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99人の勇者と平民の俺  作者: 甘党むとう
第一章 『冒険者編』
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第44話 鏡花水月①

「……マジかよ」


 ぽつりと呟いて、俺たちを見回すカイル。

 その顔には、さきほどまでの笑顔が消され、そんな顔もできたのかと驚くくらい、真剣な表情が貼りつけられていた。 


「そういうことだ」


 いつの間にか、休ませていたはずの二頭の馬を引き連れたエルが、カイルの背後に立っていた。


「事情を知ってしまったお前が、これからとれる行動は二つ。一つは、私たちに協力すること。もう一つは、見て見ぬ振りをして逃げること。もちろん、逃げるのなら容赦はしない。殺すつもりでお前を追う。今すぐ決断しろ。この状況、敵が私たちの存在に完全に気づく前に、私たちは一刻も早くペイリンツリーを抜けなければいけない」


 背筋が凍るような、冷たいぞっとする目がカイルに向けられる。


 俺は、何も言えなかった。

 カイルは先ほど、エルとは腐れ縁の関係だと言っていた。そんな関係の人物から向けられたにじみのない殺気。ふと、海斗の顔が頭に思い浮かぶ。あの、怒りと憎しみのこもった目。気分のいいものでは、決してない。


「……ははっ!」


 だが、俺の心配をよそにカイルは笑った。

 困惑する俺と桜。カイルと付き合いのあるレジーナでさえも、困惑した様子だった。


「ほんと、お前は不器用だよな、エル」


 不器用? カイルの言葉に、ハテナの文字が頭に浮かぶ。

 エルがカイルに向けて放ったのは紛れもなく殺気だった。冗談ではなく、カイルが逃げる選択肢をとれば、エルはカイルを殺す気だったろう。それのいったい何が不器用だというんだ?


 カイルはおもむろに立ち上がると、振り返り、エルに向かって手を差しだした。

 俺と桜とレジーナは、状況が全く読み込めないまま、エルとカイルの動きを静かに見守った。


「いいよ。お前達に協力してやる。

 ただし、報酬金はたんまり貰うぜ!」

「ああ、もちろん」

 

 二つ返事で、エルがカイルの手を握る。

 どうやら話はまとまったみたいだった。


 こんな関係があるのか。

 俺はエルとカイルの、深く言葉を交わさなくても、お互いのことが分かっている二人の関係がとても羨ましく感じた。こんな友と出会えることなんて、一生のうちにあるのだろうか。世界が一つだけでないと分かった今、どんな人との出会いも奇跡なのだと実感している。だからこそ、その奇跡の中で自分とわかり合える人と出会える確率は、計り知れない。この二人はそんな世の中で出会ったんだ。理解し合える友に。


 ふと、どこからか視線を感じ、頭を動かす。

 ばちりと目が合ったのは、桜だった。

 みるみると紅潮する桜の頬。桜はさっと、視線をエルとカイルの方へと戻した。


 俺は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

 なんだ、俺だって出会っているじゃないか。この奇跡みたいな確率のなか、運命の人だと思える人物に。


 ちらりとレジーナが視界に入る。

 彼女は俺と桜を、おもしろいものでも見るように、ニヤニヤとした顔で見ていた。途端に恥ずかしくなって、俺は鋭い視線をレジーナに飛ばした。レジーナは表情を崩すことなく頷くと、そのままエルとカイルの方へと視線を戻した。


 恋とは難しいものだ。 

 幸せで胸が温かくなるのに、なぜこうも恥ずかしく感じることがあるのか。世の中の人たちは皆、どうしているのだろう。


「さっそくだが、今から作戦会議を始める」


 エルの言葉で、緩み始めた空気が引き締まる。

 これまでの旅で何度も聞いた言葉。作戦会議が始まれば、他のことは考えない。レジーナでさえ、ふざけることはなくなる。俺は幸せと恥じらいを胸の奥にしまいこみ、エルの言葉に耳を傾けた。


