10話 光輝く
「ヒイラギ・ヒナタ? 俺たち『極殺小隊』とあの歴史的破壊者に何の関係がある? 知ってるのは香川についてだけだ」
傭兵セルバンテスの体を操るオリーブは、ほとんど本心からその言葉を口にした。
ヤクザの組長香川の抹殺と「金庫」の奪取……それが今回「極殺小隊」の請け負った依頼だった。
ただそれだけ。
理由は聞かされていないし、任務に支障がなければあまり詮索しないのが暗黙のルール。
そんな単なる殺しの依頼にあの「ヒイラギ・ヒナタ」が関与する余地など微塵もない……だが、その名前が唐突に出てくるということは。
(このルナとかいうリーダー。とんでもない何かを掴んでいる?)
元の体に戻るためにもオリーブはルナの納得のできる答えを紡ごうとする。
確かに「極殺小隊」にとって今回のターゲット、香川という男が怪しかったのは事実だからだ。
逆にオリーブもルナから可能な限り情報を引き出してから何とか帰還しようと決意する。
この依頼で「極殺小隊」はきっと足を踏み入れてはいけない領域に入った。それをザクロへ警告するために。
オリーブ。彼女がまだオリベ・ショーコという名前だった頃。
ザクロやアンズたちの名前に合わせて改名した訓練生時代。
その頃に受けた座学の授業で「ヒイラギ・ヒナタ」について触れた内容があったはずだ。
(思い出せ、今の話と繋がる要素が何か、何かあるはずだ……!)
*
三十年前に「アドバンス」の少女が世界中で生まれる様になると、彼女らは保護という名目で集められ、様々な人体実験を受けていたという事実が存在した。
日本においてその中心となったのは旧防衛省管轄の市ヶ谷。
「アドバンス」という現象に対して各国が先んじようと躍起になっていた時期であり、彼女らへの人権侵害は暗黙の了解で許されていた。
そこで日々研究者たちは「アドバンス」の持つ可能性について模索していたのだ。
何故今になって突然「アドバンス」が生まれ出したのか。
何故男には「アドバンス」としての力が発現しないのか。
何故後天的に「アドバンス」の力を得る者がいないのか。
その問題を解き明かすため、日本中から少女が集められる。
彼女たちは研究員にとって替えの効く素体でしかなく、ある意味今の東京軍の方が「アドバンス」を資源として重宝していた。
そして被検体の一人、柊陽向が二十年前に引き起こした暴走事故。
未曾有の大爆発により東京は首都としての機能を失い、そのどさくさに紛れて自衛隊を母体とした勢力が新たな「日本」を建国。
その勢力は現在「新生統一国家ヤマト」として中部地方を中心に支配し、関東を支配する「大東京連合」と覇権を争うのだった。
*
「依頼人の女は言ってた。あの男、香川は東京崩壊について大きな罪を背負った極悪人だってさ」
ルナは黙って続きを促し、オリーブは話を続ける。
「『極殺』も香川についての情報を探った。それで明らかになったのは、あの男はヤクザなんかやってることがおかしいほどのエリート様だったってこと」
「エリートだった? 元研究員だからってこと?」
ルナとオリーブは一度に情報を出し切らずに、積み上げるように情報を交換していく。
「それもそう。当時の『アドバンス』研究員はなりたいからでなれるもんじゃない。生物学の分野で成果を挙げた香川は、国からスカウトされてイチガヤの研究所で働いてたんだよ」
「……」
イチガヤの研究所。
かつて姉である陽向が暴走事故を起こして、日本を一変させたという因縁の地の名前に、ルナは押し黙る。
そしてオリーブは畳みかけるように言う。
「だから、イチガヤの元研究員だからって香川をヒイラギ・ヒナタと結び付けるのは早計だと思うけど?」
「あなたに質問を許可した覚えはない。でも答えてあげる。それは悪名高い『極殺部隊』に抹殺を依頼するほど香川そのものに価値があるとは思えないから。イチガヤでの重要な事件に関係していると思うのは当然のこと」
ルナは真っ向から言い返す。
今の段階で陽向との関係が漏れることだけは避けなくてはならないと、ルナは慎重に受け答えを続ける。
(どうして今、香川が狙われる必要がある?)
