第2話 絶望的なステータス
山中悠人、高校二年生。
車にひかれ、異世界に飛ばされました。
自称神は、『異世界で勇者となって魔王を倒せ!』とか言っていたような気がするんだが……。
ヤマナカユウト
職業 平民
レベル 1
HP10
MP2
ちから 1
かしこさ 1
みのまもり 1
すばやさ 1
みりょく 1
スキル
だめだ。
なんど表示しても、ステータスは変わらない。スキルもない。
……。
……詰んだ。
俺の異世界生活、お先真っ暗だ。
平民ってなんだよ!
全員勇者じゃなかったのかよ!?
激しい怒りが、胸の奥からふつふつと込み上げてくる。
だが、俺にできることは何もなかった。あの神と名乗る存在の声は、もう聞こえない。全てのステータスは1でスキルもない。そして、なんといっても、職業がただの平民。
おかしい。異世界では、俺はすごくなれるんじゃないのか?
異世界って、もっと楽で簡単な世界じゃないのか??
こんな異世界、最悪だ!!!
「おぉーい! 悠斗ーー!!」
どこからか、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
この世界で、俺の名前を知っている奴はまだいないはず。知っているとすれば、今となっては憎たらしい自分を神だとか名乗る自称神じじいか、あの不思議な空間で出会い、少ないながらも言葉をかわしたあの青年だけ。俺の名前を呼ぶこの声は、しわがれてなんかいない。ということは……。
期待を胸に、顔を上げる。
信じられないことに、まばらな歩行者のなかを、大きく手を振りこちらに走ってくる海斗の姿が見えた。異世界で平民というひとりぼっちの境遇になり、不安で押し潰されそうだった俺の心に、一筋の光が差しこむのが分かった。
おいおい、まじかよ!
こんなことって本当にあるのか!!
海斗が俺の前で立ち止まる。
「悠斗、良かった。一緒の街だったな!」
息を荒げながらも、嬉しそうに笑う海斗。
その顔をみたとき、なぜか目頭が熱くなるのを感じた。
俺は自分が思っていたよりも、想像以上に心細かったようだ。
海斗に会えてよかった。おかげで、まだ、前を向ける。
「なあ悠人! このステータス、見てくれよ!!」
海斗は息を整えた直後、そう言うと「ステータス!」と叫んだ。
アカツキカイト
職業 勇者
レベル1
HP47
MP28
ちから 21
かしこさ 35
みのまもり 20
すばやさ 32
みりょく 50
スキル S 天水分身 (水を自由自在に操る)
俺は開いた口がふさがらなかった。
高水準のステータスに、Sランクのスキル。たとえ俺が勇者であったとしても、ここまですごいステータスではなかっただろう。あの自称神も、適正にあったスキルを与えると言っていた。ということは、海斗にとってこのSランクスキル『天水分身』は、適性があったということ。つまり海斗は、それだけ優秀であるということ。
「悠人はステータス、どうだった?」
海斗の言葉で、我に返る。
思い浮かんだのは、1が並んだステータス。こんなステータスを見せられた後に、あのステータスを見せるのか。スキルもない、勇者でもない、最弱の平民であることを、俺は海斗に証明するのか。きっと海斗は失望するだろう。哀れみの目で俺を見るだろう。そんなの耐えられない。海斗はこの世界で唯一の知り合いだ。そんな海斗相手に、惨めで、恥ずかしい思いはしたくない。
「いや……、その……。
ええっと……」
だが、もしこの後、海斗と一緒に行動することになれば、俺のステータスはいつかは打ち明けなければならないことになる。ここで秘密にするよりも、正直に打ち明けて、今、見捨てられたほうがマシなんじゃないか? ここで言わずに、罪悪感を持つことになるよりも、笑い飛ばして、開き直ったほうがいいんじゃないか?
そうだ。ずっと秘密を隠し続けることはできない。今ここで、打ち明けよう。
俺が最弱だということを。俺が勇者ではなく、平民だということを。
「その……海斗。
俺のステータスは……。俺は……」
「やっぱいいや!
いきなり個人情報のステータスを見せろなんて、ありえないよな。
俺のことを信頼できるようになったら、いつでも教えてくれ!」
海斗が俺の肩を叩く。
言葉が出なかった。海斗の優しさにただただ感動した。俺は、目から涙を零れさせないようにするだけで、精一杯だった。
「……海斗。ありがとう」
「気にするなよ! ほら、早く狩りにでも行こうぜ!!