「ペイリンツリーに敵が大勢いることは予想外だったが、先に知れたのは僥倖ぎょうこうだ。対策がとれる」


 一同が頷く。


「少なくなってきた水と食糧を確保するため、ハルトとサクラはペイリンツリーに。私とレジーナは顔が割れているため、ペイリンツリーには入らず、迂回して街をこえる。カイルはハルトとサクラに何かあったときのために、少し離れたところから、二人を見守る形で街に入ってくれ」


 俺と桜のアイテムボックスにある水と食料は、合わせて二日分。パーティーにカイルが加わるとなると、もって一日と半日ほどか。ジークリード王国はここから三日かかる。いつ敵の攻撃があるか分からない旅において、空腹や水分不足はあってはならない。常に万全の体勢でいることは、必須事項だ。


「他に案はあるか。

 気になることでもいい。

 何でも言ってくれ」


 エルの問いに、一人、ゆっくりと手を挙げる者がいた。

 皆の視線が、その者に集まる。手を挙げたのは、カイルだった。


「その……非常に言いづらいんだが。

 一つ、言っておかなきゃいけないことがある」

「なんだ、早く言え」


 もったいぶって言うカイルに、エルの遠慮のない言葉がとぶ。冷たい言葉に感じるが、作戦会議中のエルは常にこうなので、もう慣れてしまった。始めはびくびくしていた桜も、今じゃ何も気にすることなく、二人のやりとりを静観している。


「俺はさ、元々依頼をサボるためにここにきたわけよ」

「それがどうした?」

「いやさ、実はサボるのってけっこう難しくて……」

「カイル、さっさと要件を言いな!」


 しどろもどろのカイルに、業を煮やしたレジーナが声を荒げる。

 カイルはもう言い訳をしても意味がないと観念したのか、一つ息を吐きうなだれると、俺たちを見回して口を開いた。


「その……、ちゃんと依頼をこなしてますよってアピールのために、俺のことつけてた奴を放置してた」


 「すまん!」と言って、カイルが両手を合わせる。

 直後、悠人の『イリーガルセンス』が激しく反応し、全身に電気信号が駆け巡った。


「息を止めろ!!!」


 レジーナの叫び声。

 ほんの一瞬だった。瞬きをしたほんの一瞬。目を開けたとき、悠人の眼前には、霧で埋め尽くされた真っ白な世界が広がっていた。一メートル先はもう見えない。自分がどこにいるのかさえ分からない。ただただ、真っ白な世界。


 これは敵の攻撃だ。

 カイルをつけていた奴の攻撃か? いったいいつから? どんな能力?


 地面を見る。先ほどまでいた場所と変わらない、十センチほどの雑草が生い茂った地面。よかった、俺たちが移動させられたわけじゃなさそうだ。ということは、この霧は一瞬で展開されたということ。手で触ってみたが、普通の霧と変わらない。霧が動きを封じてくるといったことはない。ただただ霧散するだけ。


 『イリーガルセンス』とレジーナの言葉を頼りに、俺はなんとか口を塞げた。おかげでこの霧を吸い込むことは回避できたが、レジーナの吸ってはいけないという考えは、早計では? もし霧と同時に攻撃されていたら、やられていたのでは? ……いや、未だ俺の『イリーガルセンス』は全方位に警鐘を鳴らしている。つまり、この霧を吸い込んではいけないというレジーナの判断は正しい。ただの霧なら、こんなにも『イリーガルセンス』が警鐘を鳴らしてくることはない。この敵は、想像しているよりもかなり厄介なのかもしれない。ということは、レジーナがいなければ俺はやられていたということ。俺もまだまだだったということか。しかし、このままではせっかく回避した敵の攻撃も意味がなくなる。なんとか霧を吸い込まずに、敵を見つけ、倒さなければ。


 何か見えないかとあたりを見回すが、霧のせいで視覚から得られる情報は皆無。その間にも、体内から酸素がなくなっていき苦しみが増していく。咄嗟の行動により、息を大きく吸い込むことはできなかった。

