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99人の勇者と平民の俺  作者: 甘党むとう
『99人の勇者と平民の俺』
1/46

第1話 俺、平民なんですけど!?

 異世界。

 それは、誰もが憧れる世界。


 今の自分とは違うどこか特別な自分が、周りから賞賛され、認められる。無双するもよし、ハーレムを作るもよし、スローライフを送るもよし。異世界では、自由になれる。

 

 俺は、異世界とはそういう楽しい世界なのだと思っていた。

 普通の世界とは違う、自分が主人公になれる世界なのだと。


 だが、現実は違った。

 俺は主人公でもなければ、勇者でもなかった。

 俺は、俺だった。

 

 この物語は、俺が過酷な異世界を生き抜いていく物語。

 そして単純で身近な、だけれども、かけがえのない幸せを掴むまでの物語。


――――――――――――


 目を開ける。


 なんだ? 眩しい。


 光を遮るように、左手を前に出す。

 残った右手で上半身を起き上がらせると、背中に軽い痛みが走った。

 真っ白で固い床。どうやら、ベッドで寝ていたわけではなさそうだ。


「やあ、起きたかい?」


 突然、目の前にいた青年が話しかけてきた。

 どこかのアイドル事務所にでも所属していそうな、すっとのびた鼻筋に、目力のある二重の瞳の、整った顔立ちをした青年。なにか香水をつけているのだろうか。着こなしている紺色のブレザーからは、くどくない、柑橘系のいい香りがただよってくる。しっかりセットされた髪はセンターで分けられていて、この文句なしのイケメンは、爽やかな笑顔を浮かべながら、俺に向かって手を差し伸べてきた。


 この人……誰だ? 全く見覚えがない。


 訳も分からない状況に混乱する頭を、なんとか動かし記憶をたぐり寄せる。

 だが、目の前の人に該当する人物は、小学生時代まで遡ってみても、見つからなかった。

 

「急にごめん。まずは自己紹介をしないとね。

 俺は名前は暁海斗あかつきかいと。よろしく」


 どうやら、この海斗と名乗る人物とは初対面だったようだ。

 ほっと息を吐きながら、失礼がなくてよかった、という安堵の気持ちと、なぜこんなイケメンが俺に話を? という疑問が、頭の中を駆け巡る。


 なにも、わからない。ここはどこで、今はどういう状況なのか。そして、この海斗と名乗る人物はいったい誰なのか? 敵? 味方? 俺は今、ピンチなのか? なにか、やばい状況なのか? 答えの出ない疑問が、ぶくぶくと泡のように生まれては、全てが『わからない』という答えになってはじけていく。


 わからないことを考え続けてもしかたない。俺はひとまず、海斗が差し伸べてくれた手を握った。それを見た海斗は、嬉しそうにニカッと笑うと、俺の体を力強く引き上げた。ぐいっと引き上げられた体は、想像していたよりも軽く、俺は海斗の見た目からは想像のつかない力強さに、心の中で感嘆の声を漏らした。


「ありがとう」

「気にしないで」


 海斗が柔らかな笑みを浮かべる。


「それよりも、君はここがどこか知ってる?」


 海斗の言葉で、俺は初めてしっかりと、自分が今どこにいるかを見回した。


「……え!?」


 俺は思わず言葉を失い、海斗の存在を忘れるほど、その場で愕然とした。

 

 目の前に広がっていたのは、真っ白な空間だった。

 四方を延々と、変わらない景色が続いている。家も、コンビニも、ビルも、何もない。床も同じように真っ白で、道さえない。言葉通り、まっさらな謎の空間。だが、そんな謎の空間に、俺と海斗以外にも、困惑した姿を見せる人が何人もいた。


「君、ここがどこか知ってる?」


 海斗がもう一度、俺に尋ねる。

 更にぐちゃぐちゃになった頭の中に、海斗の声が響く。

 俺は考えもまとまらず呆けたまま、海斗の方へ顔を向けた。

 

「……ごめん、知らない」

「やっぱり知らないか。

 なんで俺たちはここにいるんだろう?」

 

 考えるように、顎に手を当てる海斗。


 俺も少し考えてみたが、何も思い浮かばなかった。

 見たことのない真っ白な空間。ここはどこなのか、いったい、いつからここにいるのか、俺はこれからどうなるのか。なにもわからなかった。ただただ、名も知れぬ不安が大きくなっていった。こんなところが、いいところであるはずがない。不安が俺の心を支配し始める。俺はだれかに拉致されたのか? だが、俺に拉致するほどの価値なんてないだろ。じゃあ、この状況はいったいなんなんだ? いったい、なにが起こってるんだ?


