第43話 最悪の再会
ドロイドの谷を抜けた悠人たちは、斜面を登った先の森で久方ぶりの休憩をとっていた。
「次の街、ペイリンツリーはこの森を抜けた先にある。
明日の朝、ここを出発し、日が沈む前にペイリンツリーに到着する。
なにか異論がある者はいるか?」
エルの問いかけに、三人が首を振る。
エルは頷くと、一人、その場に横になった。
「私はこれから睡眠をとる。
夜は私が監視役をする。
日が沈んでから、一時間後に起こしてくれ」
そう言って、悠人のアイテムボックスから取りだした毛布にくるまったエルは、小さな寝息をたて始めた。エルの顔に落書きしようとするレジーナを止めながら、俺たちは空っぽのお腹に干し肉を入れ、束の間、穏やかな時間を過ごした。
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エルを起こしてから一時間後。
見張りをエルに任せ、悠人も体を休めるため、横になった。
浅くまどろみながら、悠人はドロイドの谷での出来事を振り返る。
ドロイドの谷で馬車が破壊されたときは、どうなるかと思ったが、みんな無事でよかった。一番の難所であるドロイドの谷を越えた今、残るはペイリンツリーのみ。そこを無事に抜けることができれば、遂に目的地のジークリード王国だ。この依頼を達成できれば、やっと俺の平和な異世界生活が始まる。そうなったとき、桜に告白しよう。桜に好きだと伝えよう。一緒にいてくれと、もう一度はっきり言葉にしよう。
今までの旅で痛感した。何も伝えられないまま終わるのだけは絶対に嫌だ。たとえ、それが悪い結果になったとしてもいい。もう、後悔はしたくない。
少しずつ、睡魔がおそってくる。
告白するときに、何か渡したほうがいいだろうか。例えば、花束とか。アクセサリーなんかどうだろう。どんなものでも、桜は似合うんだろうな。次の街で調達するか? いやジークリード王国の方が、いろんなものが売ってそうだ。そこで買おう。王国っていうくらいなんだから、いいものが揃ってるはずだ。
瞼が閉じていく。
そういえば、ミリオムから貰った手紙の謎、まだ解けていなかったな。いろいろありすぎて忘れていた。だが、そもそも、本当にあの手紙に謎なんてあるのだろうか。封蝋された文書のダミーとして、敵を騙すために送られただけなんじゃないのか? 現に、あの手紙を持っていた俺は襲われている。囮として、充分に活躍している。きっとそうだ。あのミリオムなら、何も伝えずにやりかねない。あの手紙の内容に、意味なんてないんだ。
周りの音が消える。
想像以上に疲労していたのか、俺は深い眠りへと、静かに落ちていった。
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「………!」
「………ナ、……て……いよ!!」
「…ざい!! …よるな!!!」
なんだ、うるさいな。
騒がしい声に、休んでいた脳が無理矢理、起こされる。
瞼を開けると、明るい光が飛び込んできた。
もう朝か。寝ぼけ眼をこすりながら、俺は体を起こした。
「二年と四十一日ぶりの再会じゃないか!
もっと喜びを分かち合おう!!」
「うるさい! お前のそういう細かいところが嫌いなんだよ!!」
森の中。聞いたことのない男の声と、苛立ちが滲み出たレジーナの声が、飛び交っている。俺は慌てて、その声が飛んでくる方向に顔を向けた。そこに見えたのは、知らない男がレジーナにすり寄っている姿だった。
嫌がるレジーナ。だが、男がそれを気にする様子はない。振りほどこうとするレジーナをものともせず、男はレジーナの手を、がっしりと掴んでいた。
軽くウェーブした茶色の髪に、耳にキラリと銀色に輝く丸形のピアスをつけた男。派手な服装に合わせて、首からは、透明に澄んだクリスタルのネックレスをぶら下げている。
その姿は、森の中に似つかわしくない姿だったが、それが変だとは全く思わなかった。それほどに、男は整った顔立ちをしており、その姿が似合っていた。
そんな男に、レジーナが強烈なパンチを食らわせる。
男は、遙か後方へと吹き飛んでいった。
「懐かしの、このパンチ。最高だよ……」
男は倒れたまま右手を挙げると、親指を突き上げ、グーサインをする。
その後、すぐに男の右手は、力なく崩れ落ちた。
レジーナは珍しく、苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしていた。
――――――
桜が男に回復薬を飲ませる。
男は起き上がると、すぐに膝をつき、桜の手をすっと握った。
「麗しのレディよ、ありがとう。
お礼として、今度一緒に食事でもどうかな?」
男が桜の目をまっすぐ見つめる。
その視線うけて、桜はあたふたと目を泳がせた。
なんだ、あいつ!?
