遅いよ
学生時代、関東で暮らしていた私と、東北に住んでいた彼。
年はそんなに離れていなくて、出会いは共通の友達を通してだった。
最初はスポーツのオフ会。何度か顔を合わせているうちに、私は彼に惹かれていった。
私はその頃、別の人と付き合っていた。それでも、彼の存在が心の中でどんどん大きくなっていった。
覚悟を決めて、彼の所へ向かった。
ホテルの部屋で、彼に「好きです」と告白した。
けれど、彼は言った。
「5年間片想いしてる人がいるんだ」
シャワーの音がするドアの向こうで、私は子供のように声を殺して泣いた。
それでも、彼のことを諦められなかった。
私は彼の「特別な誰か」にはなれなかったけど、「関係」は続いた。
恋人ではない。けれど、ただの友人でもない。
定期的に彼に会いにいき、ふたりで夜を過ごした。
彼の声が好きだった。
年齢以上に落ち着いた雰囲気と、理知的なまなざし。
それでいて、ふと見せるくしゃっとした笑顔は、まるで子供みたいだった。
身体の相性もよくて、会っている間は、私はたしかに“幸せ”だった。
だけどある日、私は彼氏と共に関西へ引っ越すことになった。
それがきっかけで、彼との関係を終わらせる決意をした。
そしてしばらくして、彼は会いに来てくれた。
あの変わらない穏やかな声で、彼は言った。
「……今さらだけど、君のこと、好きになってたんだと思う」
私は静かに笑った。
「もう遅いよ」と心の中で思ったけど、口に出せなかった。
代わりに、「またね」なんて嘘をついた。
その日の夜、私はLINEで一言だけ送った。
「これで終わりにしよう」
それが最後のやりとりだった。
季節がいくつか過ぎて、彼に彼女ができたと聞いた。
私に振られたあと、彼はしばらく大泣きして、かなり落ち込んでいたらしい。
その時、彼を支えていたのが今の彼女だった。
彼はあの街でボードゲームカフェを始めて、彼女と一緒に店をやっていると聞いた。
その間、私も彼氏と別れた。
そのあと、何人かと付き合ったけれど、みんな違った。
どこか違和感があって、すぐに終わってしまった。
今は、やっと1年続いている彼氏と同棲をはじめたところ。
彼は無口で、あまり感情を表に出さない人。
ときどき寂しくなるけど、居心地はいい。
……でも、どこか満たされない。
そんなとき、SNSで彼の結婚報告を目にした。
隣には、あの彼女がいた。
彼は、幸せそうに笑っていた。
その瞬間、「一番好きだった人」という、彼が昔こぼした言葉がふいに胸を刺した。
たしかに、私はあの頃、本気で彼を想っていた。
今でも、ときどきあの声や笑い方を思い出す。
だけど私は、最後まで彼の「特別」にはなれなかった。
いまも、私が一番なのかな。
それとも、もう違うのかもしれない。
でももう彼は、私の隣にはいない。
人生を一緒に歩むことも、ない。
スマホの画面をぼんやり見つめたまま、ゆっくりと閉じる。
「……本当に終わったんだ」
どこかで、いつかまた“続き”が始まるような気がしてた。
けれど、その記憶も手順も、
もう静かに時間の奥へとしまわれてしまった。
読んでいただきありがとうございました!