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三人の乙女、共同生活バトル勃発

デルタ村の一軒家は、突如として華やかな賑わいを見せ始めた。王女リュミエル、騎士団副団長セイラ、そして天才魔導士フィリア。本来なら交わることのないはずの三人の乙女が、図らずも共同生活を始めることになったのだ。リュミエルはジークの追放を悔いるあまり、彼を見守るために村に残ることを決意し、セイラは王国からの命令でジークを連れ戻すべく、そしてフィリアは彼を「先生」と慕い、その教えを乞うべく、それぞれがジークのそばを離れようとしなかった。

家の中は、朝から晩まで、女たちの静かで、しかし熾烈な戦場と化していた。

朝食当番争いは、その最たるものだった。

「ジーク様のお味噌汁は、私が作りますわ! 王家秘伝の出汁でございますから! この味こそ、疲れたジーク様の心身を癒やす至福の一杯となるでしょう!」リュミエルが上品な笑みを浮かべながらも、鍋の前に陣取る。彼女は知っている。王都の栄華が、いかに人々の心を蝕み、ジークのような真の価値を見抜けない社会構造を生み出してきたかを。だからこそ、彼女は彼に、真の安らぎを与えたいと願っていた。彼こそが、王国の、そして彼女自身の未来を照らす光なのだから。

「何を仰る。騎士たるもの、朝食で英気を養うべし! 私が作るのは、栄養バランスを考えた完全食よ! 戦場を駆け抜ける騎士の如く、素早く、しかし確実にエネルギーを補給するのよ!」セイラは腕組みをして、リュミエルを牽制する。彼女の言葉には、日頃から鍛え抜かれた騎士らしい毅然とした響きがあった。ジークは、彼女にとって「守るべき対象」であると同時に、「理解し難い存在」でもあった。しかし、その理解不能な魅力こそが、彼女を彼に惹きつけてやまなかった。彼のような、世俗の価値観に縛られない強さが、いかにこの腐敗した王国に必要なものか、彼女は痛感していた。

「先生は、甘いパンが好きだって、この前教えてくれました! だから、私が焼くんです! えへへ、先生の好きなものは、私が一番知ってるんですから!」フィリアは、小さな体で身を乗り出し、パン生地を捏ねるリュミエルの腕に食い下がろうとする。彼女の無邪気な瞳には、ジークへの一途な想いが込められていた。ジークは、彼女の閉鎖的な世界を広げ、真理の扉を開いてくれた唯一の人物だ。彼がいなければ、彼女は永遠に机上の空論に囚われていただろう。だから、彼の隣で、彼の幸せのために尽くしたい。それが、彼女の純粋な願いだった。

三者三様の主張がぶつかり合い、台所には食材と熱気が渦巻く。その横で、ジークはただ黙々と、朝食のおにぎりを頬張っていた。彼にとっては、誰が作ろうと、腹が満たされればそれでいいのだ。彼が使うのは、フォークやナイフではなく、素朴な木の箸だった。王都のテーブルマナーなど、彼にとっては遠い世界の出来事だった。彼は、女たちの間で繰り広げられる「見えない戦い」には、全く気づかない。彼の視線は、ただ、おにぎりの米粒一粒一粒に宿る生命力に注がれていた。

日が暮れても、戦いは終わらない。今度は夜の訪問権バトルだ。

「ジーク様、今夜はわたくしの部屋で、少しお話でもいかがでしょう? この村の未来について、じっくりと語り合いませんか? もちろん、それ以外の話題でも、いくらでも……」リュミエルが、透けるようなネグリジェ姿で誘惑する。彼女の放つ甘い香りが、部屋中に漂う。彼女は知っていた。この世界の王侯貴族たちが、いかに民衆から搾取し、自らの保身のためにジークのような真の英雄を排除してきたか。だからこそ、彼女はジークと共に、その矛盾を打ち破る新しい世界を創造したいと願っていた。

「ジーク、今日の任務の報告書がある。手短に済ませたい。……いや、手短でなくても構わない。むしろ、徹夜で話し合っても良い」セイラは、夜の帳が降りた静かな廊下で、凛とした声でジークに声をかける。彼女の視線は、リュミエルへの牽制を多分に含んでいた。彼女は、王国のシステムがいかに不完全で、ジークのような異端の力を受け入れられないかを痛感していた。だからこそ、彼女は彼を、社会の理不尽から守る砦になりたいと願っていた。

「先生! この魔法、どうしてもわからないんです! 今すぐ教えてください、今すぐ! 眠いなんて言ってられません! 夜通しでも付き合いますから!」フィリアは、寝間着姿のまま、目を輝かせて駆け寄る。彼女は、学園都市の学者が陥りがちな「知識のための知識」という袋小路から、ジークが自分を救ってくれたことを知っていた。彼の隣で、真の知恵を探求し、彼の言葉の真意を理解することこそが、彼女の生きる意味だった。

ジークは、そんな彼女たちの攻防に、全く気づく様子がない。彼はただ、手元の古い魔導書を読んでいたり、あるいは明日耕す畑の作物の成長について考えているだけだ。彼の心の中は、常に平穏な農作業で満たされている。彼にとっては、誰が隣にいようと、この静かな時間が確保されていれば、それで十分だった。

三人は、ジークのわずかな仕草や言葉から、彼の「好み」を探ろうと必死だった。 「ジーク様は、熱いお茶がお好きなのでしょうか、それとも冷たい水……? あ、もしかして、両方?」 「彼が最近、よく見ているのは、野菜の図鑑ね。ということは、健康志向? それとも、ただの野菜好き?」 「先生、昨日、あの光るキノコのシチュー、全部食べてくれた! やっぱりあれが一番好きなんだ! よし、明日はもっとたくさん作ろう!」

まるで探偵のように、ジークの行動パターンを分析し、小さな変化も見逃さない。彼女たちの恋愛戦争は、日々、地味に、だが確実にエスカレートしていった。

一方、ジークは、相変わらず無自覚に、そして無心に、畑を耕し続けていた。彼は、ただ土を愛し、作物を育てることに喜びを感じていた。だが、彼の知らぬ間に、彼の「地味スキル」や「伝説の剣」から無意識に漏れ出す魔力が、この辺境の土地に奇跡をもたらし始めていた。最近、村の湧き水が、これまで以上に清らかになり、土壌の奥底から、これまで確認されていなかった鉱物が検出されるようになった。これらは、全て『旧世界の神』が世界を蝕むために作り出した「歪み」を、ジークの力が無意識に「矯正」している証拠だった。それは、彼の「静かな暮らし」を脅かす存在への、土壌からの静かな抵抗でもあった。

彼の耕した土壌は、驚くほど豊かになり、作物は通常よりも早く、大きく育っていく。村の湧き水は、より清らかになり、枯れていた植物が息を吹き返した。それは単なる土壌改良に留まらず、この世界の根源的なエネルギーを活性化させているかのようだった。ジークが黙々と鍬を振るうたびに、彼の放つ無意識の力が、この世界の生命力を回復させている。彼自身は気づいていないが、彼の地味な農作業こそが、後に世界を救う壮大な計画の一端となるのだ。

三人の乙女たちの激しい恋愛バトルと、ジークの穏やかな日常。二つのコントラストが、デルタ村の共同生活を、ますます波乱に満ちたものにしていた。



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