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99人の勇者と平民の俺  作者: 甘党むとう
第一章 『冒険者編』
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第37話 ドロイドの谷 ③レジーナ編

 レジーナはドロイドの谷の斜面をくだり、底についた。

 ひしひしと感じるプレッシャー。ここは違う。直感を頼りに、斜面と底の境目を走り続ける。馬車が爆発したとき、底に落ちたのはエルとサクラの二人。ドロイドの谷のモンスターならば、自分のテリトリーに侵入者が現れればただちに殺しにかかるだろう。その時、意識は少なからず侵入者へと向かう。つまり、エルとサクラがいる場所は、プレッシャーが他より弱い場所。今、アタシがすべきことは、特にプレッシャーの弱い場所に侵入し、エルを救出すること。


 境目を走り始めてから十分。

 レジーナは目的の場所を見つけた。


 ここだ!


 レジーナはドロイドの谷の底、モンスターのテリトリー内へと侵入した。


ーーーーーーーーーー


 パチパチと何かがはじける音。


 暖かい。目を開ける。手をつき体を起き上がらせる。ふらつく体。目眩がする。腹にかけられた毛布。よく見ると、体にかかっている部分が真っ赤に染まっていた。これは血だ。私の血だ。


「やっと起きた?」


 なじみのある声。思わず顔を向ける。

 そこには、干し肉を食らうレジーナがいた。

 エルの脳内に鮮明に蘇る記憶。

 体から出ていた血は、完全に止まっていた。


「……お前だったのか」


 ジャギッドリザードを倒した直後に揺れた茂み。

 あれは、レジーナが揺らしたものだったようだ。


「なに? なんのこと??」

「……いや、なんでもない」


「……そう」


 たき火の爆ぜる音が響く。暖かい光があたりを照らしているはずなのに、二人の間には、凍えるような空気が流れていた。お互い一言も喋らない。目すら合うことがない。


 エルは近くにあったカバンを手にとった。中には非常食が少々と替えの服が二着、小型ナイフや縄などの小道具、そして魔力回復薬の入った瓶が二つ入っていた。瓶を二本取りだし、中の液体を飲み干す。ぐちゃぐちゃにすりつぶした生の幼虫を飲みこむ感覚。全身に鳥肌がたった。だがすぐに、魔力が体内に行き渡るのを感じた。手の先まで満たされた魔力。エルはそれを実感すると、上着を脱ぎ、自分の胸に手を当てた。


「『ヒール』」


 少し固まっていた血がぼろぼろと崩れ、傷が塞がっていく。軽い痛みはすぐに終わり、エルの体から傷は全て取り除かれた。それを確認したエルは、カバンから新たな服を取りだし、下から首を通した。


「傷は治った?」


 レジーナと目が合った。

 何度も見たレジーナのこの顔。呆れたような、同情するような、まるで子どもを見ているかのような表情。レジーナがこの表情を浮かべるときは、私が何かミスをしているとき。こういうとき、私はミリオムさんを思い浮かべる。ミリオムさんならどんな行動をするか、ミリオムさんならどんな言葉をかけるか……。


「ああ、治った。

 レジーナのおかげだ。

 ありがとう」


 レジーナがにっこりと笑った。


「どういたしまして」


 よかった。正解のようだ。


「またミリオムさんを思い浮かべたでしょ。

 これくらいはすぐに言えるようになりなよ」


 ばれていたか。やはり、レジーナの感覚は鋭いな。


「さっ、早く作戦会議といきましょ!

 依頼を優先するか、仲間を優先するか。

 最悪の時間の始まりよ」

 

 微笑むレジーナ。

 だが、彼女から漂っていたのは、紛れもなく悲壮感だった。


ーーーーーーーーーー


 何度やってもなれないこの作戦会議。

 レジーナは珍しく、大きな溜息を吐いた。


「私の見解だが、サクラはもう死んでいるだろう。

 助けるならハルトだ。彼はまだ役に立つ」

「そうね。アタシも同意見」


 面を食らったようにアタシを見るエル。

「どうしたの?」とアタシが訊くと、エルは「いや、少し意外だっただけだ」と答えた。


「お前はサクラを助けにいこう、と言うと思っていた。

 回復魔法が使えるだけでサクラには価値がある。助けにいく理由には充分だ」

「でも、アタシたちにはすべきことが二つある、でしょ?」

「……ああ、そうだな。

 一つ、今の私たちには水がない。水の確保が私たちの最優先事項だ。

 もう一つ、それは馬の護衛。馬を連れて歩き回れるほど、この谷は甘くない。本来なら一刻も早く、私たちは馬を連れてこの谷から抜け出すべきだ。

 だが、それらを考えた上でも、ハルトとサクラがもつ異次元のアイテムボックスは捨て置けない。これはなんとしてでも欲しい。それに、アイテムボックスには大量の水をいれてある。ハルトかサクラを救出できれば、水の問題は解決できる」

「そうね。やっぱりそれを考えれば、優先すべきは生きている可能性の高いハルト。今のアタシたちに、サクラを助けにいく余裕なんてない。サクラがモンスターに食われていて、永遠に見つからなければ、捜索中に全滅もありえる。それはなんとしても避けないと」

「……そうだな。

 だが、既にハルトも死んでいれば、私たちは水を得られず、全滅の危機に直面する。レジーナ、お前は水とハルト、どちらを優先すべきだと考えている?」

「ここに来る途中、谷の斜面の一部でぴりついた空気を感じたわ。

 おそらくハルトはその周辺にいる。ハルトはまだ生きていると思う」

「ふむ」


 エルが顎に手を当て黙り込む。

 彼は集中するときいつもこの姿勢をとる。彼の癖だ。

 だが、この姿勢になったとき、エルはいつも正しい道を選び出す。


「わかった。まずはハルトと合流しよう。

 ハルトなら、あの馬車が吹き飛んだ瞬間に、確実にサクラが落ちた場所を見ているはずだ。運がよければ、サクラも救出できる」

「たしかに! そうね。ハルトなら絶対に見てる!!」

「私はここで馬の護衛を続ける。

 今、ここは私のテリトリーになっているはず。数十分は襲われることもないだろう。レジーナはハルトと、可能であればサクラの救出に向かってくれ」

「分かった。制限時間は?」

「今から十一分。もし、ハルトが制限時間を越えてサクラを助けに行こうとしたら、分かっているな?」

「ええ。分かってる」


 レジーナは立ち上がった。

 もう一分一秒も無駄にできない。


「では、頼んだぞ」


 レジーナは頷いて走り出した。

 これはアタシのミスが招いた結果。

 二人はどんな形であれ、アタシが助け出してみせる。

 それが、既に人の形を留めていなかったとしても。

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