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エピソード 2


 終電にギリギリで滑り込み、僕たちは田園都市線で二子玉川駅に向かった。


 車内は酔っ払いたちの匂いが充満していて、何だか気分が悪くなってくる。渋谷から十分だというのに、満員電車に揺られるのは辛い。


 電車を降りると、ツンと冷たい風が体に沁みてくる。

 僕はジャンパーのファスナーを一番上まで上げて、ポケットに両手を突っ込んだ。自動改札を抜ける人の波に身を任せ、僕たちは東口に出た。


 駅の周りには高島屋や量販店があって、生活に必要な店はほとんどが揃っている。近くを流れる多摩川の河川敷はのほほんとしていて、栄えているけれど落ち着いた街だ。僕のアパートは駅から二十分ほど歩いたところにある。駅から少し遠いけれど、天気が良ければ河川敷を散歩しながら帰れるし、僕はこの街が気に入っていた。


 コンビニに寄ると、僕はビールに酎ハイ、ミックスナッツをカゴに入れた。カワベもカップ酒と味付き卵、ポテトチップスを放り込んだ。僕よりも躊躇なくカゴに入れていく。コイツは遠慮というものを知らないらしい。


 アパートに着くと扉の前に人影が見えた。


「よお。」

 コヤマが軽く片手をあげる。


「買ってきたぞ。」

 ずっしりと重みがありそうなレジ袋を僕に差し出してくる。手土産を持参してくるコヤマは、まだマシなやつのような気がした。



「何、またナンパ失敗したわけ?」

 コヤマは馬鹿にしたように、缶ビールを片手に言った。


 六畳1Kの狭いこの部屋で、いつもの飲み会が始まった。


「失敗してねえよ。可愛い女の子二人、飲みに行ったし連絡先も交換したんだ」

 カワベは少しムッとして反論した。


「でも、繋がらないんだろ。それね、わざと。連絡したい相手だったら、その場で番号交換してるよ。拒否られてんのわっかんないかなあ」 


 わざわざ喧嘩を仕掛けるようなことを言わなくてもいいのに、コヤマは悪気なく毒を吐く。


「お前はカワイソーなやつだね。人間疑っちゃ幸せになれないんだよ」

 カワベは手にしたカップ酒をグイッと飲む。 


「別にいいさ。俺は女に困っちゃいないからね」

「うるせえ。じゃあ、誰か紹介しろよ」


「お前と気の合いそうな子はいないな」

 コヤマはカワベに目もくれず、缶ビールを飲み干した。


 多分、コヤマが言うことは本当なんだろう。

 カワベと気の合いそうな頭の少し悪い女の子なんて、コヤマの周りにはいない。コヤマはそんな女の子が好きじゃないし、女の子だって気難しいコヤマのことは好きにならない。

 カワベと対極にいる。いつも何か本を読んでいて、一人で静かに時間を過ごしている。

 コヤマはそんな男だった。


「そういえばさ、この前渋谷でユウキを見かけたよ」


 コヤマが思い出したように言った。ユウキも同じ大学の友人だったが、四年になるとキャンパスで姿を見かけることはほとんどなかった。高身長で軽薄そうな見た目のせいか、いつも綺麗な女性を連れて歩いている。気の向いた時だけふらっと現れるくせに、友達付き合いもうまくて、つまり、とても羨ましい人生を送っている男だ。


「ユウキ?最近見ねえな。元気だったか?」

 カワベはミックスナッツを頬張りながら言った。


「いや、声はかけてない。トモミと一緒に歩いてたよ」


「え!まさか、トモミもユウキの彼女になちゃったわけ?あいつ何人女いんだよ」

 前のめりになったカワベは、危うくベッドから落ちそうになった。


「へえ、トモミ・・」


「なんだあ、タクミ。気になるのかぁ?」

 カワベが下世話な表情を見せてくる。


「いや、別に、そんなんじゃないけど」


「一緒に出掛けるくらい彼女じゃなくてもあるだろ。ユウキ、特定の女作らないみたいだしさ」

「なんであんな軽薄そうな男がモテるんだ。俺なら大切にするのに」


「さぁ・・・顔・・?」

 コヤマはまたしてもしれっと毒を吐く。うるせーよと、カワベはベッドに横になった。


「まあまあ、とりあえず今夜はこれが空くまで飲もうぜ」


 僕が戸棚から取り出した焼酎を横目で見ると、カワベは機嫌を直して水割りを作り始めた。


 それから何時間酒を飲んだだろう。


 カワベは地割れのようないびきをかきながら人のベットに寝ていたし、コヤマは部屋の隅に毛布にくるまり寝息をたてていた。フローリングのに敷かれた薄いカーペットは、床の硬さと冷たさを体に伝えてくる。


 こんなに飲んでるのに、僕は眠ることができなかった。



 トモミの話を聞いたからだろうか。僕は彼女の肌を思い出す。


 彼女は僕と、寝た。


 そしてこう言った。「私には愛している人がいるのよ」と。

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