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エピソード 9

ー 大学一年夏 コヤマ ー


 金だけはあった。

 外見的評価はわからないが、勉強は出来たし運動もそこそこ。子どもの頃から何でもそつなくこなしていて、目立つこともなければ、埋没しながらも何となく周りとうまくやっていく。それが僕の生き方だった。カワベみたいにがっついたところがないせいか、女に困ることもない。正直なところ女なんていなくたってどうでもいいわけで、むしろ他人に拘束されるのは窮屈だった。

 

 大学に入学するのと同時に家を出た。


 実家は横浜だから通学には何の問題もなかったが、自分がいなくなれば、両親は父という役割も母という役割も無くなり完全に自由になれる。そう理解し僕は家を出ることを決めた。両親は僕の希望を尊重する体で、快く承諾してくれた。


 自分の家族が普通ではないと気付いたのはいつのことだろう。


 金でしか家族に愛情を示さない父と、その金にしがみつかないと生きていけない母。父の眼差しは金で買った若い女に注がれ、寂しさを埋めるために母は外に愛情を求めた。

 今思えば働いて家族を養うことも、炊事洗濯て身の回りの世話をすることも愛情には違いなかったのだろうが、僕は、金や労力よりもただ僕の存在を認めてくれる言葉が欲しかった。


 家を出て一人になると、そんな甘ったれた子どもくさい思いからは解放された。


 傍に眠る女に目をやる。静かに寝息を立てていたが、夢現の中で視線に気付いたのか、ゆっくりと瞼を開けた。

「ん・・・。」

「ごめん。起こしちゃった?」

「ううん。」

 彼女はゆっくりと首を振った。そして僕にぴたりとくっついて、上半身に腕を回してきた。裸の乳房が腕に押しつけられる。


 なんでこんなことになったんだっけ。


 僕は昨日のことを思い出そうとしていた。酒のせいか記憶が曖昧で、彼女の名前さえ思い出すのに時間がかかった。


「ねぇ。コヤマくん」

 名前を呼ばれ僕は彼女の顔を覗き込んだ。


「私のこと好き?」


 なんて答えたらいいのか、起き抜けの頭じゃ思い浮かばなかった。仕方なく彼女の顎を上に引き上げ、唇を重ねた。寝起きで嫌だったのか彼女は身をよじり軽く拒否をする。僕は枕元にあった酒を一口飲むと、もう一度彼女にキスをした。固く結んだ唇をこじ開けると、もう彼女は観念したようだった。


 カーテンから差し込む早朝の薄明かりが、一度拒否したとは思えない大胆な彼女の姿を映し出す。


 好きでもない女なのに何で身体は反応するんだろう。いや、そもそも人を好きになったことなんてあったか。鈍った頭で思い出そうとしたが、誰一人の顔も思い浮かばなかった。


 初めて女と付き合ったのは高校に入ってすぐのころで、それはただ自分の好奇心と欲を満たすための行為でしかなかった。彼女は無関心な僕に早々に愛想を尽かし、恋人期間の終わりを迎えた時、大粒の涙を流していた。


 なんて大袈裟なんだろう。


 ちょっと連絡がないとか、構ってくれないとか、そんな簡単な理由で別れは切り出されたのに。実際、一ヶ月もすれば彼女の隣には他の男が歩いていた。


 一人になることはそんなに寂しいものだろうか。


 彼女といて好奇心は満たされたけれど、ただそれだけだった。学校帰りのデートや就寝前にベルを送りあうルール。彼女の干渉は窮屈で、別れは解放されたような気持ちになった。それからは学校の外で年上の女と遊ぶようになった。バイト先の先輩だったり、夜遊びで出会った女の子だったり、曖昧な関係が許される相手。だから好きかどうかなんていう言葉は興醒めで、面倒くさいだけだ。


「コヤマくん・・・」

「ん・・?」

「ちょっと、痛いかも・・」

 僕は我に返って「ごめん」と言って動きを止めた。

「・・でも、止めないで・・・ゆっくり・・」そう言うと、彼女は僕の背中に腕を回し身体を引き寄せた。肌が触れると互いの体温が混じり合い、周りの空気が熱を帯びてゆく。

 僕は手の甲で額の汗を拭うと目を閉じた。


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