もう一回、気絶させてやろうか!!
「おい、カイル!
いい加減にしろ。私たちは急いでるんだ。
なぜ、お前がここにいるのか、早く説明しろ」
突然、男と桜の間に割って入ったエル。
この男と面識があるのか、エルは不用心に男の肩を掴むと、鋭い視線を投げつけた。カイルと呼ばれた男は、そんなエルの行動に動揺することなく、まるでいつものことのように「はいはい、相変わらずお前はかたいねぇ」と言って、桜から手を離した。
だが、桜へ向ける視線は変わらず、ウインクで桜に合図を送る男。その姿を見たエルが、怒りを顕わに拳を振り上げる。男は慌てて、「冗談、冗談」といって、しぶしぶ座り直すと、今度は少し引き締まった表情で俺と桜を見た。
「知らない顔がいるなぁ。
となると、まずは自己紹介からかな。
俺はカイル・デリオット。
フリーの冒険者をしている。よろしく!
レジーナとの関係は、三年前に一年と四十二日、一緒にパーティーを組んでいた仲だ。エルとの関係は……まあ、腐れ縁みたいなやつだな。
それよりも、俺とレジーナの運命の出会いの話でもしようか。
あれは、俺が一人で街を歩いているときだった……」
これは長くなりそうだ。
思わず桜と顔を見合わせる。
「その日は雨が降っていた。パーティー内で問題を起こした俺は、一人雨に打たれながら、何度も考えた答えの出ない問いを、またぐるぐると考えていた……」
「そんな話はどうでもいいから!
アンタがなんでここにいるのか、早く教えな!!」
レジーナの荒げた声が、カイルの話を遮る。
同時に、レジーナから放たれた凄まじい圧。
自分に向けられた訳ではないのに、思わず背筋が寒くなる。
それでも、カイルはレジーナが反応してくれたのが嬉しかったようで、満面の笑みをレジーナに向けた。
「おお! 女神に頼まれたのなら仕方ない。
それじゃあ、泣く泣くだが、俺とレジーナの話は置いといて……。
なぜ、俺がここにいるのかを話そうかな。
俺は、ある依頼を受けて、この周辺を見回ってたんだ」
依頼という言葉で、カイルを除いた四人に、緊張が走った。
そんな雰囲気に気づくことなく、カイルは話を続ける。
「依頼内容は、スカンビアからジークリード王国へ向かうパーティーがもつ、手紙を奪うこと。殺しあり。手紙さえ無事なら、何してもいいっていう依頼だ。
本来、俺はこういう依頼を受けないたちなんだが、金欠だったこともあり、けっこうな額の前金が貰えるってことで、この依頼を受けたんだ。だが、殺しはしたくなかったし、報酬の額的にも難易度が高そうだったから、てきとうにふらついてやりすごそうと思った。それで、ここらを歩いていたのさ。
この依頼、他にも受注者がいっぱいいるから、サボるのも一苦労なんだ。でも、ここならドロイドの谷が近くて誰も近寄らないし、ちゃんと見張っていたという言い訳もできる。これで俺は何もせず、大金をもらえるってわけだ。どうだ、完璧な作戦だろ?
そうだ! エル、レジーナ。ここらで変なパーティーを見てないか? お前らと一緒なら、標的から手紙だけ奪うのも簡単にできそうだ。ちゃちゃっとすませて報酬金を貰って、一緒に豪遊しよう!!」
いいアイデアを思いついた、というように身を乗り出すカイル。
俺はそんなカイルを尻目に、ゆっくりとエルとレジーナを見た。
二人は黙って、カイルを見ていた。
「どうしたんだよ、二人とも。
エルはともかく、レジーナまでそんな顔して。
せっかくのかわいい顔が台無しだ」
その言葉を聞いたエルが、大きな溜息を吐き、その場から立ち去る。
「おい、エル! なんだよ、その態度!!
いいアイデアだろ!?
報酬金も三等分にしようって言ってるんだぜ??
何が不満なんだよ!!
……まさか、お前。まだあの時のこと根に持ってんのか!?
元はと言えば、お前がスカンビアに残るって言いだしたから……」
とどまることを知らなかったカイルの口が固まる。
直後、だらだらと、カイルの額から汗が流れ始めた。
カイルは、静かに俺たち全員を見回すと、頬を微かに上げて、こう言った。
「……嘘だろ?」
レジーナが小さく、首を振った。