 まずい。このままでは、敵を倒す以前に酸素が足りなくなって死んでしまう。息はあと何秒持つ? 三十秒? いや、十数秒くらい? だめだ。もう思考することさえ苦しくなってきた。今すぐ酸素が欲しい。頭が痛い。苦しい。


 ばたりと隣で誰かが倒れる音が聞こえた。

 目を向けると、そこには無防備に地面に横になった桜がいた。


「さく……!?」

 

 開きかけた口が強引に塞がれる。悠人の口を塞いだのは、桜の向こう側にいたはずのレジーナだった。突然の出来事に、ぎりぎりで保っていた悠人の気が崩壊する。悠人は限界だった。今すぐ息を。頭にあるのは、ただそれだけだった。


「少し息を吐け」


 悠人の耳元で、レジーナが呟く。

 虫の羽音よりも小さな、ほんの小さな声。


 悠人はその言葉通りゆっくりと、少しだけ息を吐く。心なしか、気持ちが楽になった。とはいっても、苦しいことに変わりはない。稼げた時間はほんの数秒程度。だが、その数秒で十分だった。レジーナは、悠人に地面を見るよう促した。


(てきはふたり ぼうがのびる)


 地面に書かれた文字。

 キレイとは言えない、少し斜めに歪んだレジーナの文字。


 いつの間にか目の前にいたカイルが、一本の棒を服の内側から取りだす。これを見ろと言わんばかりに、カイルは棒を悠斗の前にもってくる。数十センチほどの赤い棒。両端は金色で、そこにはどうやったのか、細かな装飾がほどこされていた。カイルはその棒を地面に置き手の平をそえると、小さく呟いた。


「『拡大×縮小(アンビバレント)』」


 少しずつ太くなっていく棒。二センチほどの半径だった棒が、数秒で五十センチもあろうかというくらいに変化した。


 これがカイルの能力か。おそらく、対象を大きくする能力。いや、服の内側にしまっていたときのあの棒の大きさから推測するに、物のサイズを自由自在にできる能力。


 レジーナが大きくなった棒を指差す。

 悠斗は静かに頷いた。


 桜はどうやら眠っているようだった。小さな寝息が聞こえる。

 生きているなら大丈夫。なら、俺が敵を倒すだけだ。

 気合いを入れ直し、悠人は脱出の準備に入った。


 それぞれ棒の両端に立ったレジーナと悠斗。二人とも、これから全力で走り出すかのように、前を見据えて構えをとる。両者が棒の前に立ってから二秒後、カイルは棒に触れ、魔力を注ぎ込んだ。


「『アンビバレント』」


 いったいどこにそんな質量があったのか、棒は太さが変わらないまま、中心から外へ向けてぐんぐんと伸びていく。レジーナと悠斗はその棒の端に両足を乗せ、押し出されるように霧の中を移動した。凄まじいスピードで移動する二人。目の前の空気が全身に叩きつけられる。服は貼りつき、髪が逆立った。もうとっくに限界を迎えているなか、悠斗はカイルを信じたレジーナを信じ、棒にかかったバランスをとることに全力をつくした。体は相変わらず酸素を欲している。きつい。苦しい。頭に血が上るのを感じた。体がけいれんを始めた。それでも、自分に託された使命を全うするため、悠斗は必死に息を止め続けた。


 視界が開ける。懐かしい緑の大地。

 わざとバランスを崩し、地面に倒れ込む。混濁する意識の中、悠斗は必死に口を開き、何度も何度も、肺に酸素を送り込んだ。息ができることに、こんなに感謝する日はないだろう。そう思えるほどに、苦しみからの開放感が悠人を満たしていった。


 鼓動が落ち着いてくる。


 さあ、ここからが本番だ。

 敵は二人。確実に仕留める。


 悠斗はすぐに立ち上がり、森の中を駆け出した。

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