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ミナヅキムーン

「……伊藤文(いとうあや)さーん。おーい。もしもしー? おいさっさと起きろ! オラァ!」


「ぐえっ」


 文は右頬にものすごい衝撃を感じて飛び起きた。


 慌ててあたりを見回すと、ここは小さな木製の部屋だった。小さな四方の窓からは淡い月明かりが差し込んでいる。ほかに光源は見当たらなかったが、室内は不思議と明るかった。


 そして目の前の机に座っているのは小柄な白髪の女性だ。細い桃色のメッシュが入っていて、空集合のマークを左右反対にしたような黒い髪飾りがあった。服装はだいぶもこもこした暖かそうな白いセーターだ。

 ちなみに文の席は用意されていなかった。


「こんにちは。私はスーパーすごい神様のエイです。あっはっは、尊敬してくださいね! なんか私の上司があなたの魂を木っ端みじんに破壊しようとしたのですんでのところで回収しました。ちなみにちょっと手遅れで魂の一部がやられちゃったので、記憶は全部吹っ飛びました! ゴメンネ!」


 確かに何も思い出せない。神かどうかは確かめようがないが、記憶が吹っ飛んだのは事実のようだ。


「あ、で、欠けた魂の一部を勝手に補充したので、背が縮みました。たとえるなら、両足がなくなったので手や胴の長さをもらって足を作ったって感じですね。……うん、かわいいですよ! ほら!」


 エイは大きな鏡をどこからか取り出し、文に見せた。

 文の姿は十歳くらいの少女だった。かわいいのはかわいいが……これが自分だと微妙に納得がいかない。なぜだろう。


「それで、私は何かやらかしたわけ?」


「さあ知りませんね、私は家で映画見てましたから。たぶん怒らせたんでしょうけど、私は神様様が人間に干渉するのをよく思ってない感じの神様様ですから! ただし! このままあなたを地球に転生させちゃうと――」


「ちょっと待った、私は死んだの?」


 エイがウィンクして親指をぐっと立てる。


「そうです! 上司があなたの首を鎌ですっぱーんてやった後に私が気付いたので、もう死んじゃいました! ご冥福をお祈りいたしますよ、あっはっは!」


 文は何かとムカつく奴だと思った。


「と、いうわけなのですね。つまりあなたが行く先は! じゃじゃーん、異世界でーす! 私たちは『アストル』って呼んでます! ふっふっふ、私様様に感謝しまくってください、スーパーハイパー強い魔法をあげますからね! てやんでい!」


 言葉の使い方がめちゃくちゃだったが、もはや突っ込む気にもならない。

 エイは手を開いた。その上に青と緑の球体が現れる。一瞬地球に見えたが、大陸の形がだいぶ違っていた。


「これが異世界ですよ。なななんと! この異世界は魔王がいます! なんか何十年か前、この世界の人の祈りが映画の視聴を邪魔しに来て、今回もそうなると予想されますので、とっとと片付けちゃってくださいね! 勇者さんがんばれ! あっはっは!」


 文の足元に、白く輝く複雑な幾何学模様が現れた。魔法陣だろう。

 それの光はだんだん強くなり、文を包み込む。


「じゃあね! バイバイ! またあいましょー! てやんでー!」


 視界が真っ白に染まり、次に黒く暗転した。




 文は飛び起きた。


 ぐるぐるまわりを見てみると、なんとここは不思議な森の中だった。


 先ほどの会話をいろいろと思い出してみたが、『スーパーハイパー強い魔法』が何なのかなにも聞いていないし、世界観の説明が『魔王がいる』ぐらいしかない。しかも転移先は深い森の中。エイとやらは何と酷い神なのだろう。


 少しふらふらしていると、急に鞄の中から大音量の曲が流れ始めた。鞄を持っていたことにも気が付かなかったが、とりあえず開けてみると、なんと銀色の携帯電話が入っていた。しかもパカパカするやつ。ほかには何も入っていない。


「もしもし?」


『はーい! みんなのアイドルエイちゃんでーす! 驚きましたか? なんとですね、私、町の中に転移させるつもりが森の中に行っちゃいました! あっはっは、ゴメンネ!』


「……」


 文の顔がものすごい不機嫌顔になる。


『そう怒らないでください。なんとなんと、魔法があります! さあ使え! 使うのですよ!』

「…………」


 そんなことを言われても、使い方を知らないのでどうしようもないのである。

 五回ほど「使え使え」コールが聞こえた後に、ようやくそれに気が付いたらしい。


『魔法の使い方も知らないなんて、ぼんくらですねえ。やれやれだぜ! まあいいや、とりあえず念じましょう! 近くの街に行くって念じれば行けます! さあレッツゴー!』


 言われた通りに念じてみる。


 すると、一瞬ふわっとした後に、いきなり場所が変わった。

 文はどこかの大きな壁の前に突っ立っているようだ。


「えーと……」


「不法入国者だッ! 捕らえろーッ!」


「うわあ」


 文が振り向くと、槍やら盾やらを構え、全身に鎧を着た物騒な装備の男たちがこっちに走ってくる。


『よし! 逃げましょう! もう一回念じればきっと何とかなるハズ! 吹っ飛べって念じましょうよ!』


「「「ぐわッ!?」」」


「あっ……」


 壁の上に登ろうとしたのに、エイのせいで吹き飛ばしてしまった。

 身なりからして一番地位の高いであろう男が叫ぶ。


「あ、相手は上位の魔導士だ! 騎士団に要請を出せッ!」


『……ガンバレ!』


 電話が切れた。


「ふざけんなこの野郎!」


 文は衝動的に携帯を地面に投げつける。ゴシャッとひどい音がして、携帯はただの金属の塊になり果てた。

 ものすごい音量で避難指示の放送が行われる。文はレベル三相当らしい。それがどのくらいなのかは知らないが。


 いつの間にか鎧の人たちに囲まれていた文。しばらく睨みあっていると、背後から静かな足音が聞こえてきた。


 近づいてきたのは金髪の女性だ。膝あたりまで伸びた長い髪を束ねている。そして彼女の左目は、黒い眼帯に覆われていた。きれいな純白の鎧が目を引く。


「こんにちは、魔導士さん。私はパーシィ・エスタルーズ、レイアール国クーパスコ領騎士団長です……一応ね。ああ、下がっていいわ」


「はっ」


 鎧の人たちがすぐに去っていく。パーシィは、仲の良い友人のように文へ歩み寄ってきた。


「名前を聞かせてもらえるかしら?」


「伊藤文」


「文ちゃん……珍しい名前ね。今日はどうしてこの国に?」


 文は少し言葉に詰まった。


「いつの間にか森の中にいたから、魔法で近くの街に転移した。そうしたらここにいて、不法入国者扱いをされた」


 パーシィがほほ笑む。


「そう、悪気があったわけじゃないのね。でも……法律に基づいて、入国手続きをせずに入ってきた人は不法入国者で、逮捕しないといけないのよ……悪いけど、おとなしくついて来てもらえる?」


