表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

学園都市から来た天才少女

デルタ村に、またしても新たな波紋が広がろうとしていた。王都から遠く離れた学園都市、その最難関を誇る魔法学園。そこの生徒たちが普段使うのは、最新型の魔法演算装置や、複雑な呪文を自動で解析するインテリジェントローブといった、最先端の魔導具ばかりだ。その学園に、飛び抜けた才能を持つ少女がいた。その名を、フィリアといった。

フィリアは、まだ幼いにもかかわらず、既に数多の魔法理論を修め、多くの魔導士が解明できなかった難題すら解決してきた、まさに天才少女だった。だが、そんな彼女にも唯一の悩みがあった。どんなに複雑な魔法も、どんなに難解な呪文も使いこなせるのに、どうしても「応用」が利かないのだ。型にはまった魔法しか使えず、とっさの判断や、創造的な発想が伴う魔法がからっきしだった。彼女は、王都の魔法研究施設が発表する論文を読み漁り、世界の魔力流動の変化が、近年、不可解なパターンを描いていることに気づいていた。まるで、世界の根源に、何らかの『エラー』が生じているかのように。その原因を探るためにも、彼女には自身の魔法を、理論の枠を超えて「覚醒」させる必要があった。

そんなフィリアの耳に、ある噂が届いた。「辺境の村に、“黒影の剣士”と呼ばれる、とてつもない使い手がいる」と。その剣士は、魔物も魔導軍も、まるで子供をあしらうかのように無力化するという。フィリアは直感した。この人物こそ、自分の魔法を「開眼」させてくれる存在に違いない、と。

彼女は、王都からの命令で村に滞在している騎士団副団長セイラの目を盗み、密かにデルタ村へと向かった。村に近づくにつれて、土の匂いが一層濃くなり、小鳥のさえずりが心地よく耳に届く。学園都市の魔力に満ちた空気とは違い、ここでは自然の息吹が満ちていた。

村の広場で、フィリアはジークを見つけた。彼は、相変わらず黙々と畑を耕している。その背中は、何の変哲もない、地味な村人のそれだった。しかし、その動きには一切の無駄がなく、流れるように美しかった。

フィリアは、ジークの前に立つと、深く、深く頭を下げた。そして、そのまま地面に膝をつき、土下座した。

「お願いします! ジーク様! どうか、私を弟子にしてください! 先生の隣で、この世界が抱える『根源的な歪み』を解き明かすための力を、どうか私にお授けください!」

フィリアの声が、緊張と切実さを込めて響き渡る。その突然の行動に、畑仕事をしていたジークは、ゆっくりと顔を上げた。彼の表情には、いつものように何の感情も読み取れない。

「弟子……? 俺はただ、畑を耕してるだけの農民だが。君、こんなところで土下座して、膝が汚れても知らないぞ?」

ジークの言葉は、率直で、何の偽りもなかった。彼は本当に、自分が「黒影の剣士」であることや、「英雄」として噂されていることに、全く自覚がないようだった。そのどこかズレた感覚が、フィリアには逆に新鮮だった。王都の学者たちは皆、自分の功績や地位に固執するばかりで、真理を探求する純粋な心を見失っている。だが、ジークは違った。彼の目は、常に土と、そこに宿る生命だけを見つめている。そんな彼だからこそ、複雑な魔法理論の檻に囚われた自分を解放してくれると、フィリアは直感的に理解していた。彼には、この世界の『隠された真理』が見えているのだと。

「いいえ! あなたは違います! あなたの噂は学園都市にまで届いています! どうか、私の魔法を、導いてください! 私はもう、このままでは先へ進めないんです!」

フィリアは、必死に食い下がった。彼女の目には、強い光が宿っていた。ジークは、しばらく彼女をじっと見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……別に、教えてやれることなんてない。だが、君がそこまで言うなら、一つだけヒントをやろう」

そう言いながら、ジークは一つのアドバイスを口にした。

「魔法は、結局のところ、イメージだ。どれだけ強く、鮮明に、その結果を思い描けるか、それだけだ。あとは、そうだな……頭で考えるより、体が先に動く、みたいな?」

その言葉は、あまりにもシンプルで、魔法学園で教わる複雑な理論とはかけ離れていた。フィリアは、一瞬呆気にとられた。そんな抽象的なこと、今まで何度言われてきたか分からない。だが、ジークの言葉には、不思議な重みがあった。彼の「影潜り」が、理論を超えた直感と身体感覚の極地にあることを、フィリアはまだ知る由もなかったが、その片鱗を感じ取っていた。彼の言葉は、まるで固く閉ざされた概念の扉を、ふわりと開く風のようだった。

「イメージ……? 体が先に動く……?」

フィリアは、言われた通りに目を閉じ、頭の中で一つの魔法を思い浮かべた。それは、彼女が最も苦手とする、複数の属性を同時に操る複合魔法だった。今までなら、それぞれの属性を個別に認識し、それを組み合わせることに意識を集中していた。だが、ジークの言葉を聞いた後、フィリアは、ただただその複合魔法が「完成した状態」を、五感で感じるかのように鮮明に思い描いた。炎が燃え盛り、水が渦巻き、風が吹き荒れ、大地が震える、その混沌とした美しい光景を。

彼女が目を開けた瞬間、手のひらから、ゴオォッ!と音を立てて、多属性複合魔法が発現した。それは、彼女がこれまでどんなに頑張っても成功しなかった、完璧な複合魔法だった。炎は熱く、水は冷たく、風は荒々しく、土は堅固に、同時に一つの塊として収束している。それは、単なる理論の組み合わせではなく、世界の根源的な法則を、彼女の心が『直感的に』理解した結果だった。

フィリアは、自分の手のひらを見つめて呆然とした。そして、その魔法を生み出したジークへと視線を向けた。彼の瞳は、その光景を見ても何の動揺も示さず、ただ静かに彼女を見つめ返していた。

「……先生っ! これ、すごいです! 今までどんな論文を読んでも分からなかったことが、一瞬で! 私、感動で全身がフワフワします!」

フィリアの顔に、満面の笑顔が広がった。彼女の胸に、かつてないほどの感動と、絶対的な信頼が湧き上がった。この人こそ、自分の限界を打ち破り、真理の扉を開いてくれる唯一の存在。彼の隣にいれば、世界の謎すら解明できる。そう確信していた。

「ジーク先生大好き! 私、先生の言うことなら何でも聞きます! たとえ『畑の雑草は一本たりとも残すな』と言われても、この身を挺して雑草と戦います!」

その日から、天才魔導士フィリアは、ジークの「弟子」となった。彼女は村に住み着き、ジークの後をついて回り、畑仕事を手伝いながら、彼の言葉の一つ一つを宝物のように吸収していった。ジークの「静かな暮らし」は、またしても一人、賑やかな住人を増やしてしまったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