エピソード 4
「カワサキトモミ?」
コヤマは少し考えるような仕草をする。バドミントンサークルの部室の中には、僕とコヤマとイチカワさんがいた。
「そう、二週間前に一般教養のノートを貸したんだけど、それから講義に来ないんだよ。必修にもいないし、来週テストなのにどうなってんだよ」
僕は少しイライラした口調で言った。
「オカベ君。それ、月曜二限だよね?私も取ってるから、ノートコピーしようか?」
「イチカワさん本当?すごく助かる」
イチカワさんは言葉を発さずに頷いた。
少し頬が赤くなっているのがわかる。彼女は赤面症らしくて、度々顔を赤くしていた。
初めは自分に気でもあるのかと勘違いしそうになったが、だれに対してもそうなるらしかった。大人しくて自ら話し出すことは滅多にない。そんな彼女がそう申し出てくれたのは嬉しいことだった。
「トモミあんまり大学に来ていないみたいだから。今度会えたら、話してみるね」
「下の名前で呼ぶんだね。仲がいいの?」
「そういうわけじゃないんだけど、トモミが名前で呼んでって。・・ノート、コピーしてくるね」
そういうと、イチカワさんは部室を出て行った。
「あ・・・」
そこまでしてくれなくてもいいんだけどな、と僕は申し訳ない気持ちになる。
それに引き換えカワサキトモミはなんなんだろう。いい加減なやつだ。
「イチカワさんてさ、いい子だよな。約束すっぽかしたりなんて、絶対しなさそ」
部室のドアを見つめコヤマが言った。
「そうだな・・・」
「そういえばさ、カワサキトモミの連絡先とか知らないわけ?」
「あーー。うん、電話番号は知ってる」
「じゃあ、電話かけりゃぁいいじゃん」
「まぁ、それはそうなんだけど、、。」
男子校出身で彼女がいたこともない僕には、それはハードルが高い。
「俺が掛けてやろっか?」
「いいよ、別に」
コヤマは大学に入学してからの短い付き合いだが、ちょっと性格が悪いのは感じていた。いや、嫌な人間ではないけれど、人をからかう癖がある。そうやりとりしてるうちにイチカワさんが戻ってきた。
「どうぞ」
イチカワさんは顔を赤らめてノートのコピーを差し出した。
翌週、カワサキトモミはテストに現れなかった。
きっとこの単位は落とすと決めたのだろう。人の迷惑も省みず、いい加減な奴だ。
僕はテスト用紙を埋めると、すぐに講堂を出た。外に出ると初夏の日差しが目を刺してくる。
目を細めると、その先にはカワサキトモミの姿が見えた。
彼女も僕の姿に気づいたようで、僕を見つめながら近づいてくる。
「寝坊しちゃったの」
悪びれる様子もなくトモミは言った。
「テスト大丈夫だった?」
トモミは僕のノートを差し出した。一応返すつもりはあったようだ。僕はそれを受け取ったけれど、モヤモヤは晴れなかった。
「イチカワさんにノート借りたよ」
「あぁ。ヨウコ。あの子、真面目だもんね」
僕はなんとなく嫌な気持ちがした。
「タクミ君。この後時間ある?」
トモミはPHSを取り出し時間を確認すると言った。
「今日は二限で終わりだけど・・。」
「そう。じゃあ、一緒にお昼食べよう。お詫びに奢るから」
トモミはそう言って歩き出してしまった。こちらには回答権がないらしい。
本当に変な女の子と関わってしまった。