 返事に困っていると、今度は先ほどとは違う音楽が鞄から流れてきた。パーシィが少し警戒の態勢を取る。

 かばんを開けるといつの間にか、赤い携帯電話が補充されていた。電話はやはりエイからだ。


「もしもし?」


『どーも! なんで携帯ぶっ壊しちゃったんですか。補充にもお金かかるんですよ! 私の映画を見るお金が減っちゃいますから、次から注意してくださいね! てやんでえ!』


 エイはどうやら「てやんでえ」が好きらしい。


 パーシィの行動を警戒しながら耳を傾ける。


『えー、以上お願いでした! じゃあ、魔王討伐を頑張ってくださいね! あっはっは、またねー!』


 電話が切れた。文は衝動的に電話を破壊しそうになったが、今回はぐっとこらえた。


「……それは?」


「通話機能付き爆弾」文はふざけ……ではなく脅しのつもりで真顔のまま嘘を吐く。「いつでもこの国を焦土にできる」


「やっぱりテロリストだったのね? それなら、騎士団の総力を持ってでもあなたを捕らえないといけない」


 嘘はよくないと文は実感した。

 しかし時すでに遅しで、パーシィの他にも純白の鎧を身にまとった騎士がずらりと文を囲む。だいぶ怖い。


「今投降してくれればどちらにとってもいい結果につながるわ」


「ヤダ」


「そう、残念ね。捕らえなさい!」


 一斉に武器を構え、こちらに向かってくる。さすがは騎士団で、乱れが一切見られない。

 だが、


「吹き飛べ!」


 文が一言叫ぶだけで全員吹き飛んだ。

 パーシィもこれには目を見張る。


「そんな……これはもうレベル5相当よ……!」


 このままだと魔王討伐どころか何もかもうまくいかないことを察した文は両手を挙げた。最初からそうすればよかったのだが。


「はい、無抵抗」

「い、今更……」


 剣を構えようとするパーシィに、倒れている青髪の騎士が声をかける。


「相手が抵抗しないなら、パーシィさんまで怪我する必要はないんスよ……ぐふっ」


 ぼけっとした顔で動かない文を見て、パーシィは剣をしまった。


「なら、少し拘束させてもらうわ。罪状は不法入国と公務執行妨害とテロ未遂――」


「ああ、これには爆破機能はないよ。さっきのはただの嘘」


「何なのよもうっ!?」


 騎士団全員がパーシィの叫びに同情した。




「名前は?」


「伊藤文」


「文さんね」


 今、文は両手を縄で縛られ鞄を没収されて、石でできた頑丈そうな部屋に、警察の男性と机を挟んでふたりきりである。


「年は?」


「十」


 記憶がないので本当のところは知らないが、文は嘘をつくのが得意のようだった。


「出身地は?」


「日本」


「日本……? 聞いたこともないなあ。どっちの方か知ってる?」


 文は首をかしげた。

 警察が小さくため息をついてから次の質問に移る。


「僕はその場にいなかったからわからなかったけど、強いみたいだね。もしかして冒険者とかやってたりする?」


 冒険者があるんだと、文はこの異世界の異世界さに感心した。もちろん答えはノーだ。


「だよねえ……ああ、大人になったら僕と結婚しない? かわいいし強いし」


「お断りします」


「もちろん冗談さ。一応もう僕結婚してるし、子供も二人いるからね」


 * * *


 いっぽう、パーシィは。


「ふむ、少なくともAランク相当の、ふざけた性格をした、伊藤文という黒髪の女が不法入国して、それで暴れて騎士団を吹き飛ばしたと。夢でも見てたんじゃないですか?」


「違うわ、私はちゃんと見たし、話もしたの! 彼女が持ってたこれがその証拠よ」


 国の役人にいろいろと話をしていた。

 役人は渡された赤い携帯電話を眺め、パカパカと開いてみる。


「これは……いったい何なのですか?」


「分からないわ。もしかしたらあの人は『異世界人』かもしれない……」


「な、なるほど! その線がありましたか」


 この世界にはちょくちょく異世界から人が来る。ちょくちょくといっても千年に一度くらいだが。


 彼らはみな、最初からバカみたいな能力を持ち、わけのわからないものを持っている――役人やパーシィはそういう風に聞いたことがある。


「でも、私の『ウォッチフル』では、文は悪い人じゃないみたいなの」


 パーシィの持つ魔法は『ウォッチフル』。人の善悪や敵味方など、人間の情報のうち、はい・いいえで判別できることなら、本人が相当嫌がらない限り大体知れる。


「そうですか……不思議な人ですね。わかりました、この件は国へ報告します。できればこの赤いパカパカも証拠として、しばらく預かりたいのですが」


「それは……文に聞いてみるわ。それまでは私が預かっておく」


「わかりました」


 * * *


「明後日が裁判になる予定よ」


「弁護人は?」


「お金を持ってなかったみたいだし、国選弁護人が付くわ」


「ふーん」


 拘置所はお世辞にも快適とは言えなかった。


 木でできた部屋にガラス窓がひとつ。ベッドや洗面台やトイレなど、ひととおり揃ってはいるが、ベッドはかたくて床で寝ているのと大差ない。しかも枕がない。


 というわけで、今文が座っているのは魔法で出したすばらしいベッドである。ふかふかだ。


「そのベッドうらやましいわ……。今度私に作ってくれない?」


「ならここから出すといい」


「うっ、騎士団長相手に堂々と……わかった、上に掛け合ってみる」


 まさかベッドで釈放が釣れるとは思っていなかったので、文は表情を変えずに内心で少し驚いた。もしかしたらこの世界のベッドというのはそれほど質が良くないのかもしれない。


「それと、食事もあんまりおいしくないでしょう?」


「あんまりどころじゃない」


 朝食は噛み終わったガムのような干し肉とレンガみたいなパン、そしてとてもきれいでおいしい水だった。野菜はなし。気が済まなかったのでいろいろ作り出して食べた。これまで健康的な食生活を送っていたのかもしれない。