さっき持ち金で武器を買ったんだが、そこの親父が金を稼ぐなら南の森だって教えてくれたんだ。さっさとしないと日が暮れちまうぜ!」
「ああ。そうだな! 行こう!!」
俺と海斗は駆けだした。
こうして始まった、俺の異世界生活。
この後、俺は自分が平民であると、海斗に打ち明けなかったことを後悔することになる。そんなことは分かっていた。でも、言えなかった。俺の心は弱かった。
そして、スキルもない平民という前途多難な未来。
だが、これはただの序章に過ぎなかった。
――――――――――
南の森に向かう道中、俺と海斗は、この世界について話し合った。
まずはお金について。これは先ほど、海斗が鍛冶屋のおっさんに教えて貰ったことを教わった。この世界はGという金貨がお金の役割を担っており、一、十、百、千、万とそれぞれの金貨で経済が回っていた。俺たちのことを考えて、日本と近しいお金の仕組みにしたのだろうか。『ステータス』がある俺たちは、ゴールドをステータスに無限に貯めることができ、出し入れも自由にできた。お金以外の持ち物も同じで、無限ではないが一定量、ステータスの持ち物の欄に入れることができた。運び屋をすれば大もうけできそうだな、と海斗と笑い合ったが、平民である俺は、真剣にその道もありだなと思った。
次にステータスのMPについて。
俺は疑問に思ったことを、海斗に聞いてみた。
「なあ海斗。スキルなのにMPっておかしくないか?」
「どういうことだよ?」
「普通、スキルならSPじゃないか?」
「……たしかに」
「この世界にはMP、つまり魔力が存在していて、魔力を消費してスキルを使うのなら、もしかしたら異世界人じゃなくても、強い奴ならスキルを使えたりするんじゃないか?」
「ありえるな。そうなると、勇者だからといって油断はできない。
そもそも、百人の勇者が送られる時点で、この世界が簡単じゃないことは分かっていた。より一層、気を引き締めないとだな」
海斗の言葉に頷く。
やはり海斗は優秀だ。海斗となら、この世界でもやっていける。
「そうだ。鍛冶屋で買った木刀、一本使うか?」
海斗が「ステータス」と言って、持ち物から木刀を取り出した。
「予備にと思って、二本買ってたんだ」
木刀の握り手である柄が、俺に向けられた。
俺はそれを、すぐには受けとれなかった。
「でも海斗、これって全財産で買ったものだろ?」
海斗は、先ほどこの世界にきた時は、500G持っていたと言った。だが、今は0G。この木刀は海斗がなけなしの金で買った物だった。ちなみに俺はずっと所持金0G。あの自称神は絶対に許さない。
「いいんだよ。隣で死なれても困るし。
気になるなら、金はあとで返してくれたらいいから」
こいつ、本当にいいやつだな。
俺は「ありがとう」と言って、木刀を受けとった。
海斗には助けてもらってばかり。少しずつでも、この恩を返していこう。
俺は決意を新たに、南の森への歩みを進めた。
――――――――――
「おらっ!」
「どう? スライム倒せそう」
「もうちょっとでいけそう。くらえ!
よし、倒せた。そっちは」
「うん、三体ぐらい倒した」
俺、完全に足手まといだな。
高い城壁に囲まれた街から歩いて三十分ほど。俺たちは南の森に入り、その森の入り口でスライムを倒していた。海斗は一発でスライムを倒していくのに対し、俺は四、五発殴らなければスライムを倒せなかった。これが勇者に選ばれた者と、ステータスオール1の平民との差か。悲しい現実だ。
「初日だし、今日は無理せずいこうか」
海斗の優しい言葉に、頷くことしかできない俺。
あまりに自分が惨めで、またも涙がこぼれ落ちそうだった。
――――――――――
森に入ってから二時間ほど。
スライム以外にも襲ってくる獣や植物を倒しながら、森を散策した俺たちは、少しひらけた場所で休憩をとった。
道中、ときおりでてきたレベルアップの表示。
海斗についていくので精一杯だったので、ステータスを確認することができていなかった俺は、この休憩でゆっくりとステータスを開いた。
ヤマナカユウト
職業 平民
レベル 4
HP 16
MP 6
ちから 1
かしこさ 1
みのまもり 1
すばやさ 1
みりょく 1
スキル
『レベルアップポイント 30』
上がったレベルは3。
しかし、ステータスがHPとMP以外一つも上がっていない。『レベルアップポイント 30』を見るに、他のステータスはどうやら、ポイントを振り分けて伸ばしていくようだ。俺は試しに「『ちから』にポイント10」と言ってみた。するとステータスの『ちから』が、1から11へと変化した。ふむふむ、こうやって強くなっていくのか。
「どうした、悠斗?」
俺がステータスを閉じてから、海斗が話しかけてきた。
「レベルが上がったから、ポイントを割り振ってたんだ」
「レベルが上がったのか!? ステータス。
うーん、俺は上がってないな。ちなみにどれくらい上がったんだ?」
「3かな」
「3も! すごいな」
いやお前の方がすごいから。
俺のステータスを見たら幻滅するぞ!
羨ましがる海斗をよそ目に、俺は改めて自分のステータスを開いた。
海斗は正面におり、俺のステータスを見ることはできない。いつかは見せなければと罪悪感を感じながらも、俺は海斗の優しさに甘えていた。もう少し、俺が一人である程度のモンスターを倒せるようになってから、その時に打ち明けよう。そんな言い訳ばかりが、頭の中に浮かんだ。
残るポイント20を『ちから』『かしこさ』『みのまもり』『すばやさ』『みりょく』にそれぞれ2ポイントずつで割り振って、俺はステータスを閉じた。ステータスが正確に変化する。一度見た海斗のステータスに追いつくのは、まだまだ時間がかかりそうだった。
「『天水分身』!」
突然、海斗が叫んだ。
なにもない海斗の右手から生まれる水。
その水はどんどん大きくなっていき、海斗は生まれた水の照準を、離れたところにいたスライムに合わせる。「いけっ!」という声とともに、海斗の手から水の塊が放たれた。それは凄まじい勢いで空を切り、スライムを跡形もなく吹き飛ばした。
「やったぁ! 俺もレベルが上がったぜ!」
子供のようにはしゃぐ海斗。
確信した。俺が海斗に追いつくことは、一生ないな。