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戦争の予兆と各国の動き

デルタ村に吹き荒れる恋愛の嵐とは裏腹に、世界は不穏な戦争の兆しを見せ始めていた。ジーク=アッシュ――“黒影の剣士”と呼ばれるようになった彼の途方もない力は、もはや辺境の噂話では済まされなくなっていたのだ。王都だけでなく、周辺諸国の情報機関も彼の存在を掴み、その力を自国に引き入れようと暗躍を開始していた。この異常な世界情勢の背後には、『旧世界の神』の覚醒がもたらす根源的な『歪み』があった。神の力が、人々の不安や欲望を増幅させ、争いを焚きつけている。かつて、人々が魔力式の機械に頼り、神を忘れ去った傲慢さへの、静かなる報復のように。

王国の情報網は、各国が送り込んだスパイたちの動きを察知していた。村に潜入しようとする不審な影、怪しげな取引現場、そしてジークの動向を探る密偵たちの報告が、王城の執務室に山と積まれる。各国のスパイたちは、まるで影のように巧妙に動き、水面下でジークの奪い合いが始まっていた。彼らの多くは、魔物による国土の荒廃や、食糧不足に苦しめられていた。その疲弊した状況を打破するために、ジークの圧倒的な力を欲していたのだ。それは、まるで飢えた獣が、最後の獲物を巡って争うかのような、醜くも悲しい光景だった。彼らの目に映るジークは、もはや一人の人間ではなく、ただの『道具』に過ぎなかった。その剥き出しの欲望と、それを隠そうともしない浅ましさが、リュミエルの心を深く抉った。

王都に戻っていたリュミエル王女は、日ごとに増していくスパイたちの報告に、胸を締め付けられていた。ジークが、今や戦争の火種となりつつある。彼がただ静かに暮らしたいと願っていることを知る彼女にとって、この状況は耐え難いものだった。彼を追放した過去の過ちが、再び彼の平穏を奪おうとしている。あの時、王国のしきたりや、貴族たちの保身に囚われ、彼の側に立てなかった自分。その不甲斐なさが、今も彼女の胸を締め付ける。しかし、ジークはそんな彼女の過ちすら、きっと咎めはしないだろう。その優しさが、逆に彼女の心を奮い立たせた。

「彼を、これ以上巻き込ませるわけにはいかない……! そして、この世界を、これ以上彼の清らかな光で汚させはしない!」

リュミエルは、自室でそう決意した。これまで、彼女は王女としての立場に縛られ、ジークを助けることができなかった。しかし、もう違う。今こそ、王女として、そして一人の女性として、彼を守るべき時なのだ。ジークが示してくれた、地味で、しかし確かな『土の匂い』のする生き方。それこそが、この腐敗した王国に必要なものだ。彼を王に据えることで、世界は変わる。そして、彼女自身も、彼にふさわしい王女にならなければならない。

翌日、リュミエルは国王に謁見を求めた。その瞳には、かつてないほどの強い光が宿っていた。

「父上。わたくしは、この国の王女として、そしてジーク=アッシュを守るために、全力を尽くします。彼が示す『静かなる真理』こそ、この世界を救う唯一の道なのですから」

彼女の言葉は、毅然としていた。国王は驚きを隠せない。これほどまでに強い意志を、娘から感じたのは初めてだったからだ。リュミエルは、ただの「幼なじみ」としてジークを案じるだけでなく、国家間の均衡を保ち、戦争を防ぐための「外交カード」として、彼を守り抜く覚悟を決めていた。その決意は、彼女がジークに抱く「恋」が、もはや個人の感情の枠を超え、国家の未来そのものと結びついていることを示していた。彼女にとって、ジークは、王国の腐敗を浄化し、真の平和をもたらすための『聖杯』なのだ。

そして、国際会議の場が設けられた。各国の代表者が集まる厳粛な場で、リュミエルは臆することなく、堂々と宣言した。

「わたくしの王国は、いかなる国にも『黒影の剣士』ジーク=アッシュを引き渡すつもりはございません。彼は、この世界の新たな秩序の象徴。彼を狙うのであれば……まず私を倒しなさい! 私が、この王国が、あなた方のその身勝手な欲望の前に立ちはだかりましょう!」

その言葉は、会場に集まった各国の代表者たちの間に、衝撃をもって響き渡った。彼女の凛とした姿からは、これまでの可憐な王女の面影は消え、強大な意志を宿した一国の姫としての威厳が漂っていた。

一方、デルタ村では、セイラとフィリアもまた、ジークを巡る状況の変化を感じ取っていた。

セイラは、王国の動きを肌で感じながら、自身の使命の重さを再認識していた。ジークを王国に連れ戻すことは、もはや個人的な感情だけでなく、国家の存亡に関わる問題となっていた。彼女は、騎士として、この腐敗した社会の歪みを肌で感じてきた。貴族の傲慢、民衆の疲弊、そして魔物による脅威。ジークの隣で、彼女は「静けさ」の中にこそ真の強さがあることを学んだ。

「ジーク。王国は、もはやあなたなしでは立ち行かなくなる。理解して。……あなたは、この澱んだ世界の『濁り』を吸い取る、清らかな泉のようだ。だから、私が、その泉を守る堤防になる」

彼女の言葉には、騎士としての責任と、ジークへの切なる願いが込められていた。彼女はもはや、彼をただ監視するだけでなく、彼を守る盾となる覚悟を決めていた。彼女がジークに抱く感情は、ただの恋慕ではない。それは、騎士としての忠誠と、彼が示す「真理」への畏敬の念が混じり合った、複雑な感情だった。彼こそが、彼女が信じる『正義』そのものだった。

フィリアもまた、学園都市からの情報を元に、世界がジークを中心に動き出していることを察していた。彼女は、ジークに師事するだけでなく、彼を守るための力を渇望していた。学園都市の学説では説明できない、各地で頻発する異常な魔力現象。それらは全て、ジークの言葉が示唆する『根源的な歪み』の兆候だった。

「先生は、誰にも渡さない! 私がもっと強くなって、先生を守ってあげるんだから! 先生の隣で、この世界の『謎』を全部解き明かしたいんだ! 先生が望む『静かなる真理』を、私が探求して見つけ出すんだから!」

彼女は夜な夜な、ジークから教わった「イメージ」の魔法を研ぎ澄まし、来るべき戦いに備えていた。彼女にとってジークは、学術的な探求の対象であり、同時に彼女の人生の『道標』だった。彼の隣にいることで、彼女は真の魔法の力を、そして『生きる意味』を見つけることができた。

リュミエルは王国を、セイラは騎士団を、フィリアは魔法学園を、そしてノアは闇ギルドを。それぞれが、ジークの存在によって、自らの背負う「国」や「組織」の重みを改めて認識し、彼を守るために立ち上がる覚悟を決めていく。

「彼を巡る恋」は、もはや個人の感情の範疇を超え、それぞれのヒロインが「国を背負い、彼を守り抜く」という、壮大な「恋と戦争」の予兆へと変貌しつつあった。ジーク自身は、そんな世界情勢の変化に全く気づかず、ただ今日も、静かに畑の土を耕し続けていた。彼が知らない間に、世界は彼を中心に、大きく動き出していたのだ。彼の地味な手によって、畑の土壌はますます肥沃になり、そこから湧き出す生命力が、世界の『歪み』を少しずつ癒やしていく。


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