「ほら、差し入れよ」パーシィは手提げ袋から大きな便とコップを出して、机に音をたてないように置いた。「私の知り合いが作ってるみかんのジュースなの。すごくおいしい」


 注いでもらって、一口飲んでみる。うん、おいしい。

 このジュースはみかんにしてはだいぶ甘味が強かった。


「みかんがシュガー……なんとかっていう、普通のみかんのだいたい二、三倍甘い品種なの。気に入った?」


「うん」


 文がおいしそうに飲むのを見て、つられてパーシィまで笑顔になる。


「あ、そうだ。この赤いパカパカ、何なの?」


「ごくごく。遠くの人と話せる物」


 携帯をパーシィの手から取り、試しにエイに電話をかけてみる。パーシィにも話が聞こえるようにスピーカーモードにした。


 すこしするとすぐに元気な声が聞こえる。


『もしもし、どうかしましたか? 用がないなら――』


「六足す八は?」


『えっ? あー……えっと、いち、にー……十二ですね!』


 エイは相当の馬鹿だったようだ。

 文が顔をあげると、パーシィはだいぶ驚いていた。通話を切る。


「魔道具……かしら? でも通話魔法なんて込めるの、尋常じゃない魔力がいる……どうなってるの?」

「さあ? 文明の利器ってところかな」




 パーシィと話していると、だれかが部屋のドアをノックした。


「どうぞ」


「失礼」


 入ってきたのは若い男だった。パーシィのような――今は違うが――騎士風の鎧を身に着けている。色は紺色だ。


「『異世界人』伊藤文の保護に参りました。これから王都までついて来ていただきます」


 状況が飲み込めない文は、パーシィに質問する。


「誰?」


「王国聖騎士団よ……私も逆らえないし、私よりはるかに強いの。……国が出張って来たってことは、裁判とかの段取りも全部ちゃらね……はぁ」


「じゃあ王都に行くね」


「うーん……また来てね?」


 携帯やベッドなどを回収し、ついでにみかんジュースとコップももらっていく。

 実は文のかばんはいくらでも物が入るらしかった。というわけで遠慮なくベッドも入れてしまう。


「こちらへどうぞ」


 パーシィに手を振る。パーシィも手を振り返してくれた。




 文は拘置所の前に待機していた馬車に乗せられた。そのまわりには護衛と思わしき紺色の騎士が数名並んでいた。


 向かいには別の女性の騎士が座る。おそらく、同じく女の文に配慮したのだろう。

 女騎士は丁寧にお辞儀をした。


「王国聖騎士団に所属しておりますスレッタ・ダイアブックと申します。この移動の間、あなたの監視兼世話役になりました」


 その挨拶は、感情が微塵もうかがえない挨拶だった。AIでも相手にしている方がまだ人間味が感じられる。


 だが何もしないのは失礼になるので、文もぺこりとお辞儀して自己紹介をする。

 すぐにゆっくりと馬車が動き出した。外からは、護衛の騎士たちや御者の会話が聞こえてくるが、何を言っているのかは聞き取れない。


 やることのない文はかばんから携帯を取り出し、なにかゲームが入っていないか探した。スレッタがすこし警戒しているのが分かる。無理もない。

 形態にはトランプのゲームが入っていた。ソリティアだ。文はルールをよく知らないので、一番簡単なモードにしてからいろいろ試行錯誤する。


「それは、何ですか?」


 二回目のクリアの後に、ようやくスレッタが口を開いた。


「携帯電話」

「……?」


 訝しげな表情をするスレッタ。人間らしさが増えた気がする。

 文はそれを無視してソリティアを続けようとしたが、スレッタから発される「見たい」オーラがとてもよく分かって仕方がないので、結局見せることにした。


「携帯電話って言うのは」スレッタの隣に座る。「遠くの人と話すための道具。通話魔法の込められた魔道具、が一番近いかな」


 パーシィがさっきしたのを引用する。スレッタは目を見開いて驚きを示した。


「どっ……どうやって通話魔法を込めたのですか? しかもこんな小さな板に……?」


「『一番近い』と言ったけど、魔道具とは言ってない。からくり仕掛け」


 スレッタの驚きがさらに増える。もう目が飛び出そうだ。


「どういう仕組みなんですかっ!? そんなものを世に出してみてください! どうなるか予想できますか!?」


「いや」


「特許を取得して、お金儲けしましょう! いっしょに! 私が九であなたが一で構いません! どうですか!?」


 文の肩を思いっきり揺さぶるスレッタ。首が折れそう。


「けほ、お断り」

「な、なんですって! 下手に出ていれば調子に――」


 馬車が急停車した。外から叫び声も聞こえる。


「なんだろう」

「……こほん。おそらくは、モンスターと遭遇したのでしょう。王国聖騎士団は精鋭中の精鋭ですので、すぐに倒し終わります。安心してください」


 とりあえず窓を開けて外を覗いてみると、大きなイノシシっぽい生き物二頭をみんなでいじめていた。

 いや、よく見るといじめられているのは王国聖騎士団の方だった。なんかはね飛ばされている。


 そう伝えるとスレッタも外を見て、動きを止めた。


「うわあ変異種だ! 魔王が現れた影響か! やだ、私はまだ死にたくない! ママ助けてえ!」


「それでも騎士か」


「……こほん。私も参ります。あなたには傷一つ負わせないことを約束――ちょっと! なぜ出ていくんです!」


 スレッタの制止を無視し、外に出る文。


「潰れろ」


 片方のイノシシがつぶれてペラペラになった。


「飛べ」


 ペラペライノシシが高速回転しながらもう一頭を真っ二つにした。

 終わった。


 少しすると、頬に傷のある黒髪のイケメンの騎士が文に近づいてきた。


「いや、ほんと。ゴメン。俺達王国聖騎士団がついていながら、わざわざ手を煩わせちゃって」


「どうも」


「そのお詫びと言ってはなんだが――」


「おい、なにナンパしようとしてる。さっさと任務に戻れ。すまんな嬢ちゃん」


 今回の一件で、だいぶ自分に自信がついた文であった。




「大丈夫でしたか? 私の携帯電話は壊れていませんか?」


「そんなものは無い」


 スレッタは本気で携帯の心配をしているようだった。雑に元の席へ座り、ソリティアを再開する。スレッタは顔を近づけてのぞき込んできた。


「ほう、トランプもできるのですか。ますます高値で売れそうですね。いくらぐらいがいいですか?」


「売らん」


「七十二万クルーラ。またこれは中途半端な数とマニアックな通貨を出してきましたね」スレッタが思案する。「まあ、ちょうどよさそうです」


 わざとやっているのかは分かりようもなかったが、適当にスルーしておく。


「特許の申請は私がやっておこうと思います。もちろん登録する名前はスレッタ・ダイアブックだけで伊藤文はいれません。あ、特許申請の料金は払ってもらいます」


 文は、こいつの頭は一体どういうつくりをしているんだろうと思った。ほんとに王国の聖なる騎士なのだろうか。何かの手違いで金の亡者がコスプレして紛れ込んだだけではなかろうか。


