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知らない世界も君となら

作者: まゐ

 ある日、お爺さんが1人だけの、傘しか売っていないお店で新しい傘を買った。

 大きな傘、小さな傘、たためる傘、透明な傘等、ありとあらゆる傘がある中から、僕は、白い世界に映える様に鮮やかな赤い傘を一本選んで買った。


 外に出るととても寒い。僕は、手を擦り合わせて手袋を嵌めて、白いため息を吐いた。

 空は一面の灰色で重たそうに見える。

 昨日の大雪で、通りは一度綺麗に雪掻きをされていた。新たに朝降った雪のせいで表面だけが白く染まっている。歩く度に僕の足跡が出来ていく。右、左、右、左。順番に並んだその足跡は、僕の場所を教えてしまう。


 困ったなぁ。


 左の手袋を少し捲って腕時計を見た。約束の時間が迫っていた。

 僕は道に足跡を付けながら、そしてその足跡を時々振り返って、やっぱりそこにある事を確認しながら少し早足で進んだ。


 冷たい風が吹いてくる。僕が進む方向から吹いてくる。顔が冷たい。フードを深く被り直してマフラーを鼻まで引き上げた。

 目のすぐ前に白い影が見えた。あまりの寒さに、まつ毛に霜が降りたのかと思ったけど違った。綿の様な雪が舞い降りて来ていたのだ。

 僕は立ち止まって空を見上げた。一面の灰色は徐々に濃くなって、見えない太陽が沈みつつある事を教えてくれる。濃くなった空からとめどなく雪が降りてくる。僕の肩に、頭に、靴先に乗っては僕の熱を奪って溶けていく。

 僕は「よし」と頷いて、買ったばかりの赤い傘を広げて天に掲げた。そしてそのまま道を進んだ。

 時々振り返って今来た道を見る。徐々に降る量を増す雪が、僕の足跡を消して行くのを確認した。

 僕は、もう一度「よし」と頷いてから、もう振り返る事なく前へと進んだ。



 その日も雪の降る日だった。

 君は、鮮やかな青い傘を差して僕を待っていた。僕を見ると少しだけ笑って、当たり前の様に手を繋いだ。傘越しの青い光で顔色が悪く見える。でも僕は知っている。その青い光が、君の顔の青痣を隠す為のものだって事を。

「背が伸びたね、追いつかれちゃった」

 同じ目線に並んだ僕と君。

 大好きだった。

 いつも優しくて、僕の事を1番に考えてくれる。

 ずっと、一緒にいたかった。

 僕は、君の顔の青痣に触れた。

「逃げよう、一緒に、2人で」

 僕はそう言った。僕はまだ小さい。だから君を守る事は出来ないのかも知れない。それでも、大好きな君を今のままにしておくのは嫌だった。

 君は、ただ首を左右に振った。

「ねぇ、大好きよ」

 そう言って僕を抱きしめた。そして、ゆっくりと離れて僕を見つめる。

「私のお母さんも、お父さんの事が大好きだったの。お父さんも、お母さんの事が大好きだったはずなの」

 君の言葉に、僕は頷いた。

 でも、君のお母さんは君を置いていなくなってしまった。そしてお父さんは、君を殴る。

 僕のお母さんも、お父さんの事を大好きだった筈だ。だけど、僕を連れてお父さんから逃げた。

「私の考えてる事、分かる?」

 君が僕に聞いた。

 僕は、分かるような気がした。

 心変わりをしてしまった君のお母さんとお父さん。

 君は、自分のお父さんやお母さんと同じ様に心変わりをしてしまう事が不安なのかも知れない、と。

「大好きよ。大好きなままでいたいの」

 そう言ってもう一度僕を抱きしめた。



 雪も風も強くなってきた。日が暮れて行き、どんどんと辺りが暗くなっていく。

 急がなきゃ。

 積もっていく雪に足を取られながら、僕は先を急いだ。


 君との約束をした、あの場所へ。



「凄いね、ここ」

 街から大分離れた山路への入り口の横には、雪掻きで退けられた沢山の雪が積み上げられて、大きな山の様になっていた。

「春になったら無くなっちゃうなんて、考えられないね」

 そう言いながら、君はその大きな雪山の反対側に回り込んて行って、僕から見えなくなった。

 慌てて僕は君の後を追いかけた。

 雪山の反対側の奥の奥、1番奥に君は居た。積み上げられた雪の上に新たに積もった柔らかい雪の上に寝転んで、すっぽりと雪に埋まっていた。君の形にくり抜かれたスポンジに嵌め込まれたみたいになっている。

