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エピソード 7

 

ー 大学一年 夏 ー


「じゃぁ、とりあえず、前期お疲れ様っす。乾杯っ」


 幹事の音頭に合わせて、「かんぱーい」と声をあげるとみんなでコップを鳴らした。そして顔を見合わせながら最初の一口を楽しむ。


 渋谷にある安いチェーン店に僕らはいた。夏休みに入り、バトミントンサークルの一年生でお疲れ様会をしようということになったのだ。


 今日のメンバーは六人。幹事のユウキ、その隣にはカエデとイチカワさん。イチカワさんの向かいに僕が座り、その隣にコヤマ、サトシが座っている。


「とりあえず適当に頼んじゃっていいかな。後は各々好きなやつ頼んでよ。あ、すみませーん。店員さーん」

 店員が来るとユウキは慣れた様子でオーダーしていく。

 ユウキは男から見ても整った顔をしていて、キャンパスで合うと隣にいるのは綺麗な女の子のことが多かった。こうして面倒な幹事もかって出てくれるし、嫌味がなくて誰にでも好かれるような男だ。


「じゃぁ、さっそく自己紹介タイムする?」とユウキは笑顔で言った。オーダーもするし、おしぼりも配るし、とりあえず全員に話題を振ってくれる。サービス精神が旺盛だなと感心する。


「いやいや。合コンじゃないんだからさ」とコヤマもいつもより軽いノリで返す。

「コヤマも合コンとか行くの?」

「誘ってくれたら行くよ」


「えーっ。私もユウキくんと合コンしたい。」


 ユウキの隣の席に座るカエデが甘い声を出した。ロングの巻き髪の毛先が、大胆に開いた胸元で揺れる。薄化粧のイチカワさんとは対照的に気合の入った化粧と服装といった感じだ。きっと高校時代はスカートが短かっただろうし、ルーズソックスを履いていただろうし、ポケベルを打つのが上手かった人種だろう。


 前々からカエデはユウキに猛アピールをしていたが、ユウキの眼中にはないようで、のらりくらりとかわされ続けていた。ユウキが「お、いいねー」と心にもないことを言う。カエデは軽くボディタッチをすると「絶対よ」とユウキの顔を覗き込んだ。そのガッツは見習いたいものだなと思う。


「カエデちゃん。合コンしたいならボクと一緒にどう?」

 ユウキの向かいに座るサトシがニコニコとしながら言った。サトシは顔は悪くないのだが、ちょと太っている。温厚で癒しキャラという言葉がぴったりだ。しかし、ユウキに夢中のカエデからしたら候補には上がらないようで「んー。考えとく!」で話を終わりにされてしまった。


「みんな夏休みどうすんの?」とユウキが言うと

「ボクはユウキみたいにモテないから、バイトばっかりさ」と、サトシが唐揚げを口いっぱいに頬張りながら答えた。丸い顔がさらに丸くなって、これ以上唐揚げが似合う男がいるのだろうかといった風貌だ。


「いやいや、俺も全然予定ないし」

「えぇっ。じゃぁ一緒に遊びに行こ」と、すかさずカエデが言う。ボディタッチも欠かさない。


「そうだなぁ。じゃぁみんなでどっか行く?ヨウコちゃん遊びに行きたい場所とかない?」

 ユウキはカエデの向こう側にいるイチカワさんに話しかけた。会が始まってからまだ一言も発していないイチカワさんのことが気になったのだろう。


「えっ・・・。」

 イチカワさんは戸惑ったような表情を浮かべる。


「ヨウコちゃんはぁ、アルバイトで忙しいんだって。」


 イチカワさんを遮り話出すカエデに、ユウキは困ったような顔をしている。


「カエデちゃんはユウキのこと好きだよなー」

「やだぁ、サトシくん。そんなんじゃないよう!」

「ほらほら、ユウキがモテるのは分かったからさ。海とかどう?夏だし」

「もう!コヤマくんまで何言ってんの。ってゆーか、コヤマくん海とか行くんだ?似合わなーい!」

 そう言うとカエデはケラケラと笑い出した。

「いやぁ。こんなんでも脱いだらすごいのよ?」

「やだぁ」

 すでに酔っ払っているのかと思うほどにカエデはご機嫌だ。反対隣にいるイチカワさんにはずっと背を向け、ユウキに話しかけている。


「イチカワさん。他に何か頼む?」


 ぼくは向かいにいるイチカワさんにメニュー表を広げながら話しかけた。


「・・・ん・・。どうしようかな・・。」

 イチカワさんはメニュー表を覗き込んだ。彼女は浮かない表情をしていて、食事にも興味がなさそうだった。


「このチーズの揚げてあるやつ美味いんだよね。イチカワさんは嫌いな物とかないの?」

「・・セロリ?」

「あー俺も嫌い。癖あるよね」

 イチカワさんは小さく頷いた。


「イチカワさんは海行きたい?」

「どうかなぁ。あんまり得意じゃないかも」

「俺も。実はカナヅチ」

「えっ」っとイチカワさんは驚いた表情をする。なんて反応したら良いのか困ったのだろう。男が泳げないというのはなかなかの欠点であるらしい。僕はそんなに気にしてないんだけど。そして僕が笑うとイチカワさんも笑った。