 もう一度、あたりを見渡す。

 真っ白な空間にいる百人ほどの人たち。男女の数に大きな差は見当たらない。ここにいる人たちの共通点といえば、年が近いということくらいか。ほとんどが皆、制服に身を包み、大人でも子どもでもない不安定な顔で、この状況に困惑している。よく見ると、俺の通う高校の制服を着た人も何人か見えた。他にも見たことのある制服がちらほらと。私服の子もいるが、年は近いだろう。パッと見て分かるくらい、皆、若々しい服装をしていた。


 高校生の男女が百人ほど。

 これは、本格的に拉致の可能性がでてきた。

 犯人は狡猾で、優秀な人間。この人数を一気に捕まえ、集めるなど、並の者にできるはずがない。これは、本当にマズい状況なんじゃないか? 呆けている場合では、ないんじゃないか?


『おっほん。諸君、聞こえるかね?』


 突然、頭の中にしわがれた声が響いた。

 直接、脳内に語りかけられているような不思議な感覚。

 すぐに海斗を見ると、海斗も同じことを考えていたようで、俺を見て頷いた。


 海斗にも、このしわがれた声が聞こえている。俺と海斗はついさっき初めて会ったばかりで、特別な共通点はない。あるとすれば、この謎の空間にいるということだけだ。となると、「諸君」という言い回しからも考えられるように、この声はこの謎の空間にいる全員に聞こえている可能性が高い。どうやって声を届けているのかは分からないが、何も情報がない現状、俺たちはこの声を頼りに行動するしか道はないだろう。つまり、この声次第で、目の前にいる人たちが敵になるか、味方になるか変わってくる。俺たちが本当に拉致され、デスゲームのような見世物になっているのならば、これからこの声は、一言一句聞き逃せない、重要なものになってくる。

 

『突然のことで皆、驚いていると思うが聞いて欲しい。

 わしは神じゃ。

 今、諸君らの頭に直接語りかけておる』


 ……え? 今、このじいさん、「かみ」って言ったか?

 「かみ」って、まさか、あの「神」か?

 まあ、俺たちの命を自由にもてあそべると考えるなら、神で間違いないが。

 少し、ネーミングが安直すぎやしないか?


『なぜ諸君らはこんなところにいるのか、不思議に思うておるじゃろう。

 実はな、諸君らは先の地震で、死んでしまったのじゃ』


 なにを……言ってるんだ? 俺たちが、死んだだって??

 地震?? そんなの起こってなんか……。

 

 そう思ったのも束の間、俺の頭の中に、死ぬ間際の記憶が流れ込んできた。


――――――――――――


 部活終わりの帰り道。


 斜陽をくたくたになった足で追いながら、今日の晩飯は何かな、と考え事をしていると、それは突然起こった。スマホから発せられる高音。そして、地面が激しく揺れた。俺は思わずその場で尻もちをつき、カバンを落とした。ビルが揺れ、車がとまった。全てが一瞬で、非日常になった。地震に慣れているといわれる日本人は、そこには誰一人としていなかった。


 揺れがおさまった後は、パニックが始まった。津波が来る。皆が皆、慌てふためき、自分のことだけを考えて行動していた。等しく俺も、カバンを拾い、避難しようと駆けだした。だが、ふと目に入った車が、俺の心を引き止めた。


 全てが崩壊した今、道と呼べるものはなくなっていた。にもかかわらず、エンジンのかかる車が一台。乗っているのは四十歳くらいのスーツを着た男。その男の目は赤く血走り、もうまともではないことが、簡単に見てとれた。そんな車の前を通ろうとする杖をついた一人の男性。目が見えないのか、歩道からはじき出され、さまよっているようすだった。車の男がその男性を見る素振りはない。杖をついた男性も、車を気にする様子はない。


 俺はいつの間にか、駆けだしていた。


――――――――――――


 回想終了。


 そうだ。俺は杖の男性をかばって、車にひかれたんだ。


『皆、思い出したかの?

 地震は自然災害じゃからな。どうしようもないことじゃ』


 同情の声が頭に響いた。

 だが、俺はその言葉を全く聞いていなかった。


 よかった。ただ、それだけを思っていた。最後に見た記憶は、俺に押された男性が反対車線に倒れた姿だ。その後、近くにいた人たちが声を掛けてくれたのを覚えてる。「大丈夫か!?」「救急車!!」「死ぬんじゃねぇぞ!!」。だが俺は、ひかれた後に後頭部に何かが刺さって、もう駄目だと思ったんだ。でも、あの杖をついた男性の存在を皆が気づいて、声をかけていた。俺はそれで安心して、意識を失ったんだ。よかった。皆があの男性に気づいてくれて、本当によかった。


 しわがれた声が、言葉を続ける。


『しかし、わしはお主らが高校生という若さで死んでしまうのは可哀想じゃと思い、生き返るチャンスを与えようと思った。そこでじゃ。これから諸君ら百人には異世界に行ってもらい、魔王を倒してもらおうと考えた』


 はぁ。正直、もうなんでもいい。俺は死んだんだ。満足して死んだんだ。

 異世界に行って魔王退治なんてそんなこと……。


 ……異世界に行って魔王退治!?


『見事、魔王を退治した者には生き返らせることに加え、自由に一つ願いを叶えてやろう。なんでもよいぞ。大金持ちになりたい、スポーツ選手になりたい、美男美女になりたい。願い事への制限はない』


 ま、まて。状況がうまくのみこめない。

 俺たちはこれから、異世界に行くのか?

