12話 再始動
長い夜が明け「便利屋コロシ部」の面々にも平等に、新しい朝が訪れた。
天井に空いた大穴から降り注ぐ、清々しい朝日を浴びながら、ぐったりと壁に寄りかかるルナ。
陰謀の匂いのする護衛任務。武装ヘリコプターによる襲撃。ルナと瓜二つの少女の来訪。
一見昨日と同じ朝に思えても、彼女たちを取り巻く世界は全く異なるものに姿を変えていた。
*
「折れてるぅ……」
アカネが訓練生時代から振るってきた刀が、刀身の半ばで折れていた。
墜落したヘリから吹き飛ばされた彼女はその勢いで愛刀「義理切」を手放してしまい、日が昇る前から懸命に捜索していたのだった。
名前は辞書とにらめっこして決めたらしい。
「ば、バックアップごと死んだ……」
機銃の掃射に巻き込まれ、原型の無い残骸と化したデスクトップパソコンの前にへたり込むのは凛子。
彼女が情報分析を行う際の仕事道具であり、仲間たちに次いで信頼していたそれは、これ以上ないというほどに壊れていた。
「ルナっち……食糧庫が吹き飛んだよ……」
渚の報告に対し、放心状態で壁の一点を見つめるルナ。
ルナの前で渚が手をひらひらと揺らすが、ちらりと視線を向けただけでまた何か考え込む。
(姉さんに繋がる情報を確かに手に入れたはずだった……でもあれは、柊星来とは何?)
ルナは「ヤマト陸軍」特殊部隊所属コードネーム「ステラ」こと「柊星来」のことを思い返す。
連合がアドバンスを軍事運用する中、ヤマトは反「アドバンス」を掲げ、長年争っている。
つまりステラはその尖兵だということだ。そこまではルナも理解できた。
(あんな子なんか知らない……姉さんを巡る陰謀はどこまで根深いの……?)
「な~に呆けてんの! うおりゃ闘魂注入~!」
繰り出された渚のビンタを難なく掴み取ったルナは、その腕をほとんど無意識のうちで締め上げる。
「ちょちょちょ……あだだだだだ!」
「あ、ごめん渚ちゃん」
渚の手を離すとルナが立ち上がった。
「はあ。一歩近づくとまだ遠ざかる……全く、まるで蜃気楼ってとこだね」
「てて……なんの話~?」
手首をさすりながら渚が聞き返す。
「東京征服の話。みんな、聞いて」
東京征服。
その言葉を聞いてアカネや凛子の意識はルナの方へと向く。
彼女らが格上のチームを相手取るような仕事をこなしてきたのも、その結果短期間でCランクチームに昇格したのも、ひとえにそれが理由だった。
この東京で成り上がることだけが目的であれば、今回「極殺小隊」を打ち負かしただけで十分とも言える。
結果的に依頼人の香川を裏切ったが、悪名高いチームを敗走させただけで今後割りの良い仕事が舞い込んでくるのは確実なのだから。
だが、それだけでは足りないという理由が各メンバーにはあった。
「一応確認するけどさぁ。あのヤクザのオッサンの時計、あれは東京征服に必要ってことでいいんだよな?」
「もちろん。あれに入ってるデータは『東京軍』の暗部に近付ける重要な情報……だったんだけど」
東京軍。連合を支える軍事組織。
ルナはデータ解析のためパソコンに繋がれていた時計のあったはずの場所に目をやる。
パソコンの残骸が重なったそこには、時計の姿は跡形もなかった。
「ぶ、部長……! 安心して……私の体で守れるように『中』に隠しておいたから……!」
凛子が口に指を突っ込んでえずくと、胃液にまみれた香川の時計が出てきた。
「や、やるなぁ先輩……うん」
「……ありがとうリンちゃん先輩。一応、鑑定に持ち出す前に洗っておいてね」
凛子の大胆な発想にルナも驚きを隠せないでいる。
だが再生能力を持った彼女が体の内部でそれを守るというのはある意味合理的だった。
ただこれは軍用の時計だったから成立したものであって、東京崩壊後に作られたボロ時計ではどうなっていたかわからない。
「え、あの、鑑定に持ち出すって……」
「そう。亞矢のところに持っていく。『極殺』が消えて縄張り争いが起こるだろうし、常に臨戦態勢でいくからね」
「あそこは暗いし、じめじめしてるしやだ~。留守番する」
口答えする渚をルナが冷たい目で一瞥すると、彼女は諦めたかのように静まる。
「でもウチらは縄張り争いに参加しないのかよ? 食糧庫がやられてるんだからさぁ」
「いい? 私たちは本格的に東京征服に取り掛かる。当然『極殺』の残した縄張りはもらっていくよ? 漁夫の利狙いでね。弱ったチームも叩いてランクアップを狙う。同時に香川の持っていた情報を糸口に『東京軍』の機密を握る段階に入るから」
そしてルナはそれまで伏せていた計画について話し始めた。
「新宿を平定してBランクに上がったら裁量も増える。そうしたら『極殺』の縄張りと私たちの管轄を合わせて新宿に私たちの自治区を設立する」
