みだから私たちに説明する義務はあると思うけど」


 亞矢はタバコを箱から取り出し、吸おうとして取り落とす。


 様々な裏ルートの情報を取り扱ってきた亞矢が取り乱している。


 香川の時計にはそれだけの代物が入っていたということだ。


「記録されてたのは柊陽向が最後に受けた実験内容。日付は二十年前の東京が壊れた日。記録者は香川とかいう研究員。これでいい? 解析したデータは渡すから、もうアタシは手を引きたいかも」


 Aショップの店内を沈黙が支配する。


「どういうこと? って聞いてるの」


 有無を言わさないルナの眼光が亞矢を射貫く。


 こうなってしまったルナは絶対に引かないということを、亞矢は「便利屋コロシ部」のメンバー以上に知っていた。


「はあ……毒を食らわば皿までってことね。わかった、この際テーブルごといってやるわ。これのせいで殺されたりしたらマジで呪うから」


 覚悟を決めた様子で亞矢がモニターをルナたちに向け、見せる。


 カメラを調節する男の姿。若かりし香川だ。


「これ、あのオッサンか? あのヤクザの」


 そして強化ガラス越しの実験室で撮影されているのは拘束衣を着せられ、ベッドに寝かされる少女。


 目を覆われていたが、彼女の雰囲気はどこかルナに似ていた。


「ぶ、部長に……似てる、ね……」


 そうこぼす凛子に対して陽向とルナの関係を知っている亞矢はあえて何も言わない。


 カメラに向けて香川の上司と思われる男が語り出す。


『この研究所で最も優れた『アドバンス』である柊陽向、この素体を用いて『アドバンス』の感情と能力の相関について実験を行う。連れて来い』


 研究員が一人の五歳児ほどの幼児を連れ、実験室に入ってくる。


『おねえちゃん』


 柊陽向と呼ばれる少女は途端に拘束衣の中で身をよじらせ抵抗を始める。


『君が妹として可愛がっているクローンの美月ちゃんだ。この子を今から殺す。用が済んだからね。当然君はそれを止めようとする……その際の能力の出力向上がどういったものか、見せてもらおうか』


「この子もルナっちそっくりーって……二十年前の映像でしょ? どゆこと?」


 ルナはこの映像を見て、無意識に封印してきた記憶が断片的に蘇りかけ嘔吐しそうになる。


 名前と顔程度しか覚えていなかった香川たちが、自身を実験動物のように殺そうとしていたことを。


 ルナには東京崩壊以前の記憶がほとんどない。


 古い記憶では既に陽向は施設に幽閉されており、ルナは定期的に面会しては共に絵を描いていた。


 つまりルナこと柊美月は少なくとも二十年以上、この東京で生きていたことになる。


 きっと香川も同じだったはずだ。二十年の歳月をかけて柊美月のことを、柊陽向のことを必死に忘れようとしていたに違いない。


 だから成長した美月を見ても本能がそれに気付かせないようにしていた。


 映像の中で実験室の中の研究員は震える手で拳銃を手にし、美月に突き付ける。


 最早「コロシ部」メンバーは何も言わず映像を食い入るように見ていた。


『やれ』


 研究員が発砲する直前に、その手を黒い立方体が覆った。


 叫び声と共に転倒する研究員と状況の読み取れない美月。


 宙に浮かぶ黒い立方体と重なった研究員の手首とその手が持っていた拳銃は消失し、断面からは血が噴き出していた。


 そして黒い立方体によって失われた空間を補うように、新しい空間がそれを覆っていく。


 陽向の作った黒い立方体は新しい空間に押し潰され、余剰エネルギーとして衝撃波を放った。


 柊陽向が起き上がる。


 自身を固定していたベルトを無数の黒い立方体により切断したのだ。


『実験は成功だ! 目視が必要条件だった柊陽向の能力が進化した! 黒い空間を作り出す力……後は威力の確認ができれば……!』


 歓喜する香川の上司の声。


 だが無数の実験機械と共に強化ガラスが消失し、美月の手を引いて陽向がカメラと香川に向かってくる。


 能力の余波でカメラを支える脚立が倒れ、同じく香川とその上司も衝撃によって尻もちをつく。


『私の能力の出力向上だっけ……そんなに見たければ見せてあげる。あなたは一番近くで見ていれば?』


 冷たく言い放つ陽向。


『やめ、やめ……命だけは……!」


『美月を殺そうとしたくせに、勝手だね。こんな研究所、壊れちゃえばいいよ』


 陽向は目を閉じ、何かに集中する。


 おそらくは全力で能力を発動する予備動作だ。


 隙を見て香川の上司、研究所長が手にした拳銃を発砲するが弾道が逸れる。


『おねえちゃんのじゃましないで』


 美月による空間に干渉する能力。


『やめろ! それ以上は! あああ!』


 研究所長の叫び声の後、轟音が響いて記録は終わった。


 その時市ヶ谷上空に出現した陽向の作った巨大な黒い立方体は、消失する際に爆発にも似た衝撃波を放った。


 結果としてそれは東京を機能停止へと追い込み、以降二十年に渡る混乱を引き起こしたのだった。


 *


(オリーブの言っていた香川の『とてつもない大きな罪』……それは東京崩壊に関与していたということ……?)


「これで全部。満足した? ルナ……いや、この際もう美月でいいわよね?」


「ま、待てよ! 美月ってルナはルナだろ!? だって二十年前だろ? 辻褄が合わねえじゃねぇか!」


 取り乱すアカネに対し、冷静に渚が問いかける。


「ルナっち、今何歳?」


「……正確にはわからない。でもこれを見る限り東京崩壊以前から生きてたみたいだね。私も記憶がほとんどないけど」


「ぶ、部長は部長だよ……多分……」


 そう言いながらも凛子はどこか今まで感じてきた不自然さの正体に気付く。


 それは最年長であるはずの自分ですら知らない、軍でも教わらない知識を数多く「便利屋コロシ部」メンバーに教えてくれたこと。


 彼女らの「部活」という概念ですらそうだった。


「はっきり言って私も混乱してる……でも今ならなんとなくわかるよ。私が作られた柊陽向のコピーだってこと……」


「コピー? でもよぉ、ルナはルナだろ? 仲間だよな? なぁ!?」


「う、うん……部長がコピーだとしても、私にとっては本物だから……」


 渚だけが「コロシ部」メンバーの中でどこか怪訝な顔をしていた。


「アカネちゃん、先輩、ありがとう。コピーだろうと私は私。ルナだよ。……そして香川が狙われて依頼を出したのは私をおびき出すため。本当にこのチップだけが目的なら部室を襲撃した時にわざわざ見過ごした理由がわからない」


「おかしいよ~それ。ルナっちをおびき出すためなら、どうしてあの双子はここを襲ったんだろ。ルナっち殺したら元も子もないっしょ~」


 今、「コロシ部」で一番冷静なのは渚だった。


 渚に対してルナは現段階で考え得る仮説を展開する。


「きっと双子は私を殺してでもチップを欲しがる別勢力。姉さん……陽向の情報が目的だと思う。多分ね」


(でも柊星来(ひいらぎせいら)……彼女の目的がわからない。あの子もコピーなの? 何が目的で私に接触してきたの?)


 新たな手掛かりによって謎はより深まった。


 だがルナ……柊美月が一連の事件の中心人物であることは確かだった。

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