 スレッタは文の様子を気にせずに続ける。


「ふふふ、世界各地に店を展開しましょう。そうすれば大量に売れるはずです」


 ちらっと見てみると、スレッタの目は何もないところを向いていた。

 彼女は幸せ過ぎる妄想に浸っているのだった。




 妄想から目が覚めたスレッタが、こちらが王都です、と言った。

 文の降りた場所はどこかの大きな建物の敷地の中だ。


「こちらが文さんの家ですね。一応文さんは『保護』ということになっています――実質、軟禁ですが。まあ、あの実力があれば外出は自由に行えるでしょう」


「なんというひどいやつらだ」


「すいません。私もお給料のためには上からの指示に従わないといけないもので。それに、文さんが他国や犯罪集団などに利用されてしまうといけませんからね」


 何と言われても脱走して、魔王をやっつけちゃうつもりだったが。

 スレッタが手帳を取り出して、それを見る。


「あ。この家では志願して採用したメイドがつく予定です。猫の獣人という風に聞いていますが……その、獣人は大丈夫でしょうか」


「猫耳ってこと?」


 静かにうなずくスレッタ。


「大丈夫」


「良かったです。では、中にどうぞ」




「こんにちは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「うるさい」


 家に入ると、まずまっさきに片方の猫耳の子が叫んだ。そしてすぐにもう片方の子が首に思いっきりチョップを入れた。崩れ落ちた。


「姉がごめんなさい。僕は弟のスーパーソニック――まあソニーとでも呼んでください」


 ソニーと名乗った少年は、身長がおよそ百二十センチほど。黒い髪で、目を閉じている。服装は典型的な執事の服装だった。


「これが姉のスタースパングルです。スターと呼ぶと身分不相応なので僕はパンと呼んでいます」


 パンは意識を失ったまま無理矢理立たされる。

 身長はソニーと変わらず、髪色も変わらないが、服装はメイド服だ。


「僕たちはそっくりなので、見分け方は服装かこれで」


 ソニーは自分の胸にある黄色のリボンを指さし、次にパンの蝶ネクタイを見せた。

 スレッタが質問する。


「双子?」


「そうですね、一卵性双生児です。なぜか性別が違いますが……まあ、レアケースだと思ってください。立ち話もなんですからどうぞ」


 ソニーはパンを引きずりながら奥のリビングへと歩いて行った。なんとも姉の扱いがひどい弟である。

 スレッタはぺこりとお辞儀すると、仕事はここまでだと、家の外に出て行った。あまり携帯に未練はないように見えたが……また突撃してこないか、少し気がかりではあった。


 きれいなリビングのソファに座る。


「うーん……はっ! あれれ……ボクはなんで寝てたんですかねえ……?」


「僕が寝かせておいた」


「あー! ひどい! 少しは姉を敬ってください! この意地悪おとう――」


 ソニーのチョップでパンの意識は再び吹き飛んだ。


「すみません」ソニーが丁寧に謝る。「パンは生まれつきこんな感じなので……医者に見せても治らないんです」


「いや、それは病気じゃないと思う」


 文のつっこみに対し、ソニーは本気で「そうなんでしょうか」と首をかしげた。


「ではここの説明をさせていただきます……質問はいつでもどうぞ。まず、ここは数百年前はとある男爵の家でした。その男爵は、爵位の中では低い身分にもかかわらず、伯爵、さらには公爵をもしのぐ財力、権力、武力を持っていました」


 文は長くなりそうだと感じたが、割り込みはしなかった。


「しかし、その娘が人を殺してしまい事態は急変します。必死の工作も空しく、事件は明るみに出て、娘は男爵に殺され、そして男爵と妻は自殺しました。一家心中です」


 たんたんと述べるソニー。

 文は怖くなってきた。


「そしてここはこの世に未練のあった娘の呪いがかけられました。ここに住もうとした人はすぐにこの家で死を遂げてしまいます――しかも、全員首を吊って」


「……」


「ここはただ同然の安い値段で売られていました。そして、この家はたいへん広いのでなんとか有効活用をしたかった国が、とある人物に依頼しました。つまりは除霊ですね。そしてその人は呪いを解きました。しかし幽霊を力を削ぐことはできても完全に消すことはできず……今は、文さんの隣に座っています」


「えっ? えっ? 嘘だよね? ねえ嘘だよね!?」


 文が飛びのく。


「娘さん……名前はカノン・トライティですね。カノンはあなたに興味津々なようですよ」


「ええ!? ちょっと助けて、せめて見えるようにして!」


 ぎゃあぎゃあと十分ほど騒いだ後、文はソニーが手をパチンとたたいたことでようやく冷静さを取り戻した。


「ま、実害はないので大丈夫でしょう」


 ソニーがあっけらかんと言い放つ。

 いや、実害がなくても幽霊は怖いんだけど、と文は独り言ちた。


「で、なんでカノン? ちゃんは殺人事件を起こしたの?」


「起こしたわけではありません」ソニーは紅茶を一口飲んだ。「父親が持っていた剣を勝手に持ち出して遊んでいた時、偶然曲がり角から出てきた青年の胸を突き刺してしまいました。そしてそれを見ていた人はこう感じます。『待ち伏せして殺したんだ』と……まあ、敵対派閥の思惑も絡んだようですがね」


