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エピソード 1

 

大学四年の冬だというのに、僕にはまだ内定がない。


 履歴書を送ったのは百社、面接五十社、採用ゼロ。

 世の中は就職氷河期真っ只中。半分寝てても良い会社に入れたような奴らが、優越感たっぷりの表情で高圧的な面接をしてくる。履歴書返せ。証明写真はタダじゃない。交通費だってかかってるんだ。


 だから僕には金もない。

 無いのは金だけじゃない。

 彼女もいない。

 我ながらかわいそうで泣けてくる。


 この前カワベに誘われて、酔った勢いでナンパに出掛けた。

 カワベというのは僕の大学の友達で、長身だけが取り柄の男だ。彼女が欲しいが奴の口癖で、顔がイマイチなくせに面食いなもんだから、可愛い子を見かけてはじっと視線を送ってる。ゼミの女の子にはぐいぐいと距離感なく近づいて、ちょっと避けられているのに気付いていない。そんな調子だから、もちろん女には縁がない。

 僕は巻き添えを喰らいたくないけど、きっと同族と思われてるだろう。


 そんなカワベだけどメンタルは相当なもので、何人もの女の子に嫌そうな表情をされながら断られても、めげずに次々と声をかけていく。


 渋谷の街で僕たちは何組の女の子たちに声をかけただろうか。


「カワベ、もういいよ。俺ん家帰って飲み直そうぜ。」


 何百人に声をかけたところで、僕たちと飲もうなんて物好きな女の子は現れない気がしていた。


「タクミ。ここまできて何言ってんだよ。お前さっきから後ろで突っ立ってるだけじゃねえか。俺はな、女の子と一杯飲まなきゃ気が済まないんだ。」

 鼻息が荒い。そのエネルギーを他のことに使えないのかと突っ込みたくなる。


 だけど、僕には女の子に声をかける勇気すらない。


 いや、正確に言うと興味もない女の子におべっかを使ってまで、飲みに付きあってもらうことを面倒に感じていた。それなら男同士、適当に飲んで潰れていた方が楽しい。だけどカワベはそうじゃないらしい。


 もうダメかもしれない。


 カワベですらそんな雰囲気を出し始めたところで、二人組の女の子が足を止めた。年は僕たちと同じくらいか。大柄のカワベに遮るように立たれ、驚いたのだろう。両手を合わせ拝むようなポーズをとるカワベを、少し目を見開いて見上げている。


「ねえねえ、一軒だけ。お願い。一緒に飲もうよお。」


 もう土下座する勢いのカワベを見てると、面倒くさいを通り越して恥ずかしくなってくる。女の子たちは見つめ合い、困った表情をみせた。


「・・・じゃあ、一軒だけね。電車の時間もあるし、あまり時間ないけど。」


 その言葉に、カワベの表情は分かりやすく明るくなった。


「ほっ本当?じゃあ、この先にうまい店あるんだよね。ねえ、キミ名前は?」


 カワベは早口に女の子たちにどんどん話しかけていく。僕はそんな三人の少し後ろを歩いた。


 女の子の名前をもう僕は覚えていないけれど、一人はショートカットに大きなイヤリングをつけた気の強そうな女の子で、もう一人はロングヘアでタレ目の女の子だった。聞けば、隣の女子大の学生らしい。

 カワベは上機嫌で酒を飲み、女の子たちに質問していく。女の子たちも笑顔で楽しそうだ。僕は聞き役とオーダー取りに徹する。興味がない飲み会ではいつもそうだ。周りに気を使うフリをして時間を潰す。


 酔いが少し回り始めた頃、段々と雲行きが怪しくなってきた。


 ああ、始まった。


「俺さ、男と女は分かり合えないと思うんだよね」


 お決まりの定型文。カワベ的男女論。


「男と女は違う生き物なんだよね。男は女の考えを理解できないし、女は男の気持ちを理解しようとしない。なのに、互いを求め合うんだよね。不思議だと思わない?」


 カワベに気を使っているのか、恋愛論に興味があるのか、女の子たちは興味深そうに聞いていた。

 カワベは酔っ払うと語り出す癖があった。しかも話す内容は毎回同じで、僕はこの男女論を何百回と聞いていた。ひどい時には一晩で三回くらい聞いている。


 僕の表情は曇っていたが、それ以上のスピードで女の子たちの表情は強張っていった。


 僕には彼女たちの気持ちが分かる。


 カワベは気持ち良さそうに語っているが、びっくりするぐらい中身がない。中身がないだけじゃない。訳もわからない。酔っ払っているせいなのか、元々の知能の問題なのか、僕にも分からない。男同士飲んでいる時に語っている分には問題がないが、女の子と一緒の時は絶望的な気持ちになる。女の子たちは段々と、


 何言ってんだコイツ


 といった表情になり、耐えられなくなったのか時計に目をやると「終電だから」と帰る準備を始めた。


「じゃあ、連絡先交換しよ」


 空気を読めない大馬鹿野郎のカワベだけが、まだ上機嫌だ。ショートカットの子が携帯番号をメモしてカワベに渡した。別れてから着信を入れたが、もちろん繋がらない。


「何だよ、番号書き間違えてる。隣の女子大だって言ってたよな。今度行ってみっか」

 僕は開いた口が塞がらなかった。拒否されていることを理解してないらしい。


「もう、そんなのどうでもいいからさ、俺ん家で飲み直そうぜ」

 カワベの肩に軽く手を置き見上げながら僕は言った。


「お前は、そんなんだからダメなんだよ。女出来ねえぞ。」

「うるせえ。お前には言われたくねえよ。ほら行くぞ。」

「はー。結局今日もお前と飲むのか。お前の奢りな。」


 カワベはブツクサ言いながら、僕の後ろをついてきた。なんでコイツに奢らなきゃならないんだと思ったが、何だかかわいそうな気がして渋々了承する。


 カワベの携帯が鳴る。


「もしもし。コヤマ?今?うん、これからタクミの家行くところ。何、三茶なの?わかった、おう、後で。」

 携帯を切り「コヤマも来るってよ」と言う。


 タダ酒飲みが一人増えるらしい。コヤマも大学の友達だ。

 いつも通りのメンバー、薄っぺらいカワベの男女論を聴きながら、今夜も朝まで飲むことになるんだろう。

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