「話を戻すよ……依頼人の素性は?」
「『謎の女』としか言えない。向こうから一方的に音声データで指示してくるだけ。こっちからじゃ接触できない人物……これで満足した?」
「いつの間にか男口調はやめたんだ。感覚共有の能力者が『極殺』にいることは知ってたけど、身体ごと乗っ取ってたなんてびっくり」
能力を看破されたオリーブはセルバンテスの体で自嘲気味な笑みを浮かべる。
「制約ばっかりで便利なものでもないけど。見ればわかるでしょ」
そしてオリーブは小さくため息をつくと、ルナに取引をもちかけた。
「次で最後。『謎の女』についての考察。ここから先を聞くにはこの体を殺すと約束してくれる? それが教える条件」
「……いいよ。いつまでもあなたを生かして『極殺』に嫌がらせできるほど懐事情に余裕はないんだ。じゃあ、教えて」
「この依頼は『東京軍』を経由して受けた依頼じゃない。そもそも香川をどうにかしたいなら『東京軍』が直接動けばいいだけの話。だからその女はきっと……」
だがオリーブが言い終わる前に、目のくらむ閃光が部屋の窓際にいる二人を照らす。
ルナが目をこらして外を見る。
何の気配もなく突然廃ビル六階の真横に現れたそれは、軍用のヘリだった。
「伏せて!」
軍用ヘリに搭載された機銃が轟音と共に火を噴き、日が昇る前の「コロシ部」部室を明るく照らす。
家具が弾けるように崩れ、凛子が時計を解析していたパソコンが粉々になる。
オリーブが乗っ取っていたセルバンテスは即死し、ルナは能力で空間を歪めて猛攻から身を護る。
「アカネ!」
「ああ、やったらぁ!」
渚の合図と同時にアカネが抜刀し、窓の外のヘリに向かい駆け出す。
自殺行為にしか思えないアカネの行動。
だが渚の放ったテレキネシスの一種である「念波」によって弾丸が減速し、さらに背中にその力を受け加速したアカネは向かってくる弾を斬り、避け、弾く。
渚の特殊な念動力は、普段は口喧嘩ばかりのアカネと一際相性が良かった。
あっという間に窓から飛び出したアカネは、ヘリコプターのフロントガラスに刀を突き立てている。
「落ちろおおお!」
操縦者を殺され、コントロールを失い落下する軍用ヘリ。
「やば……」
後先考えていなかったアカネとヘリが降下し、プロペラがビルの外壁を削る音が振動と共に響く。
そしてヘリは墜落前に姿を消し……コンクリートの地面ではなく、廃ビルの屋上へと落下した。
つまりはビルを削りながら落ちていたヘリが、いつの間にかビルの屋上の真上に移動し、ルナたちのいる部室の天井をぶち抜いたのである。
それは襲撃者の中に「アドバンス」の存在があり、その能力が働いたことを示していた。
天井に空いた穴から新たな輸送ヘリの姿が見え、次々と兵士が着地してくる。彼らの持つアサルトライフルに装備されたライトで室内が照らされる。
少なくとも敵は正規軍並みの装備と規模を持った勢力。とても「コロシ部」が太刀打ちできる相手ではないとルナは判断した。
(どういうこと……!? ヘリなんてチーム規模じゃあり得ない……こんなこと『東京軍』か、もしくは……)
何故か敵は突入してこない。
ルナたちの様子を伺っているのか。
「他の奴らは死んだら死んだでいいと思ってたから、まあいいや。生きてても。『あの人』さえ生きてれば、別に」
兵士たちは皆ゴーグル付きのヘルメットで顔を隠していたが、二人だけ顔を露わにしている人物がいた。
白髪の若い戦闘服の男と、黒髪の赤い目をした軍服の女。
そして暗い緑色の髪の女がその前で血を流し倒れている。
「オリーブといったな、情報漏洩による契約違反で殺させてもらった」
白髪の男が冷たく言う。どこかで彼女の本体を拉致し、寄生先の体から意識が戻った段階で殺したのだ。
「私はステラ。ヤマト陸軍対異種人類特殊作戦群『タケミカヅチ』従属異種人類……まあ要は従軍『アドバンス』ってこと」
おそらくは彼女が落下するヘリコプターを屋上に転移させたのだろう。
対異種人類特殊作戦群「タケミカヅチ」……「アドバンス」が戦力の要である「東京軍」に対抗して設立された、対「アドバンス」戦に特化した「新生統一国家ヤマト」が有する特殊部隊。
主な任務は「アドバンス」の制圧、殲滅、捕獲。
ステラと名乗る少女はルナに向かって手招きする。
アカネはヘリから振り落とされ地上に落ち、渚は「念波」を切らして隠れ、凛子はパソコンを守って機銃で撃たれ再生途中だ。
状況的に逆らうこともできず、仲間の安否も確認できないまま瓦礫を登って屋上へと進むルナ。
それまではよく見えなかった少女の顔が見える距離まで歩を進める。
そして……ステラの容姿が自分に瓜二つであることがわかり、驚愕する。
目の色以外はまるで本当の双子かのように。
「似てるでしょ? だってそういう風に“できている”から」
「あなた、一体……」
「それに知ってる? 自分とそっくりな人に会うとね……死んじゃうんだって。ねえ、どっちがどうやって死ぬと思う?」
回転を続ける墜落した戦闘ヘリのローターが突如として消え、ルナの頭上に出現し後方へと消えていった。
出現位置がもう少し低ければ、ルナの首はローターとともに宙を舞っているはずだ。
遅れてルナの全身から汗がにじみ出る。
「例えばこんな風に? なんて」
そう。ステラは明らかにルナと似た空間干渉の力を持っていた。
そして一瞬で距離を詰め、ルナの耳元に手を当てたステラがささやく。
「まだ『殺すな』って指示だから……また会おうね、お姉ちゃん。ステラはコードネーム……私、柊星来。よろしくね」
ルナに妹がいた記憶などない。
ルナは呆然として、ヘリに乗り込むステラこと「柊星来」を見送るしかなかった。
柊陽向を巡る陰謀はどこまでも深い。それは当事者の一人であるルナ……柊美月にも計り知れないものだった。