「ふうん……」


 文は大変だなあと感じた。


「ちなみにその剣は僕が持っていますが……見てみますか?」


「ノー! 呪われる!」




 夕方。

 パンとソニーがいちごのショートケーキを黙々と食べる。文は夕食もケーキも既に食べた。


「おいしかった」

「ありがとうございます」


 ソニーがぺこりと一礼する。このショートケーキはソニーの手作りだそうだ。


「もぐもぐ……料理だけは上手ですね。ほめてやりますよ」


「料理も掃除も洗濯も何もかもできないくせに何を言っているんだ」


「ふん。ボクはソニーよりもとーっても強いですから」


 さっきチョップ一発で意識を刈られていたのは、なかったことになったようだ。


「それで、質問なんだけど。この世界の魔王ってどんな感じ?」


「ああ……えーと、他の魔物や災害などを操る能力を持つ特殊な魔物ですね。今の魔王は現れたばかりなので能力はおろか外見も分かっていませんが、能力を使いこなしてはいないでしょう。ただ、魔王が現れると同時に勇者も誕生するはずですが……勇者はまだ見つかっていません。それと、これまでの魔王に関する資料があります」


 ソニーは分厚いファイルをどこからか取り出した。おそらく何らかの魔法で収納してあったのだろう。

 文はこの分厚さを見てすこしめまいがしたが、興味はあったので開いてみた。


 中身は意外にもわかりやすく、きれいで精密でかわいらしいイラストと丁寧な文体で初代魔王の名前、外見、能力、使う魔法などが記されていた。


「実はこのファイルはボクが作ったんです! どうですか、すごいでしょ!」

「すごい」


 軽く拍手をすると、パンは嬉しそうに胸を張った。


「そして、魔王の他にも脅威が予測されています。ごくたまに襲来する、覇皇と呼ばれる生物たちですが……今回はその兆しである、通称『覇皇の月(エンペラーズ・ムーン)』が観測されたのです。いちおう資料もありますので、興味があればどうぞ」


 覇皇の資料もまた分厚かったが、魔王のそれほどではなかった。

 一ページ目。


「猫だ……」


「はい。覇皇は動物の形をとることがほとんどで、それも大半は猫の姿をしています」


 記録が残っている間では最初に襲来した、『(がく)』の字を冠する黒猫。覇皇は一文字か二文字の漢字を名前として使うらしい。一文字より二文字の覇皇の方が強いことが分かっている。


 どんな一文字の覇皇でも魔王より少し下くらいというのだから恐ろしい。しかもたまにそれらが仲良く攻め込んでくるというのだからとんでもない。


「僕は魔王や覇皇の専門家ではないので、詳細は資料を読んでおいてください」


「資料を読むよりボクの方が詳しく教えられますよ!!」


「うそつけ」




 テレビもスマホもないし、エイと話す気にもソリティアをする気にもならなかったので、文はもう寝てしまった。暇というのはつらい物である。


 今は、猫耳姉弟がリビングでもぐもぐとチョコレートケーキを食べている。

 半分ほど食べ終わったパンが、窓の外を見ながら口を開く。


「今回の覇皇は……なんか、強そうですね」


 ソニーも窓の外を見ると、ため息をついた。


「赤い『覇皇の月(エンペラーズ・ムーン)』はいつぶりかな……。記録に残ってるのは二千年くらい前だったと思うけど」


「確かそのときにはじめて、二文字の覇皇が出てきたんですよね。今回は三文字になったりするかも? わくわく」


 世界が滅亡の危機に瀕しているのになにが『わくわく』なのだろうかと、ソニーは呆れた。パンは意外と好戦的だったりするのかもしれない。これまでそんな面を見た覚えはなかったが。


 いきなり外から足音が聞こえてきた。パタパタと子供がサンダルで走っているような音だ。そして次に、窓が叩かれた。


 ソニーが外の様子をうかがうと、そこには息を切らした白髪の少女が立っていた。


「だれです?」


「わ、われはまおうだ! ここにゆーしゃがいるんだろう? はやくだせ!」


「勇者……?」


 少し考えると、文に思い当たった。自覚してないだけかもしれない。


「とりあえず家に入ってください」


「わかったからはやくゆーしゃを! きんきゅーじたいだ、たたきおこしてこい!」




「おまえがゆーしゃだな! われはまおうのペコラ・シルフィードだ!」


 文がパンにたたき起こされた後、リビングに出てみると、いきなり見慣れないちびっこがこちらを指さしてきた。

 白髪に碧の目。服装は白いパジャマで、頭のてっぺんから小さな双葉が生えている。かわいい。


「私、勇者、違う」


「うそをつけ! まおうはな、ゆーしゃがどこにいるかわかるんだ! おまえがゆーしゃだ!」


「はあ」


 一応の目的である『魔王討伐』も、この可愛らしい少女の前では達成できそうにない文であった。


「それよりもだ、きんきゅーじたいだぞ! はおーがくる! ぶかにたのんでいくうかん? にてんそー? したが、とっぱされるのもじかんのもんだいだ! いくぞゆーしゃ! きょーりょくしろ!」


「うわっ」


 体の小ささからは想像できないとてつもない怪力に引っ張られて、ペコラが作り出したポータルらしきものに入れられてしまった。

 猫耳姉弟だけが取り残される。


「……寝ようか」


「ですね……」




 ポータルの中はなぜだかデジタルという感じのカクカクした、壁や床に幾何学模様の走るだだっ広い部屋だった。


 ペコラがあたふたする。


「まずいぞ! もうくーかんがはおーののうりょくで……しん……しん……」


「侵食?」


「そうだ、しんしょくされてしまっている! さっさとたおすぞ!」


 どこからか槍らしいものを取り出すペコラ。

 だが、どこにも覇皇らしき生き物は見つからなかった。


「逃げたとか?」


「そんなはずはない! このへやはな、くーかんじたいをこわさないとでられない!」


「じゃあ探そう」


「わかった! すぐにみつけろ!」


 * * *


「ええ……」


 パーシィは剣を構えた。


 ここは人の全くいない森の中だ。道は整備されているので、静かな夜の散歩に最適なのである。

 パーシィに対峙するのは、宙に浮かぶ球体。透明だが、その中を黒いオーロラのようなものが舞っている。


「これは……新種の魔物?」


「違ウ」球体から声が発された。まだ十歳ほどの少年のような声だったが、どこかぎこちなさを感じる。「私ハ『黒死機構』第Ⅷ、『ヴィルダリオ』ダ」


「『黒死機構』……? まさか!」


 パーシィは本で読んだことがある。


 覇皇が襲来した時、『覇皇機構』という生物が現れること。それらは色に応じて『火焔機構』『清流機構』『深緑機構』『神聖機構』『黒死機構』に分けられること。それらは攻撃を仕掛けてくること。