 あのアニメでよく見る異世界に??

 そして、魔王を退治するだって?? 

 そんなの……、そんなのって……。


 めちゃくちゃ熱いじゃないか!!!!

 

『異世界ではステータスと唱えればよい。自分の能力が表示されるからの。

 皆の職業は勇者じゃ。そして、各々には見合ったスキルを与えた。スキルにはEランクからSランクまであるが、弱いスキルもお主らが成長していくことでいかようにも進化する。ぜひ、諦めずに頑張ってほしい!』

 

 え、なに? ステータス?? スキル??? 

 ちょっと待て! 少しでいいから整理させてくれ!!


『そうそう、言い忘れておった。スタート地点は五人一組でバラバラの村や街、都市に転送する。協力するもよし、それぞれで行動するもよし。自由に異世界を旅してくれ。では、諸君らの健闘を祈っておるぞ!』


 頭の中で響いていた声は、軽い労いの言葉を残し、あっさりと消えた。

 それと同時に、俺の体はどんどん薄くなり始めた。


 神と名乗る人物の言葉から考えると、俺たちは今から本当に、異世界にいくようだ。混乱する頭をなんとか落ち着かせ、周りを見る。ほとんどの者が戸惑いを露わにしながら、自分の消えゆく体を見ていた。そんな中、俺と同じように周りを観察する者がいた。海斗だ。海斗は俺と目が合うと、嬉しそうに話しかけてきた。


「君、名前はなんていうの?」

山中悠斗やまなかゆうと、です」

「悠斗っていうのか。よろしく!

 俺、一人で心細かったんだ。悠斗に会えてよかったよ。

 俺たち、同じ場所に転送されるといいな!!」

 

 満面の笑みを見せる海斗。

 どうやらこいつは、性格もイケメンらしい。


「ああ、そうだね。

 そうなると、俺も嬉しいよ」


 言葉を返す。

 直後、俺の視界は光で包まれた。


――――――――――――


 そよ風が頬をなでる。


 どうやって移動したのか、原理は全く分からなかったが、どうやら俺はあの真っ白な空間から移動したようだ。風を肌で感じて、悠人は静かに瞼を上げた。


 目の前に広がっていたのは、中世ヨーロッパのような街並みだった。

 石畳の道がまっすぐのび、その両サイドには明るい色をした、三角の屋根の家が立ち並んでいる。行き交う人々の髪色は黄色から赤、黒まで様々。ここが日本ではないことは、明白だった。


 本当に異世界に来たのか。

 夢にまでみた異世界。いや、本当に夢見てたわけじゃない。だれだって一回はある程度の、異世界に行けたらいいなという願望。しかしまさか、それが本当に叶うとは。どうしよう、胸の鼓動が止まらない。ワクワクで体が爆発しそうだ。

 いや、だが、ここはひとまず冷静になれ、俺。冷静になって、情報を集めることから始めるんだ。こういうやつは、焦った者から脱落していく。高校生が百人も集められたということは、魔王を倒すのが簡単じゃないということ。油断は禁物。視野は常に広くだ。


 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 呼吸の乱れは、全ての乱れに繋がる。

 小学生の頃、PKが苦手だった悠人にコーチがかけてくれた言葉。悠人は、この言葉を大事にし、勝負所では常に意識するようにしていた。


 よし。まずは、この視界の左上に見えるバーからいこう。

 バーは緑色と黄色の二本あり、緑色の下に黄色のバーがある。緑色は10/10、黄色は2/2と書かれている。よくあるゲームであれば、体力を表すHPと、魔力を表すMPのことだが、その考え方で正しいのだろうか。そういえば、神と名乗る人物は『スキル』を使えると言っていたから、MPではなくSPか。顔を左右に動かしても消えないあたり、俺の視界にだけ見えていると考えていいかもしれない。


 視界に入った気になる点はクリア。

 今の俺が絶対に確認すべき事は、あと一つだけ。

 神と名乗る人物が言っていた『ステータス』だけだ。


 さて、俺はどんな『ステータス』をしているかな。どれくらいの数値がいいのか分からないので、ちからの強さなどは今見ても何も判断できないが、『スキル』は一目瞭然だろう。EからSのランクがあると言っていたし、俺にはどんなスキルが与えられたのか、楽しみでしょうがない。Sじゃなくていいから、Bくらいのスキルが欲しい。できれば、使い勝手のいいスキルで頼みます!


 俺は高まる期待を胸に、神と名乗る人物が言っていたとおりに、あの言葉を口にした。


「ステータス!」


 目の前に長方形のデータが現れた。


ヤマナカユウト

 職業 平民

 レベル 1

 HP10

 MP2

 ちから 1

 かしこさ 1

 みのまもり 1

 すばやさ 1

 みりょく 1


スキル


 えっ? ちょっと待って??

 俺、平民なんですけど!?


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