 目をしっかりと閉じて、両手を組み合わせて胸の上に置いている。

 まるで棺桶の中の死体の様だ。

 君の吐く息が、君の胸の動きに合わせて白く漂う。

 そんな様子を、僕は温かい気持ちで見守った。

「今からそっちに行くよ」

 僕はそう呟いて、君の上に飛び込んだ。

「わあ!」

「あはは!」

 驚く君を見て、僕は笑った。君も笑った。

 2人でひとしきり笑って、そして静かになると、僕の目を見て君は言った。

「このまま一つになれたら良いのに」

 見つめ合いながら、僕は『一つになる』意味を考えた。

 『僕』と『君』が、くっ付いて溶けて混ざって、1人の人間になる。

 そうすれば、今の僕たちとは全く違う人間になって、君はもうお父さんに殴られなくなるのだろうか。僕は新しいお父さんに気を使って過ごさなくても良くなるのだろうか。

 そして・・・。


 君と僕、永遠に同じ方向を向いて、生きていけるのだろうか。


 でも・・・。


 そんな事は起こらない。


 僕たちは決して『一つ』には、なれないのだ。



 風が更に強くなった。気を抜くと傘を飛ばされてしまいそうだ。

 両手に力を入れてしっかりと傘を掴んで、僕は先へ先へと進んだ。息が上がってくる。苦しい。

 でも・・・。


 君の苦しみは、こんなモノではなかった筈だ。


 待っていて、すぐに行くよ。



「もしもし・・・どうしたの?突然」

「え?知らないわ」

「また、何かしたんじゃないの?知らないわよ私は」

「関係無いじゃない」

「もう別れたんだから、そっちはそっちで何とかして」

「嫌よ、聞きたくないわ」

「迷惑よ、分からないの?」

「もう2度と電話なんかしてこないで」


 お母さんが、誰かとそんな電話をしていた。

 その次の日、僕に手紙が届いた。


 君から。



『大好きよ。

 君の事、最後まで大好きなままでいられそうです。

 君の心が永遠を望むのならば、明日陽が沈むまでに、雪山に隠されたあの場所に来て下さい。

 多分私は、高い所に居ます。雪雲の辺りに居ます。そこから君を見ています。

 だから、暗くなる前に来て下さい。


 大好きよ』



 強い風に曝されながら、僕は時々傘に積もった雪を払い落とした。雪雲の辺りから見下ろして、赤い傘がよく見えるように。


 ようやく、約束の場所に辿り着いた。

 少し薄暗いけれども、日の入りには間に合った筈だ。

 その時、一際強い風が吹いて来て、僕の赤い傘を吹き飛ばしてしまった。

 あっと思った時には、傘はもうずっと遠くに行ってしまい、息を飲んだ隙に見えなくなった。


 でも、もう大丈夫だよね。


 山路への入り口の横の、積み上げられた雪の山の裏側の、奥の奥の1番奥。

 そこには、降り積もった雪に隠された青い傘の先端だけが覗いていた。

 僕は掘った。手袋に雪がまとわりついて、固まり、重くなっていく。それでも気にせずに掘り続けた。

 辺りがすっかり暗くなった頃にようやく辿り着いた。


 君が居た。


「見つけた」

 僕は呟いて、君の体の周りの雪を退けた。すっかり君が現れると、僕は、君が目印として立てたであろう青い傘を引き抜いて差した。そして空を見上げる。

 陽の沈んだ、厚い雲に覆われた黒い空。

「ねえ、そこから見える?」

 僕は空に向かって聞いた。

 すると、返事をするように強い風が吹いた。その強い風が青い傘を吹き飛ばしてしまった。

 赤い傘と同じように、あっと思った時には、傘はもうずっと遠くに行ってしまい見えなくなった。

 赤い傘に会いに行ったのかも知れない。

 赤い傘と青い傘が並んだら、図鑑の心臓みたいだな、と僕は思った。

 心臓はハートだ。ハートは『心』だ。

 会えると良いな。


 僕は君を見つめた。

「今からそっちに行くよ」

 僕はそう呟いて、君の上に飛び込んだ。

 君は冷たくて硬かった。動かない君の手を握った。冷たかったけど、段々と暖かく感じて来た。

「あはは」

 僕は笑った。

「きゃはは」

 君の笑い声が聞こえた気がした。

 しばらくそのままでいると、僕は眠くなってきた。

「ねえ、大好きよ」

 君の声が聞こえる。

「僕も、大好きだよ」

 僕は答えた。

 降り続ける雪が僕と君を隠していく。目印の傘はもう無い。全てが白く染まっていく。

 お母さんの「好き」も、お父さんの「好き」も、青痣も、何もかも白くなる。

「ずっと一緒だよ」

 僕は最後に呟いた。

 一緒に行こう。知らない世界も、君と一緒ならきっと白いに違いない。

 ずっと一緒なら、『一つ』と変わらないよね。

 

 白い雪に覆われて何も見えない中で、僕は君を見つめながら静かに目を閉じた。

相変わらず童話の定義が分かっていませんが、マッチ売りの少女のような物語を書いてみたいと思って書いてみました。

悲しく辛い現実から、大好きな人と知らない世界へと旅立つお話です。

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― 新着の感想 ―
これからのふたりがどうなるのか。 気になる形で終わっているところが逆に読者の想像次第というところもあってあおれはそれで良いのかなと思います。
2025/01/27 07:32 退会済み
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