 そして、破壊された時に覇皇を呼び出すこと。


「まずいわね……」


 助けを呼ぼうにも、ここからでは人に声が届かない。

 ヴィルダリオは動かない。今のところ、こちらを警戒しているようだった。


「話し合いをしない?」パーシィは内心冷や汗をかきながら言った。「私はここから立ち去る。あなたは人間に危害を加えないでほしいの」


「断ル」


 ふらっと左右に動いた後、ヴィルダリオは突進してきた。パーシィはそれを避けるが、今度は次々と、黒い煙が出ている小さな金属片を飛ばし始めた。


 この量では避けられないと判断し、剣で次々と弾き飛ばしていく。


「ていっ」


 ヴィルダリオが大量の金属片に交じり、突進してくる。自分を破壊させようとしているのだろう、とパーシィは思った。


 細心の注意を払いながら剣を振り続けるが、パーシィはとあることに気が付いた。


 破壊することができないのなら、ヴィルダリオをどうやって止めればいいのか? パーシィにはわからない。

 そして、一瞬思考の波にのまれそうになった時――


「しまった!」


 ヴィルダリオに剣が当たり、大きなひびが入った。

 それは細かな破片となり、次に灰のような粒になり、消え去る。


 そして天から黒い光の柱が降り注ぎ……次に現れたのは、こちらをじっと見つめる三毛猫だった。


「……あなたは覇皇なの?」


「そうだ。おれの名前は『(すい)』クロックウィンド……お前は?」


「私はパーシィ。パーシィ・エスタルーズ、ここで騎士団長をしているの」


 クロックウィンドは嬉しそうに喉を鳴らす。

 いっぽうのパーシィは冷汗が止まらなかった。


「この男尊女卑が根強い世界で騎士団長になるとは、やるな」


「ありがとう」


 パーシィが心の中で首をかしげる。本には、覇皇は好戦的で気まぐれで、とても危険な生き物だと書いてあったはずだ。もう何年も前のことなので、記憶が正しいか保証しかねたが。