「イチカワさんは高校の時バド部だったの?」

「まさか。私、中高美術部だもの」と、イメージ通りの回答が返って来た。


「そうなんだ。バドにはどうして?」


 イチカワさんは一瞬迷ったような顔をして「・・・トモミに誘われたの」と言った。

 思っても見なかった名前に僕は驚いた。


「トモミ?トモミってサークルに来たことあったっけ?」


「初めの日に、用事ができたって言われてそれっきり。なんか、トモミっぽいよね」

 イチカワさんはふふっと笑った。


「・・・人のこと誘っといて、いいかげんな奴だよな」

 テスト前にノートを返さなかったことが思い出されて、本当に呆れてしまう。トモミとはあれから会っていない。気まぐれな彼女のことだ、夏休みが明けても大学で会うかは怪しかった。


「えーっ。トモミちゃんに誘われたの?」と急にカエデが会話に入ってきた。

「トモミちゃんも入ればよかったのにー。うち、女の子少ないじゃん?」そう言うと、カエデはすぐにユウキの方に向き直り同意を求めている。


「カエデちゃんとヨウコちゃんがいれば十分だよ」とユウキが言う。

「えー。女の子ともっとお喋りしたいのにつまんなーい」


「カエデちゃん十分喋ってるよ。うるさいくらい」

 コヤマが笑顔でお得意の毒を吐く。


「コヤマくん、ひどぉい。ねぇ、ユウキくん」

 カエデは何を話されてもユウキに話を振り、テンション高く笑っていた。

 


 それから二時間ほど飲食をして会はお開きとなった。


「ユウキくん。二次会行くよね?」


 カエデはユウキの腕に腕を回して言った。足は千鳥足で目は心なしかトロンとしている。そんなカエデの腕を丁寧に剥がすと「ごめんね」とユウキは言った。


「これから高校の友達と約束があるんだ」

「えー。なんでこんな日に。ユウキくんがいないとつまんないよぅ」


 ユウキは拝むポーズをしてもう一度「ごめん、また今度。じゃぁ、お疲れ!」というと手を振り駅の方に歩き出してしまった。カエデは名残惜しそうにユウキの姿を見つめている。


「今日のところはお開きにしようか」


 コヤマが腕時計を確認して言う。時間は十時半。これからもう一軒となるとオールになってしまうし、女の子二人のことを考えるとその方が良いような気がした。カエデは不満げな顔をしていたが、僕たちは渋谷駅に向かって歩き始めた。


 コヤマとカエデが並んで歩き、その後を僕とイチカワさんとサトシが歩く。カエデはコヤマの話に時折楽しそうな笑い声をあげている。足元はふらふらでコヤマが何度か支えていた。


「カエデちゃん楽しそうだね」とサトシが言う。

「楽しそうっていうか、帰り大丈夫かな。イチカワさんは何線?」

 僕の隣を静かに歩いているイチカワさんは「田園都市線」と短く答えた。聞けば最寄りは溝の口だという。二子玉川からは数分先の駅だ。


「二人一緒かぁ。ボク東横線だからここでお別れだぁ」

 サトシがふざけて抱きついてくる。

「いや、男に抱きつかれても」

 ベタついた肌が互いに触れ、なんとも言えない気持ちになる。本当に勘弁してほしい。

「だってイチカワさんに抱きつくわけにはいかないだろ」

「そら、セクハラだってボコボコにされるね」そう言って殴る真似をすると、イチカワさんは笑った。


 ハチ公前はまだまだ人で溢れている。むしろこれからが本番だといわんばかりの賑わいだ。コヤマは僕と同じ田園都市線だが、カエデを送っていくためにJRの改札で分かれた。サトシとも別れると僕とイチカワさんも田園都市線の改札に向かって歩き出した。


 田園都市線は混雑していて、僕とイチカワさんは向かい合って密着する形になってしまった。薄着の女の子が至近距離にいる。よく見るとイチカワさんは可愛い顔をしていて、僕はなんだか急にドキドキしてしまう。

 汗臭くないだろうか。サトシに抱きつかれた時の不快感を思い出して不安になる。僕は彼女の身体に触れないように、息が吹きかからないように、細心の注意を払った。


「遅くなちゃったけど、家まで大丈夫?送ろうか?」

 イチカワさんは僕を見上げて「ありがとう。でも、大丈夫。うち、駅から近いから」と言った。

 何か話さなきゃと思ったけれど、僕たちは無言のまま二子玉川駅についた。


「気を付けて」


「うん。オカベ君も」


 短い挨拶を交わし僕たちは別れた。電車が発車するまで見送ると、僕は改札に向かって歩き始めた。

 


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