「はあ? いきなり自治区ってなぁ……? 『連合』をひっくり返して東京を征服する話はどこにいったよ?」
「う~ん……自分たちの国を作るってこと? それと香川の情報とどう繋がってくるのさ~」
二人の反論に対してルナは……柊美月は大きく深呼吸をして、口を開いた。
「私たちの自治区が『連合』、『東京軍』も見過ごせない力を得られれば、あいつらに囚われたヒイラギ・ヒナタに接触できるはず。そして助力を求める。『東京軍』の最大の機密こそが彼女……香川の残した情報が私たちを導くはず」
「そ、その……計画に不満があるわけじゃないけど、えっと……ヒイラギ・ヒナタさんが死んでいることだってあると思うけど……」
「ヒイラギ・ヒナタは生きてる。香川、ヒイラギ・ヒナタを研究していた男が何かのデータを未だに持っていて、どういうわけか今になって命を狙われていた。きっと彼女はまだ生きていて、この陰謀の一部に巻き込まれてることの証拠だと思う」
ルナはアカネ、渚、凛子の三人をそれぞれ見渡して言う。
状況証拠からだけでなく、ルナは本心から陽向の生存を信じていた。
「とにかく、私たちは部室が壊されたくらいじゃ折れない。たった今から『東京征服』のための計画を再開する。いいよね?」
三者はそれぞれ頷き、出立の準備に取り掛かるのだった。
彼女たち「便利屋コロシ部」四人組。
東京征服を目的とした部活動だった。
*
「それにしてもなぁ。いくら地下が安全だからっても不便すぎやしねぇ?」
「まあ地下鉄は車じゃ乗り込めないし、暗いし、戦場になることは少ないからね。こうやって住み着く人がいるのもおかしくないと思うよ」
ルナの視点の先には、線路脇に廃材で家を作って暮らしている人々がいた。
「う〜ん。目が悪くなりそ。あれ? 暗闇でも目が見えるなら目が良くなったって言えるのかな?」
「こ、こんな穴を通って毎日何万人も移動してたんですね……く、崩れたりしたときのことは誰も考えなかったんですかね?」
彼女たちにとって地下鉄のような旧施設は何度来ても真新しい。
「いつも思うけどさぁ。近くのエキ? まで車で飛ばして降りればいいのによぉ。暗いし、足元ガタガタだし……」
「地上は道が塞がってたり、地形が変わってたりで結局遠回りになるからね。我慢してね」
不満たらたらなアカネをルナがなだめると目的地が近づいてきた。
買取屋「Aショップ」という派手な看板。
廃墟と化した地下鉄に相応しくないギラギラとした電飾。
シンプルな店名について、ルナは亞矢から「裏」のブツを扱っていることを悟られないためだとかつて聞いたことがあった。
しかしこれでは目立つばかりだし、どこから電気を引っ張ってきているのだろうかとルナはいつも思う。
ともかくそこが実験体としては陽向の同期であり、ルナと旧知の仲でもある亞矢の営む店だった。
「いらっしゃ……ってなんだあんたたちか」
「んだよやる気だせよぉ」
亞矢の接客態度を咎めるアカネだが、亞矢は金を持っていない客に対しては常にこうだ。
「いつも大した買い物しないんだもの。たまには百万クレジットと言わなくても五十万クレジットの買い物くらいしていきなさいよ」
クレジット。
関東一帯を牛耳る「大東京連合」の発行する電子通貨であり、彼らが旧銀行サーバーを再利用して運用しているものだ。
端末さえあれば便利な代物ではあったが、端末を持たない貧困層は物々交換で生きていくしかない。
「悪いけど今日も買い物じゃなくて鑑定に来たんだ。このチップを読み込んでくれない?」
ルナは香川の時計に仕込まれていた、情報共有用のチップを取り出す。
亞矢が買い取るのは物品だけではない。
情報次第では記録媒体をデータごと買い取る。鑑定はその一環だった。
「は~あ。そんなとこだろうと思ったわ。生憎鑑定の方は順番待ちなの。一昨日……じゃなくて明後日来なさい」
これは亞矢の常套句。
クレジット次第では順番を抜かしてやってもいいという意思表示。
だが、今回ルナには殺し文句があった。
「多分ヒイラギ・ヒナタの情報が入ってる……元研究員の隠し持ってたチップ。それでもやらない?」
「ったく……最初からそう言えっつーの」
ルナの言葉は、陽向と研究所で共に過ごした亞矢には十分響いたようだった。
「でもなんかこのチップぬめぬめしてない?」
時計ごと凛子の胃袋に入っていたことは黙っておく四人。
亞矢がチップを洗浄してから作業に取り掛かると、外から人の近づく気配がする。
顔を見合わせる「便利屋コロシ部」の四人。
「こんちわ! 配達です~」
「合言葉は?」
外からの声に亞矢が扉越しに返事をする。
すると声の主はしばらく沈黙した後、ドアを蹴破り店内に何かを投げ込んだ。
「合言葉は……くたばれ『コロシ部』!」
爆発と共に、宣戦布告の声が地下に響いた。