「まあいい。とりあえず戦え!」


「いやだ」


「ふん、意気地なしが。なら俺がお前を殺すだけだ!」


 訂正。覇皇は、やっぱり好戦的で気まぐれで危険な生き物だった。


 * * *


「みつけたぞ!」


 ペコラは黄色い球体を見つけた。『神聖機構』だ。


「それは……?」


「こいつは『しんせーきこー』! はかいするとひかりぞくせいのはおーをよびだす、やっかいものだ! しかも」


 その『神聖機構』がヒュンと動く。


「こうげきしてくるぞ!」


 いきなり細いレーザーらしきものを大量にぶっぱなしながら自己紹介を始める『神聖機構』。


「私の名前は――ピー……ガガ……第Ⅲの『神聖機構』……ガガ……ディルミッダヅ……」


「なんでそんな噛みそうな名前なの」


 ディルミッダヅは文の質問には答えず、空中を動き回りながらレーザーを放つ。


 少し下がって背の低いペコラでも届く高さになった時、ペコラは槍を構え、突き刺した。甲高い音が響き、大きな爆発音ととてつもない明るさの光が放たれる。


「めをおおうんだ!」


「もうやってる!」


 それでもあまりにも眩しいので、文は心の中で『光を抑えろ!』と念じた。すぐに明るさが大幅に下がり、茶色い猫が姿を現す。


「はおーだな?」


「そうだよ……ぼくは『聖猟(せいりょう)』プライド。ちなみに昨日が誕生日だった! 祝ってくれ!」


 適当に手をたたいておく。ペコラも一瞬戸惑った後に拍手した。


「というか……ふたもじのはおーか……! これはやっかいなてきだな……!」


「ぼくの目的はただ一つ、この世界を完全に消し去ることだ。今すでに、世界各地に『覇皇機構』を設置してある……この時点でもう、君達の勝利は絶望的じゃないかな?」


 プライドは小さく嗤った。文は無性にムカついて、衝動的に大剣を生み出し、ぶん投げる。


 銀色に輝く大剣は風を裂き、耳に悪いキーンという音を鳴らしながら床に深々と刺さった。しかし、もう既にプライドの姿はない。


「こっちだよ」


「あまいな!」


 プライドの超素早い猫パンチをペコラが槍ではじき返す。プライドは槍を蹴ってバックステップし、再びペコラへ殴り掛かった。


「ぐっ!」


 ペコラが吹き飛ばされる。


 とっさに文はペコラの背後にクッション――といっても即席なのでほぼスポンジ――を生み出すと、思いっきり回し蹴りを放った。


「うわっと……君、だいぶ戦い慣れてるね?」


「そうでもないと思う」喋りながら剣を振り回す。意外としっくり来た。「もしかしたら、剣道をしてたかも?」


「ケンドゥー? なにそれ?」


 それには答えず、いったん引く。一瞬前まで文の喉元だったところをプライドの爪が通っていった。


 ペコラもすぐに戻ってきて、槍で突く。シンプルだが、文の目に追えないほど素早い。


「うーん……やるね」


 さすがに生身だけでは苦しいと判断したのか、プライドは自身の周囲に剣を大量に作り出した。そしてそれが舞を舞うかのように文へと襲い掛かる。


「さすが覇皇……やることが違う」


 風で剣を吹き飛ばそうと試みたが、なかなか吹き飛んでくれなかった。


 とりあえず自分も両手に小型の剣を創り出し、応戦する。十本以上と戦うのはきついが、死にそうな状況で四の五の言ってられない。


「われもいるぞ! わすれるなよ!」


「もちろん。敵を警戒するのは基本中の基本だ」


 ペコラが槍を剣のように振り回す。プライドは追加で剣を生み出すではなく、自分の体で応戦した。


「けっ、われをなめるな!」


「そんなに小さいとどうしてもなめてしまうよ。悪いね」


 プライドが槍先に肉球を押し付けると、爆発が起き、ペコラは再び吹き飛ばされる。とっさに槍を使って衝撃を吸収するが、槍の上半分にひびが入り、壊れてしまった。


「くそー! せっかくとくちゅーできたえてもらったのに――」


「話す暇があるの――」


「そっちもだよ!」


 いつの間にかすべての剣を真っ二つに斬って捨てた文の全力キックがプライドの顔面に炸裂する。

 プライドは悲鳴をあげずに壁にぶつかり、小さなクレーターを形作った。


「ふー……攻撃をくらったのはいつぶりかな? まあ、褒めてあげるよ」


「……あれで無傷って……」


 その異常な頑丈さに文は呆れたが、すぐに剣を構えて警戒する。ついでに、泣きそうなペコラのためにささっと槍を作って投げて渡した。


「かんしゃするぞゆーしゃよ!」


「どうもね」


「もういいかい? じゃあ、続けるよ」


 * * *


「ぐっ……」


 パーシィは剣を地面についた。


 もう満身創痍だ。剣の支えがないと立っていられないが、その剣もズタボロで今にも折れてしまいそうである。


 対するクロックウィンドは、頬に切り傷が一つ入っただけ。

 まあ、勇者でもない人間がひとりで覇皇に傷を入れただけでも十分にすごい事だった。


「パーシィ。お前は十分戦った。それに、俺の頬にも傷を入れた。褒めてやる」


「……どうも、ありがとう」


「だが、俺はもう戦えない人間に興味はない。死んでもらおう」


 潔く死を覚悟し、瞼を閉じたパーシィへ、クロックウィンドが切りかかる。


 だが――


「死んでもらっちゃ困りますよっと!」


 クロックウィンドは小さな爆発とともに吹き飛ばされた。


「誰?」

「誰だ!」


 その問いに対し、森の中から姿を現したのは、黒を基調としたメイド服を着た、猫耳の少女――スタースパングルだった。


 パンは右腕に、この世界にはないはずの小さな大砲のようなものを装着しており、そこから爆弾が放たれたようだった。白い煙が一筋だけのぼっている。


「ボクはスタースパングル、文さんのおうちのメイドです! どーぞお見知りおきを、騎士団長さま! とりあえず下がっていてくださいね!」


「で、でも――」


「舐めてもらっちゃ困ります。ボクは別に、この文字通りのハンドキャノンに頼りっきりの普通の少女じゃないですからね……ま、一文字覇皇なら問題なく戦えますよ!」


 パーシィを無理やり押しのけ、クロックウィンドに対峙する。


「ずいぶんと余裕だな、スター何とかよ」


「スタースパングルですっ! ま、この時点でボクの実力は分かったんじゃないですか?」


 クロックウィンドは頷く。

 覇皇は気配の察知も優れている。物がごたごた置かれている中に猫のひげが一本あれば、それを迷わずに取って来れるほどだ。


 そして、パンはそれを掻い潜った。


 それだけで十分すぎるほどの実力の証明になっているのである。


「パーシィさんが死んでしまうと文さんは悲しんでしまう可能性がありますし、文さんの持ってたみかんのジュース! あれ、ボクも欲しいです!」


「そっちが本心よね……」


 パンがまた爆弾を込め、撃ったことで戦闘再開の合図となった。

 クロックウィンドがパンの顔面を狙い、殴りかかる。パンはハンドキャノンを盾にしてそれを防いだ。


「傷一つ入らないとは……素材は何を使っている?」


「えっへっへ、オリハルコン製ですよ! それに僕の腕のいい知り合いが頑張って作ってくれたものですからね!」


 パーシィは驚いたが、疲れたのもありリアクションは特にしなかった。でもたしか、オリハルコンって神話に出てくるものじゃなかったっけ、と呟く。


 すぐに殴り合いが再開される。それは、一般人をはるかにしのぐ実力を持つパーシィですらまともに見ることができないほど速かった。


 しかし、互角と見えた勝負は一分もたたずに均衡が崩れた。


「そら」


「きゃー!」


 クロックウィンドが手を狙って殴るように見せかけ、不意打ちで顔面を蹴ったのだ。

 パンはとっさに踏ん張ってしまい、逆に顔面に大けがを負ってしまった。


「うぐぐ……」


「これで片目だけだ。もう戦えまい?」


 パンは左目に強烈な蹴りを受けてしまっていた。

 あまりの激痛に気を失いそうになるが、なんとかこらえて立っておく。――それだけで、十分だからだ。


「何!?」


「ボクは……そうですねえ、人間の形はしてますが、どちらかといえばモンスターみたいなものですよ」パンがまばたきをすると、潰れたはずの左目が完全に元に戻っていた。挑発的な笑みを浮かべる。「尻尾が二本ある、これで分かりますか?」


「猫又か……」


「ええ」


 一般的なモンスターは、普通の生物のように怪我をするし、こんなにすぐは直らない。


 だが、巨大な力を持つモンスターならば、その魔力が自動的に体を作りなおし、どんな重傷でも一瞬にして元通りにしてしまうのだ。パンは、魔王、そして覇皇よりも大きな魔力を持っていたのだった。


「ふん。それなら戦いがいがあるというものだ……これまでは本気の十パーセントも力を出していなかった。ならば今から、本気の本気で相手をしてやる!」


「望むところですよ!」


 わざわざ爆弾を装填する暇がないので、直接魔法でハンドキャノンの中に創り出し、乱射する。


 クロックウィンドも、先ほどの言葉通りにさらなる速さを見せた。土砂降りの雨のように超音速で迫る無数の爆弾を、華麗によけていく。それはまるでダンスのようだった。


 遠距離攻撃は、懐に入られると弱い。それを知っているクロックウィンドはすぐにパンのすぐそばに迫った。が――


「なんだとっ!?」


 いきなり、パンがクロックウィンドに向かってハンドキャノンを投げつけた。予想もしていなかった攻撃だったが、紙一重で避ける。さすがは覇皇だ。


 パンは避けられたのを残念がるでもなく、今度はへんてこりんな形の金属塊を取り出し、真横に線を引いた。空中にいたクロックウィンドは、躱せずに吹き飛ばされる。一本の木にぶつかり、それを貫通してさらに四、五本もへし折ってしまった。


「弱いですねえ。良い事をひとつ教えてあげましょうか」ハンドキャノンを拾い、土を払ってから再び装着する。「ボクはこれまで、本気の五パーセントしか力を出していませんでした」


「な……!」


「覇皇は退治しないといけませんからね。じゃ、僕のフルパワー光線にどれぐらい耐えられるか試してみましょう……ていっ!」


 気の抜けた可愛らしい掛け声とともに、途轍もない威力の純白の光線が、周囲の木々ごとクロックウィンドを飲み込んだ。


 * * *


「ぽへー」


 文とプライドのとてつもない激戦を眺めながら、ペコラはその衝撃波を顔面に受けまくり、変な声を出して気絶しかけていた。これで顔の原形を保てており、しかも意識が一応あるというだけでペコラの強さがうかがえる。まあ文にはかなわないが。


「てやー!」


 いっぽうの文は、ガードを完全に捨てて攻撃に全振りした。なので体のあちこちがとても痛いが、この状況でそんなことを言っていられない。


 この攻撃はプライドへと着実にダメージが入っていっているようで、先ほどからプライドの動きに乱れが出てきた。


「ていっ!」


 剣はしっくり来ていたが、最初からどこか違和感があった。説明は難しいが、自分の体が覚えている戦闘スタイルとは少しずれているような気がする。


 というわけで試しに銃だ。小型拳銃を創り出し、乱射する。


「うわ!? なんだそれ!」


「拳銃だよ」文の顔はいつの間にか笑みを浮かべていた。「……私の大好きな武器」


 右手で銃を撃ちながら、左腕にロケットランチャーの発射装置をくくりつけ、ぶっ放す。


 ロケットランチャーの雨がプライドへ迫る。それらは地面に触れると大きな爆発を起こし、かわいそうなプライドは吹き飛ばされた。その先でまた吹き飛ばされ、そのまた先で……。


「ゆーしゃ……おまえ、かおがこわいぞ! なにわらってるんだ、ばとるふぁんきーか!」


「バトルジャンキー?」


「そ……そうだ! ばとるじゃんきーか!」


 自分の顔がどうなっているのか知らない文は、兵器を撃ちまくりながら首をかしげた。

 そこへ、毛の一部がこげこげになってしまった哀れなプライドが飛びかかってきた。


「ふざけやがって! おりゃあ!」


「えーい」


 文が左腕を振り、ロケットランチャーで殴る。疲労とダメージが重なって限界を迎えていたプライドは、吹き飛ばされ――壁にぶつかって、爆発した。




「ゆーしゃ! おつかれさまだ! ……あれ? どうした?」


 さすがに疲れた文が寝転ぶと、ペコラが駆けよってきた。だが、文は返事をしない。


「おーい? むしするな!」


 しばらく文の体をバシバシしていると、文が目を開いた。その目は血のように赤く、そして――猫のように、瞳孔が縦に長かった。


 ペコラが飛びのき、槍を構える。


 文はゆっくりと起き上がり、拳銃をぶっ放した。


「ゆーしゃ! どうしたんだ!」


「どうしたかって? ぼく――プライドに乗っ取られたのさ」


「ちくしょーがっ!」


 自分が文やプライドにかなわないことを知っているペコラは、とりあえず逃げる。プライドも拳銃に慣れていないので、狙いはだいぶそれている。


「だれかー! たすけてくれー!」


 走りながら助けを求める。ここは隔離された空間なので、外に声が届くはずがない。

 だが、思いは届いたようだった。


「参上!」


 執事服の猫耳少年が透き通ったダイヤモンドのようなバットをぶん回しながら、むりやり空間に干渉してつっこんできた。


「誰?」


「おおっと……文さん、乗っ取られてしまったようですね……僕の名前はスーパーソニック、文さんの執事だ」


「あのときの!」


 ソニーはペコラへ親指を立てると、そのまわりにバリアを展開した。


「これで準備は万全ですよ。さて、遺言は?」


「ないとも。ぼくは死なないからね!」


 プライドがロケランを撃ちながら迫る。ロケットランチャーは追尾機能があるので、狙いが少しくらいそれてもソニーへと向かって行った。


 そして、ソニーは全く動かない。余裕の笑みをたたえながら。


「『ジュピター』」


「!?」


 ロケットランチャー、そしてプライドが空中で停止した。


 プライドはなんとか体を動かそうとするが、一ミリも動かない。


「これで終わりだ。さて、降参するなら見逃すが?」


「……ぼくを倒したところで……世界中に、まだ覇皇機構がいるんだからな……」


「降参はしない、と。じゃあ、死ね。覇皇機構ぐらい僕の力で抹消できる」


 ソニーが放った優しい光が、文の体を包み込んだ。


 * * *


「……ん……あれ……?」


 プライドは起きた。


 今は猫の姿だ。そしてここは、どこか薄暗くて狭い空間らしい。

 そして、誰かの話し声と笑い声が聞こえてくる。


 わずかな光へ向かって、ゆっくりと歩いていく。


「おっはよう!」

「うわぁ!」


 いきなり、大量の光が差し込んできた。そしてこちらを見つめる、ふたつのまんまるな目。


「驚きました? えーと、文さんの意見でペットにすることにしたんです!」


 プライドはパンの手に掴まれて、どこかへ運ばれていく。

 置かれた場所は、大きなテーブルだった。


「プライドも起きたか」


 パーシィとババ抜きをしているクロックウィンドがプライドの方を向いて呟いた。


「覇皇ってよく見たらこんなにかわいいのね……文、どっちかもらっていい?」


「だめ」


 文がケーキをひとくち食べる。

 そして少し離れたところでは、ソニーと少し顔が赤いペコラが何かを話していた。


「……こんどしょくじにいかないか?」


「いいですよ」


「……! じゃ、じゃあわれのいえのちかくにあるれすとらんにいこう! あそこはおいしいんだ!」


 ……どういう状況なんだろう? 覇皇である自分が人間のペット?

 頭の中ではてなマークが踊る。その状況を察したクロックウィンドがため息をひとつ。


「なんか、魔法を制限されているようだし……もうあきらめた方がいいぞ」


「……」


 プライドは、友人の助言に素直に従うことにした。

 どうせ暇だったし、しばらくのんびり過ごすのも悪くはない……かも。


 そして、いつか文をやっつけてやるぞ――当面のプライドの目標が決まった。




 プルルルル。


「はい」


『あ、すいませーん! 送る異世界間違えちゃったみたいですね! そこの魔王はやっつけなくていいですが、また今度暇があれば電話ください! アストルの方に送りますから!』


 エイと文はまったく同じタイミングで通話終了ボタンを押した。

 文としては、あの双子葉類ぴこぴこ魔王をやっつけるのは難しいと考えていたので、ほっと一息である。ま、もう異世界に行くのはこりごりだ。しばらくはゆっくりさせてもらうとしよう。

 SDカードを整理していると現れた、もう一年くらい昔の短編です。すこし手を加えましたがかなり雑なのは気にするな。よろしくお願いします。

 文は昔の作品のラスボスですが、サク(エイが上司と言っていた人)に首ちょんぱされて死亡した経緯があります。魂を破壊されたので性格もやや変わっています。

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